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Copyright(C) 2001 Keiichirou Koyano

 現代社会は、借金で成り立っているようなものである。借金は、企業も国も家計でもある。家計で言えば、ローンや月賦、消費者金融と日常生活の隅々まで入り込んで、我々の生活を豊かにしてくれている。借金のない家庭は、ないくらいであり、借金ができるのは、社会的に信用された証のようにも言われている。
 国家では、国債の発行が典型である。国債の発行残高は、天文学的な数字にのぼり、財政赤字が、社会問題化している。国だけではなく、地方公共団体の借金も馬鹿にできない。いずれにせよ、国家も借金をしているのである。そして、借金をしないと国家財政は、行き詰まってしまうのである。
 このように、経済主体の全てが、借金をしている。中でも企業の借金の技術は、多種多様であり、また、高度化している。借金の巧拙が、企業の命運を決するほどである。
 
 現代という社会が、ある意味で借金で成り立っているという事は、安心して借金できる。また、金を貸せる。そういう環境が成立することによって経済規模が拡充された。そして、安心して借金ができる環境は、金融制度の発達によって支えられているのである。この事は、金融制度の発展の上に近代会計制度は成り立っていることを意味する。

 借金の技術が、進化した背景には、金融制度の発達がある。金融制度は、貨幣経済の発展と歩調を同じくする。つまり、負債というのは、貨幣経済の所産なのである。
 金融制度の発展は、金利制度の発展でもある。金利は、宗教的理由から悪い物とされていたという歴史的経緯がある。
 貨幣も観念であり、実体がない。実体は、貨幣の背後にある現物、人や物によって裏付けられてはじめて意味を持つ。ところが金利は、その実体のない貨幣が、貨幣を再生産する事を意味する。それが、不道徳だという理由で、金利は、悪だという価値観が成立した。これは、収益は、悪だという論法にもつながる
 実体のない物を実体のない物で裏付けるという事である。神が、造りたもうた所与の実体を持たないと言う意味で、神に対して不遜だと言う事である。
 しかし、貨幣価値は、究極、何らかの実体に結びついている。所詮は、基準なのである。だから、単純に、直接的な実体的裏付けがないからといって悪いとは言えない。しかし、経済的価値という物は、時間的関数であるから、時間的変化に価値が付与される事も悪い事とは断定できない。現に、倫理的価値観から貨幣経済が解き放たれた結果、金融制度は発達史、市場経済が確立されたのである。
 また、金利は、価値の自己増殖という側面を持つ。この金利により価値の自己増殖が、経済発展の原動力となった。
 ただ、金利が悪いというのには、全く根拠がないというわけではない。金利が悪いというのは、負債、借金の持つ性格に原因がある。つまり、負債は、貨幣制度を基礎にして成り立っており、純粋に貨幣的概念なのである。
 貨幣というのは、それ自体が、実体を持っているわけではない。それだけに、何らかの実体的な規律を持たないと、制御することができなくなり、暴走する危険性がある。つまり、基準それ自体が、価値を生み出してしまう点である。経済の制御能力を超えて、経済の暴走を引き起こす原因になる。それ故に、中央銀行を設立し、金利を管理するのである。また、金利は、経済に重大な影響を与えるのである。
 純粋に貨幣的概念だと言うところに、借金の特性がある。すなわち、負債とは、第一に、貨幣的概念だと言う事。そのうえ、負債とは、金利の問題なのである。第三に、負債は、自己増殖的なものだと言う事である。

 では、企業にとって、会計上の負債とは、何か。それは、企業外部(特に金融機関)からの資金の供給の一種である。外部からの働きである。そして、それは、資金の調達という形を取ることから、資金調達と表現される事もある。更に、返済する必要がある資金という意味で他人資本と表現されることもある。

 負債は、会計主体の外部との接点であると同時に、会計主体は、負債によって支配されている。金融資本により、経済主体の支配の構造は、負債に直結している。
 故に、従来、金融資本からの自律を求める会計主体は、なるべく借金を減らし、自前の資金で運営を賄いたいと考えてきた。自前の資金とは、資本である。しかし、この資本にもコストがかかると言う事が明らかになり、単純に負債を減らして、資本を増やせばいいと言う考え方に変化が生じてきている。特に、税制度の在り方は、資本の在り方に重大な影響を与える。場合によっては、会計主体の存亡に関わる問題にすらなる。今日は、税制度や配当、株価とのバランスに基づいて負債の在り方を考えるのが、一般的である。 

