経済の現状

日本経済の現状について

投資キャシュフロー



投資という思想


投資とは思想である。投資という思想が確立された事で近代経済も資本主義経済も成立したと言える。
近代経済、資本主義経済は、投資によって成立した。

複数の出資者、投資家から資金を集め、それを元手にして事業に資金を集中的に投入する。投資と言う思想が確立された事によってそれまで強権的権力者にしかできなかった大規模な事業を民間でも興す事が出来るようになった。これは画期的な出来事だったのである。
そして、投資によって経済の自由化、民主化が可能となった。

投資という概念が確立する事によって鉄道や港湾、運河など個人では資金を負担しきれない事業を成し遂げる事が可能となった。また、一般庶民が住宅を所有する事も可能となった。

投資を裏付けているのが資金調達の技術と借金の技術であり、これが資本主義を発達させた。資本主義の発達に伴って金融は確立されるのである。
資金調達と借金は、表裏の関係を成している。資金調達と貸借が表裏の関係となって資本を形成するのである。

投資は、調達と運用によって成り立っている。調達と運用、それが投資の根本であり、複式簿記の骨格でもある。そして、資本主義の本質である。また、貸借を基礎として損益は成り立っている。その貸借の枠組みを構成するのが投資である。

故に、投資は、国家も企業も家庭も、全ての経済主体の枠組みを形成する。投資で重要なのは、構想と、計画である。投資は、明確な構想がなければ成り立たない。それは事業計画の土台となる。その基礎の上に、人、物、金の計画が構築されるのである。

投資は、設備投資だけを意味しているわけではない。企業に生産手段に対する投資があるように、財政には、公共投資があり、家計には、住宅投資などの消費投資がある。そして、各々の投資がそれぞれの局面で独自の働きをしている。

投資には、実物投資と名目的投資があり。実物投資は、公共投資と民間投資があり、民間投資には、設備投資と住宅投資がある。名目的投資とは別に、金融投資がある。また、投資には、範囲による区分として国内投資と海外投資がある。

この様に、財政、家計、非金融法人、金融法人、海外部門と部門ごとに投資があり、各々投資の性格が違う。
例えば、公共投資と住宅投資は、消費に対する投資で、設備投資は、生産手段に対する投資と言える。
公共投資と住宅投資は、最終消費に対する投資であり、設備は中間消費に対する投資だともいえる。

投資は、長期的資金の働きによる。即ち、投資した資金の働きが長期にわたる事業を言う。
投資は、基本的に多くの資金を必要とする。
故に、資金の調達手段とその返済手段によって投資の性格は変わる。

また、大きな事業であればあるほど準備期間が必要となり、収益が上がる、更に、利益を計上できるようになるまで時間がかかる。その期間でも必要な経費はある。その間いかに資金をつなぐか、また、その投資をどの様にしてどれくらいで回収するかが事業の成否を決める。この様な投資が重なると大きな波を形成する様になる。
つまり、投資資金は、経済の一定の波の基調となるのである。

投資は、経済の長期的変動に対して重大な影響を及ぼしている。
投資が景気を左右していると言っても過言ではない。
投資は、投資してから回収まで一定の期間がかかる。投資から回収までの周期が景気の波を造り出している。

一般に投資に対しては、投資対効果を測定し、資金計画に基づいて資金の運用が計られる。つまり、投資は、一般に資金の貸し借りを基として成り立っている。

投資には過程がある。投資は、資金を調達し、事業に投資した時から資金を回収するまでの間に一定の期間を要する。そして、その間に資金が経済主体を循環する事で経済の仕組みが機能するのである。資金が回っている間は、経済活動を持続する事が可能となる。
故に、投資対効果を測るためには、投資した金額と投資した金額をどれくらいの期間をかけてどの様に回収するかを明らかにする必要が生じる。この投資対効果を測る手段として期間損益は、発達したと言える。


投資が経済に与える働き


投資とは、将来、経済的利益を得る為に、資産や権利に資金を投入する事である。経済的利益とは、収益だけを意味するのではなく。消費による経済的利益も含まれる。つまり、生きる為に必要な資源やサービスを経済的に経済的に得る為に、生産手段や消費手段に資金を投入する事である。

投資には、公共投資、設備投資、在庫投資、住宅投資、金融投資等がある。

投資の主体は、一般政府、企業、金融機関、家計、個人である。


国民経済計算書


投資で一番大きな部分を占めているのは、民間の設備投資なのがわかる。そして、一般政府と民間の住宅投資が拮抗しているのが読み取れる。


国民経済計算書

公共投資と民間の住宅投資は、ある意味で市場全体に対して同程度の影響を及ぼしていをしている。
公共投資の効能を見る時は、民間の住宅投資を合わせてみる必要がある。


国民経済計算書

経済全体に与える投資の影響は民間の設備投資の変動によるところが大きい事がわかる。ただリーマンショック後投資が抑制的である事が読み取れる。

投資の主体は、大きく分けて民間と公的部門に分けて考える事が出来る。


国民経済計算書

バブルの形成期においては、総資産に占める公的部分は、減少していたのが、バブル崩壊後は一転して、総固定資本形成に占める公的部分が増加している事がわかる。
これが財政を圧迫していると考えられる。


国民経済計算書

バブル形成期において民間の設備投資が盛んになり、それが財政負担を軽減したのがわかる。財政に対して民間投資が重要な働きをしている。

投資の働きは、基本的に長期資金である。投資は、将来の収入を担保としている。投資において何が一番重要かと言えば、投資した資金をいかに回収するかにある。
投資キャッシュフローの重要性は、意味はその点にある。それを理解しておかないと投資キャッシュフローをどの様に評価するかも定まらない。回収を前提としない投資は、経済的に投資としての意味がない。
投資資金の回収は、経常収入と清算利益による。
その意味では、公共投資は、財政収支に基づき、設備投資、在庫投資は、事業収支に基づき、住宅投資は、事業収支、家計収支に基づき、金融投資は、金融収支に基づいていなければならない。

投資が経済全体に与える影響は、第一に市場に資金を供給。第二に、投資は固定資産を形成する。第三、に、投資は、債権と債務を派生する。第四に、財務の根源となる。投資と財務は表裏の関係にある。第五に、投資は、付加価値を生み出す。第六に投資は社会基盤を構築する。

投資は、資金を市場に供給する。投資は、貸借資本取引を主とする。投資資金の動きは、償却費、清算時を除いて基本的に損益上に表れずに、貸借上で清算される。
現金収支は、一時的なもので、経常的な収支ではない。

投資は、長期資金の働きによって市場の枠組みを構築する。

投資は、初期投資と運転資本、及び、資金の回収からなる。この投資の流れにそって長期資金の効用が発揮される。
投資は、資金調達と資金運用の二つの部分から成り立っている。そして、資金調達は、会計上の借方に資金運用は、貸方に表れる。
資金の回収は、収益を基礎としている。但し、貸借資本取引は、損益上に表れず。資金計画と損益計画は、別物である。
初期投資によって、産業や企業の基礎構造は構築される。言い換えると初期投資によって産業構造や企業構造は制約を受ける。それは会計に反映される。

投資計画で問題となるのは、初期投資の大きさと投資した資金を回収する期間である。
資金の回収は、初期投資が大きければ大きいほど時間がかかる。しかも、一定の収益を維持し続けなければならない。
必然的に過当競争を避け、寡占、独占状態を求めるようになる。

投資した資金の回収は、投資した対象の耐用年数の範囲内で収まるように計画されなければ、再投資の資金を確保する事が難しくなる。

投資は、産業や企業の初期条件を確定する。初期条件は、損益分岐点、収益と費用構造、価格、資金等を制約する。つまり、投資は、産業の前提となるのである。
この点を検証する為に、家電業界(電気機械器具製造)と電力業界(電気)とを比較してみる。

家電に代表される電気機械器具製造業の設備効率は、電力会社の10倍近くある。同じ電気を扱う産業だと言ってこれだけ大きな差が生じるのは、初期投資、分母の固定資産の違いによる。
初期投資が大きければ、それだけ投資資金を回収する為に、時間がかかることを意味する。

電力業界は、、ニクソンショック、オイルショック、プラザ合意、バブル崩壊、リーマンショックなど経済的出来事に敏感に影響を受けている事がわかる。特に、東日本大震災は、深刻な影響を電力業界に与えている。


法人企業統計

投資は投資効率によって評価される。
投入した資金に対する見返りがどれくらいあれば、投資した資金を回収したうえで、なおかつ、どれくらい利益を上げられるか。それいかんによって投資をするか、しないかは判断される。

営業利益率は、投資効率を表す指標でもある。
家電業界の営業利益率を見ると右肩下がりに下がり続けているのが読み取れる。これは、投資効率が低下している事を表している。


法人企業統計

有形固定資産の回転率は、電力業界は、家電業界の十分の一程度である。
売上に対して電力業界がいかに大きな固定資産を持っているかがわかる。翻っていえば、電力業界は、それだけ巨額の初期投資をしている。その為に、長期にわたって一定の安定的な収益が求められるのである。
電力業界は、過当競争に陥り、安定した収益が見込めなくなると破綻してしまう。しかし、規制をしなければすぐに過当競争に陥り易い。なぜならば、償却資産から派生する固定費が大きいからである。償却費は、現金収支と一致していない。故に、損益上現金収支にとらわれずに設定できる。うがった見方をすれば利益操作が可能な勘定である。

有形固定資産の回転率は、東日本大震災を境に対称的な動きをしている。


法人企業統計

労働装備率に至っては、電力業界は、家電業界の二十五倍もある。
この様な差が初期投資のむ段階で生じ、設定されるのである。
一律、同じ基準、政策によって扱うのは、最初から無理があるのである。
規制緩和、自由化と言っても一律に処理するのは、限界がある。



法人企業統計

固定資産は、有形資産と無形資産の二つがある。また、償却資産と非償却資産となる。固定資産は、社会基盤を構築する。

投資は、債権と債務を生み出し、債権と債務は財務の源になる。財務の基礎は投資に対する資金調達に始まる。故に、投資と財務は表裏をなす。
そして、債権と債務の関係によって資金の流通量は調整される。

固定資産は、簿価の他に時価を形成する。固定資産は、独自に相場を構成する。

投資は、生産される財の性格に依っても違ってくる。生産される財は、用途別に生産財、耐久消費財、非耐久消費財、建設財、資本財がある。

投資の鍵は、どの様な手段で、誰から資金を調達し、調達した資金を何に使い、投資した資金を、何によって、どれくらいの期間で、どの様にして返済するかにある。

電力業界のような巨額な資金を必要とし、固定費が大きく、商品格差が少ない電力のような産業は、独占的な環境でないと長期にわたって一定の利益を保ち続ける事は難しい。また、電力は、製品の性格上、安定的な価格を維持する必要がある。電力料金は、物価、可処分所得、双方に与える影響が大きいからである。また、価格の中には、保全、保安、環境対策、緊急時対策など欠く事の出来ない固定的費用が含まれている。
家電業界のような商品のライフサイクルが短く、商品格差が大きく、商品の流行り廃りが激しい産業は、短期間で投資した資金を回収しようとする。その為に、過当競争による値崩れを起こしやすい。また、研究開発資金に収益の中から多くの部分を割かなければやっていけなくなる。
つまり、投資資金の回収期間は、商品の特性と投資した生産手段の性格、双方の性格によって制約を受けている。
価格に対する考え方も電気料金と家電製品とでは、全く違うのである。

投資した資金を回収する期間は、投資した資産の耐用年数に依存している。耐用年数は、基本的に減価償却期間に相当するとみなされる。

ただし、注意しなければならないのは、減価償却費と資金計画は一致していない点である。第一に、資金計画は、投資資金全体を網羅しているのに対して、減価償却費は投資資金の内、償却資金の部分しか抑えていない。また、償却期間、償却費と借入金の返済期間、返済額は別物である。利息分は、費用として計上されるが、元本の返済は、損益上に計上されない。それ故に、元本の返済は、償却資産にあたる部分は、償却費が当てられ、非償却資産、主として不動産にあたる部分は、資産を担保として借入に充てるか、自己資金で賄うしかない。投資の根本には、資金計画がある。
それ故に、投資は、財務の根源を構成するのである。



法人企業統計

電力業界は、今世紀に入ると急速に付加価値率を低下させている。特に、家電業界の付加価値率に逆転されるぐらい東日本大震災が大きく影響している。付加価値率は、言い換えると粗利益率である。つまり、利益の基が脆弱になっている。


法人企業統計

減価償却費は課税所得を計算する上での根拠となり、また、配当利益を計算する上の根拠ともなる。
故に、減価償却期間は投資計画の下敷きとなる。
減価償却資産には、建物、建物付属設備、構築物、生物、車両・運搬具、工具、器具・備品、機械・装置等がある。
償却期間としては、建物等は、50年を越えるものすらある。

