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 なぜ、経済は生まれ。なぜ、経済は必要なのか。この問いかけこそ、経済の本質を見極める上で重要なのである。ところが、経済の目的が、問われることは少ない。なぜなら、経済は、現に存在するものであり、どちらかと言えば、消極的にしか関わってこなかったからである。
 経済の中でも、その中枢を担ってきた商業は、常に、卑しめられてきた。それは、商売の目的を、ひいては、経済の目的を曖昧とさせてきたのだ。
 儲けることは、卑しい事。力で天下を勝ち取る者は、英雄だが、金で天下を操る者は、悪党だ。そういう認識が、主力であった。神に仕える者にとって貨幣は、不浄である。しかし、結局ものをいうのは、財力だ。この世を悪くしている原因は、経済の歪みである。

 経済の目的を経済の効率化の追求のみに限定している傾向がある。それが、経済を必要悪と見なし、経済に関わる人間には、モラルがないように、ひどい時は、詐欺師かペテン師かのように思わせている原因である。これでは、モラルを持ちようがない。モラルがなくなってしまう。人間としての尊厳、誇りが問われているのである。

 戦争は、間違いなく、経済の問題が潜んでいる。経済が戦争の原因であり、しかも、隠された原因である場合が多い。だから、経済は嫌われる。しかし、経済が戦争を引き起こしているわけではない。戦争は、あくまでも人間が引き起こすものであり、しかも、直接的な原因は、政治的な要因が多い。国際分業がうまく機能しない時、国際紛争は、深刻な事態を招く。このような、国際分業を司っているのが、経済である。

 経済の最大目的は、万人の幸福と生存である。経済の対象は、人間である。万人の幸福こそが、経済の本質的目的であり、市場の効率化ではない。市場の効率化は、経済目的を実現するための目安にすぎない。いかに、経済的に栄えたとしても、国民が塗炭の苦しみを味わっていては、経済的に成功したとは言えない。
 環境破壊や戦争、結局、経済がこの様な人類の惨禍を招いているとしたら、その原因が、経済的手段の独占にあったとしたら、それは、経済が悪いのではなく。経済に対する考え方が間違っているのだ。
 故に、市場の効率性や産業の生産性だけを追求しても、経済の本来の目的を、達成することはできない。
 このことから見ても、全ての原理の中で市場原理や競争原理が、常に、優先されるべきだとはかぎらないのである。問題なのは、市場原理や競争原理が、その時の市場環境に対し、どのような働きをして、その結果、人々が幸せになれるか、どうかである。幸せになれないと判断したら、どのような政策も採用すべきではないし、幸せになれると思ったら、どのような犠牲を払っても、断固として実行すべきなのである。
 経済を分析する目的もそこにある。

 資源の保護や自然環境の保護も経済の目的、機能の一つだというと、首を傾げる人が、多いと思う。確かに、自然環境の破壊や資源の浪費は、経済的動機に基づく場合がほとんどである。しかし、それは、経済構造の欠陥によって派生している、いわば、事故である。事故は、起こした者の不注意であり、そのまま放置している者が悪いのである。安全装置をつけないままに機械を操作すれば、必然的事故は起こる。ブレーキのない車を運転しているようなものである。それは、ブレーキのない車を作って売った者、それを承知で運転した者が悪いのであり、車に罪があるわけではない。本来、自然や環境を保護するのは、経済の大目的の一つである。そして、その目的を果たすためには、どのような経済構造が適切なのかを分析して、その分析に従って経済制度や政策を立てる必要があるのである。それを怠るのは、ある意味で、人類に対する犯罪である。経済の現象の背後にある構造を探求し、それを目的に合わせて、再構築するのが、構造経済である。

 経済における自動制御の問題である。構造的欠陥というのは、自動制御の仕組みが、経済構造に組み込まれていない事に起因する。つまり、ブレーキのない車なのである。そうなると、自然に車が止まるのを待つしかない。今の経済は、一度走り出したら止まらない。成り行き任せにするしかないのである。それは、経済が、人為的に、かつ、目的指向に作られていない証拠である。経済の目的をの目的を明確にしておく必要がある。不思議なことに今まで、現象として経済を分析した研究はあるが、経済を目的のある機構として研究対象にした者がいない。構造経済は、他の機械と同様、目的を持った構造物として経済をとらえ、研究していく。

 経済の目的とは何か、経済の目的と機能を、もう少し具体的に考えてみよう。
 経済の目的は、生きるために必要な物資を分け与える、分配する事である。その人の経済的な価値をフィードバックする事でもある。そして、物流システムによって物資を循環させることである。
 経済の目的の一つは、人々の働く場の確保である。働く場の創造とは、生き甲斐の創造でもある。働く場を与える事によって、経済的な自立を保障する。それは、経済の目的の最も重要な部分の一つである。経済的な自立がなくて、政治的な発言力は保障されない。故に、働く場を確保することは、間接的な政治的発言力を保障しているのである。
 仕事は、簡単に変えることはできない。人の幸せを考える時、その人の仕事を切り離して考えることはできない。仕事は、人生そのものである。労働や仕事を苦役だと考え、労働や仕事から、解放する事が、人を幸せにすることだという狂った考えをする者が多くいる。休日をやたらに増やし、一定の年齢に達した者を退職させるという考えが、その典型である。しかし、労働や仕事は、人間に苦しみしか与えていないのだろうか。
 それは、労働や仕事が辛いのではなく、隷属関係がそうさせているのである。本来、労働は、喜び。仕事は、生き甲斐なのである。無闇に休日を増やし、退職させる事は、喜びを奪い。生き甲斐をなくす事である。

 以上の事を鑑みて経済目的を整理すると、経済の目的の第一は、人々の生活の糧を確保し、安定的に供給する事である。経済の目的の第二は、人々の生存を可能たらしめ、安全を確保する事である。第三に、いざという時のための蓄えをする事である。また、子孫の繁栄のための礎を作ることである。経済の目的の第四は、環境保護、資源保護もあります。第五は、生産性を高め、産業の効率化するです。第六に、経済構造を成長させ、技術革新や発明、発見、開発を通じて生産手段や流通構造の発展を促す事です。

 次に、経済の機能を分析してみよう。経済の機能の第一は、資源の調達と確保、保存、蓄積である。第二に、財の生産と価値の創造である。第三は、物資や情報の交易、交流、流通である。第四は、分業体制の構築である。

 これらの、目的や機能の上から経済の問題点は、次のことがあげられる。第一に、私的所有権の問題である。第二に、富の再分配の問題である。第三に、有産階級と無産階級の階級的分離の問題である。第四に貧困の問題である。第五に環境破壊と資源問題である。第六に、景気変動、景気の波の問題である。第七に、戦争、国家観の紛争の問題である。
 

経済の目的と問題点

構造経済ってなあに