一頃よりも民営化、民営化と騒がれなくなった。民営化どころが気がついてみると欧米の金融機関の多くが実質的に国営化、公営化されてしまった。

 民営化は、万能の解決策であるかのようにすら言われた。

 しかし、民営化すれば、あるいは、反対に国営化すれば、何でも解決すると言うようには思えない。それは、なぜ、民営化すればいいのか、国営化する必要があるのかが明らかにされていないからである。

 国営化、民営化の本質的な差は、思想の違いである。国営、公営の基盤は、財政である。財政哲学、思想である。
 財政思想は、第一に、現金主義である。第二が、単年度均衡主義である。第三に、予算主義である。
 それに対し、民営事業の基盤は、複式簿記に基づく会計制度である。会計制度の思想は、第一に、実現主義、発生主義である。第二に、期間損益主義である。第三に、決算主義、結果主義である。この違いが公営と民営に関して、決定的な違いとして出てくる。

 税制の思想は、財政思想を基盤として会計制度に適合するように調整されている。日本では、税制の原則に基づいて会計的な処理を行うことを義務づけている。それが確定決算主義で、その為に、税務行政に財政思想と会計制度の制度的な歪みが生じている結果を招いている。その歪みを是正するために税効果制度が導入された。ただ、この場合の税効果制度も日本の場合は、確定決算主義による影響を排除する目的が強く。確定決算主義に基づかない国、欧米の主要国の税効果制度とは、異質な制度であることを留意する必要がある。

 これらの点を前提として民営が良いか、国営が良いかを勤惰する必要がある。

 先ず最初の争点は、財政と会計が違う思想に基づいているという事である。この問題は、財政赤字の問題とも密接に関わっている。財政破綻と言うが、何を根拠に財政が破綻しているかに関わる問題であるからである。
 財政の破綻とは、少なくとも、会計制度上における破綻というのとは異質なものである。
なぜならば基準が違うからである。基準は、基盤となる思想に基づくからである。思想が違う以上は、基準も違うものとなる。

 故に、財政破綻の根拠は会計とは別のところに求めなければならない。財政破綻と会計城間破綻は比較しようがないのである。実際のところ財政は、収支が基準であり、会計は損益が基準なのである。

 現金主義と実現主義、発生主義の違いは、現金主義が収支を基準としているのに対し、実現主義や発生主義は、損益を基準としているという事である。
 また、時間に対する考え方も財政は単年度均衡主義を、会計は、期間損益主義を採用している。
 また、財政は、予算主義、即ち、予め収入を予測して、その予測された収入の範囲内で事前に法的に支出を確定しておく予算主義を採っている。それに対し、会計制度は、会計経営活動で生じた取り引きを基準に則って記録し、事後的に集計したものを監査する方式を採用している。
 予算主義では、予算の制度が重要となり、個々の取り引き、局面での判断は重視されなくなる。それに対して、会計主義では、個々の取り引きにおける判断が重視され、その判断に対して重大な責任が生じる。
 それが、国営、公営と民営の決定的な差となる。
 予算主義は、執行に対する責任は生じるが、決定に対する責任は生じない。その為に、決められた事に対する責任感は強くなるが、結果に対する責任感は稀薄になる。
 それは利益に対する考え方にも反映される。極端な場合、予算が最優先されて、利益は度外視されることになるのである。
 結果に関係なく、決められた事しかしない、できない。それがお役所仕事と言われる由縁である。
 これは、能力や個人の価値観の問題と言うよりも思想の問題であり、組織の行動規範の問題なのである。
 また、競争の原理が働かないという事よりも、根本的な思想の問題と考えた方が妥当である。

 この点を是正するためには、民営化と言うよりも思想を変える必要がある。例え、民営化したとしても思想が変わらないと実効力は発揮されない。
 
 

国営か、民営か?

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