耐用年数は、裏返してみると対象となる資産の耐用年数でもある。対象となる資産が建物であれば、建物の寿命であり、自動車ではあれば自動車のライフサイクルを意味する。
つまり、電気設備等は、5年から15年程度がライフサイクルとなる。これは、製造設備のライフサイクルにも相当する。

経済は、投資計画と資金の回収計画の関係によって一定の波を持っていると考えられる。だからこそ、経済は、長期的展望を持つ事が求められるのである。近視眼的な生産や経営では、経済が土台から崩れてしまう。

投資する側からすれば、生産量と販売量を限りなく一致させ、在庫による歩留まりを少なくしたい。
利益は、初期投資、運転資本に販売経費を上乗せし、それに見合う売り上げを一定期間、安定的に確保する必要がある。
投資した資金の回収が固定的に負担になっている事を忘れてはならない。

目先の利益のみを追求し、返済資金が滞った事がバブル以降の日本経済の低迷の原因なのである。返せない債務を飛ばしのような手段を駆使して先送りした事が累積債務の原因となったのである。
不良債権は不良債務でもある。

重要な事は、償却できない資産の債務は、資産価値の上昇分を担保として資金調達をしてきた。資産価値が下落し債権が不良化した時、債務も不良化したのである。その債務の処理を債権の上昇を期待して先送りした事がバブル崩壊の傷を深くした。その不良債務は、2018年現在でも重く日本経済にのしかかっているのである。

投資効率を測る指標の一つは、生産性である。有形固定資産の回転が、バブル崩壊後低下しているのが顕著に表れている。しかし、有形固定資産の回転率が低下しているのは、第二次石油危機から始まっている。むしろ、石油危機の影響が大きかったことを示している。


法人企業統計

設備効率は、投資がどれくらいの付加価値を生み出しているかの指標である。
第二次石油危機後、設備効率は低下している。それだけ投資が生み出す付加価値が圧縮されている事を表している。
この傾向は、有形固定資産の回転率とほぼ軌を同じくしている。


法人企業統計

労働装備率は、従業員一人当たりの投資を表している。従業員を基準にして投資効率を比較するための指標である。
比率は、企業規模や製造工程などによって違ってくる。労働集約型、資本集約型によって違いがある。
固定資産を従業員数で割った労働装備率は、バブル崩壊後も上昇している。一人当たりの固定資産の割合がバブル崩壊後も上昇していたことがわかる。


法人企業統計


公共投資は、社会資本、設備投資は、生産手段、住宅投資は、住宅資産、金融投資は、金融資産を生み出す。
社会資本や生産手段、住宅、金融資産は、社会の基盤を構築する。
そして、社会基盤によって付加価値が形成される。
故に、投資は、付加価値を生み出す。利益、償却費、人件費は、設備投資が基となり、金利は金融投資が基となり、地代家賃は、住宅投資が基となり、租税は、公共投資が基となる。

公共投資によって景気を制御できると考えるのは、危険な思想である。
景気と言うのは、市場的現象であり、公共投資は、あくまでも補助的手段である。
リフレーション政策を主張する人が力を得ているが、そもそも、リフレーション政策も敵適度なインフレーション状態を保つ事を軸としている。適度なインフレーションを維持す目という事は、通貨と物価の関係の上に成り立っているのであり、根本は、生産、所得、支出の関係や構造に収斂するのである。ただ公共投資を増やし、金融緩和をすればいいという訳ではない。
リフレーション政策と言っても主軸は、市場をどの様にするのかであって、財政政策や金融政策は、その延長線上で考えられるべき事である。
また、財政政策や金融政策は、市場の状態、前提条件によってその効果は、制限される。同じ財政政策や金融政策でも市場環境、状態、制度的な前提が変われば効果は変わってくる。
一番、重要なのは、適正な収益、所得をいかに実現するかにあって、それは、需要と供給の関係から測られる事なのである。
闇雲に公共投資を増やしてもそれが民間企業の収益に影響を与えられなければ効果は、期待できない。公共投資が効果を発揮する為には、雇用を増やし、所得を適度に分散させなければならない。
公共投資が投資で終わっている限り、公共投資によって資金は、市場に供給される事はない。もう一つ重要なのは、現金収支は、部門間均衡によって保たれるのであり、国債によって景気対策と言う目的だけで公共投資を増加させることは、部門間の歪を拡大するだけである。




投資の目的



投資には、生産的投資と消費的投資がある。生産的投資には、設備投資や在庫投資、金融投資等があり、消費的投資には、住宅投資や公共投資がある。
生産的投資は、収益を目的とした投資で、消費的投資は、長期的な効用を継続的に得る事を目的とした投資である。

一般に問題とされる投資は、収益を目的とした生産的投資である。
しかし、社会全体から見た場合、消費的投資の影響も無視できるものではない。また、経済対策として、消費的投資は活用される場合が多くある。

投資の目的は、投資した対象を運用して長期的に何らかの経済的効用を継続的に得る事にある。
投資の特徴は、一時的に多額の資金を調達し、それを長期間かけて生産していく事になる。問題は、初期投資の資金をどの様にして調達し、それをどの様にして何によって返済するか。そして、返済資金を何に求めるかである。
資金の調達先は、内部と外部がある。資金の調達先を内部資金に求めるか外部資金に求めるかによって事業体の形態にも違いが生じる。

生産的投資の要は、民間企業の設備投資である。
民間企業の投資活動の目的には、設備投資と資金運用、関連会社の支配などがある。

また、資金の調達手段が確立される事によって資本を分離する事が可能となり、経営と資本が分離される事によって資本の概念が確立されたと言える。故に、投資の働きを理解しないと資本主義は理解できない。

設備投資は、期間損益上は、減価償却費という費用によって一体の期間をかけて償却される。しかし、実際の資金計画と減価償却費とは別勘定である。実際の現金収支は、資金の調達手段、即ち、借入によるのか増資によるのかによって違いがある。また、借入金も約定によっても変化がある。

更に投資を回収する資金源は、基本的に収益や所得である。生産手段に対する投資と消費に対する投資の決定的違いは、生産手段に対する投資は、支出に対して利益を想定するが、消費に対する投資は、残高のみを想定すると言う点である。

例えば、住宅投資は、住宅を購入したら消費者の所得の中から返済をしていくことになる。原則として購入した住宅から利益を上げる事は想定していない。故に、資金計画は、所得に対する返済計画だけである。
それに対して生産手段対する投資は、収益と費用から借入金を返済し、なおかつ、費用を差し引いて利益を上げる事を前提としている。

ここから投資キャッシュフローは想定される。

つまり、投資キャッシュフローを理解するためには、単に固定資産の増減だけを見ても理解できないのである。
投資には、初期投資と運転資本によって成り立っている。
更に、収益対費用、特に、減価償却費。そして、収益予測と資金の返済計画、更に、資金調達力(担保力)資産価値の動向等から成り立っている。投資は、事業計画を基にして実行されるのである。

公共投資も長期的資金の働きを前提としている。ただ、公共投資と言えども財政では、現金主義に基づき、残高主義であり、基本的に収益による回収は考えていない。単年度均衡主義建前であり、受益者負担が原則ではないのである。この点が財政をわかりにくく、見えにくくしている。
なぜならば投資は単年度均衡、短期均衡ではなく長期均衡に根ざしているからである。

また、公共投資は、原則として税と建設国債を基としている。本来赤字国債を前提としていない。

家計の投資は、基本的に消費的投資である。消費的投資は、設備投資のような生産的投資と違って投資から得られる収益によって借入金を返済するわけではない。借入金の返済は、投資とは別の所得によって賄われる。故に、収入と支出は直接的な関係にあるわけではない。ただ、所得の増減は、直接返済に影響する。失業すれば住宅ローンの返済に、即、窮する事になる。必然的に住宅ローンの金利は、消費や支出に重大な影響をもたらす。

住宅投資が経済に与える影響を知るためには、住宅投資の目的そのものを理解する必要がある。なぜならば、バブルやリーマンショックの背景には、投機的な住宅投資が隠されていたからである。

住宅投資は、月々の返済額と家賃との関係、金利動向、地価の動向、所得や物価の動向と展望といった貨幣的側面だけでなく、敷地面積、戸建てか集合か、交通距離、人口動向(少子高齢化、都市化等)、相続税などの税、二世帯住宅と言った家族制度に伴う変化、着工件数、在庫、空き家空室率、中古物件価格等の物的、人的要素の影響を受ける。

価格面からだけ見ていると、物価の本質は見えてこない。価格は変わっていないかもしれないが、材質を下げていたり、手抜き工事だったりする。

家計投資は、消費者金融の在り方と密接に結びついている。消費者金融は、定収を背景に拡大成長してきた分野である。つまり、所得の長期的安定が保証されることによって借金の技術が向上してきたのである。消費者金融の発展が今日の経済発展の背後にある事を忘れてはならない。
また、消費は基本的に可処分所得の範囲内に抑えようとされるから、所得は、消費の上限を制約する。

この事からもわかるように、設備投資等の生産投資の効用は、収益を基礎として利益率で評価されるのに対して、住宅投資の様な消費投資は、所得を基礎として測られる。また、金利との関係は、生産投資は、貸付金利息であるのに対して、消費投資は、預金利息で測られるのである。

投資からわかる事


投資は、投資実行後の資金の流れを確定する。投資によって企業も、産業も、家計も、財政も長期にわたって経済の形を制約される。
投資によって経済の基礎は、形作られるのである。

全ての事業は投資から始まる。全ての投資は、資金調達に始まる。これは、設備投資も、在庫投資も、住宅投資も、公共投資も共通している。
資金調達の手段が経済主体の基礎となり。資金調達の結果は、産業や企業の基礎を構築する。即ち、資産、負債、資本を位置付け関連付ける。

例えば、住宅投資は、頭金は資本であり、借金は負債となり、住宅は資産となる。そして、借金の返済は固定支出となり、返済は待ったなしである。借金の返済原資は、所得に求められる。所得は、経済主体の働きから得られる。

故に投資を突き詰めると産業や事業、企業の成り立つが解る。また、産業や事業の固い部分が明らかになる。

物的投資の特徴は、一時的に多額の資金が支出される点にある。この様な一時的な支出を一括的に費用とすると期間損益を歪めてしまうので、一旦資産計上をしたうえで減価償却費によって費用化して長期間をかけて償却する。その為に減価償却費によって費用化はしても実際の支出はない。実際の支出はないから何もしないと資金は増加してしまう。そこで減価償却費と固定資産の減少部分を相殺する必要がある。
減価償却費は、支出と直接的に結びついていない費用である。しかし、だからと言って資金の流出がないというのではない。この点を誤解しないようにしないと減価償却費は単純に資金の増加要因だと錯覚してしまう。
一般に投資額が巨額に上る場合、投資資金の一部は自己資本で充てるとしても不足する部分は、金融機関からの融資で補てんする。つまり、借金である。借金は、利息を付けて返済する事になる。減価償却費は、この借入金の元本の返済に充てられるのである。しかし、減価償却費で借入金の返済額全額に対応する事はできない場合が多い。その場合は、借り換えによって処理される。この資金の動きは、財務キャッシュフローに現わされるのである。

ただし、これだけでは投資の実態は把握できない。知りたいのは、投資対効果である。投資対効果は、投資した資金をどれくらいかけて、何によってどの様に回収するかによって測られる。投資対効果は、短期的には費用対効果に対応する。
どれくらいを自己資本で賄い、どれくらいを負債によって調達するかによって貸借の骨格は定まる。

投資対効果を測るためには、初期投資が何に対してどれくらいされたかを知る必要がある。例えば工場に投資した場合の内訳は、第一に土地に対する投資である。第二に、建物に対する投資である。第三に、機械、設備に対する投資である。この内、建物と機械設備は、償却資産すなわち、減価償却費の適用範囲内の支出であるが、土地は、非償却資産、即ち、減価償却費の適用外の支出である。土地を取得する費用を借入金で賄った場合、その元本の返済資金は、損益上計上できない。土地のような非償却資産どうやって最終的に清算するのかというとそれは、工場を閉めて土地を売った代金で決済する事になる。つまり、生産を終えた時に清算して資金を捻出する事になる。それは、地価は劣化せずに上昇する事を前提としている。仮に地価が大幅に下落していたら、多額の損失を出す事になる。

肝心なのは、投資が経済に与える影響である。
投資は、景気を構成する重要な要素で投資の動向次第で景気の変動は左右される。投資の動向を予測するためには、経営主体の資金の調達力を明らかにする必要がある。

投資は、生活や産業、財政の基盤を作る。
つまり、投資からわかるのは、経済の基盤である。

住宅投資も経済には重要な働きをしている。リーマンショックの背景にあるのは、住宅バブル崩壊であるし、日本のバブルの崩壊の背後では、住宅投資が隠されている。住宅投資をいかに制御するかは、経済を動かすうえで重要な意味を持つ。

