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Copyright(C) 2001 Keiichirou Koyano

 貯蔵というのは、人間の歴史始まって以来、最大の課題である。収穫物をいかに保存・貯蔵するかは、死活問題であったし、蔵を作って、米や小麦のような穀物を貯蔵することが可能になったことで、農耕民族が成立し、定住化することができたのである。
 飢饉や災害の時、備蓄のあるなしによって生死は分かれてきたのである。
 ところが、この古くて新しい問題が、現代社会では極めて軽視されている。その為に、産業して認知されていない。

 最近は、情報も貯蔵することが可能となった。データベースである。つまり、データが価値を持つのである。
 貨幣をデータとするならば、金融機関も一種の倉庫業なものである。

 食料や石油の備蓄の必要性は、生産性や効率という面から見れば異質な基準である。しかし、いざという時には、その備蓄が物をいう。これらは、国民が等しく負わなければならない社会資本であり、社会的コストである。

 集積、保存の場というのは、貯蔵、在庫の場である。貯蔵貯蓄というのは、単に物ばかりをさすわけではない。貨幣価値や資産も含む。標準日本産業分類では、I運輸業、K金融業、L不動産業に含まれる産業である。

 集積・保存というのは、平たく言えば倉庫業である。倉庫業は、器となる建物、設備仕組みと蓄えられる財とからなる。
 例えば、食糧倉庫は、食料を蓄える倉庫と蓄えられる食料からなり、石油は、石油を備蓄するタンクと蓄えられる石油からなる。金融機関は、貨幣を蓄える金庫、又は、コンピューターと貨幣あるいは、情報である。

 そして、蓄えには、貯蔵する期間が重要な要素となる。物流の過程で一時的に蓄えられる財と何等かの災害に備えて長期的に蓄える財とでは、目的からして違う。
 また、蓄えられる財に性格によって建物や設備、機械が違ってくる。生鮮物は、冷凍設備必要となるし、また、貨幣のような高価な物は、それなりのセキュリティーシステムを備える必要がある。情報は、機械的に処理する必要がある。ただいずれにしても現物の価値は劣化する。

 ストックの問題は、在庫の問題である。

 資産は、貯蔵しているだけで価値を増大する物と価値を減価する物、中には、価値をなくしてしまう物もある。石油のようにストックができる財と、生鮮食品のようにストックができない財とがある。これは、財に対して時間が陰に作用しているか陽に作用しているかの問題である。
 特に、金融商品は、金利によって貨幣価値に時間的価値が加わっているからである。故に、貯蔵、保存と言っても貨幣価値が変動しないと考えてはいけないのである。

 経済的に見るとストックである。ストックで重要なのは、財の持つ時間的価値である。その時間的価値が上がるのか、陳腐化するのか、それが鍵を握るのである。
 その中で、現物の価値が現物としては不変である物がある。現物としての価値が不変というのは、使用価値や希少価値を指して言うのであって、貨幣価値を指しているわけではない。財の現物としての価値は、貨幣価値、つまり、交換価値を表象した物とは別個の物として独自に存在する。現物としての価値が一定というのは、時間的価値が一定と言う事を意味する。
 時間的な価値が一定というのは、現物の価値が一定だと言う事を意味する。この様な財は、市場の需給によって時点時点の価値が決まる。例えば、不動産や美術品、貴金属のような物である。しかし、それが貨幣価値と必ずしも連動しているわけではない。それぞれが独自の相場を形成している。金がその典型である。その為に、金は、兌換紙幣との結びつきを解消せざるを得なくなった。
 この様な財は、インフレによる価値の減価をヘッジする事ができる。反面、デフレ時には、歴史的価値、即ち、取得時の貨幣価値を維持することができなくなる。

 財を保存、在庫する時、財が持つ現物の時間的価値が重要な要素となる。ただ、表面に現れる確定的価値は、取引の実績によって証明されるため、取引があった時点での価値を基準とする場合が多い。それが、歴史的価値、取得原価主義である。取得原価以外に時価主義があり、今日では、時価主義を重視しようとする機運がある。時価主義というのは、時点時点での直を基準としようという思想であるが、取引実績のような何等かの実体的実績を確定するのが難しいため、恣意的なものになりやすいという欠点がある。

 ストックの価値を確定するやり方には、先に述べた、歴史的価値、取得原価以外に、直近で取引実績を基準としたり、清算価格を基準としたり、再購入する際の価格を基準としたり、仕入れ価格を基準とするやり方、製造原価を基準とするやり方、下落時の最低価格を基準とすると言ったように多岐にわたる。しかもそれが現在価値に重大な影響を与える。これは、企業収益を確定するための重大な要素である。また、担保する価値、純資産の価値と言った資金を調達する際の基準ともなる。故に、この点を理解しないと一概に企業評価は下せないのである。
 このストックに対する評価基準と変動は、資本や負債に影響するために、経済に重要な影響を与える。企業評価や景気動向に対する判断をまったく正反対なものに置き換えてしまう可能性があるのである。

 資本主義経済下では、貨幣資産は、寝かしておくと減価する。即ち、何等かの形で活用、運用しないと損をする仕組みになっている。それは、貨幣に時間的な価値が加味されているからである。
 ストックをどれくらい活用するかは、回転率によって表現される。即ち、資産を何回活用したかが、資産の運用した際の価値を決定するのである。

 現物を価値の基準としていたら、現物の価値によってその時点・時点の価値は確定する。つまり、相場が交換価値を決定するのである。

 この場合、現物としての交換価値以外の価値、使用価値や希少価値に変化がなければと言う前提に立つ。しかし、多くの財は、時間とともに質が劣化する。つまり、減価するのである。生鮮物は、これが著しい。二、三日もすれば腐って使い物にならない物が沢山あるのである。
 それ故に、備蓄は、保存技術に左右されるのである。この点、貨幣は、基本的に劣化しない。それが現金の流動性の源となっている。しかし、金利によって貨幣価値は、減価する。それを補うために、預金には金利がつく。

 これは、ストックの価値は、元本としての価値、期間、そして、金利の三つの要素から構成されていることを意味する。これは、在庫の価値を現している。

 この様に貨幣価値を貯めておく場所が金融機関である。この事は、貨幣は、情報であって現物的価値を持たないことを意味する。個体としての価値は、貨幣にとって問題とされない。記念コインのように個体としての価値を持つのは、貨幣としてではなく。それ自体が商品価値を持っている場合だけに限定される。
 情報である貨幣価値は、情報として機械の中に貯蔵することが可能である。こうなると貨幣は、信号と変わりなくなる。

 資本もストックである。もっとも活動的なストックであり、資本市場は、貨幣価値を絶え間なく増幅し、また、消滅している。ここで蓄えられた力が、実物経済を動かす力(エネルギー)となるのである。

 ストックとしての資産をどうするのかが、これから重要な課題になる。なぜならば、資産というのは、ただ寝ているのではなく。ダムが水力を溜めているように、力を秘めているからである。

 そして、このストックが実物経済に重大な影響を及ぼすのである。
 

集積・保存の場