経済の現状

守るべき物



人は、守るべき物を知った時、本当に強くなる。女は弱し、母は強しという格言が示すように。もっとも、最近は、女性も強くなったけどね(笑)。
何を守らなければならないのか。第一に、自分。自分は全ての根源だから。自分を失ったものは、根無し草となって一生ふわふわと漂う事になる。次に守るべきは、志。そして、仲間。同志。
この事を若者には、誰も教えない。一番肝心な事は若者に教えないどころか、鬱陶しくて、面倒しくて、煩わしい、意味のない者として刷り込む。なぜなら、若者を弱いまま、自立できないままにしておきたいから。そうしておけば、若者は、何時までも独り立ちできず。自分たちの言いなりになると思っているから。だから、一番肝心な事は、面倒くさくて、鬱陶しい事として遠ざけるように洗脳している。

まず守るべきは自分。自分は、全ての根源。この事を前提として近代国家は形成された。だから国民国家は、自由を最も尊ぶ。この事は、日本の若者には、教えない。なぜなら、日本に本当に自立されたら困る国があるから。
この様には、自由人と奴隷しかいない。

世界中の自由人たちは、どうした日本と問いかけている。自分の力で自分の誇りを守ろうとしない者は、世界中から侮蔑される。この世界には、自由人と奴隷しかいないというのが国民国家の前提だから。
だから、まず自分を守る。自分は、自分の意志であり、魂。
次に守るべきものは、仲間。若者たちは、もっと結束すべきなのである。結束する事が出来る世代は強い。その典型が団塊の世代。彼等は、内部で競い合ってもいざとなると結束する。その正反対なのがしらけ世代、彼等は、表面は取り繕うとするが、逆境になる真っ先に逃げ出してしまう。だから、また、内閣は団塊の世代に奪取された。苦しい時に頼りになるのは、歳をとっても団塊の世代。彼等は結束する事を知っている。
若者たちは、結束できないように仕向けられている。チームワークや組織の運用の仕方を教えられていないから。今のままでは、一生、若者は独り立ちできなくなる。年寄りにはその方が都合がいいかもしれないが、若者は魂を抜かれてしまう。一人で生きられないようにしておきながら、集団活動を躾けない。その兆候は、徐々に引き籠り、ニート、うつ病と言った形で表れ始めている。
若者は、団結し、若者同士助け合う事を覚えなければならない。そうしないと魂を抜かれてゾンビ化される。御主人がいなければ何もできないようにされる。だから、自分と仲間を守る。
そして、志を持つ。志こそ、自分が何を守らなければならないのかを教えてくれる。導き手になる。
専務は、皆を守ってくれる。なぜなら、専務には志があるから。志のある者は同じ志を持つものを守る。それが、自由、平等と同等の概念、友愛だ。これを日本人は、loveと同じ意味で訳している。友愛は、fratermityは、単なる愛とは違う。同志愛である。この点を間違わない事である。まず結束をする。
そして、組織の動かし方を覚える。段取り、手順を覚えなければ組織は動かせない。車の運転をできないものは、車を活用できない。組織の動かし方を覚えなければ、組織を動かさる者の言うなりになる。だから、隷従しようとする者は、組織の運用の仕方の基礎を鬱陶しくて、面倒くさくて、意味のない、教わらなくてもわかっている事、教えてくれる人に馬鹿にしないで、任せてというように仕向けさせる。年寄りはしめてであるが、彼等は、組織の動かし方を教えたくても教えられない。彼等がわからないからである。
予算一つ作れなくなった。こうなると組織は惰性でしか動かなくなる。
組織の基本は、車の操縦と大きな差はない。組織の原理や心理など学ばなくても組織を動かす事はできない。
馬鹿にしないでと組織の動かし方を学ばないでいると確実に、破滅する。
団塊の世代は、学園紛争や市民運動などを通じてオルグの仕方や組織の作り方を学んだ。だけど彼等がやったのは、封建的で全体主義的、独裁的組織の運用実。だから、僕は何も変わらないじゃないかと訴えた。本当に今でも彼等は何も変わっていない。
このままだと若者たちは窒息してしまう。
若者は、団結し、組織の動かし方を学ぶ必要がある。大人は若者たちに一番肝心な事は教えない。これだけは覚えておいてほしい。
そして、組織の動かし方は、若いうちに経験しておかないと身につかない。
自分が何を守らなければならないのか。それをしっかりとつかめ。

絶対的に今やらなければならないのは、若者たちが自分の力で自立できるようにする事。自分の頭で考え、自分の目で見、自分の足で立てるようにする事。
自分を抑圧し、屈服しようとする者と戦って撥ね退けられるようにする事。
それが我々の使命。

相手の求めに応じて、自分なりに仮説をたて。いろいろ、試してごらん。最初から当たりを狙わず。最初は数うちゃあたるでいいからね。専務にフィードバックすればだんだん照準が合ってくるし、自分の技能も磨かれていくから。最初は丁寧にね。明日はとにかく話を聞いてやるんだな。

最初は、簡単な打ち合わせとレビューを繰り返しながら、徐々に全体像を共同して構築し、ある程度、全体像が見えてきたらそれを要求定義、要件定義にまとめるのが一般的みたいね。要件定義の段階では、UIを意識して作業仕様を明確に定義してから仕事にかからないと全体の段取りが組めないということかな。まあ、手順に従って仕事をしていかなければいいんじゃあない。
ただ、相手は、一定の期間で成果、結果を求めているみたいだから、局面局面の成果物はリスト化しておいた方がいいと思う。
重要なのは、内の本体組織に直接働きかけて組織をダイナミックに動かす事だね。組織の中枢を握れば、組織の動かし方を覚えるのは速いし、成果も確実に、かつ段階的に出せるよ。そうすれば計算するのはそれほど難しくないと思う。その辺を身に着けておけば、後は自分達だけでやっていけるからね。俺が実地に指導できる期間は短いから、真剣に覚えてほしい。