 権利が生じれば、義務が生まれる。義務が生まれれば、権利が生じる。権利と義務は、表裏をなす概念である。不可分の働きである。権利と義務は、作用反作用の関係にある。これが、複式簿記の二元論の根底にある。特に、負債と資本に関しては、外部に対する権利と義務の関係を意味する。

 会計現象の認識が、作用反作用の二面性を持つように、言葉も視点を変えると二面性を持つ。英文会計による負債(Liabilties)の定義は、会計主体側(Entity)から見ると、債権者(Creditors)に対する支払義務であり。債権者側から見ると請求権(Claim)となる。Claimも会計主体から見ると義務であり、債権者から見ると権利となる。つまり、負債は、債権者の請求権(Claims of Creditors)である。

 債権者に対する支払義務という観点は、会計制度を発展させてきた原動力である。つまり、会計制度は、外部的動機から作成されてきた経緯があるからである。外部的動機は、貸借対照表の貸し方に現れる。
 そして、負債のバランスを考える時、第一に負債と収益の均衡を考検討する。第二に、負債と資産の均衡を検討する。この二点が基本である。なぜならば、負債に対する支払の原資だからである。第一の、負債と収益の基礎となるのが、損益計算書であり、第二の、負債と資産の検討の基礎となるのが貸借対照表である。 

 負債の働きには、第一に、支払の先延ばし、繰延、平準化がある。第二に、リスク分担、リスク分散の働きがある
 支出と費用は違う。この違いは、収支と損益の違いが生じる原因の一つである。実際の企業は、損益によって運営されているわけではない。資金の供給によって運営されている。支払の先延ばしや平準化は、企業の実質的な計画化、安定化を図るために不可欠なことである。資金の供給が一時的にも、途絶えると、企業の経営は成り立たなくなる。つまり、負債は、企業の生命線とも言える。この生命線を握ることで金融機関は、企業を実質的に支配しようとするのである。
 支払の平準化の働きの他に、リスク分担、リスク分散、つまり、リスク管理の働きがある。リスクを分担する以上、そのリスクに対する保障を債権者は求める。その一つが会計情報であり、今一つが、担保である。会計は、情報であり、担保は、物である。

 借金の技術が発達したところに、現代社会は、成立している。このことをもう少し掘り下げて考えてみよう。借金の技術にはどんな要素があるのか、第一に、金利の問題である。
第二に、借金の仕方である。つまり、借り方の技術である。第三に、借金の返済の仕方である。そして、この前提になるのが、何を担保するかである

 担保主義から企業を見ると、企業のバランスは、資産と負債と担保の関係からくる。根本は、支払い能力の問題であり、本来は、収入。収益を基本に考えるべきなのだが、将来の収入・収益には、実体的裏付けがない。故に、資産と担保が重要なのである。そして、担保主義とは、会計情報とは別に、担保に関する情報だけが、重要なのである。

 借金の技術を発展させた要素の一つに、担保がある。現在は、いろいろな物を担保に取る。中には、人の命、生命保険を担保にする事すらある。

 借金にも担保する物件を裏付けに持つ物と担保する物件を持たない物の二種類がある。裏付けのない借金は、信用を担保する。信用を担保した借金の好例が、買掛金である。

 本来、事業は、収益によって評価されるべき物である。しかし、先に述べたように、収益は、予測が難しく、実体を持たない。故に、収益を担保するのが、難しい。実質的に中小企業は、収益を担保できない。しかも、創業、間もない新興企業は、担保となる資産も少ない。結果的に、中小企業は、資金調達力が弱く、不安定な経営を強いられるのである。
 元来、負債は、リスク分散の働きがある。リスクを分散する事によって、新たな産業を興し、経済を活性化する。そのために、会計制度が必要だったのである。リスク分担、リスク分散という側面が失われ、ただ、リスクなしに資金を供給するようになれば、経済は沈滞化し、社会は停滞する。自由経済というのは、自分達が負える範囲で、リスクを分担することによって成り立っていることを忘れるべきではない。リスクを多くの人に分担してもらうために、会計情報がある。

 貸す側から見ると、会計上作られる、財務諸表は、以前ほど重要でなくなった。むしろ、返済のための裏付け担保を重視するようになった。担保という観点から見ると損益計算書も貸借対照表も信憑性が低いからである。つまり、収益は、安定していない上に、予測が困難だからであり。資産は、それ自体が時間的変動(伸縮)する上、その変化が、貸借対照表上に現れにくい、捕捉しきれないからである。それならば、即物的な担保を重視した方が確実であると債権者、主に、金融機関が考えるようになってきたからである。
 金融の担保主義である。このことが、バブル崩壊後、金融機関に大きな傷を負わせることになる。

