情報化

情報化

 情報化は、近代化の進展において重要な役割を果たした。情報化は、主として、数値や記号、言語によって行われるが、中でも数値化は、重要な要素の一つである。そして、情報化は、市場の形成、拡大に決定的な役割を果たすのである。

 科学も、民主主義も、会計も、スポーツも、情報化、とくに、数値情報かという事不可分な関係にある。と言うよりも情報化されることによって成立したと言っても過言ではない。

 情報というのは、伝達のための手段である。情報化とは、事象や現象を抽象化し、伝達のための媒体とすることである。とくに、近代の特徴は、事象や現象を数値化する事である。つまり、情報というのは、何等かの対象間を媒介することである。媒介とは、伝達のための手段である。情報とは、その為の媒体も意味する。媒体というのは、媒介のための存在である。

 どの様に事象や現象が抽象化されるかというと何等かの座標軸や空間に写像する事によってその特性を引き出すのである。とくに、貨幣経済では、貨幣価値という座標軸に投影することによって対象の価値が数値化される。

 伝達すると言う事は、発信元と、発信先があるという事である。伝えたい事象と伝える相手、伝えようとする主体の三者によって情報は成り立っている。
 数値化する事によって事象や現象を数値化できる。数値によって表現することが可能となる。
 また、数値化とは、数値化する過程で、対象となる事象の属性で数値化できる属性以外を全て削ぎ落としてしまうことも意味する。

 また、数値化する事で記号化、信号化する事が可能となり、大量の情報を正確に、速く伝達することが可能となったのである。反面、数値化できない情報が伝達の過程で失われてしまうことも意味している。

 スポーツというのは、観客があって成り立つ。民主主義は主権者があって成り立っている。会計制度というのは、報告先があって成り立っているのである。その点を忘れてはならない。情報は、情報それだけで成り立っているのではなく。発信元と、発信先があってはじめて成り立っている。そして、それが伝達される範囲が重要となるのである。

 共同体の限界は、情報の伝達される範囲と速度によって決まる。貨幣化され、数値化されるとその範囲と速度が格段広く速くなる。

 情報で重要なのは、情報の質と量、そして、伝達速度である。情報の数値化は、この情報の質と量、速度を飛躍的に向上させた。反面、いろいろな障害も引き起こしているのである。
 情報には、情報の発信者と受信者の間で非対称性が生じる。情報の非対称性は、情報は、発信者と伝達者(媒体)と受信者からなり、発信者は、発信者が持つ基準に基づいて情報化し、伝達者は、伝達者の基準によって情報を伝達し、受信者は受信者の基準で情報を情報化される以前の状態に再現する。それぞれの持つ前提条件の違いによって情報の非対称性は起こる。
 その要因は、一つは、時間による変化である。もう一つは、伝達経路や媒体の問題である。また、発信者の問題、受信者の問題もある。 

 問題なのは、数値化された情報というのは、数値化されていない部分の情報を削ぎ落としてしまっているという事である。情報を正しく理解するためには、数値化される以前の状態に再現する必要がある。その好例が会計情報である。

 特に、経済は、間違った情報、間違った情報の解釈によって錯誤した政策を採用していやすい環境にある。それは、発信者、媒体、受信者、それぞれが、別々の基準によって情報を交換している場合が多いからである。それが現実の経済を大混乱してさせているのである。
 また、貨幣に対する認識の間違いは、経済の根幹をも見失わせている。貨幣は、媒体に過ぎず。貨幣価値は、絶対的な基準ではないのである。ところが、貨幣が全てであり、経済は、貨幣によって支配されているような錯覚が横行している。そのことによって価値の転倒が起こっているのである。

 猫に小判と馬鹿にするが、猫は、小判のために争ったりはしない。人間は、小判のために平然と人を殺す。ならば猫と人間どちらが本当の価値を理解していると言えるであろうか。重大なのは、貨幣価値は、情報の一種に過ぎないという点である。

 確かに、現在の大企業は、見かけ上の利益をあげているように見える。しかし、それは、会計上の利益に過ぎない。
 儲けとは、その儲けによって潤っているいる人がいてはじめて意味がある。潤う人が少なくては、儲けの意味はない。それは、儲けとは違う。単なる会計上、数字上の利益に過ぎない。儲けは、儲けた人に還元されなければならないのに、肝心の儲けがどこかに消えてしまっているのである。

 儲けとは何か。儲けには、実情が伴わなければならない。利益は、経費を節約したり、人減らしをすれば、計算上あげる事が出来る。しかし、利益が雇用の増加や、所得の増加、需要の増加、投資の増加に結びつかなければ、景気には役立たない。それは見かけ上の利益を増やしたのに過ぎないのである。

 石油業界元売り業界は、増収増益が見込まれている。石油価格が高騰し、青色吐息の消費者から見ると鼻白むことであり、元売り各社への風当たりは強くなりそうな形成である。しかし、元売り各社の財布の状態は決して良くない。つまり、キャッシュフローは最悪の状態であり、値上げに躍起になっているのが実情である。なぜ、この様な状況になったかと言えば、在庫の評価の仕方に問題があるからである。

