数ヶ月に一度、都内で、大手企業のOB達の集まりがある。
 私は、その集まりに、時々、出席する。
 彼等は、その企業をもう退職してから十年以上も立つというのに、
 今でも、その企業に在籍していたような人間関係が続いている。
 サラリーマンにとって、会社とは、何なのだろう。
 彼等にとって、会社は、人生そのものである。
 青春の想い出があり。
 家族の歴史があり。
 何よりも、自分の生きてきた軌跡がある。
 だのに、その会社を今の世の中は、悪者扱いをする。

 会社は、多くの社員の生活の面倒をみてきた。
 それなのに、多くの社員が会社を裏切っていった。
 足蹴にし、侮辱した。
 それでも、会社は、何一つ文句も言わずに、我々のために日夜働き続けている。

 どれだけの人間が、自分の会社に感謝しているだろう。
 自分の会社を、どれだけの社員が、愛しているだろうか。
 愛社精神なんて言う事を、気恥ずかしく思ってはいないか。
 会社は、お礼一つ、我々に求めはしないというのに。

 今の時代、誰が、自分の生活の面倒を見てくれる。
 生活の糧である給料を出すのは誰だろう。
 病気をした時、助けてくれるのは、誰だろう。
 何かあった時、声をかけてくれるのは誰だろう。
 事故をした時、なんだかんだ、
 処理をしてくれるのは、誰だろう。
 会社は、何も言わずに、黙々と処理をしてくる。
 子供が産まれたら、お祝いをしてくれて。
 住む家がなければ用意してくれるし。
 家を建てるとなるとなんだかんだ世話をしてくれる。
 失業したら困るだろうと、会社を辞めた後の心配までして、
 老後の資金まで準備してくれる。
 場合によれば世話までしてくれる。
 死んだ時は、最後まで面倒を見て、見送ってくれる。
 だのに、誰もが、
 それを当たり前だと思っている。
 それでも、会社は、我々に尽くしてくれる。

 それが、会社の社員に対する愛だ。
 それは、親の愛情に似ている。
 この会社の愛を皆は感じているだろうか。

 会社は、感謝する事を常に強要される。
 感謝セール。お客様に感謝しろ。
 経営者に感謝しろ。
 株主に感謝しろ。
 労働者に感謝しろ。
 国に感謝しろ。
 そのくせ、誰も会社に感謝しない。
 自分の誕生日ですら、人に感謝するためのものにすぎない。
 誰のお陰で、ここまでなれたのだ。
 でも、お互い様ではないか。
 社畜になるな、会社の奴隷になるなって。
 会社こそ奴隷扱いではないか。

 経営者だって、労働者だって会社を利用することばかり考えている。
 会社は、生き物である。
 そこで働く者の息吹がある。
 会社に魂を吹き込むのは、そこに働く人々だ。
 会社は、ただ単なる機関ではない。
 共同体である。組織である。生き物である。
 そして、人々の生活を陰で支え続けているのだ。
 こんな会社を社員が愛しても、不思議はない。

 サラリーマン達は、会社を辞めた後、そっと集まってくる。
 そして、自分が勤めた会社を誇らしげに語り合う。
 時には、大のおとなが、涙を流して社歌を歌う。
 働く者にとって会社とは、そういう処なのだ。
 忘れられない存在なのだ。 

会社って何なのだろう

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