産業基盤や生活基盤、国家基盤は、投資によって築かれる。
投資は、生産手段や生活手段、財政手段の基礎を形成する。

投資は、投資した資金を長い期間掛かって回収する事を前提としている。この様な投資という概念は、貨幣という支払い手段と貨幣制度という信頼制度の確立、株式とか借金といった資金調達手段の、複式簿記による会計制度の確立、資金の過不足を調整する金融制度の確立、投資を回収するための市場制度の確立、技術革新等の要素が組み合わさる事によって可能となった。

故に、投資は計画があって成立する。投資を構成する計画には、設備計画、資金計画、販売計画、組織人員計画、損益計画、販売計画等がある。

投資からわかるのは、収益の基盤、長期資金の働きと周期、固定費の根拠などである。

投資は費用の枠組みを作る。
初期投資において確定する事項は、投資額、単位間の減価償却費、資金の返済計画、資本の基礎、人員計画、ランニングコスト、原価などである。
ある程度設定ができるのは、価格。価格は、設定できても市場の動向や販売数量などの要素で変動する。
不確実なのは、売上(販売数量)、利益である。また、不確定要素の中には、為替の変動や原材料価格の変動などが含まれる。

つまり、支出は確定的で収入は不確実なのである。それが資本主義経済の特徴である。

ある意味で資本主義も計画経済の一種と言える。ただ、社会主義が成果を計画によって統制しようとするのに、資本主義は、生産手段の段階で計画を活用する事である。

何が確定的で何が不確実かを見極める事が出来たら、投資を制御する事が可能となる。

投資からわかるのは、物的、資金的な産業、経営主体、家計、財政の基盤である。

経済全体で見た時、投資は、資金の流通量を決めているという事である。資金の動きや資金の過不足に決定的な役割を果たしているのが投資である。
そして、投資は、景気に波、波動を生み出す。

景気の動向を見極めるためには、投資の動向を認識しておく必要がある。




投資は、資本主義の基礎を形成する。


投資は、資本を形成して資本主義の基礎を構成する。

我々の生きている社会は、資本主義社会だと言われている。では、資本主義とは何か、資本とは何かと聞かれても明確に定義がされているわけではない。我々は、なんとなく、漠然と資本主義というのを捉え、今の世の中の決まり事をあたかも自然法則のようにとらえて生きている。
しかし、資本主義社会というのは、無為自然に成った世界ではない。人間の営みによって人為的に作られた世界、空間である。
資本主義社会に住む者にとって資本主義の決まり事は、自然法則のように受け止め、また、教育もされている。
「お金」も空気の如くあるのが当たり前で、なければ生きていけないとすら思いこんでいる様に思える。
しかし、現代の紙幣制度が確立されてから2018年現在において150年程度しかたっていないのである。

資本というのは、現実であって観念ではない。それが近代という時代の特徴である。近代の基礎となる思想や哲学は、実体を前提として成り立っている。だからといってそれは絶対真理の上に構築されているわけではない。相対的認識の上に成り立っている。
現象の背後に存在する絶対者に対する信仰があるから成り立つのである。その信仰を失えば、個人が絶対者として君臨する事になる。それが現代社会の危うさであり、社会主義や共産主義、資本主義に共通する危うさなのである。また、科学も同様の危険性をはらんでいる。

資本にも物的資本と金融資本、人的資本がある。資本は、基本的に生産を準備する物や仕組みである。即ち、生産手段である。物的資本とは、生産手段の中で工場や機械と言った生産設備や原材料と言った物を指して言う。また、人的資本は労働力を言う。それに対して、金融資本というのは、事業や会社の元手となる資金を指して言う。会計上では、資産と負債の差額として認識される。

投資は、この物的、金融資本の双方の根源となる。
金融資本で問題となるのは、金融その物には実体がないと言う点である。故に、金融資本では、資金の出し手、資金の運用先が問題となる。つまり、誰が、資金を出して、何に使ったかである。また、資金の出し方にも問題がある。
実際の資本の性格は、資金の出し手と出し方によって決まるからである。
資金の出し方が特定の個人や一族に偏っている場合、広く投資家を募る場合、何らかの組織や機関、特に公的な機関による場合、資金を出し合う事で強く連携している場合、金融機関による場合などによって資本の本質的な性格が変わる。また、資金の出どころを公開しているかしないかによっても資本の性格は影響を受ける。
そして、これら資金の調達手段は投資の根幹に関わっているのである。

また、資本の特徴は、資本によって経営主体を連結する事が可能だと言う点にある。資本は、産業や経済主体の根っこになる。経済主体は、資本によって結び付ける事が出来る。経済主体は、資本によって集団を形成する事が可能になる。

故に、投資は、資本主義の基礎となる。そして、経営主体の外枠を構築する。投資は、産業や財政、家計などの経済の外枠を作る。外枠を作ると同時に下地作りにもなる。

投資には、公共投資、民間投資があり、民間投資は、設備投資と住宅投資が主たる投資である。また、資金の過不足を補助する投資として金融投資がある。

投資の概念が資本の概念を確立する。資本主義は、投資が実務的に確立される事で形成された。
投資の形態によって資本の形は変化する。そして、複数の資本の形が混在するのが今日の資本主義であり、資本は、一律に確定された定義を持っていない。

資本の在り方は、資金調達の手段として最初に現れる。どの様な手段によって、誰から資金を調達するのか。調達した資金に対してどの程度の責任を負うのか、それが資本の形を定義するのである。

資金調達の手段によって資本は、自己資本と他人資本に区分される。

日本の会社の形態には、株式会社、合同会社、合名会社、合資会社の四つがある。類型的にいうと株式会社以外は、持ち分会社に分類される。
出資責任は、株式会社と合同会社は、間接有限責任であるのに対して、合名会社は無限責任であり、合資会社は無限責任で直接責任を負う。

また、資本の在り方は、公開株式(上場企業)か、非公開株式(非上場企業)かによっても資本の在り方は変わる。
また、組織の形態も変わる。

資本の概念は、資金の調達手段によって決まる。資金調達の仕方によって資本に対する根本思想が変わるのである。資本というものの自在なところであり、資本の定義は実体的要件定義によってもなされる事である。自由主義経済とは、いろいろな資本の在り方が混在した状態を言う。
資本は、実際の市場の中に実体的に表される概念であり、観念的な概念ではない。


投資は、経済の下地を作る。


投資は、資本主義経済において市場や産業、家計、財政などの外枠と下地を作る。
また、投資は、市場に「お金」を供給する手段でもある。
投資によって「お金」は、市場に供給される。なぜならば、投資は、貸借取引、資本取引によって基本的に長期資金の働きを形成するからである。
そして、投資は資本を形成する。資本は、投資のための資金調達と運用に基づいて形成される。

投資は、企業や産業、家計、財政の経済の基礎を作る。
産業、家計、財政の組織や予算、計画、会計の様な外形は、投資によって経営主体の外枠を構成する。
外枠というのは、産業や家計、財政の固定費用、固定支出、固定資産、固定負債等の外形的骨組みを言う。
そして、下地とは、長期資金の関係、負債、資本、資産の配置を言い。投資は、負債、資産、資本を関連付ける企業、産業、経済の基礎を設定するめ。
投資によって固定費と変動費が形成され、固定的支出と運転資本が形成される。この関係は、企業の設備投資のみならず、家計の住宅投資、財政の公共投資にも共通している。固定費と変動費から収益と費用の骨格が作り上げられる。
一般に投資というと民間企業が想定されるが、家計や行政にも投資行為はあり、家計や行政の投資も市場経済にとって基礎的基盤を構築する。

投資は、計画的に行われる。
投資は、初期投資と運転資本が構成される。
投資は、基本的に事業計画に則って実行される。
投資を裏付けるのは、販売予測であり計画である。ただし、販売実績は、不確実である。
初期投資は、生産計画と販売計画に基づいて行われる。生産計画と販売計画を関連付けるのが収支計画と資金計画である。
投資計画は、収益計画、費用計画、資金計画等からなる。

投資を難しくしているのは、投資対効果を測る手段が一様ではないからである。投資対効果は、費用対効果にもつながる。
投資に対する見方は、期間損益、税務会計、資金計画によって微妙に変わってくる。
また、費用も販売数量や販売期間、償却の仕方によって変わる。

投資の効果と働きは、長期間にわたる。即ち、投資は、長期資金の源であり、根拠となる。また、長期資金の運用と深く関わっている。
固定資産は、減価償却費によって費用化される。そして、固定的費用として長期間にわたって償却される。
投資な投入された資金は、資金の調達手段によって働きに違いが生じる。資金の調達の手段には、負債的手段と資本的手段がある。
資本的手段は、元本に対する返済が伴わないが負債的手段は、元本に対する返済が伴う。この返済資金は、固定的支出となる。
資本的手段には、配当が、負債的資本には、利息が派生する。配当は利益処分に分類され、利息は、費用に分類される。

この様に投資は、固定費と固定支出の元となり、固定費と固定的支出が経済の外枠を構成するのである。
投資で鍵になるのは、減価償却費と資金計画、もっと有体にいえば、資金の返済計画である。減価償却と資金の流れを結び付け、更に利益に与える影響を解明すれば投資の意味が分かる。利益を出す事に汲々とするのはわかるが、経済の実体は利益からはわからない。経済の実体は、資金の流れと経済的効果にある。


マクロ経済から見た投資


投資は、景気の波を作る。経済の波動を形成する働きが投資にはある。景気変動は、一般に、在庫投資によって短期的波が、設備投資によって中期的波が建設投資によって長期的波が、また、技術革新等によって超長期の波が形成されると言われている。
技術革新とは、つい最近では、情報通信技術の発展が情報技術に対する投資を呼び産業構造を根幹から変質させたような事を言う。ただ、技術革新は、予測可能な事ではなく、あくまでも仮定でしかない。技術革新を前提として将来の経済の波を想定するのは、間違いである。

また、設備投資は、産業や企業の骨組みを作り、産業構造の変革を促す。設備投資は、経済成長の基盤を設定するのである。
マクロ経済から見ると固定資本形成や固定資本減耗に現れる。

マクロ経済から見た投資は、家計部門の民間住宅投資、民間企業設備投資、民間企業在庫投資、公共投資、公的在庫投資からなる。
先ず、注目すべきなのは、消費と投資の比率である。

  
法人企業統計

バブル崩壊後、GDPに占める消費の割合が上昇し、投資が後退している。つまり、失われた十年、二十年と言われた景気停滞の原因として投資の減退が考えられる。


法人企業統計

公的投資と民間投資の構成と比率も見てみる必要がある。注意すべきなのは、公的投資と民間投資の配分である。絶対額の増減は、経済規模の伸縮を表し、比率は、投資の配分を意味する。投資の配分は、資金の過不足を現している。
公共投資が増えて民間投資が後退すれば、財政は赤字となり、民間は黒字となる。資金の過不足は相対的なのである。その意味では、公的投資と民間投資の比率は、一定ではなく波がある事がわかる。

  
法人企業統計

注意すべきなのは、プラザ合意後、民間投資の比率が上昇し、1991年バブルが崩壊した後、民間投資が後退し、公的投資が増加している。そして、公的投資が多い時に、財政は、悪化しているのである。バブルが形成されている時は、財政が黒字化している。つまり、財政に対して民間投資が重要な働きをしているのがわかる。

また、民間投資が旺盛になると経済は成長し始める。問題は、前向きな民間投資をいかに促進するかである。

  
法人企業統計

部門の並びを変えてみてみる。並びを変えて明確になるのは、投資の変化、即ち、景気の変化を左右しているのは、設備投資だという事である。バブル崩壊後日本経済が低迷した元凶も設備投資が減退した事にある。
問題は、なぜ、設備投資が減退したかである。経営者の事業意欲がうせたからと専ら事業家個人の問題に帰そうとする傾向があるが、投資に見合う収益が見込めなくなったという事と、資金を調達しようにも裏付けとなる担保力が低下した事による方が大きい。原因が個人的な問題ではなく、政策的問題だとすれば改めようもある。

適正な収益が見込めないとしたら、収益が得られるようにすればいいのであり、担保力が低下しているとしたら、担保力が上がる政策をとればいいのだが、バブル崩壊後とられた策は、正反対の事であった。だからこそ景気の低迷や財政の悪化がこれほど長引いたのである。

  
法人企業統計


バブル崩壊後急速に一般政府の投資が増え、設備投資が減退している。住宅投資は、バブル崩壊後も一定の水準を保っていたが、96年から98年にかけて急落し、その後も下げ続けている。バブル崩壊後、健全な設備投資を促進できなかったことが、景気の後退の原因だった事が窺える。