設計思想だよね。仕事を段取りする上でカギを握るのは、設計思想。例えば予算を作成する為には、何のために予算を作るのか。その主旨、目的を明確に定義する。
ここに戦略の端緒がある。
それが、UIに集約される。UIというのは、最終形ね、ある程度ゴールをイメージできないと仕事の全体像は掴めないし、段取りは組めない。

僕は、予算から入るのが妥当かなと考えている。
予算に対する誤解があるが、予算は、予算を作る過程に意味や働きがあるのであり、予算の結果としての成果物、予算表そのものにはあまり働きや意味、TOPに対する説明や意思決定の補助的な働きは除いて期待できない。
下手をすると逆効果になる。予算は、予算として割り切った方がいい。
予算の目的は、予算を作成する過程で発揮される。
先ず、現状分析を通じて現状を正しく認識させ、問題点を明らかにしていく。次に、予算を作成する過程で、会社の方針、考え方を各部門に浸透させ、同時に、各部門の問題点を洗い出し、対策を組織的に立てさせる。次に、予実績管理体制を基盤を作る。この一連の作業が真の予算作成の目的。
ところが、現状では、予算を作る事が目的化していて、しかも、規制のやり方を予算が裏付ける、強化する働きをしている。
しかし、現状のやり方では、予算そのものが成り立たなくなっている。この事を、先ず、幹部に知らしめ、発想の転換を促す。
現状のやり方では、駄目な事を頭ではわかっているが、行動が伴っていない。だから、現状分析を通じて自覚させる。
なぜ、現状を受け入れないのか、解決策が自分達では考えられない。現状を変えたくない。今まで何とかなってきたんだから、これからも何とかなるだろう。それから、基本的に自分の仕事だとは思っていない。自分は言われた事をやればいいんで、それ以外の事には責任がないし、能力もない。面倒くさい事はしたくない。
要するに、今のままではよくない事はわかるけど、解決の糸口が見つからなし、とりあえず、目をつぶって今までやっていたことをやるしかない。この様な人間に解決策も示さずに問題点を突き付けても反発するだけで受け入れない。しかも、数表などを示し、指標でも説明しても劣等感を刺激するだけで終わる。
少なくとも、現状が悪いという事は認めているので、解決策や展望を示してなから意識を変える事から始めなければならないと思います。
特に数表に基づいた管理には限界がある事は、はっきりしていりしていますので、図表やゲーム化などでいかに見えるか、疑似体験させるかにあると思います。
専務が一目で見て管理できる仕組みづくりを先行させることが肝である。
故に、予算の作成プロセスを裏かに支えながら、専務の意思決定を補佐しながら、組織を変革していく事に主眼を置いた方が実効力を持つと考えられます。
現状を分析するだけで、現状認識、問題点の共有化が促されます。一人で分析しても結果を共有する事は困難です。大切なのは、プロセスを共有する事ですから、成果は、プロセスを共有できれば自ずと形成されます。

間違っているか、いないかは、一人で判断しない方がいいですよ。
仮説には、仮説の意志があると僕は考えるんですね。
変な話ですか、仮説自体に主張があってですね。仮説を立てた僕にもそれに逆らえない。それを尊重してあげた方がいい。そうしないとですね。仮説が立てられなくなるんです。
もう、間違っているんじゃあないかと、恥ずかしい思いで。
だから、はるきくんに返事を書くのも勇気いるんですよ。
無茶、暴論を覚悟して切り込むんですね。
それで時々自分の立てた仮説にごめんなさいと謝ったりもします(笑)
自分を解放すればいいんですよ。正しいか、どうかなんて二の次にして。
批判されると腹立ちますけどね。

定石は、教えられても、勝負は教えられない。しかし、定石も基本的ルールも教えなければ、勝負以前の問題。
定石やルールを覚えるのが面倒くさいと言っていたら、一生、ゲームすら参加できない。
子供の頃、将棋の定石を覚えるのが面倒くさくて、大人の忠告に耳を貸さなかったが、それで随分遠回りをした。学ぶ意思のない者は、教えられない。それは、指導の鉄則である事は変わりない。
若い子たちは、仲間の作り方、組織の作り方、段取りの仕方、手順を早くしっかりと身に着ける事だ。これを覚えておかないと社会に出た時困るよと先輩たちは、丁寧に躾けてくれたものだ。それは、昔のホームドラマを見ればわかると思う。

会社はね。三百六十五日、二十四時間、皆を守り続けている。よく、社畜になるなとか、会社は搾取していると刷り込む輩がいるがとんでもない。
今一番、皆を守っているのは会社。病気になって少しでも会社に連絡がおくれればすぐに連絡が来る。事故すれば、保険の手配から、事故処理までしてくれる。住む家がなければ用意してくれるし、何よりも、生活費を稼がしてくれる。会社は、皆を守っている。だから、皆も会社を守る。
派遣社員と正社員の違いは、どこまで守ってくれるかの違い。でも、失業したり、派遣の立場にならないとその違いに気が付かない。
守らなければならないのなら、守るに値するものに変えていく。だから、会社は双方向。自分が守るべきものは、自分を守ってもくれる。
自分が守るべき物とはそういう存在。
会社は、自己実現の場。だから、自分の力や可能性を伸び伸びと発揮できる場に変えていかなければ。会社の成長は、社員の成長でもなければならない。
会社は自分を殺したり、隷属する場ではない。だから、会社の指示に従うのだ。





       

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