経済の現状

科学は万能ではない



先日、高学歴者を集めたクイズ番組を見た。
東大をはじめ高学歴者の最大の弱点は、自分たちは頭がいいと自負していることかもしれないとその時思った。

自分以外の者、全てが馬鹿に思える者は、自分以外のもの総て天才に思える者にはかなわない。

東大生の最大の弱点は、他人の意見が聞けない事である。

物理学を勉強していある時に気が付いた。
物理を探究しているとは、解ったと思った瞬間、新たな謎が我々の前に立ちはだかり、更に謎を深めていくのである。

科学万能と言うのは、錯覚である。万能なのは科学ではない。科学以前の存在である。例え、自然の法則をすべて解き明かせたとしても人間は、万能になれるわけではない。
いくら科学が進んでも生病老死の四苦から人は解放されたわけではない。
ならばなぜ、自然界の謎に人は挑み続けるのか、その時、私は、神への信仰の尊さを思い知らされたのである。
我々が科学を学ぶのは、神の意志を知るためである。信仰心のない者が科学を探究するとその本質を見失う。

例えば遺伝子情報を解き明かしたところで、解き明かしただけでは何の意味もない。遺伝子情報の背後にある真の意味を理解しなければ、解き明かした事さえ災いとなる。

留学しているうちに、いつの間にか息子は、学歴主義者のになってしまった。日大を中退した私は、全否定されているようで哀しかった。
しかし、自分は、自分の学歴を恥じたり、劣等感を持ったことは一度もない。
日大にいたから今日の自分があるのだし、学歴などに囚われていなかったから今の自分の理論は完成された。
学問なんて何にもとらわれていない方がいいに決まっている。認められるか、否かは二の次である。真実であるか否かが問題なのである。

いつかは、解ってくれる日が来るとは思うけど…。
息子が、必死に戦って今の自分の状態を一生懸命維持しようというのはわかる。

ただ、科学は、真摯に神に向かい合ったものだけが真理を解き明かす事が出来る。
なぜなら、科学は、自分の限界を知り。
自分を超える何者かを受け入れた時、真実の扉を開いてくれるからである。



       

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