投資と金融


投資は、事業の骨格を作る。個々の事業の骨格は、産業の基盤となる。
投資は、単に目先の利益を追うのではなく、産業、国家構想の上に成り立ち必要があり、金融機関は、将来の国家経済をどの様なものにするのかの根本理念に基づいて実行すべきなのである。かつて日本は、殖産興業を掲げ、戦後は、産業の復興を目的として産業を育成してきた。
今日、自動車産業や家電産業、また、機械工業の隆盛は、行政や金融の後押しがあったからである。
逆に、産業政策を誤る事は国の存亡を危うくする。

投資は、金融機関の経営基盤を構成する。民間企業が借金をしなくなれば金融機関は、成り立たなくなるのである。
それが、バブル崩壊後、民間企業は、外部から資金を調達しなくなった。専ら内部資金を取り崩して投資をするようになったのである。

円高不況により、企業が本業で儲からなくなった時、次の時代への投資を促すべきだったのである。それを目先の利益を求めて土地や株などの投機に資金を廻し、バブル崩壊後は、過剰設備、過剰負債、過剰雇用で金融機関の経営基盤を危うくしていたのである。その為に、日本は財政の健全化の千載一遇のチャンスをものがしてしまった。投資は、将来に対する明確な構想に基づくべきなのである。

少子高齢化が叫ばれて久しい。少子高齢化が明らかならば、その少子高齢化社会に向けた投資をすべきなのである。
少子高齢化によって空き家、空き室が増える事がわかっているというのに、また、バブルを促すようなマンション建設などの資金を廻すのは、愚行である。

投資において金融は決定的な役割を演じる。投資の原点である資金調達を金融が担っているからである。

民間企業の投資には、第一に、更新投資、第二に、能力増強投資、第三に、新規投資、第四に、戦略的投資がある。(「設備投資計画の立て方」 久保田政純著 日経文庫)また、設備の分類には、生産設備、管理・営業設備、研究開発設備、福利厚生設備、環境関連設備等がある。投資の種類や目的によって資金の調達手段も変化する。

投資をするためには、資金を調達する必要がある。その資金をどこから、どの様に調達するかによって投資の在り様が定まる。

重要なのは、資金調達が外部資金調達から内部資金調達に代わった事である。それによって資金の流れが大きく変わってしまった。

なぜ、民間企業が外部から資金調達ができなくなったのか、その原因が景気を長期低迷に導いたのである。


法人企業統計

企業が投資に対して消極的になった事が景気を低迷させたのである。
企業の投資を抑制させた一因として金融機関の融資姿勢の変化があげられる。何が金融機関の融資姿勢を変えたのか。それは地価の動向がある。



法人企業統計と国土交通省の公示地価による。

金融機関では投資は、貸付金として現れる。


日本銀行

バブル崩壊後住宅投資が設備投資に比して相対的に上がっているのがわかる。
設備投資に対する貸し出しは、バブル崩壊後も鈍っ入るがそれでも上昇していたのが読み取れる。消費税が5%になったあたりから少し減少し2010年頃から持ち直しているのがわかる。

投資と、フローの関係は、持ち家がいいか、賃貸がいいかという問題が象徴的である。投資は、返済計画、資金計画が重要となる。それに対して、賃貸は、月々の支出が問題となる。
それは、持ち家は、借金が完済すれば家は自分の所有になり、資産価値を活用する事が可能となる。しかし、反面、資金が長期にわたって制約を受ける事となり、資金が寝るという状態になる。借金の返済は、基本的に待ったなしであり、返済が滞ると権利を失う事にもなりかねない。また、金利の影響も直接的に受ける事となる。
持ち家に対して賃貸は、可処分所得が重要となる。賃貸住宅は、可処分所得の範囲内に収まるように設定されるからである。ただ、賃貸は、経済の状態や家計の事情に合わせる事が出来る。子育て中の家族と子育てが終わった家族とでは、支出の構成が違う。家族構成の変化と収入に合わせて住む家を変えられるのは賃貸住宅の強みである。また、資金が固定する事もない。故に、所得の変化によって生活を変える事もできる。むろん、賃貸では自分の家を最後まで持つ事はできない。しかし、所有という事に囚われなければ、資金の有効活用は、賃貸住宅の方が有利かもしれない。
結局、月々の支出と家の資産価値をどう考えるかによって差が出る。時代的背景や金利の動向などの前提条件が決め手となるのである。

家賃と住宅ローン、どちらが得か、損か。前提条件によって選択肢が変わる。その転換点だったのがバブルだと言える。バブルが形成期は、地価の上昇を当て込んで住宅投資が盛んだったが、実需は相対的に抑えられた。それに対してバブルが崩壊すると収益を重視した投資に変化した。現代では、新規投資はマンションに偏り、賃貸へと重点が移動してきた。賃貸も少子高齢化の波を受けて空き家、空室が増えてきて曲がり角に立たされている。



  
日本銀行

新規貸付金を見るとより政策の効果が鮮明となる。
住宅投資は、バブル崩壊後93年ごろまで控えられたが95年頃にはピーク時を取り戻し、ほぼ、横ばいに入る。それに対して設備投資は、バブル崩壊以前から下落をはじめ11年頃まで低下し続けている。


  
日本銀行

投資において設備投資と住宅投資の決定的な差は、設備投資が生産を前提とした投資であるのに対して、住宅投資は、消費を前提とした投資だという事である。つまり、設備投資は、投資によって産み出される収入が返済資金であるのに対して、住宅投資からは、収入が得られず、返済資金は、投資とは無関係な所得に依らなければならないという点である。つまり、住宅投資には、生産性はないのである。

設備投資が多少投機の対象となっても収益が伴えば、それである程度の損失は挽回できるが、住宅投資は、返済のための収入が途絶えたら不良債権化してしまうのである。
バブルやリーマンショックの例でもわかるように、住宅に対する過剰な投資が景気後退やデフレーションの引き金となる事が往々にみられる。
土地を担保として資金を融資している金融機関にとって住宅開発は、絶好の収益チャンスではあるが、ただ、資金運用のみ目的とした貸付は、常に、危険が伴いことを留意する必要がある。
住宅投資が実需から乖離し始める事は、バブル発生の兆しとなる。安易に開発を煽る事は、バブル発生を促す事になる。重要なのは、将来の展望や構想に基づいた良質な貸付が維持できるかなのである。

不動産業に対する貸出金は、1991年バブル崩壊以前の1989年に頂点に達しその後急落しており、バブル崩壊後は、むしろ底を打っている観がある。それに対して製造業に対する貸付金は、バブル崩壊後急速に減少しており、それが景気の足を引っ張っているように見える。


日本銀行

資金が実物市場に流れなくなり、金融市場に滞っているのである。
資金の流れが投資ではなく、投機へと向かっている証左である。

低金利時代になるとレバレッジを利かせた投資が増えてくる。元金を借金を重ね合わせることで膨らめ、利益率を高めようとする方策であるが、このような行為は、景気の波を増幅させてしまう。また、ハイリターンを期待できたとしても反対に損失を大きくしてしまう事がある。
典型的なのは、信用取引であり、元金、即ち、委託保証金を担保にして「お金」を借り、元金を何倍にも膨らまして投資をするわけだが、損失が保証金を上回ると追証が求められる仕組みである。今日の経済は、多かれ少なかれ信用取引に近い形で経営がされている。それが景気の変動を増幅してしまうのである。
レバレッジを利かせて元金を膨らませる事は、それだけ名目的価値と実質的価値を乖離させることを意味する。つまり、虚となる部分が拡大し、貨幣価値の密度が薄まる事を意味する。それは、バブルそのものである事を忘れてはならない。


投資とキャッシュフロー


投資は、キャッシュフローの源である。投資は、収益や利益の前提となり、資産、負債、資本の基礎を形作る。
また、投資は、物的固定費を確定する。物的固定費は、損益分岐点の前提条件の一つを構成する。物的固定費は潜在的な費用として長期にわたって費用構造、原価構造を制約する。

投資は、ストックを構成する。


法人企業統計


投資に基づく資金の流れは、先ず資金調達に始まる。投資資金は、長期負債と資本の基礎を構成する。
資金調達がどの様な手段によるのか、それは、総資本の枠組みを作る。負債と資本の割合は、費用の構成に影響する。ただ、より注意しなければならないのは、キャッシュフローに与える影響である。借入金の返済は、損益上、どこにも現れないからである。その為に、減価償却費は支出を伴わない費用だという重大な錯誤をする者が現れたりするのである。

資金計画は、支出計画と回収計画からなる。支出は確定的、固定的、長期的なのに対して収入を基にする回収計画は、不確定、変動的、短期的である。回収計画とは、収益計画でもある。投資資金の回収は、収益に基づくのが原則だからである。支出や費用は、長期にわたって確実に実行されるのに対して、販売予測は目先の事も不確かなのである。故に、一定の利益を前提として販売計画は立てられている。また、利益の意味もそこにある。利益を搾取と勘違いするのは、投資の働きを理解していない証拠である。

故に、投資は、長期間にわたる予測と計画、両面から検討して実行される。投資は、初期投資が決定的な働きをするために一度、実行されるとなかなか引き返す事が困難になる。故に、収支、損益、両面から慎重な検討が要求される。

設備投資は、固定資産を形成する。
設備投資は、設備と土地からなる。設備と土地の会計上の違いは、設備は、一般に償却資産であるのに対して土地は非償却資産だと言う点である。

事例によって投資に基づく期間損益とキャッシュフローを表にしてみると以下のようになる。
土地投資、1億円、設備投資額1億円、耐用年数8年の設備投資を期首に行い。減価償却を償却率0.25の定率法で行った場合と定額法で行った場合が比較できるようにしておく。自己資金5千万円、借入金を1億5千万円を十年返済で金利1%とする。税率30%。諸経費は、一律一千万円とする。
資金の調達力は内部留保と含み資産、即ち、地価の増減の和とする。
単年度に生じる資金の過不足は、短期借入金で対応する事を原則とする。

年度 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 合計
期間損益 売上高 10 30 35 35 30 30 25 25 20 20 20 280
諸経費 10 10 10 10 10 10 10 10 10 10 10 110
減価償却費前利益 0 20 25 25 20 20 15 15 10 10 10 170
定率 設備投資期末帳簿価格 75 66 42 31 23 15 7 0 0 0 0 259
減価償却費累計 25 44 58 69 77 85 93 100 0 0 0 551
減価償却費(定率法) 25 19 14 11 8 8 8 8 0 0 0 101
利益 ▲ 25 1 11 14 12 12 7 7 10 10 10 69
0 0 3 4 4 4 2 2 3 3 3 28
定額 設備投資期末帳簿価格 87 74 61 48 35 22 9 0 0 0 0 336
減価償却費累計 13 26 39 52 65 78 91 100 0 0 0 464
減価償却費(定額法) 13 13 13 13 13 13 13 9 0 0 0 100
利益 ▲ 13 7 12 12 7 7 2 6 10 10 10 70
0 2 4 4 2 2 1 2 3 3 3 25
キャッシュフロー 土地期末帳簿価格 100 100 100 100 100 100 100 100 100 100 100 100
地価相場 100 105 110 115 120 110 105 100 90 80 70
売上債権 2 5 6 5 5 5 4 4 3 3 3 40
買入債務 1 4 5 5 4 4 3 3 2 2 2 33
在庫 1 2 3 3 2 2 2 2 2 2 2 20
長期借入金残高 135 120 105 90 75 60 45 30 15 0 0 675
短期借入金(定率法) 18 18 16 15 17 19 25 30 41 51 48 48
短期借入金(定額法) 18 20 18 16 17 18 22 26 37 48 45 45
支払利息 1.52 1.69 1.24 1.05 0.94 0.79 0.69 0.33 0.55 0.51 0.98 7
借入金の返済 15 15 15 15 15 15 15 15 15 15 0 150
資本 50 50 50 50 50 50 50 50 50 50 50 500
資金調達力 37 62 72 77 77 67 57 56 50 40 30
資金過不足累計(定率法) ▲ 18 ▲ 0 2 1 ▲ 2 ▲ 2 ▲ 5 ▲ 5 ▲ 11 ▲ 11 3 ▲ 48
資金過不足累計(定額法) ▲ 18 ▲ 2 1 2 ▲ 1 ▲ 1 ▲ 4 ▲ 5 ▲ 11 ▲ 11 3 ▲ 45


この事例を見てもわかるように経済は、第一に、収益の波、第二に、償却期間と償却方法、そして、第三に、資金計画、借入金の返済計画が重要な鍵を握っている事がわかる。
収益の波は、商品のライフサイクルに基礎をおいている。商品のライフサイクルは生産活動を左右する。同時に生活にも影響を及ぼす。商品の生産消費は表裏一体となって経済に作用しているのである。

