なぜ、産業を分類する必要があるのか。そこに、重要な意義が隠されている。

 現代社会の特徴の一つは、数値、即ち、デジタル社会だと言う事である。数字がものをいう時代である。大概の事が数字によって表現されると妙に説得力を持ち、尚かつ、科学的に見えてしまう。しかし、元来、数字というものは、絶対的なものではない。相対的な尺度である。何等かのデータに基づいているとはいえ、設定や前提条件、範囲によってまったく違ったものになる。だからこそ、重要な事は、数字として現れたことよりもその前提や対象の範囲なのである。

 数字というのは、抽象的概念である。数字が抽出される前の対象は何かが重要なのである。高収益企業だとしても、その高収益を上げるために、どの様なことが行われたかは、数字の上にはなかなか現れてこない。例えば、公害や非人道的な行為があったとしてもそれは、数字の上から読みとることはかなり難しい。ところが、世の中の多くの人は、高収益企業は、優良企業だと決め付けている。少なくとも、資本市場においては、優良企業である。資本市場では、粉飾のような会計上の操作は、悪であるが、表に現れてこない定性的な問題は、関係ないのである。

 この様な定性的な問題だけではなく。定量的な事象にも問題はある。
 現代人は、何でもかんでも、数字によって、良し、悪しを判断する傾向がある。例えば、景気であり、物価であり、犯罪率であり、人口や価値観までである。少年犯罪がここ数年で、何%増加したとか、出生率が何%減少したとかと言う具合にである。野球の選手は、打率だ、出塁率だ、勝率だと、全て数字によって表される。人物評価も、あの人の年収はどれくらいで、どれくらいの資産を持っているかが、最大の関心事である。学生なんて可哀相なものである。学校の成績が全てであり、偏差値で何もかも決められてしまう。哀れなものである。

 しかし、数字なんて、元来が絶対的なものでなく。相対的なものである。重要なのは、設定であり、前提条件である。
 大概の数字は作ることができる。例えば企業収益や景気指数などは、一つではないのである。数式や前提をかえればある程度の数字は作れる。価格だって同様である。オイルショックの時、石油価格は作られたと言っても良い。為替相場も中央銀行が介入するのは、相場をある程度はコントロール、作ることができると考えるからである。ただし、作られた価格、相場は維持することが困難、と言うよりできないと考えるのが至当である。
 物価について考えても、物価を一律に捉えることほど馬鹿げたことはない。大体、物価とは何かである。日々、取り引きされる日用品や生鮮食料と家屋敷のような物を同一に計算こと自体おかしい。為替や石油価格のように急激な乱高下をするような財もある。それを味噌も糞も一緒くたにし、丼勘定をして、さももっともらしく物価指数がどうのこうのと景気の動向を決め付けているだけである。(「その経済ニュースには裏がある」本吉正雄著 青春出版社)

 物価を一律に考えることほど愚かなことはない。要は、どの様にセグメントするかである。

 分類というのは、集合の話しである。同類、即ち、同じ類、同じ要素を持つ対象を選り分けて集めることである。一つの塊、全体から一定の共通項によって抽出された部分に分別することである。故に、共通した要素、基準を探し出し、設定することが重要な前提条件になる。基準や要素を設定する鍵は、分類する目的である。
 分類とは、一定の要件、要因、条件でグループ分けすることである。つまり、条件や要因の設定の仕方が重要となる。条件や要因の設定は、分析の目的から決められる。
 グループ分けをする最重要なのは、何を共通項とするかである。

 同じ業種だと言っても、必ずしも同じ分類に属させなければならないと言うわけではない。その企業の構造や機能によって分類しなければならない。また、地理的要件、外形的要件、歴史的要件、商品特性、製造手段、技術的条件と言った要因や要件、条件によってもグループ分けは違ってくる。

