経済とは知性である。考えてみれば、人類が、道具や火を使い始めた事が文明の始まりだとも言える。そして、火力は、現代でも人々の暮らしに欠くことのできない要素となっている。稲作や鉄器は、人々の生活に革命的な変化をもたらした。それは、産業の変化だとも言える。そして、このような他に真似のできない技術や情報は、民族や国家、一つの文明の興亡を左右するほどの大事でもあるのである。
 産業は文明である。新たな産業が誕生する前には、必ず、産業革命や技術革新と言った知的革命がある。そして、その知的革命が国家、民族の盛衰をも決定付けるのである。
 また、多くの産業が、エジソンやベル、ワット、ライト兄弟のような知性によって生み出されている。この様に、知的才能は、民族、国家にとって英雄でもあるのである。

 1986年6月日立製作所と三菱電機の社員が手錠に繋がれる衝撃的なニュースが日本中に駆け巡った。IBMの機密情報に関して産業スパイをしたとして1986年6月22日に、日立製作所と三菱電機の社員がFBI逮捕された。所謂、IBM産業スパイ事件である。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 1987年には、ロシアに東芝の子会社の社員が軍事技術に転用できる情報を漏らしたといて、ココム違反として摘発された。東芝機械ココム違反事件。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 2001年5月には、米カンザス大学医学大学院の芹沢宏明助教授が、経済スパイ法違反で逮捕された。特殊法人・理化学研究所脳科学センターの岡本卓チームリーダーの情報持ち出しにに加担したと言う嫌疑である。この問題は、岡本氏の身柄引き渡し要求と日米双方の言い分の違いが問題となった。いずれにしても、日米間の情報に対する認識の温度差を鮮明にした事件であった。(「知財戦争」三宅伸悟著 新潮社)
 この事件は、もう一つの特徴は、遺伝情報に関する問題だという事である。つまり、知的資産は、特許と言った物理的な問題から、遺伝子やビジネスモデルと言った問題へと発展してきているのである。

 各国は、海賊版やコピー製品、模倣品の横行に手を焼くようになってきた。そして、海賊版やコピー製品、模倣品の横行は、国家間の問題、外交問題にまで発展する危険性があるのである。それほど、知的財産は、国家にとっても最重要な課題になってきたのである。
 また、防衛上の機密上の漏洩、(特に、原子力技術やバイオテクノロジー、情報技術の先端技術等)がたびたび国際問題にまで発展してきた。
 知的財産は、個人の所有物という次元を超え、国防上の問題にまで見なされるようになってきたのである。

 経済ほど知的な産物はない。つまり、経済ほど、人為的で人工的なものはないのである。自然に放置すれば、形成されるものではない。経済も、産業も、市場も、自然に成る物ではないのである。ある意味で、経済ほど人間的な産物はない。それは人間の叡智も欲望も崇高な理想も、エゴも、そう言った人間的な諸々を一切合切呑み込んだ世界が経済なのである。

 知的財産とは、読んで字の如く、知的な財産、資産である。知的というからは、知的財産とは、人的な財産である。つまり、人に付随した無形の資産である。よく人材、人財と言うが、将に、人間の能力や所産による資産なのである。

 経済は、知性である。知性の産物である。経済は、理性と言うよりも知性の産物である。それでありながら、知性を経済は軽んじてきた。知性を軽んじて、知性を欲望の支配に起き続けてきた。それが、経済が知性的な産物でありながら、品性を欠く原因となってきたのである。今でも、経済を金の問題と捉え、下品な物にしてしまう傾向がある。しかし、経済を下品にしているのは、人間の欲望である。それ故に、知性を重んじる者は、経済を軽んじるという馬鹿げた転倒が起こるのである。知性は、欲望に利用され続けてきたからである。

 かつて多くの画家や発明家が、いろんな艱難辛苦の果て人類に多大な功績を残しながらながら、認められることなく、報われもせずに、貧困の内に死んでいった。中には、迫害を受け、凄惨な死に方や野垂れ死ぬような非業の死をした者達もいる。また、自国の技術、ノウハウを守るために、厳重な管理を敷いていた国もある。知的財産が公に認められ、保障されるようになったのは、近年のことである。
 しかし、産業技術の重要性は、古くから認識されていた。赤穂浪士の裏には、赤穂の塩田の製法を教える事を拒んだためだと言う言い伝えもある。産業スパイは、今に始まったことではない。
 最近は、長者番付の上位は、実業家だけでなく、スポーツ選手、人気歌手、小説家が台頭するようになってきた。
 エジソンやベル、ワット、ライト兄弟、ノーベル、フォード、松下幸之助の例を見てもわかるように、多くの産業や企業の発展が、天才による発明に根ざしている。
 最近、各国は、知的産物の価値に目覚め、知的財産の囲い込みに躍起になってきた。産業の本質は知性なのである。知性、そして、知的産物を独占した者が、最後に経済を市場を支配するのである。