損益上利益を出していても現金収支上は、資金不足の状態にある。利益だけを見ていても経営実態は明らかにできない。

ただ売れればいいというのは短絡的である。一定の売上が持続しないと投資した資金を回収する事はできない。いくら利益を上げても一時的な利益ではかえって弊害になる。急速に売り上げを伸ばした結果、資金繰りがつかなくなり倒産するという例もある。流行りで伸びた売り上げは、飽きられるのも早い。一時的な利益は、蓄積できないのである。

注目してほしいのは、償却後の期間損益と現金収支の関係である。利益が上がっていても現金収支は、赤字な期間が結構ある。
利益は、償却が終わると急速に上がるのに、現金収支は赤字になる。資金収支が赤字でも現金収支が黒字だと税金がかかる。この様な時は、借金をして税金を支払はなければならなくなる。
また、借金の返済が終わると現金収支も黒字化する。
この期間損益と、現金収支の乖離は、経済全体で見た時、景気の実体を見誤らせる原因となる。
景気の表面に現れてくる損益と資金の流れは違う。一見、増収増益で景気がよさそうに見えても、実物市場に資金が回っていない事もあるのである。そのような景気は実体を伴っていない。バブル期もバブル崩壊期も実物市場に資金が回っていなかったのである。つまり、見かけ上の景気の乱高下が実物市場を衰弱させているのである。

投資資金を最終的に回収する鍵は、売上の推移、収益にある。
生鮮食料のように消耗品で、必需品、消費サイクルが短く投資額が小さい商品を扱う産業は、生産量に左右される。
工業製品のように生産量を制御する事が出来、耐久性のある商品は、市場の需要や在庫量に左右される。
電気、ガス産業のように社会資本に係り、巨額な投資を必要とする産業は、固定費を長期にわたって償却する必要があるから、安定して価格を維持できるかが鍵となる。
建設業のような労働集約的産業は、初期投資こそ小さいが、投資が開始から完了まで長期にわたり、資金調達と支出が並行的に生じる産業は、当初の契約条件と市場の変化に左右される。
この様に投資構造は、商品ごとに差があり、投資構造によって市場の構造や収益構造に質的な違いが生じる。
産業の働きや目的によって投資構造には違いが生じる。

この様に経済活動は、長期的変動と短期的状況が組み合わさって進行している。
経済政策や経営方針の妥当性は、短期的な利益だけを見ていたら適正な評価をする事はできない。

上の表を見てもわかるように、経済の基幹は、収益にある。そして、収益は、プロダクトライフサイクルに依拠する。安定した収益が保てないと投資資金は、回収できなくなるのである。
また、資金の調達力は、地価の動向に左右されているのもわかる。

これが投資対効果の実態なのである。




投資キャッシュフローから何がわかるのか


投資キャッシュフローは経済の状態を表している。

投資は、全てのキャッシュフローの根源であり、キャッシュフローの前提、根拠となる。
投資は、営業キャッシュフローの基礎となる。また、財務キャッシュフローの根拠となる。そして、投資キャッシュフローは、キャッシュフローの起点を表す。
ただ、投資キャッシュフローは、資産の増減によって資産形成の一部を表しているのであって、投資の全容を表しているわけではない。この点を誤解してはならない。

資産には、流動資産と固定資産がある。流動資産には、金融資産と在庫資産がある。固定資産には、償却資産と非償却資産がある。償却資産は、費用性資産という。
投資キャッシュフローは、固定資産の増減と現預金を除く金融資産の増減を表し、在庫資産は、運転資本の一部として営業キャッシュフローに表される。

投資キャッシュフローでは、固定資産の増減を投資の基礎とするが、固定資産の増減だけでは、投資額全体を表しているわけではない。
減価償却費は、その期の固定資産を減額させているから、投資額は、固定資産の増減に減価償却費を足したものになる。


法人企業統計 単位兆円

投資キャッシュフローは、貸借勘定によって構成される。貸借上の変化は、増減として表され、損益上の変化は実数として表される。この点を注意する必要がある。

企業法人統計では、実物投資は、固定資産の増減と在庫の増減の和として表現する事が出来る。実際は、固定資産の増減と減価償却費の和に在庫の増減を足した値となる。



法人企業統計 単位 兆円

実物投資にせよ、金融投資にせよ、いずれも評価勘定であるから、未実現損益が含まれている。

投資キャッシュフローが表しているのは、投資である。投資には、設備投資と金融投資がある。
設備投資は、生産手段に対する投資、即ち、工場や機械といった生産設備に対する支出で、固定資産として計上される。
金融投資は、金融資産に対する投資で金融資産の増減として表される。

投資キャッシュフローからわかるのは、過去の投資と償却した後の固定資産の残高であり、投資対効果を測るためには、投資した対象、土地と生産設備と相場を比較してみないと実際のところはわからないのである。

投資キャッシュフローから投資の基本的な名目的要件がわかるのである。それに地価の動向や市場の状態を加味すると景気の方向が読み取れるのである。

経営戦略は、投資キャッシュフローに現れる。設備投資等の実質投資、即ち、本業に対する投資を重んじているか、金融投資等の名目投資を重視しているかは、投資キャッシュフローを見ればわかる。





70年代、80年代、90年代は、圧倒的に固定資産に対する投資が多かったのに対して2000年代に入ると金融資産に対する投資の割合が急速に増えているのがわかる。




投資と損益分岐点



経済の基本は、投資と収益にある。経済の基礎は、投資であり。収益と資産、負債と費用は表裏の関係にある。収益と資産を基礎とするから負債と費用は制御できるのであり、負債と費用が制御できなければ資産と収益は、圧迫されてしまう。
まず収益の健全化を測るべきなのであり、負債や費用を伸ばしても経済は健全化しない。バブル崩壊後の政策の最大の過ちは、負債や費用ばかりに目を向けている事である。

損益分岐点分析は、費用対効果を測るための標準的手段として一般に普及している。
損益分岐の基礎は、投資によって設定される。
ただ、損益分岐点のみを見て経営をするのは危険である。なぜならば、費用は、直接資金収支に関わっていないからである。損益分岐点にばかり囚われると資金繰りで思わぬ落とし穴に落ちる事があるから気を付ける必要がある。

投資は、投資を実行した後の資金の動きの固い部分を確定する。損益分岐点分析を行う時は、現金収支、即ち、キャッシュフローと結びつけて考える必要がある。

投資は、物的固定費の根拠となる。投資による固定的費用は、長期にわたる。また、固定的費用は、固定的支出にも関連する。故に、資金収支にも決定的な働きをする。

故に、産業政策の骨子は、投資の在り方に依拠していないと産業の衰退を招く原因となる。

固定費が固まると変動費と収益の関係が課題となる。即ち、損益の分岐点をどの様に設定するかが、価格や販売戦略と結びつく。そして、価格と販売量は、物価に影響を及ぼす。

投資による会計や資金繰りに対する働きは長期にわたる。それは固定費として固定的支出として収益や資金計画の底辺を確定するからである。
固定費は、投資に係る部分と経費に係る部分から成る。経費の中で最も重要なのは、人件費である。

固定費は、固定的支出と利益との関係から効用を見る必要がある。
固定的支出は、固定負債の残高に影響する。固定負債の残高は、支払利息に現れる。
固定負債の残高は、マネーストックと表裏の関係にある。

損益分岐点は、一つの目安となっても資金状態を表しているわけではない。
第一に、物的固定費の核となっているのが減価償却費であり、資金収支と直接的に結びついていないからである。

故に、損益分岐点に偏って営業をしていると資金的に行き詰ってしまう危険性がある。期間損益と現金収支の違いをよく理解して事業計画を立てないと資金繰りで破綻してしまう事がある。利益が出ているのに資金不足という状態に陥り、俗にいうデットクロスになるのである。その結果、黒字倒産という事にもなりかねない。

景気を考える上でも、資金の流れと損益とを重ね合わせてみないと実情を解明する事はできない。景気がいいはずなのに、資金が回っていない状態に陥っているかもしれないのである。


投資キャッシュフローは、生産手段の基礎を形成する。




設備投資は、企業の基盤であり、産業の土台となる。住宅投資は、家計の基礎である。そして、産業の基礎構造は、家計、企業による投資によって形成される。
財政の源は都市計画にある。国家の礎は、公共投資によって形成される。公共投資は、国家百年の計をもって打ち立てられるべき事である。国家理念は、公共投資によって実現する。
公共投資を景気対策として位置づけるのは間違いであり、危険な事である。
景気対策は、副次的な事である。

公共投資こそ、国家構想、国家戦略の礎である。

公共投資にせよ、設備投資にせよ、住宅投資にせよ、投資には、志が必要なのである。なぜならば、投資は、事業の始まりだからである。

投資は初期設定である。投資は、企業や産業の基礎を構築し、産業の在り方を定める。投資は、企業や産業の種なのである。産業の遺伝子は、全て投資に組み込まれている。
投資の失敗や瑕疵は、その後の産業の形成過程すべてに影響を及ぼす。
初期設定である投資は、投資後の経済状況の前提条件を形成し、産業の基盤構造を確定し、以後の経済状態を制約する。
投資があるゆえに、産業は人工的構造物だと言えるのである。

投資は、資金計画、生産計画、販売計画、運用計画、利益計画からなる。
資金計画は資金繰りや資金の流れを、生産計画は設備の効率、操業度、生産力、供給力を、販売計画は収益、市場、需要を、運用計画は費用を、利益計画は資本を各々形成する。

投資は、現在の資本主義経済の基盤である。資本主義経済の基礎を形成する行為である。
ただ、投資は、経常的な行為ではなく。資金の流れも経常的な流れを形成するわけではない。

投資は、産業の構造の基盤を構築する。投資行動こそ産業革命の起爆剤となった事であり。投資の在り方によって国家の盛衰まで左右される。

投資は、産業の骨格を作る。投資は、事業の基盤となる。投資こそ資本主義の本質だと言える。

投資は、ライフサイクルの根拠を設定する。
投資の働きは、事業が当座的事業から継続を前提とした事業に変わってから変質した。
今日の投資は、継続を前提として成り立っている。

投資は、産業や事業の基礎、土台を形成する。
事業は、投資から始まる。そして、投資を前提とした資金調達から事業は始まる。
資金がなければ投資ができないからである。
故に、キャッシュフロー「お金」の流れは、投資のための資金調達から始まる。
資金調達のための手段、構成、規模が事業の将来を占うための前提条件となる。

故に、投資キャッシュフローと財務キャッシュフローと表裏をなしている。

投資は、キャッシュフローで見ると支出である。故に、投資は、基本的に負(マイナス)の値として現れる。

投資は、事業の前提を構成し、事業の構造を設定する。
投資は、事業計画と資金計画を前提とする。すなわち、事業は、物的要素と貨幣的要素の二つの要素によって構成されている。
営業キャッシュフローと投資キャッシュフローの関係は、投資キャシュフローによって生産手段の骨格を作り、投資キャッシュフローによって設定された生産手段によって生産した物を売って収益を上げて投資した資金を回収する。収益にかかわるのが、営業キャッシュフローであり、投資や営業の資金の過不足を補うのが財務キャッシュフローである。

資本や負債というのは、投資かかる資金を皆に出し合うのか、それとも誰かに借りてくるのかを、調達手段を意味しているのであり、それ自体が何らかの実態を持っているわけではない。その点を誤解して、資本金とか、内部留保があるのだから、それを取り崩せばいいではないかという者がいるが、資本金とか、内部留保とか言ってもそれは資金の調達し手段を言うのであり、それは、何らかの資産に運用されているのである。現金もまた資産であって、帳簿上の現金とは、調達した資金のいくらかを手持ち資金として持っていなければ、会社に資金が回らなくなるので、いくばくかの手持ちの資金として所有している現金残高をさしているのである。

資金の調達手段として投資家から「お金」を出してもらうのか、誰からか「お金」を借りてくるのか、何かを売って儲けるのか、その三つの手段しかないことを意味している。
なぜ、「お金」の調達手段を問題とするのかというと、「お金」を借りてきたら、「お金」を返さなければならないし、「お金」を出してもらったら、「お金」が儲かったらその分け前を与えなければならないし、何かを売るというのは、「お金」に対する代償を手渡さなければならないという違いが「お金」の調達手段から生じるからである。

基本的に貨幣に基づいた経済活動は、お金を調達してそれを運用する事に尽きる。
そして、その原点が投資キャッシュフローなのである。


投資と時間価値


投資の働きは、長期にわたる。故に、長い目で見て投資と時間価値の関係は投資の効果に対して決定的な要因となる。
投資は長期的な展望がなければ最終利益を得る事はできない。目先の利益ばかりを追っていたら債務超過に陥ってしまう危険性が高い。

投資は、時間価値があって促進される。
なぜならば、資産価値の含み益によって資金を調達し、付加価値の中から投資した資金を回収するからである。
時間価値とは、金利、所得、利益、物価、資産価値、地代家賃の働きによって形成される。
通常、金利、所得、利益、物価、資産価値、地代家賃は、連関して時間価値を構成していく。