 根本には、赤字決算をしたら融資や投資が細ると言う動機がある。そこで、原油価格が下降している時に在庫の評価法として後入れ先出し法を採用したのである。ところが、原油価格高騰すると逆回転が起こり、利益を押し上げてしまうのである。こんな時に、キャッシュフローの悪化を理由にして金融が融資を渋ったら、あっという間に石油元売り会社は倒産してしまう。
 企業側からしてみると赤字だからと言って融資を止められ、キャッシュフローが悪化したからと言って融資を止められたら堪らない。

 石油の元売りが潰れないのは、社会的に潰せないからであって会社の経営の問題ではない。それは金融機関も同様である。しかし、損が累積すれば、そうとばかり言っておれなくなり、どこかで何等かの形で清算せざるをえなくなる。
 しかし、ここで忘れてはならないのは、その元にあるのは、会計制度であり、認識の問題だという事である。

 キャッシュフローも収益も鏡に写った写像であって企業の実態とは違う。ところがその実際には、写像の方が実像よりも実効力を持ってしまっているのである。そして、それが現実の経済を悪化させてしまっている。

 つまり、情報は、写像であって、実体ではないという事である。写像である情報は、実体の持つ社会的役割と必要性と言った実情を必ずしも反映していないのである。ならば、写像である情報に合わせて実像を変えるべきなのか。実情に合わせて情報を変えるべきなのか。結局、その本質が議論されないままに、中途半端に情報が修正されたり、実体が変えられたりしいてるのが現実なのである。

 景気に対する認識が、企業の生産性や効率が悪い、又は、産業構造の生産性や効率が悪いからだとして、景気を解釈し、競争を激化して、企業が収益を出しにくい環境にしてしまうと言うのが好例である。根本にあるのは、収益に対する認識の違いである。

 また、貨幣価値に全てを還元すると安ければいいという事になりやすい。それは、デフレを意味しているという事を忘れてはならない。重要なのは適正な価格であって、安価というのは絶対的な基準ではない。大切なのは、前提条件である。

 カルテルを目の仇にするが、カルテルが、常に有効に機能しているとは言い切れない。典型的な例がOPECである。OPECが石油価格を操作できたと言われるのは、ほんの一時に過ぎない。カルテルの是非に対する議論は、多分に道義的な問題であり、経済的な議論ではないように思われる。カルテルというのは、要するに、同業者の話し合いである。話し合いが悪い。話し合いをしてはならないということになるとどうやって収拾をつけろと言うのであろうか。カルテルという中に、秘密協定、即ち、秘密という意味が込められるから目の仇にされるのである。

 情報が、正しく伝わっていない、と言うよりも、情報伝達にあたる媒体、即ち、報道機関が、中立という虚偽の情報を流す、一方で、独自の加工をして情報を不特定多数の受け手に伝達しているからである。

 V字回復が話題になったことがある。急速に悪化した企業業績が、同じ速度で改善したかのように会計上見える現象である。
 会計上は、劇的に企業業績が改善されたように錯覚するが、実際は、悪い要素を前期に出し切り、その分当期の実績がよく見えるように操作した事による場合が多い。企業実体が必ずしも改善しているとは限らないのである。

 この様にも情報は、前提条件や伝達の仕方によってまったく違った伝わり方をすることを忘れてはならない。真ん中も左から見れば、右である。しかも、それが、あたかも事実であるように伝わると言う事である。

 貨幣というのは、元々、価値を表象した物であるが、貨幣の情報化が進むと言う事は、貨幣の無形か、抽象化が進むことを意味し、貨幣の実体が失われ、確かに、そこにあるらしいという事を前提として経済が働くようになることを意味する。つまり、経済の実体、貨幣の実体は、ますます曖昧な物になってしまうのである。

 多くの場合、情報という虚像に目を奪われ、その背後にある実像を見落としているのである。


参考

石油元売り3社が上方修正、今期、在庫評価益が膨らむ。[日本経済新聞 朝刊](2008/8/1)
 石油元売り三社は三十一日、今期の連結業績見通しをそろって上方修正した。原油高に伴い期初の割安な在庫による利益かさ上げ(在庫評価益)が膨らむため。新日本石油と昭和シェル石油は純利益見通しを引き上げ、出光興産は経常利益を上方修正した。
 新日石と昭和シェルは原油の在庫評価で、期初の在庫額と当期の仕入れ額を合計して平均する「総平均法」を採用。原油価格の上昇局面では在庫評価益が発生する。
 新日石は二〇〇九年三月期の純利益予想を従来の五百七十億円から九百五十億円(前期比三六%減)へ変更。ドバイ原油の想定価格を平均一バレル約一一二ドルと期初から一六ドル引き上げ、在庫評価益が九百億円発生する。昭和シェル(〇八年十二月期)は在庫評価益が五百億円。今期の純利益見通しは二八%増の五百六十億円






                    


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