 産業分類というと、単純に業種、業界によって分類しようとする傾向があるが。むしろ、機能や構造、資本形体による分類の方が、目的に合致している場合がある。

 同じ業界でも上場会社と未上場会社は違う。また、企業規模や地域差によっても違いが生じる。
 上場、未上場とは原理からして違う。大体、法が違うのである。税の考え方が違う。根本は、未上場会社は、不必要だという考え方に支配されている。
 有り体に言えば、上場会社と未上場会社とでは、柔道とボクシングほど違うのである。

 産業を分析するにしても、何の目的でどの様に分析するのかを明らかにすることが重要なのである。なぜならば、目的によって産業を幾つかの集合に分類する必要があるからである。そこに分類の重要性がある。
 分類というのは、目的によって対象を幾つかのグループに分けることを意味するのである。とうぜん範囲や境界線が重要な意味を持つ。

 つまり、なぜ、分類するのか、何の目的は産業を分類するのかが重要なのである。また、産業を分類するために、産業は何かと言う事を明らかにする必要がある。産業が意味することの範囲である。

 その前にどの様な分類ができるか。また、現在されているかを明らかにしておく必要がある。

 産業の分類の基準には、いろいろな物が考えられる。
 第一は、機能的分類である。第二に、製品による分類である。第三に、製造形態や労働形態による分類である。第四に、産業の属性、性格、特性による分類である。第五に段階による分類がある。

 第一の機能的分類とは、下部構造、インフラストラクチャー、部品、組み立て、加工、建設、通信、流通といった機能別、構造的な分類をいい。第二の、製品別分類とは、「工業製品」「農林水産物」「鉱産物」「電力・都市ガス・水道」「スクラップ類」(「企業物価指数」)最終形態である商品別、類<品目>別、業種別分類を指す。また、「投資財」(「資本財」「建設財」)「消費財」(「耐久消費財」「非耐久消費財」)といった財の種類別分類も指す。(「鉱工業出荷指数」)第三の製造形態や労働形態による分類とは、単純労働型とか、専門、熟練労働とか、装置産業、組み立て、加工といった労働形態や製造形態による分類である。第四の産業の属性、性格、特性による分類とは、労働集約型産業、知識集約型産業、設備集約型産業と言った分類産業の特性による分類を言う。第五の段階別分類とは、素材、製造(製品、半製品)、卸、小売、又は、素原材料、中間財、最終財と言った、経路、需要段階、用途別に分類する事を言う。(「経済指標はこう読む」永濱利廣著 平凡社新書)

 また、既存の分類方法には、第一に、産業形態から見た分類。第二に、商品から見た分類。第三に、原価的分類、機能的分類がある。第四に、業務形態、生産過程から見た分類。第五に、証券的分類の様な整理を目的とした分類がある。

 統計的目的による分類には、公式には、日本標準産業分類がある。証券の産業分類は、日本標準産業分類に準拠している。

 それでは、なぜ、産業を分類するのかを考えてみよう。
 例えば、会社四季報のような、証券に関連した分類法は、株式投資をするために対象企業の経営分析や資料を解析するための基準を明確にするために必要な分類となる。
 その場合、企業の会計的形態の類型が重要となる。

 産業を分類するには、それなりの目的がある。しかし、その目的が、産業を構築したり、産業政策を決定する目的で設定されたのではなく、統計や分析と言った目的で分類されたものが多い。

 また、個々の企業の業績を分析するのは、ただ単に投資目的だけではない。分析の目的や分析の対象は、分析する側の立場によっても違ってくる。例えば、銀行のように融資を目的とした場合や公共機関のように産業の育成を目的とした立場での分析は自ずと違う。徴税目的であれば、更に違ってくる。経営者や取引業者、労働者の視点も違う。ただ、分析一つとっても無目的に為されるわけではない。

 経営分析をする場合、気をつけなければならないのは、経営実績は一律に語れないという事である。得に、近代産業においては、利益は、長期にわたって均衡するという前提によって貫かれている。それが減価償却の思想である。つまり、経営収益において時間軸が重大な役割、働きを持っているのである。それが資本主義の根幹の思想でもある。