 知的財産というのは、何も、特許のような権利ばかりとは限らない。ノウハウのように経験や実績によって積み重ねられた知識や顧客情報のような長い年月に蓄積された情報もある。ブランドのような信用力もある。ただいずれも無形で他にない知的な創造物を指して言う。

 最近では、ビジネスモデルの様、物理的技術だけではなく、観念的所産のようなものまでも知的財産として扱われるようになってきた。

 知的財産には、法的に保障され権利化されたものと権利化されていないものとがある。(「知的マネージメント入門」米山茂美・渡部俊也著 日本系座新聞出版社)権利化されたものの中には、技術的なものと営業的なものがある。

 有名ブランドも知的財産の内の一つである。企業間の製品格差が縮まれば縮まるほど、商品の差別化に知的財産の果たす役割が大きくなってきた。

 技術は平準化する。故に、基礎技術的な面では、大きな差がなくなる。差がでるのは、特殊な技術、意匠、品質のような部分においてである。そこに、ブランド価値がある。

 知的財産というのは、博打のような要素がある。何百億円という金を掛けも元を取れないような物もあれば、ちょっとしたアイディアが莫大な富をもたらすこともあるのである。今日の研究開発というのは、防衛的な意味合いが強い。

 知的と言いながら、結局は、金儲けになる技術であり、地道な研究よりも山師的なアイディアの方が尊重される風潮がある。しかし、地道な基礎研究だからと言って蔑(ないがし)ろにするわけにはいかない。むしろ、産業発展の基礎となる研究は、費用を費やしながら、必ずしも金に結びつくとは限らない研究にこそある。それが経済である。経済とは金ばかりではないのである。

 貨幣経済では、市場価値の全てを貨幣価値に還元する。全てを貨幣価値に還元する以上、貨幣価値に還元できない部分は、規制しないと規律を保つことができなくなる。

 知的所有権をただ、金銭的な問題だけで捉えようとすると皮相な見方になってしまう可能性がある。知的所有権というのは、貨幣に換算されても、常に貨幣に換算できない部分を含んでいることを忘れては成らない。大体、元々が金銭に換算できないものを無理矢理金銭に置き換えているものだからである。

 知的所有権で問題となるのは、どこに知的所有権が帰属するのかという事である。これは、企業、学校、研究所、国家が、個人に絡むと複雑となる。何せ、莫大な利益、富と結びつくのであるから多くの欲得が絡み一筋縄ではいかなくなる可能性がある。

 2004年1月東京地裁は、青色発光ダイオードの開発者である中村修二に、日亜化学に対し、200億円の支払を命じる判決を下した。最終的には、2005年1月、中村修二氏に発明対価6億857万円と遅延損害金2億3534万円の計8億4391万円が支払われることで和解が成立した。
 端なくもこの問題は、知的所有権の帰属に関する問題を露呈したのである。同時に、知的所有権に絡むリスクも明らかにした。

 知的所有権は、独占にも繋がる。つまり、元々、知的所有権は、知的産物を独占する権利を指しているからである。

 いずれにしても、知的所有権の問題は、ただ個人の問題を超え、文化や人類の財産にも発展する問題である。疎かに考えると国際紛争の火種にも成りかねない問題なのである。

(参照)
2005/01/12 12:38 【共同通信】
「腐った司法に怒り心頭」
中村教授、帰国し批判会見
 青色LED訴訟が和解したものの、記者会見で不満そうな表情を浮かべる中村修二・米カリフォルニア大教授=12日午後、東京都千代田区 「腐った司法に怒り心頭」 中村教授、帰国し批判会見
 青色発光ダイオード(LED)訴訟で、日亜化学工業(徳島県阿南市)と和解した中村修二・米カリフォルニア大教授(50)は12日、東京都内で記者会見し「全く不満足。無理やり和解に追い込まれ、怒り心頭に発した」と、東京高裁の訴訟指揮を痛烈に批判した。  和解を受けて緊急来日した中村教授。充血した目で「高裁は山ほど提出した書面をまるで読まず、最初から和解金額を決めていた。これで正義の判断といえますか」と声を荒らげ「これだけが言いたくて日本に来た。日本の司法システムは腐っている」と切り捨てた。
 東京高裁は和解案で、1審判決が認定した発明の対価約604億円(支払い命令は200億円)の100分の1にあたる6億円を対価と提示。日亜が遅延損害金を含む約8億4000万円を支払うことで11日、和解が成立した。

 

知的所有権

Since 2001.1.6
本ページの著作権は全て制作者の小谷野敬一郎に属しますので、一切の無断転載を禁じます。
The Copyright of these webpages including all the tables, figures and pictures belongs the author, Keiichirou Koyano.Don't reproduce any copyright withiout permission of the author.Thanks.

Copyright(C) 2001 Keiichirou Koyano