日本人の心

 祖父は、十銭硬貨を握りしめ、蒸かし芋一本懐に入れて。埼玉から線路を歩いて東京に出てきたそうだ。艱難辛苦の末に、結構大きな酒屋を始め、近郊に牧場まで持てるほどになったそうだが、関東大震災で全財産をなくし、父が生まれた時は、下町で豆腐屋を細々と商っていた。その祖父も父が二十歳の時になくなりました。
 祖母は、小学校に上がる前に子守り奉公に出され。その関係で、字が読めなかった。子供の頃、絵本をもって祖母のところへ行くとめがねをなくした振りをされたものである。
 そんな関係で父は、小学校しか出ていない。子供の頃は大層、貧乏だったようである。小学校へ上がる前に扁桃腺になり、近く病院の院長にただで手術をしてくれと掛け合い、後でこっぴどく祖父に叱られたと聞いたことがある。
 父は、戦時中は工兵として出征し、満州、釜山と転戦し、宮古島で終戦を迎えた。父が祖母のところに帰ってきた時、祖母は、父の足をじっと見ていたそうだ。父は、自分の足を叩きながら、「幽霊じゃないよ。生きて帰ってきたよ」と言ったと聞かされた。宮古島では、食う物もなく。飢えで苦しめられたそうである。飢えというものの怖ろしさを子供の時よく聞かされたものだ。
 戦後は、後年世話になった会社の社長に見出され。それこそ、死にものぐるいで、働いていました。私が子供の頃は帰宅時間も遅く。母は、「いつ帰ってくるの。」「いつ帰ってくるの。」と私に聞かれるのが切なかったと言います。
 父は、いつも、自分にご褒美を決めていた。ウィスキーで言えば、トリスから、サントリーのホワイト、角瓶、オールド、リザーブと何かある毎に格を上げ。また、車もサニーから始まり、ローレルになるまでずいぶんと時間が経ったものだ。
 私は、そう言う親父の後ろ姿を見て育ってきました。
 あの頃は、本当に何もなかった。卵一つでもご馳走でしたし、店屋物と言っても、よくてたねき蕎麦か、きつね蕎麦、かけ蕎麦が多かった。天丼、カツ丼なんて年に数えるほどしか食べられませんでした。
 住み込みの人間がいつもいたために、母は、人の面倒を見るのに忙しく。一種の共同体みたいな生活をしてきました。食いぱぐれ、住む場所もない人間が、一杯の飯にありつくためだけに、住み込みで働きに来ていました。先におかずを食べてしまはないと自分のものがなくなってしまうので、白飯だけ後で食べる癖がついてしまいました。ご飯を食べ残すと叱られるので、必ず、最後には、飯椀をひっくり返して父や母に見せたものです。弁当の蓋についた米から食べ、最後には、お茶をすすったものです。それでも、惨めに感じたことはなかった。惨めなのは、目の前で苦しむ仲間を救えない時だけです。
 どんなに辛く苦しくても、助け合って生きてきた。同じ釜の飯を食ってきたのです。そう言った先達が、苦労に、苦労を、重ねて、今日の日本を、業界を築き上げてきたのです。
 本当に何もなかった。テレビもなければ、冷蔵庫も、洗濯機も、掃除機もない。そんな電化製品どころか、食べる物すらない。今から思えば粗末なカツ丼やラーメンがあんなにうまく思えたのは、なぜだろう。今は、口がおごってしまって、どんな贅沢な物を食べても美味しく感じない。一杯の白飯に涙して食べたものだ。
 何もなかったけれど、未来に対する希望や憧れは、忘れなかった。だから、何もなかったけれど陽気でした。そして、世の為、人の為。世の中や国の役に立ちたいという心意気だけは、皆もっていました。少なくとも夢があった。志があった。そして、お互いに助け合い。また、誇りを忘れなかった。
 親父達が営々として築いてきたこの業界が荒廃し、衰退していくのが忍びない。
 親父は、私に、常々、言ってきました。商売人にとって信用は命よりも大切なものだ。我々がこうやって商売が続けられるのは、信用があるからだ。その信用も、ちょっとした怠慢、不心得であっという間に失う。恩を忘れるな。縁を大切にしろ。自分一人で生きてきたと思うな。世間様のお陰で今日があるんだ。お天道様に顔向けできないようなことはするな。後ろ指を指されるようなことはするな。正正堂々の人生を生きようじゃあないか。物事には、通すべき筋がある。重んじるべきは仁義、信義だ。人間として、恥ずべき行いだけはするなと。日本人としても誇りを忘れるな。
 大事なのは、志である。志すところだ。仁義、男気、心意気である。
 今、我々の業界は大切な時だ。エネルギーは、国家の死命を制する大切な物資である。省エネも進めなければならない。技術革新も待ったなしである。競合エネルギーとの戦いも勝ち抜かなければならない。それよりも何よりも、この国の未来が混沌としているのである。環境問題も深刻さをまし、我々業界の姿勢が問われているのである。保安の維持も急務である。人材も育成しなければならない。このままでは、我々の業界が立ちいかなくなる。