 経済活動を行えば必ず何等かの費用が生じるという事を前提としている。その費用をどの様に認識し、どの様に処理するかが、重要なのである。つまり、その費用をどの様に配分するかが、利益概念の鍵を握っているのである。そして、その利益の在り方、どこに帰属かによって投資家や金融機関、徴税者、経営者、労働者の行動規範が制約されるのである。そして、投資家、金融機関、徴税者、経営者、労働者の行動規範によって経済の有り様も決まる。それ故に、産業分類は重要なのである。

 赤字には、赤字になる原因がある。赤字は、赤字を生み出すメカニズム、仕組みがあるのである。その仕組みは、景気の好不況に直接的に影響を及ぼす。企業の収益、収支は一定ではない。それぞれの企業や産業の成長段階や置かれている環境に応じて波がある。創業期には、投資がかさんで赤字になることが多い。また、収支的には合わず、資金の持ち出しになる。
 また、収益と収支も一致したものではない。収益的には、黒字であっても、収支は合わず、資金繰りかつかずに倒産する場合もある。つまり、表面的な黒字、赤字では、企業の実態を把握することができない。
 企業業績やその集積である景気を判断するためには、企業の実態を的確につかみ、それによって政策を決める必要がある。その為には、適切な企業分類が必要となる。

 金融業界の与信格付け、正常先、要注意先、破綻懸念先、実質破綻先、破綻先の分類も産業分類の一種である。

 企業業績を評価する場合、どの時点で、何を根拠として評価するかが、重要となる。その場合、その企業が、どこに、分類されるかが重要なのである。

 この様にここの企業分析は、投資や事業、取引をしていく上で欠かせない要素である。
 そして、企業を分析するに際しても企業分類は、重大な影響を与える。つまり、企業分析は、相対的な分析であり、産業の平均値や同業社会の比較が必要となるからである。
 その場合、類似業種だから、同業者だからと単純に比較できるものではない。
 分析するにしても、ただ、類似業種と言うだけでは、不十分である。例えて言えば、同じ流通業でも、直営店を主力とした経営と所謂(いわゆる)チェーンストア方式の会社とでは、貸借対照表や損益計算書の構成が違ってくる。直営店を主とした小売業は、必然的に、固定資産が大きくなるのに対し、基本的に、加盟店が資産を所有する形式の小売業は、固定資産が相対的に小さくなる。それを同じ基準で分析することは、本来的に意味がない。つまり、貸借対照表や損益計算書の類型による分析でないと意味がないのである。
 この様に、産業分類基準は、業種だけ、又は、外形だけで設定できるのではなく、その目的に応じて設定されなければならない。故に、分類の目的が重要となる。

 しかし、本来、産業を分類する目的は、産業や産業を構成する企業の実態を解析し、産業や企業の適正な構造を明らかにする事によって産業や企業のあるべき姿を定めることである。ただ、分析したり、研究する目的だけで産業を分類しても意味がないのである。

 産業を分類する目的は、企業業績を分析することだけではない。むしろ、企業業績を分析することは副次的なことである。産業を分類する最大の目的は、経済構造を明らかにし、それによって、経済現象を予測したり、経済政策を決定することにある。
 また、経済を安定させ、経済制度が本来の目的を追求させるためには、産業を構造化する必要がある。その為に、産業を分類する必要があるのである。

 最終的には、産業構造を明らかにするために有効な構成で分類すべきなのである。つまり、構造的分類がされなければならない。

 企業は、産業を構成する部品、パーツでもある。ここの部品、パーツに機能によって企業の形態は左右される。同時に、産業の全体像によっても必要とされる部品の有り様が違ってくる。また、異業種、違う部分であったとしても共通のパーツ、部品を使用することもある。

 産業の働きや構造を解析する場合、産業をどの様に分類するかが、鍵を握る。それによって、産業の有り様や構造に対する見方が違ってくる。故に、産業を分類する時、目的を持ってされるべきなのである。つまり、産業を理解するにあたって、何をどう分類するかが、重要なのである。



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