今の日本経済が停滞しているのは、時間価値が働かなくなったからである。
市場に時間価値が機能しなくなったのは、まず第一に資産価値が抑制された、特に、地価の上昇が見込めなくなったことである。第二に、企業収益の拡大が止まった。第三にその結果として利益が見込めなくなり。第四に収益の拡大が止まった事で個人所得が抑制的に推移し。第五に、所得が抑制されたことで、消費の上限が抑え込まれた。第六に、市場が成熟して市場そのものの拡大が止まった。第七に、長期間金利がゼロの状態が持続していて金利が正常な働きをしていないという事である。第八に、非正規雇用の拡大が計られ、雇用形態が変質した。
怖いのは、このような状況下で物価だけが上昇する事である。

時間価値は、実質的価値に働く。名目的価値は、時間価値が陰に働いているのである。
時間価値が働かなくなると実質的価値が名目的価値を下回るようになる。
そうなると実質的価値によって名目的価値を制御する事が難しくなる。
名目的価値は、貨幣的価値、例えば、負債額として現れ、実質的価値は物的価値、取引額として現れる。

バブル形成期、資産価値が上昇し始めた時、1987年アメリカでブラックマンデーが起こり、金融引き締めが遅れた。その反動もあってバブル潰しの際、厳しい金融引き締め策がとられ、まず株価が下がり始め不動産融資の窓口規制によって地価の下落が始まった。バブル崩壊は、1991年に始まったとされる。その後、景気の停滞が続き、その原因として不良債権問題と規制問題が浮上し、強引な不良債権と規制緩和が強引に進められた。その結果、地価は、下がり続け2016年現在いまだに上昇の兆しもない。

また、民間投資が抑制されたのを受けて金利を極限にまでさげ、ゼロ金利政策がとられ、やがてマイナス金利にまで発展する。そして、金融緩和、日銀による国債の無制限な買取といった政策がとられる。

更に、規制緩和政策によって企業の収益力を低下させ、経費削減を促した。経費削減は、人件費の削減を促した。更に非正規雇用を促したことで雇用形態を変質させた。これらは、経済の原理から導き出される。間違ってはいけないのは、競争だけが経済の原理ではない。

また、市場は、成熟し、今後は少子高齢化が進み、労働人口の相対的割合が減少することが予測されている。つまり、所得、消費両面から拡大が望めなくなりつつあるのである。

時間価値が働かなくなったのは、日本の行政と中央銀行が時間価値が働かないような施策を強行し、時間価値が働かなくなる仕組みにしたからである。必然的に民間の設備投資は抑制され、経済成長が止まり、拡大均衡型経済から縮小均衡型経済へと移行した。ゼロ金利というのは、歴史上、極めて異常、特殊な出来事である。この様な事態は、為政者の意志が働かない限り、現出しない。ただ、問題なのは、為政者が自覚して、あるいは意図して縮小均衡型経済に移行させたのか。無自覚に意図したわけではないのに縮小均衡型経済に移行したのかである。残念ながらその後の政策を見ると無自覚になされたことで意図しないのに縮小均衡型経済に移行したとしか思えない。

タンクの蛇口を絞めて水の出口をふさいだら、タンクにいくら水を流し込んでも水は流れない。それでも無理やり水を流し込み続ければ、水の圧力に耐えられなくなったタンクが破裂してしまう。
同様に、「お金」が市場に出口を塞いでおいていくら、「お金」を市場に供給しても「お金」は市場を循環しない。強引にやれば市場が壊れてしまう。市場に「お金」が流れる仕組みを作るべきなのだが、日銀に貯められた国債を慎重に処理しないと牌パインフレを引き起こす危険性もある。
肝要なのは、目的を明確にしたうえで、市場の仕組み、働きを正しく認識する事なのである。

その為には、まず縮小均衡型経済を採用するのか、拡大均衡型経済を志向するのかを明らかにすることである。
その上で時間価値の働き、市場の構造を明らかにして市場をどう制御するかを見極めることである。



時間価値が働かなくなり雇用者報酬と民間最小消費との相関関係は、バブル崩壊を境に失われていった。
これは報酬と消費だけでなく、金利、物価、資産価値、売上高等にも及んでいる。

  



投資の意味と働き



投資キャッシュフローを理解するためには、投資を理解する必要がある。
投資キャッシュフローと言うのは、投資と資金計画に基づいたものであり、投資キャッシュフローだけを見てもその是非や働きを評価する事はできない。
投資キャッシュフローは、投資とその結果を資金的に検証する事で判定する事が出来るのである。
つまり、根本にあるのは、投資とは何かである。

投資をすると、投資の結果は、基本的に固定資産の増減、長期負債の増減、資本の増減に、そして減価償却費に現れる。
投資キャッシュフローに現れるのは、固定費の増減である。
投資キャッシュフローに分類されるには、有形固定資産に対するものと無形固定資産に対するものと有価証券に対するものがある。有形固定資産に対する投資は、基本的には設備投資を指す。

投資キャッシュフローに表れないが投資として分類される科目に在庫投資がある。

ただ、投資キャッシュフローを理解するという事では、在庫投資はこの際、省く事とする。

設備投資は、固定資産の増減と一般に長期負債の増減、そして、減価償却費に現れる。

遡っていえば、減価償却費は、初期投資の規模と減価償却の計算方法、経過時間に基づいてる。長期負債の返済額は、初期投資の為の資金調達手段と約定に基づく。期間利益と収支残高は、減価償却と長期負債との関係によって変動する。
これに税が絡んで実質的な資金の流れが明らかになるのである。

投資は、固定資産、固定負債と資本、収益の性格、費用の構成等の基礎を構築するのである。
そして、これらの基礎の上に営業キャッシュフローや財務キャッシュフローが形成されていくのである。

固定的な部分は、確かな代わりに難く変更が聞きにくい。また、静的なのである。それに対して変動的なところは、変化しやすく可動的な部分ではあるが、反面不確かなのである。

それ故に、固定資産と流動資産、固定負債と流動負債の構成割合は、産業の基本的性格を形作る。

全ての局面を固定的にしたら、産業は、硬直して、動かなくなってしまう。しかし、全ての局面において競争させるというのは、あらゆることを不確実にしてしまうから無謀である。どの部分を固定し、どの部分を競わせるのか、それを決めるのが政治家であり、行政である。

期間利益と収支残高


期間利益と収支残高は一致するとは限らない。それは期間利益の働きと収支残高の意味が違うからである。

資金計画は、一次元的な事ではなく。多次元的な事である。即ち、人的、物的、金銭的次元が掛け合わされ、それに時間軸が加わったものである。
投資キャッシュフローを解析する場合この点をよく理解しておく必要がある。

期間利益と収支残高、課税所得は別物である。
ところが、これが明確に区別できない人が結構いる。そこからいろいろな錯覚錯誤が生じる。

黒字倒産といった事態は、この差が区別できない事が原因で引き起こされる。
つまり、勘定あっての銭足らずという事である。
賃貸住宅を経営していると利益は、出ているのに、現金が不足して、新たな借り入れをしたり、資金不足に落ちいたりすることがある。
これは、利益、減価償却費、借入金の元本の返済、利息、そして、税などが複雑に絡み合って起こる。
賃貸住宅などは比較的この問題を明らかにする事が出来るが、一般の事業計画では、水面下に隠されてしまい。黒字倒産などという深刻な事態をこき起こす原因となる。しかも、経営者や銀行などの当事者はなかなか実体や原因がつかめず気が付いた時は手遅れになっている場合が多い。最後まで原因がつかめない場合すら度々ある。

まず、気を付けなければいけない事は、期間利益と収支残高、課税取得の差である。
まず、期間損益と収支残高の計算式を見てみる。
期間損益の計算式は、収益-費用=期間損益であり。
収支残高の計算式は、収入-支出=収支残高であり。
課税所得の計算式は、益金-損金=課税所得である。
一見よく似た計算式だが、そこに落とし穴がある。第一に、収益と収入は違う。第二に、費用と支出も違う。その違いを正しく認識していないと期間損益と収支残高の差は理解できない。
収益には、収入が伴わないものがあり、費用には、支出が伴わないものがある。そして、収入があっても収益に計上されないものがあり、支出なのに費用に計上されないものがある。
課税所得を複雑にしている原因の一つは、企業は期間損益に則り、個人所得は、現金主義に則っている事である。課税所得の問題点は、課税所得が期間損益主義と現金主義の折衷的だという点にある。
支出の伴わない費用の代表的なのが減価償却費である。そして、費用に計上されない支出の代表的なのは借入金の元金の返済額である。つまり、支払利息は費用として計上されるが、借入金の元金の返済額は、費用として計上されない。
事業に対する課税所得に対して減価償却費は計上されるが元本の返済部分は、計上されない事を意味する。
この事の何が問題なのかと言うとどちらも利益と収支残高に重大な影響を持っているという事である。そして、借入金の元本の返済と利益との関連性が見えなくなってしまう事である。

期間利益と収支残高、そして、課税額の関係は、減価償却に対してどの様な計算式を使うか、また、収支残高は、どの様な資金計画、借入条件かによって違ってくる。
借入条件には、いろいろとあるが基本となるのは、元利均等返済と元金均等返済である。

  

注意しなければならないのは、元利均等返済を選択した場合、返済がすすむにつれて利息部分が減少し元金部分が拡大すると言う点である。言い換える、費用に計上される部分は減少し、費用に計上されない部分が拡大するという事である。費用に計上されない分、利益幅は拡大する。これが一つの前提である。

減価償却の計算式も多様であるが、主として、定額法と、定率法が採用されている。減価償却の根本は、費用対効果をどう解釈するかにある。しかし、現実は、実利的理由が優先されているのが実態である。
特に、減価償却は、利益と納税額に深くかかわっているために、利益操作や節税対策的要素が深く入り込んでしまう傾向がある。日本で主として定額法や定率法が採用されるのは、日本では、確定決算主義を原則としている上、税法が、定額法か定率法を基本としているという背景がある。

減価償却と借入金の返済計画との関係が重要な働きをしている。

問題なのは、利息部分は、費用や損金に算入されるが、元金の返済部分は費用にも損金にも算入されないと言う点である。そして。実際の支出は、元金と利息を合わせたものである。それに対して費用に計上されるのは、利息と減価償却費を足した部分である。
そして、課税所得は原則として利益を基礎としたものであるから課税所得と収支残高の間に、減価償却から元金の返済額を引いた部分が差となる。仮に、償却期間より返済期間が長いとした場合、減価償却期間を経過してしまうと元金の返済額が全額と支出になる。返済方法が元利均等返済法によると返済終了時点に近づくほど、利息部分が減少し、それだけ、費用負担が軽減される。
それに対して減価償却費はかからなくなるので収益から減価償却を除いた費用を差し引いた部分が利益となる。その分課税負担は大きくなる。支出面からすると元金の返済額と利益に掛る税金負担が合わさってくることになる。その為に、可処分所得が著しく少なくなるのである。
外から見ると利益が上がっているようだが、内実は、資金が不足して火の車という状態なのである。最悪の場合、利益は上がっているのに、現金収支は不足しているといことになりかねないのである。

減価償却と借入金の関係から生じる利益が出ているのに、収支は赤字という関係、あるいは、損失だけれど、現金収支は黒字という関係は、投資を実行した瞬間から組み込まれてしまうという事である。つまり、産業の基本的な構造は、初期投資において選択した減価償却の方法と借入金の条件によって基礎的な部分の資金の動きは制約されるのである。


投資キャッシュフローと期間損益


投資の基礎となるのは資金計画である。どのような手段で資金を調達し、どの様にして、どれくらいの期間で投資した資金を回収するのか。それが投資計画の基礎となる。
故に、投資計画は、初期投資と運転資金、そして、資金の回収計画からなる。そして、この設定が事業を展開するアルゴリズムの前提となるのである。

投資において最初に問題とされるのが資金調達である。資金調達の手段には、他人資本による調達と自己資本による調達がある。他人資本による調達は、負債を形成し、自己資本による調達は、純資産を形成する。
時間価値は、この資金調達の時点から始まる。他人資本の手段は主として借り入れを指し、自己資本は、主として投資と収益による。投資資金の性格を理解するためには会計の仕組みを理解する必要がある。