 創業の頃は、貧しかった。我が社だけでなく。日本中が貧しかったです。飢えて死ぬ判事までいた。それでも、お互い様と助け合い。道義を重んじてきました。
 今は、豊かになり。物に溢れている。テレビだって車だって一家に一台どころか、一人に一台ほど普及した。飢えに苦しめられることはなくなりました。なのになぜ、人は志、人間としての道を忘れとしまったのか。信義も、節度もなくしたのか。我利我利亡者ばかりなってしまった。
 昔は、貧しくとも人の情けがあった。今は情けが廃れた。

 世の為、人の為なんてとうの昔に忘れられ。信も義も、人情や義理も、恩も何もあったものではありません。男気も侠気も、心意気も、意地も、男としての誇りも今は地に落ちました。
 でも、私は、血の一滴まで日本男児である。その矜持だけは捨て切れない。
 もし、それが道理に反することならば、全身全霊をもって命をかけて戦うまでである。私は、父より、義を重んじ、名こそ惜しめと躾られてきた。それが、日本のもののふであり。日本の商人である。

 今、業界は、存亡の淵にたたされている。石油の異常な高騰、温暖化問題、資源の枯渇問題、競合エネルギー問題、人材不足問題どの一つとっても業界の存亡に関わる大事である。今、目先の利益に走って公を顧みなければ、共倒れするばかりだ。今は、結束すべき時である。団結すべき時ではないか。私利私欲に走るべき時ではない。

 信なくば、立たず。
 商売は、きれい事ではない、手段を選ばないと言われればそれまでである。しかし、それでも人として守らなければならない節度は、自ずとあるはずである。
 王道こそ進むべきであり。山賊、夜盗の類になり果てては、どのかんばせあってこの国を、命賭けて守った人々に、まみえることができるのか。恥こそ知るべきです。王道を歩むならば、徳こそ問うべきである。

 今、危急存亡の時にあたって、あえて、私は問いたい。どこに大義があって、何に、名分を求めるのか。人の道とは何なのか。

 また、あえて、更に問いたい。我々にとって、今、何が一番大事で、我々は何を為すべきなのかを・・・。そして、何を護るべきなのかを・・・。           

人はなぜ変わるのだろう

昔、上野戦争の時に福沢諭吉が浩然の気を養えと生徒達を鎮めたと聞いた。
自ら(みずから)反(かえり)みて縮(なお)からずんば、褐寛博と雖も(いえども)吾懼(おそれ)れざらんや、自ら反みて縮ければ、千万人と雖も吾往かん。
吾、一人往かん。会いに行きますよ。一人でいきますよ。