 不良債権問題は、負債と資産の不均衡から生じる。負債が一定なのに、資産価値が伸縮することが原因である。それによって、負債価値と資産価値とが、釣り合わなくなる。この様な不均衡は、資産が時間が陽に作用するのに対し、負債は、時間が陰に作用するからである。つまり、負債は、貨幣価値によって固定的なのに、資産価値は、その時の相場や経済情勢によって変化するからである。そして、この不均衡が、企業経営や、ひいては、経済全般に重大な影響を与えるのでる。即ち、資産価値が増大した時は、過剰流動性を引き起こし、インフレの原因となる。逆に、資産価値が減少すると流動性が低下してデフレから抜けられなくなる。

 また、負債には、「てこ」(leverage)効果があることが知られている。少ない元手で多くの資金を動かすことができるという意味である。つまり、価値を増殖して使えると言う事を意味する。これが、経済規模拡大の原動力の一つとなっているのである。

 この負債の梃子の原理は、両刃の働きをする。そして、時として企業を奈落の底に陥れるのである。「てこ」の原理というのは、元手を負債によって何倍にも膨らめそれによって得る結果を増大させようという事である。この原理の効果が顕著に現れるのが、株の信用取引であるが、利益が増幅されるという事は、損失が出た時も増幅される事になる。しかも、元手の範囲内で取引をしている場合は、損失が出ても、最悪、元手を失うだけだが、「てこ」の原理が働くと元手以上の損失が出る。つまり、元手を失った上に借金だけが残ると言う事になるのである。

 景気がいい時に、調子に乗って借りまくると、不景気になった時、その反動で、収益を圧迫し、最悪の時は、倒産する。かといって、チャンスが巡ってきた時に、金がないからといって臆病になれば、成長の機会を失って、じり貧になる。所詮、自由主義経済は、競争社会、戦場なのである。だからこそ、負債の意味が大きい。同じに、この「てこ」の原理は、経済全般にも影響を及ぼす。およそ、経済を口にする者は、負債が経済に及ぼす影響を理しておく必要がある。さもなくば、金利について語る資格はない。

 低金利によって負債の「てこ」の働きがハッキリしない。しかし、金利が上昇してくると、負債がてことなって損失が拡大するという事も充分あり得るのである。そうなると、本業で利益が出ても、追いつかなくなる企業が出て、本業は、順調なのに、金利負担で潰れるといった事態にもなる。それが、金利の怖さである。

 この様なことは、債権者主義か、債務者主義かによっても違ってくる。債権者主義というのは、負債の効力が債権者側にある。つまり、担保価値に関わらず、借金の額が、債権者の請求権利である。債務者主義というのは、担保を取ったら、担保価値が請求範囲となる。つまり、債権者主義においては、借金が返済できなくなったら、担保を処分された上、更に不足分があった場合、その不足分は、借金として残る。それに対し、債務者者主義は、担保を処分されるだけである。日本は、不動産に関して、債権者主義がとられている。そのため、地価の下落は、債務者にとって致命的な問題に発展する。この点が、バブル崩壊後の景気の足を引っ張っている原因の一つである。

 金利の動向は、経済に重大な影響を与える。そこに、負債の働きの秘密が隠されている。
 現代は、歴史的な低金利時代である。それが、金利の持つ危険性を帳消しにしている。
しかし、金利が今後上昇してくると金利の持つ働きが明らかになってくる。

 企業は、金融機関の意向に添うように財務諸表を作成しようとする動機が働く。当然、財務諸表に準拠した経営になる。金融機関の融資基準は、一定している。選択肢は、少ない。企業の行動は、おしなべて金融機関の融資基準に沿ったものになる。必然的に、金融機関の融資基準に経済が左右される事になる。

 皮肉な事に、貨幣価値的に、一番ハッキリしている部分が、負債なのである。この事からも解るように、経済は、負債を中心に廻っていると言っても過言ではない。逆に、負債を中心にして経済社会を見てみると、経済の意外な側面が見えてくる。早い話が、金融システムである。金融制度、金融市場は、借金の技術を発展することによって進化してきたのである。そして、借金のために会計の技術も進化したと言ってもおかしくない。

負   債