投資とは何かを考える場合、会計の仕組みを理解しておく必要がある。
投資は、設備に対する投資を行うために、長期資金を調達しなければならないという点である。調達し、投入した資金を長期間にわたって回収し、返済する必要があるという事が前提となる。それに対して、収入は、不確かで一定していない。その時その時の市場の状況や流行といった要素によって絶えず影響を受けている。つまり、収入は不安定で不確かなのに、支出は一定期間確実に発生する。
この関係をどのように会計上、整合性を持たせているかが最大の課題である。
まず第一に言えるのは、長期資金を調達して、それを一定期間、返済しつづめなければならないという事である。それをどのように損益上に計上するのか。されているのか。ここで前提となるのは、長期借入金の返済は、損益上費用計上されないという点である。また、貸借上では、負債の差額として計上されても正式な科目として計上されていないという点である。つまり、会計上長期借入金の元本の返済は、正式には計上されていないのである。では、長期借入金の元本の返済は、清算できないのかという事になる。それでは、現金収支との整合性ができなくなる。
そこで登場するのが、減価償却費である。減価償却費は設備投資された部分は時間とともに減価する物として一定期間投資額から費用として控除していくことを義務付けている。減価償却費の問題は、投資したものすべてを網羅していないという事と、返済計画と必ずしも一致していないという点にある。つまり、費用計上される部分と現実に支出される部分とは、一致していない、ズレが生じるという事である。このズレを調節しているのが内部留保資金である。
ただ、内部留保は、利益処分によって配分されるが、利益処分の項目にも借入金の元本の返済を表す課目は存在しない。
利益処分は、配当、役員賞与に配分されてしまう。そのために、長期資金で償却されない部分は、恒久的に残ってしまう事となる。
この様に表面に現れない資金不足を補ってきたのが含み益である。

また、実際の設備が劣化し更新、取り換えをしなければならなくなるまでの期間と減価償却の期間が一致していないという事である。

投資したものすべて減価償却費は網羅していない。一番はっきりしているのは不動産、すなわち、土地である。土地の購入代金は、土地を売った時に清算される。
そうなると調達した資金の中で地価に相当する資金は、基本的には償却されない。自己資金で地価が賄われていない場合は、借り換えによって賄われることになる。
そのためには、地価の上昇が前提とされる。なぜならば、返済できない資金は、借り換える必要が出てくるからである。その担保となるのは資産の含み益で中心となるのが土地だからである。

また、資金計画と減価償却の仕方は、非対称である。まず、償却の方程式と返済計画には、ズレがある。また、償却期間と資金計画の期間とも一致していない。
償却資産も償却費が返済額を上回る時は、利益を圧迫し、下回ると過剰な利益を計上し、税と利益処分の対象にされてしまう。また、償却が終わっても借入金の返済が終わらない場合がある。その場合は、過剰な利益が派生し、資金繰りを圧迫する。

つまり、設備投資した資金は、収益によって返済される部分と借り換えによって返済される部分、資産の売却によって生産される部分の三つの部分からなる。
また、収入は、収益と借入金、増資、資産の売却益などがある。
収益が潤沢にある場合は、減価償却費と税引き後利益によって借入金の返済は賄える。収益が不足した時は、土地の含み益を担保として資金を借り換えてきたのである。
それらを調節しているのが財務キャッシュフローである。

また、再投資という問題がある。再投資の資金をどこから調達するのか。それも含み資産を担保としている場合が多い。
地価の上昇によって担保価値が上昇し、余剰な与信力で再投資を繰り返す。それが、景気の好循環を生み出していた。

投資キャッシュフローを分析する場合は、これらの関係を熟知しておく必要がある。

減価償却費は、経済に対してどのような働きをしているのか。
償却とは、過去の生産手段に対する清算を意味するが、現金支出は伴っていない。実際の現金支出は、借入金の本金の返済を意味する。しかし、借入金の本金の返済は、会計上どこにも計上されていない。借入金の元金は、差額勘定として長期借入金の増減という形で負債の部に間接的に表現されているだけである。
減価償却費は、国民経済計算書では、固定資産減耗として表現される。
減価償却費を付加価値に含めるべきかどうかは、いろいろと異論がある。

バブル崩壊後、資産価値の下落は、投資の在り様、投資に対する根本的な考えたを変えてしまった。すなわち、地価の上昇による含み益の増加分を担保にして外部資金を活用して再投資をする事で拡大再生産を継続する。この循環が断ち切られ、減価償却費と税引き後利益の範囲内、フリーキャッシュフローの範囲でしか投資を行わない。あるいは行えないという縮小均衡型の経済へと変質したのである。

簡易に企業の与信調査をする目安として長期借入金を減価償却費と税引き後利益との和で割った値が10以内に収まっているかいないかというのがある。それは、長期借入金の返済年数を表しているからである。

この値が98年の8年をピークに減少しリーマンショック直前には、4年を割り込むところまで下がっていたのが、リーマンショックによって急上昇した。



いずれにしてもこの値が下落傾向にあるのは、長期借入金に対する減価償却費と純利益の和が相対的に高くなっていることを示す。それは、外部資金より、内部資金を活用していることを意味している。
民間企業は、収益を借入金の返済に充て投資を控えているのである。

この事から明らかになるのは、投資に基づく資金循環が地価の下落によって断ち切られ、企業は再投資、更新投資するための資金を外部に求められなくなったのである。
それが全体の投資を引き下げ、その影響で総所得が伸び悩んでいるのである。


投資と乗数効果。
家を借りるか、買うかは投資の基本


乗数効果とは、一般に金融によるものを言う。しかし、乗数効果は、投資からも生じる。そして、乗数効果は、金融と投資の相乗効果によって発揮されるのである。投資は、将来の収入を担保として資金を貸し付ける。この貸付によって資金の量は、数十倍まで膨らませる事ができる。
預金は、金融機関にとっては借入金となり、投資によって貸し付けないと市場には流通しない。

家を買おうとしたら、単位期間の収入を基礎として計算すると過大な支出になる。それを可能とするのは、一定期間の収入を担保するからである。そして、それが投資の本質である。

長期の借金は、将来の収入を担保することによって成り立っている。
将来の収入が一定額固定し、しかも、安定してえらる事が保証される必要がある。
なぜならも借金の返済額は、名目勘定で確定しているからである。

つまり、定職定収、賃金労働者の一定数の存在が今日の経済の基礎となっていることを忘れてはならない。
雇用の不安定化は、経済の土台を突き崩す事になる。
また、非正規採用の増大のような雇用の不安定化は、経済を不安定化し、社会不安を増大する。
だから、雇用が重要なのである。

借金は、時間とともに回収され、減少していくことが前提となる。
金融機関の主たる収入は、支払金利である。
金融機関は、継続的に一定の預金と貸付金を維持しないと安定して経営は維持できないのである。

投資と資産、負債の関係は、裏腹にある。

現代の貨幣経済は、貸し借りによって成り立っている事を忘れてはならない。

家を買うべきか、借りるべきか、投資に対する基本的な考え方を象徴している。
まず、なぜ家を買うのかで迷うのは、月々の家賃とローンの返済額の比較である。
まず第一に、家賃も返済額も支出である。家賃とローンの返済額の月々の支払い、支出がどちらが多いか少ないか。まずそれが決定的な要因として働いていた。そのうえで、家を資産と見なすか単なる生活するための手段・道具とみるかによって借家に住むか持ち家にするかの判断に差が生じる。
第二に、家賃も家のローンの返済額も一定だという点である。ただ、家賃は、貯めても取られるものはないが、ローンを滞ると担保している家の所有権を失う危険性があるという点が違う。
第三に、家賃に期間的な縛りはないが、ローンは、決められた期間、一定の額を支払い続ける義務が生じる。
景気が悪くなったり、失業してその時点の家賃が相対的に高くなったら、引っ越せばいいが、ローンは、借金の返済が終わらない限り、許されない。
第四に、借家はどんなに長い期間家賃を支払っても自分の家になる事はないが、ローンは、借金の返済が終われば自分の物になる。
第五に、家は資産であり、ローンは負債であるのに対して、家賃は費用だという点である。資産は財産だという認識がかつては強くあった。

自分が子供の頃は、自分の家を持つというのは、庶民の夢だった。自分の家を建てるというのは、一人前の大人の甲斐性みたいなものと考えられていた。それが変わってきたのは、やはりバブルの頃からである。

地価の高騰は、庶民から家の価格が手の届かない水準にまでなってしまった。それがバブル潰しの口実ともされた。
そして、バブルが崩壊すると今度は、家の資産価値が下落し、家の資産価値の上昇を当てにして描いた人生設計が破綻したしたうえ、相続税や資産税の負担が相対的に重くなった。
つまり、バブル崩壊後は、家を建てる事は、歴とした住宅投資だという認識を人々に持たせることとなったのである。
バブル崩壊後は、何が何でも持ち家でなければという思想が失われ、むしろ、借家の方が気楽でいいという風潮が強くなってきた。

また意識の変化、生活様式の変化もある。底辺には、核家族化、少子高齢化の問題も潜んでいる。
つまり、家庭、家族に対する考え方が変わってきたのである。それに応じて住宅投資に対する考え方も変わってきた。

ここで重要なキーワードは、一つは、月々の支払額と月々の収入、支払い能力、借入金の額と借入期間、家の資産価値、家の効用、納税額である。
問題なのは、これらのキーワードと期間損益の概念と一致していない事である。期間損益で投資にかかわるのは、収益と費用、利益(税引き後利益)、減価償却費、租税公課、資産、負債、内部留保である。期間損益と現金収支との整合性をとるために、投資キャッシュフローは計算されるのである。



投資を分解する




投資を分解すると土地や設備に対する設備計画、投下した資金を回収するための売上高の予測、それにかかる経費の見積もり利益計画、借入金の返済と運転資金を見積もって資金計画の三つの計画を立てる必要がある。これはすなわち、投資キャッシュフロー、営業キャッシュフロー、財務キャッシュフローに相当する。

初期投資を形成する設備投資は、事業の前提を設定する。
設備投資によって販売計画や資金計画は、制約を受けるからである。
設備投資は、基本的には支出である。支出は収入を前提として成り立っている。
設備投資は、将来の収入を担保して支出される。
それが資本の根幹、核を形成するのである。

将来の収入は、販売計画に結実する。
すなわち、設備投資が着工された時点で、将来の収入は約束されていなければならない。その根拠となるのが、事業計画である。
その事業計画に基づいて資金計画は立てられる。
なぜならば大規模な事業は、事業収入が得られる一定の資金が支出されるからである。故に、投資は、将来の収入を担保しないと成り立たない。儲かったから支出をするのではなく。儲かる事を前提として支出をするのである。

景気は投資の動向に左右される。投資の動向は、一様ではない。
土地は有限である。建築資材にも限りがある。
人口も限りがあってしかも、増減する。人口が増えている局面と減少している局面では打つ手は違ってくる。
また、雇用状況や所得水準によっても購買力は変化する。
それは、投資は、将来の収入を担保しているからである。
なんでもかんでも景気対策として公共事業をして需要を喚起すればいいというのでは策がなさすぎる。規制を緩和すれば、景気が上向くというのも然り。
前提となる条件、状況によって症状は同じでも打つべき対策は違ってくるのである。
最も根本にあるのは、雇用の安定である。
なぜならば、投資は、将来の収入を担保しているからである。
単純に生産を効率化し、商品を市場に過剰に供給し、あるいは、規制を緩和し競争を煽って価格を下ても、それだけでは、景気は良くならないのである。

  

投資は、1985年、プラザ合意を受けて急速に上昇し1991年で頂点に達して一気に崩壊をしている。2003年に底を打ったかに見えた投資もリーマンショックによって再び下げに転じた。この傾向は、土地に対する資金需給により顕著に表れている。


投資の基本は、事業計画である。



投資は、基本的には、支出行動だという事を念頭に置いておいてほしい。
事業の始まりはすべて支出である。故に、支出に備えてどれだけの資金を準備しておくかが、事業の成否のカギを握っている。可能な限り、多くの資金を集めればいいという訳にはいかない。なぜならは、資金には、金利という費用が掛かるからである。この金利の存在が、事業を成り立たせてもいる。金利は、本来、事業の尺度となる。
金利は、利益を測る尺度であると同時に時間を測る尺度でもあるからである。
投資は、資金の運用なのである。
投資は、資金調達と一対になって考えなければ評価はできないし、実態も理解できない。
投資は、支出として現れる。故に、投資が実行された場合は負の値として現れる。負の値は、正の値と合わさって調和する。
その正の値を生み出すのは、負債と資本である。
負の値というのは、資金の不足を表してといる。また、投資は、正の値として貸し方に資産を形成する。対極に負債、あるいは、資本の裏付けがなければならない。
そして、投資の効果が実現された場合、収益として収入に反映し、減価償却費として費用に計上される。
ただ、実際の資金の動きは、投資資金と回収計画という実体的な動きになる。

投資では、資金計画が基本となる。資金計画は、事業計画のインフラストラクチャーである。
投資は、全ての産業の基本である。あらゆる事業は、投資行為に始まる。何に対してどの様に投資をするかが事業の根本なのである。