義を見てせざるは、勇なきなり。

清く、正しく、美しく。世話をやく、面倒を見る、謙虚、謙譲、徳、正義、大義、義理、人情、侠気、義侠心、男気、意気、意気地、信義、友誼、友情、赤心、誠、誠心誠意、けじめ、一所懸命、大和魂、慈悲、慈愛、志、矜持、潔さ、恥、名誉、節度、貞節、純真、純潔、純粋、純情、潔癖、無垢、仁義、道徳、世の為、人の為、恩、道義心、親孝行、克己心、廉恥、羞恥、惻隠の情、もののあわれ、配慮、思いやり、労り、配慮、礼儀作法、良識、良心、常識。そして、真面目、正直。
これらの言葉は、皆、死語になったか、死語になりつつある。死語になると同時に、実体もなくなった。そのあげくが、ひきこもりやニートである。
羞恥心という言葉が流行りだした。しかし、それも羞恥心の意味とはまったく別のところである。言葉そのものが形骸化している。空疎にひびく。
死語となった言葉、古くさい言葉でしょうか。馬鹿げた言葉でしょうか。くだらない、滑稽な言葉でしょうか。意味のない言葉というのでしょうか。

我々の祖先が大切に守り育んできた日本人の魂は、日本人の心は、どこへ行ったのでしょう。どこへ消えていったのでしょう。

有名になりたいというただ、それだけで人々を平然と殺戮する若者がいる。ただ、自分の欲望を満たすために、多くの人々の幸せを踏みにじる者がいる。自分の野望を達成するためなら、平気で愛する人々を犠牲にする者がいる。金儲けのためなら、手段を選ばない者がいる。この国は、どこか病んでいる。

私は、沖縄に飛行機で行った折、特攻隊で死んでいっていた方々のことで、自分が、思い違いをしていたことに気がつきました。
特攻というと、敵艦に体当たりしていく華々しいところを思い浮かべますが、重い爆弾を抱え、敵艦を求めて、ひたすら、あの小さな飛行機で長時間にわたって飛んでいく。その凄さだと思います。一体、まだ二十代の若者が何を思い、何にを祈って耐えたのか。その心根こそ忘れてはならないのだと・・・。
彼等は一体、一命をかけてまで何を護ろうとしたのでしょうか。

生き残った我々が、死ぬ者、貧乏と、彼等を犬死にとあざ笑い、嘲笑することが許されるというのでしょうか。
日本人としての心を忘れ、私利私欲のために、公序良俗を軽んずるものを見ると、私には、彼等を冒涜し、侮辱しているように思えてならないのです。
我々には、彼等が護ろうとしたものを、護り続ける責務があるはずです。
彼等が、爆弾を抱えてこの空を彷徨っている時の心情を思えば、自分の幸せばかりにとらわれているわけにはいかなくなる。
今、沖縄は、一大リゾート地と化し、若者達が青春を謳歌しています。平和は尊い。ほんの四半世紀ほど前、ここが激戦地であったことなど、そして、幾多の無辜の民が戦に巻き込まれて無惨に殺戮されたことなど、夢のようである。平和は尊い。しかし、その平和を築くためにどれだけ多くの犠牲が払われたのかを、我々は、忘れていいのだろうか。
確かに、日本は豊かになった。しかし、彼等が大切にしてきた、日本の心。言葉は今死語となりつつある。その責任は誰にあるのか。それは、我々一人一人が自分の心に問うべき事です。

其の本(そのもと)亂(みだ)れて末治まる者は否(あら)ず。

今日、我々は、平和を謳歌し、豊かさを享受する。しかし、この平和は、我々の父祖の尊い犠牲の上に成り立ち、豊かさは、血と汗によって成就したことを忘れてはならないはずです。

無頼の輩を雇って乱暴狼藉を行い。客を安値で欺き。自分より弱い者をいたぶり、暴力をもって威嚇する。法を蔑ろにし、公の秩序を乱す。利益を専らにして、義をわきまえない。

