三権の分立以外に、中央銀行の独立も必要である。

 「日本銀行が発行する銀行券は、法貨(リーガル・テンダー)として無制限に通用する」(日銀法46条2項)日銀は、日本で唯一の発券銀行である。(「はじめて学ぶ金融論」中北 徹著 ちくま新書)ここで重要なのは、法貨と言う事と、無制限に通用すると言う事である。このことによって、中央銀行が発券銀行であるという事が明確に定義されている。
 中央銀行の役割には、発券銀行の他に、第二に、銀行の銀行。第三に政府の銀行という三つがある。この三つの機能によって中央銀行は、資金の管理を行っているのである。

 資本主義を成り立たせているのは、収益と資本である。収益と資本は、貨幣の時間的価値に関係する関数である。資本主義を成り立たせているのは、収益と資本であるが、実際に経済を動かしているのは、資金である。その資金を司っているのが中央銀行である。

 資本主義の基本的運動は、資金を調達し、調達した資金を直接消費するのではなく、何等かの生産手段に投資し、それを運用して収益を得て、また、その生産手段を担保して新たな資金を得ることである。それによって資金力を増幅する。それが所謂(いわゆる)乗数効果である。この背景にあるのは、負債である。
 負債が生み出す、金利が、貨幣価値に時間的価値を与えるのである。また、同様の機能を持つの資本であり、資本が生み出す収益である。

 公共事業は、直接消費されずに何等かの生産手段に再投資されれば、乗数効果が現れる。公共事業も直接消費されてしまえば乗数効果は現れない。

 中央銀行の重要な役割は、金利によって貨幣の時間的価値を調整することにある。貨幣が金利によって時間的価値を持つと言う事が中央銀行の役割を考える上で重要な意味を持つ。

 この様な点を考え合わせてみると中央銀行の役割が見えてくる。中央銀行最大の機能は、発券銀行だという点にある。
 
 なぜ、行政から中央銀行を独立させる必要があるのか。それは、その謎を解くカギは、貨幣の機能に隠されている。貨幣は、交換価値を表象したものであり、市場に流通するのに見合う量が市場に流通している必要がある。貨幣が適正な交換価値を維持するためには、市場に流通する貨幣の量を一定に保つ必要がある。
 貨幣が必要以上に流通すれば、貨幣価値は下落する、逆に、不足すれば、貨幣価値を高騰する。

 つまり、なぜ、中央銀行は、政府から独立している必要があるのか、それは、第一に、中央銀行は、発券銀行だからである。

 発券銀行を独立させておかないと貨幣の循環が起こらなくなるからである。また、貨幣を発行させた機関が直接消費することになり、貨幣の流通を制御できなくなるからである。

 政府が、紙幣を無制限に発行しうる場合、政府は、必要な量だけ、紙幣を印刷すればいいことになる。つまり、税の必要がなくなる。しかし、それは、政府が必要な量であって市場が必要な量ではない。
 反面、紙幣は、垂れ流し続けられる上、税による回収がされないから、貨幣の循環は起こらなくなる上、流通する量を制御する事ができない。
 これが意味するのは、政府が直接貨幣を発行するというのは、発行者と消費者が同じ物であることを意味し、貨幣価値を絶対的な基準に嵌め込んでしまうことを意味する。
 必要な時、必要なだけ発行すればいいのであり、藩札のような物は、不足分を補助するだけの機能しか果たせない。
 商品券みたいな物も同じで直接消費されれば消化されてしまい。貨幣に時間的価値を附加することができない。
 貨幣に要求される最大の機能は、交換価値の表象であり、交換する権利の担保である。交換価値というのは、元来が相対的な基準であり、実物的裏付けがなければ、その機能が発揮されなくなる。
 故に、紙幣は、何等かの実体的な裏づを必要とされる。その為に考案されたのが兌換紙片であり、本位制度である。

 国家が、貨幣を直接発行することは、貨幣価値を絶対的な基準にしてしまう。貨幣は、その性格上、相対的基準である。政府は、国家の主体を体現した存在である。主体は、間接的認識対象である。観念を対象化する必要がある。故に、中央銀行が発行するのである。

 行政府が必要としたもの以上、供給もされなくなる。これは、かつて、藩札が紙幣の機能を持たなかった一因でもある。紙幣は、発行と回収が為されてはじめて循環するのであり、その為には、税制度が必要となるのである。

 では、何等かの形で、発行量を制限すればいいか。しかし、その場合、発行量制限する基準を何にすべきかが問題となる。

 実物貨幣、例えば、金を貨幣とした場合、金の保有高以上の貨幣は流通しない。その上、貨幣の保有高以上は貨幣は、流通しないうえ、生産高以上に新たに補充もされない。
 政府の保有高も何等かの形で回収されない限り、必要量が生産高を上回れば減少することになる。生産量が必要量を上回るのは、稀であるから、政府の金の保有量は減少し続けることとなる。

 また、実物貨幣は、その素材となる物質の相場にも影響を受ける。それ故に、貨幣としての価値の安定を欠く。

 兌換紙幣の場合も同様の制限があることには本質的に変わりない。つまり、保有する金の総量によって制限を受けるのである。
 この場合、市場が拡大するにつれて慢性的に通貨不足を引き起こすことになる。

 通貨の量を制御する基準は、何か。それは、市場に流通する財の総量と貨幣の量に貨幣の時間的価値を換算したものである。市場に流通する財と貨幣の総量は、需給の問題である。それに対して時間的価値は、金利の問題である。

 通貨の量を制限する基準は、市場の需給と金利の関数に求められる。なぜならば、金利は、貨幣に時間的に価値を附加するからである。

 財政の働きは、金融市場に顕著に現れる。金融市場は、財政と市場経済の接点に位置している。

 非市場型産業に対して通貨を供給するのは、中央政府、即ち、財政である。それに対し、市場型産業に資金(通貨)を供給するのは、中央銀行の機能である。

 市場型産業へは、金融市場を通じて通貨が供給される。非市場型産業に対しては財政によって資金(通貨)は、供給される。その接点に存在するのが中央銀行である。

 非市場型産業は、税制度によって一定規模に抑制する必要がある。

 労働市場によって市場型産業、非市場型産業の土台は、共有しておく必要がある。なぜならば、労働市場は、分配構造に直結しているからである。

 中央政府が直接通貨を発行すると直接的には、非市場的産業を通じて通貨が、供給されるため、市場が機能せずに通貨が市場的産業に環流しなくなる。また、市場の信任を受けられなくなる危険性がある。

 市場経済、貨幣経済が正常に機能するためには、一定量の通貨が、市場に流通している必要がある。貨幣の流通を維持するのも中央銀行の重要な役割の一つである。

 通貨を満遍なく、社会に流通させるためには、中央銀行が通貨を発行し、税制でその一部を回収するとともに、それを、公共投資を媒介して社会資本に還元する事が、有効である。

 いくら通貨を供給しても、市場に流通している通貨の一定量を回収し続けないと通貨は、環流しない。

 なぜ、財源は、税制度でなければならないのか。第一に、通貨を環流するためには、税制度が必要だからである。第二に、実物経済から財政を乖離させないためである。第三に、経済を制御する必要からである。中央政府が、税に依らず直接通貨を供給すると経済の規律が失われ、制御不能に陥るからである。(市場の調節機能が損なわれる。)

 中央銀行が政府から独立していると行っても、中央銀行の権威の後ろ盾は、国家、政府であることには変わりない。中央銀行の信認は、財政によって保障されている。中央銀行の信認は、貨幣価値の信認でもある。財政が破綻すれば、貨幣の信任が失われる。
 

財政と中央銀行

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