一人貪戻(たんれい)なれば一国乱をなす。その機かくのごとし。これを一言事をやぶり、一人国を定むという。

人間は、天罰の怖ろしさを忘れてしまった。天罰は、突然、降る。しかし、天罰を招くのは、人間の所業である。天は、本来、慈悲深く、人々を見守っておられる。しかし、人間が天の慈愛に甘え。驕り高ぶり、放埒な生活を繰り返せば、天罰は突然下される。その時、天を呪うのも、天に許しを請うのもお門違いである。呪うならば、自分を呪え。許しを請うならば、自分に許しを請え。
人間は、所詮、いつかは、死ぬのである。他人の迷惑を顧みず、好き放題し、放埒に死んでいくのも、ただ、志に従って、従容として死んでいくのも、死には変わりない。確かに、変わりないが、その死を選ぶのは自分である。
あなたも、いずれは、死ぬのです。それもいつ死ぬかは、わかりません。しかし、いつか必ず死は、誰にでも訪れる。死のうは一定。自分の目の前に、死に神が立ったとき、どう申し開きをするというのか。ただ、ただ、自分の所業を受け容れる以外にない。それを人間は最も怖れてきたのです。

徳は本なり。財は末なり。

あなたもいずれは死ぬのだ。死に際し問われるのは、あなたの生き様でしかない。
それを承知ならば、恥も捨て、名も捨て、誇りも、道義も、恩も忘れ、信義も、義理も、人の情けも、人の道も捨て、ただひたすら金儲けに走ればいい。

千載に汚名を残すのも勝手、大義に殉ずるもまた良し。それを選ぶのは自分である。私は、大義に殉ずる覚悟はできている。
義を重んじ、名こそ惜しめ。

善なればこれを得、不善なれば即ちこれを失う。

これから、我が産業は、正念場を迎える。それぞれの企業が、それぞれの持ち味を活かし、使命、天命に従って、世の為、人の為に働くことを選ぶのか。それとも、私利私欲に走り、目先の利を争って共倒れする道を選ぶのか。それとも利を専らにし、我のみよければいいとするのか。心して返答しなければならない。覚悟しなければならない。

売られた喧嘩は買わねばならぬ。しかも、何の理(ことわり)もなく売られた喧嘩なのです。

内に省みてやましからずんば、それなにをか憂え、なにをか懼れん。

私は、あなたに会いに行く。あなたの目を見に行く。その瞳の奥に何があるのかを見定めにいく。性根を見に行く。心底を見に行きます。一人の日本人として・・・。

私は、あなたが知りたい。あなたの心が見たい。あなたは、血も涙もない人間なのか。目的のためならば、手段を選ばないのか。金のためならば、どんなに汚いことでもやるのか。人の道を外しても恥じないのか。恩ある人を裏切っても後ろめたさはないのか。己が良ければ他人なんてどうなってもいいのか。

過ちて改めざる、これを過ちという。

我々は、この国を守り、継承していく責務がある。我々が、今、出す結論は、我々の子孫の運命を決するのである。この事、肝に銘じるべきだ。

返答やいかに。


何が人間を変えるのか。
何が、人を狂わせ、
道を誤らせるのか。
真っ当な生き方をしていれば、こんな辱めを受けずに済むのに・・・。
家を守っていれば離散の憂き目にあうこともない。
なのに、なぜ、人間は、愚かな理由で変わってしまうのか。

酒に、女に、金に、博打。
地位に、名声。
虚しいばかりではないか。

守るべきは、人の尊厳。
人の道。
恥ずべき行為だけは、とるまいぞ。
 

日本人の心

Since 2001.1.6
本ページの著作権は全て制作者の小谷野敬一郎に属しますので、一切の無断転載を禁じます。
The Copyright of these webpages including all the tables, figures and pictures belongs the author, Keiichirou Koyano.Don't reproduce any copyright withiout permission of the author.Thanks.

Copyright(C) 2001 Keiichirou Koyano