資金の流れも投資から始まる。資金は、投資を通じて市場に供給されるのである。投資の中でも、主として公共投資によって貨幣は市場に供給される。

投資キャッシュフローは、生産手段に対する現金収支を表している。投資キャッシュフローは、長期的「お金」の働きを示し、基本的には貸し借りに基づいている。つまり、投資の裏側には、何らかの貸借取引、あるいは、資本取引の裏付けがなければならない。
そして、営業取引との整合性は、減価償却費によって取られている。
営業キャッシュフローは、日常の現金収支、すなわち、短期的「お金」の働きを表し、売買取引を基本としているのに対して、投資キャッシュフローは一時的資金の出入りを表している。
この様な一時的、巨額の資金の動きと経常的現金収支の間を調節し、「お金」の過不足を均しているのが財務キャッシュフローである。財務キャッシュフローと投資キャッシュフローは、貸し借りに基づいている。
経済全体から見て営業キャッシュフローそのものは、「お金」の供給量を増やしたり、減らしたりはしない。なぜならば、営業キャッシュフローは、売買取引を基礎としているからである。

「お金」の流通量は、「お金」の供給量と回転数の積である。つまり、「お金」の流通量を増やすためには、供給量を増やすか、回転数を増やすかしかない。供給量を増やす取引が貸し借りであり、回転数を増やす取引が売り買いである。
お金の供給に直接かかわっているのが投資である。投資が増えないと市場に実際的に流通する「お金」の量は増えない。

投資には、物的投資と資本投資がある。



投資には、二つの形がある。一つは設備投資のような物的投資である。もう一つは、資本投資である。
同じ投資でも物的投資と資本的投資では意味合いも働きも違ってくる。

まず投資キャッシュフローは、物的投資は、有形・無形の固定資産の取得、あるいは、売却として現れる。
この様な投資には、初期投資と運転投資がある。通常、物的投資は、一時的に大きな支出があってそれを長時間かけて回収する事になる。それを期間損益では単位期間に振り分ける。それが減価償却費である。
また、資金面からみると物的投資の裏には、資金計画がなければならない。
つまり、物的投資を根源とする投資キャッシュフローは、投資キャッシュフロー単体で成り立っているわけはなく、
この投資に対応するのは、借入金と資本金である。そして、その対極にあるのが減価償却費と固定資産である。また、借入金の中でも長期借入金である。
物的投資は、基本的に負の値として現れる。

それに対して資本投資は、基本的に貨幣上、帳簿上の取引であり、物的な裏付けがない。
資本投資は、資金の貸付や回収による現金収支や有価証券、投資有価証券の取得や売却による現金収支である。資本投資は、金融資産という形で表れされる。

投資は、資金需要の重要な部分を構成している。
資金需要は、固定資産投資と運転資本からなる。

固定資産投資には、初期投資と運転投資がある。初期投資が減価償却費の源になる。
資本は、初期投資と密接に結びついている。



初期投資は、固定資産形成として現れる。
初期投資は、爾後の経済の状態を拘束する。初期投資によって固定費が形成されるし、資本と負債の関係の原型が形作られる。
また、初期投資は、資金調達の根底を成す。
初期投資は、根本は物的生産手段に対する投資を言う。物的生産手段とは、設備であり、土地である。
故に、物的投資に対する投資キャッシュフローは、固定資産の増減として現れる。


投資に対する考え方


投資は単なる願望だけで決められることではない。
投入した資金が回収できるかどうかが決め手になる。
資金を回収する当てがない事に誰も「お金」を出しもかしてもくれないのである。

投資の裏には、資金調達がある。投資は資金運用でもある。

投資は、資金を調達して自前で生産する場合と、設備そのものを借りる二通りの手段がある。
家を買うのと、借りるのとの違いはどこにあるのか。それは投資を決める決定的な要素でもある。

投資を決定する重要な要素は、金を借りて投資するか、物を借りるかである。
家を買うか、借りるか、それは住宅投資を占う大事である。

利益は、収益から費用を引いた値である。
収入と支出との間に時間的なズレがある。

期間損益は、収益と費用、利益によってお金の働きを測る。減価償却費は費用である。
投資は、元金、借入金、支出、収入、残高で測る。支出には、借入金の元本や納税資金も含まれる。
この損益と現金収支には。時間的なズレがある。
そして、利益が上がっていても資金が不足する事があれば、利益は上がっていないのに、資金が不足する事がある。
それを見極めないと投資効率は測れない。そのために必要とされるのが投資キャッシュフローである。

投資を決定するのは、投資な対してどれくらいの支出があり、それをどれくらいの期間得られる収入によって回収できるか。それが問題なのである。
回収する見込みがなければ投資は控えられる。

問題は、投資に見合うだけの収入が得られるか否かである。

駅前のコンビニ店は結構繁盛していた。繁盛していたから店員を増やし、店を改装したり、広げたりする。しかし、競合店が繁盛しているのをみて出店してきた。そうなると市場の大きさはそんなに急に広がるわけではないのだから、市場全体の売り上げが急に伸びるわけではなく。結局、客の奪いになる。初期投資は固定費となるから、売上の増加を見込んで先行投資した店は不利になる。

人件費が安くて設備投資に資金がかからない、為替も相対的に安ければ、それだけで競争力がある事になる。
後発で賃金が低く、開発資金のいらない設備投資ができればそれだけで、先端を走っている国を追い越す事ができるとしたら・・・。
投資に金がかからないというだけで競争力があるのならば、誰も先行投資をしなくなるだろう。

経済は、生産する事だけを意味しているのではない。働くことも、収入を得る事も、消費する事も同時に意味しているのである。
人気内商店を作り、無人工場ばかりを作れば、人は働いて収入を得る術、手段を失うのである。

経済の質は、本来多様性に求められるべきものである。
しかし、生産効率を優先し、大量生産に依存すれば、生産物の質は、画一的なものになる。
同じようなものを同じように作れは生産効率は上がるからである。
しかし、経済に求められるのは、価格ではない。価格は、基準の一つに過ぎない。

競争は、本来、何を競うべきかは、何を人々は求めているかによる。
価格は象徴にすぎない。価格が象徴しているのは何かである。
サービスを競うのか、品質を競うのか、性能を競うのか、デザインを競うのか、味を競うのか、安全を競うのか、居住性を競うのか、何を競うかが問題なのである。それらを価格のみに集約したら、価値の本質は失われてしまう。
価格を競うべきか、質を競うべきか、人々の必要性や要望に応える事を競うのか。それこそが経済の問題なのである。

単に、価格だけで競争する事になれば、質やサービスの劣化を招く。それが経済である。

都市の建物から装飾が失われる。装飾は、生産効率を削ぐからである。しかし、何の装飾もない建物を人々は求めているのか。
我々は、無味乾燥の町に住んではいないか。
雑然としてはいるが、人々の生活の匂いがした街が消え、真四角で飾り気のないビル群にとってかわられようとしている。

心を込めて手作りの料理より工場で大量生産され、画一された味の料理を安いからと言って人々は求めるであろうか。しかし、今や家庭料理は失われ、町の小料理屋も消え、工場生産された食料に支配されようとしている。
人々は知らず知らずのうちに家畜化されようとしている。
現代の自由は、家畜の自由に過ぎない。野生の自由ではない。

単に大量に安価な製品が手に入れられることを豊かだと言うのか。
それはかえって貧しいのではないのか。


物的投資と資金、償却


投資の基礎は、物的投資と投資資金の調達、そして、償却からなる。
これらは、初期投資の段階に明らかになる。

それに対して、収益、運転資本、利益は、不確かなのである。

そして、確かなのは、支出であり、不確かなのは、収入である。
だからこそ利益を不安定となるのである。

損益勘定においては、設備の償却は、減価償却として現れる。しかし、現実の現金収支は、長期負債の返済として現れる。
つまり、現金収支と期間損益の違いは、長期借入金と固定資産、そして、現償却費の動向として現れる。

まず第一に言える事は、長期借入金は91年から設備投資は、92年から減少に転じているのに対して減価償却費は、2008年まで一定の水準を保っていたという点である。それがリーマンショック時から減少している。



借入金限度額の基礎となる数字に、長期借入金を減価償却費と当期純利益の和で割った値がある。
それは、当期純利益で長期借入金を返済するために必要な年数を意味する。






投資キャッシュフローの動き


投資キャッシュフローを見ると投資は、は、オイルショック後83年いったん低下するがその後バブルのピークである89年~90年にかけて急上昇した後、93年にかけて急落し、その後97年から2000年にかけて急上昇したと思ったら2001年に急落しまた上昇してと荒っぽい動きを見せている。



問題は、投資のどの部分、すなわち、物的投資の部分によってこのような乱れが生じているのか、資本投資によって乱れが生じているかである。

尚、投資は、支出項目だという事を忘れてはならない。
投資は、物的投資と資本的投資がある。
投資対象が、固定資産から無形固定資産、投資その他の資産へとバブル崩壊が急速に転移しているのがわかる。
それは、投資が物的投資から、資本的投資への変質している事を意味する。



設備投資は、調査対象年度中の有形固定資産(土地を除く)増減額+ソフトウェア増減額+減価償却費+特別償却費の計算式によって計算される。
まず、有形固定資産の増減を見てみる。



この有形固定資産を補う形で資本投資がある。
資本投資は、設備投資よりも流動性が高く、金融資産より流動性は低い。


法人企業統計に基づいて作成

1991年バブル崩壊後徐々に有形固定資産に対する投資が減少し、2000年には、前年を割り込むようになったのがわかる。投資の構成も有形固定資産から無形固定資産へと、つまり、設備投資から権利や有価証券へと変化しているのが読み取れる。

設備投資は、有形固定資産の増減(土地を除く)に減価償却費と特別償却費を足した値を支出であるからマイナスしたものである。
それに対して投資キャシュフローは、有形固定資産の増減額に無形固定資産の増減額、投資その他の資産の増減額、投資有価証券の増減額を足してマイナスにしたものである。

 

実物投資は、設備投資に在庫投資の和である。



土地に対する投資、すなわち、土地の残高は、バブル崩壊後横ばい状態である。土地の残高の増減は、バブル崩壊を受けて急速に縮小している。

 
法人企業統計


バブル崩壊後の土地の残高は、横ばいだか、それは、土地の実勢価格を反映したものではなく。簿価を反映したものである。
故に、地価の実勢価格が上昇している時は、含み益が生じ、地価が下落している時は含み損が生じる。
ただ、簿価は、地価の上昇に比例して上昇するが、下落時には、地価の実勢価格を反映できない。
故に、「含み損」が経済に与える影響はなかなか読み取れない。


ダウ式とよばれる連続性維持の為の調整を行った47都道府県の地価公示の最高価格地(住宅地・商業地)の平均価格の指数である。
昭和49年1月の地価公示47都道府県の最高価格地の算術平均より算出を開始し,昭和49年の平均価格を100として各都市の平均価格について指数化を行った。



投資に対してどれくらい収益が見込めるか


投資、すなわち、支出したお金に対してどれくらいの収入が見込めるか、それを測る基準が収益である。収益は、基準であって収入そのものではない。収益に対応するのが費用である。費用は、支出を測る基準であって、支出そのものではない。

投資は、初期投資と運転資金からなる。
初期投資は、生産手段に対する一時的支出を言う。初期投資の在り方は、産業の基本的基盤、性格付けをする。
初期投資に大金をつぎ込む産業とほとんど資金のいらない産業がある。
初期投資が大きい産業は、必然的に減価償却費も、物的固定費も大きくなる。

固定費がかかる産業にも労働集約的産業と資本集約的産業がある。
物的投資が大きい産業と人的投資が大きい産業は、そもそも、産業の本質が違う。
一緒くたにして処理する事はできないのである。

一体、自分達の投資に対してどれくらいの見返りが期待できるか、それを明らかにする事が現在の事業家に求められている事である。そこに会計制度の目的もある。
この事からも、収入と収益、支出と費用とを如何に結びつけるかがキャッシュフローを見る上での要諦となる。つまり、投資、即ち、支出に対してどの程度の収入が見込めるかが鍵を握っており、それは費用対効果によって測られているからである。

全体としての支出がどれくらいの収入をもたらすか、それを単位期間に割り振った値が費用対効果として表現されるからである。
初期投資は、費用の固定的部分を構成する。それ故に、減価償却費は、固定費を形成するのである。それは費用の骨格となる。

投資キャッシュフローの経済全体に与える影響を知る為には、経済において投資がどの様な働きをしているかを明らかにしておく必要がある。

現代経済学の一番の問題は、経済的事象を貨幣の動きからのみ捉えようとしている事にある。経済は、生きる為の活動であり、実体は、人と物の動きにある。お金は、人と物を映し出す影なのである。影だからこそ、実体を余すところなく映し出すが影は影なのである。
経済は、生きる為に必要な資源を必要なところに必要なだけ配分する事を目的としている。


法人企業統計

キャッシュフローで投資と関係あるのは・・・。


投資と投資キャッシュフローは同じではない。投資キャッシュフローだけでは、投資の働きや効果を明らかにする事はできない。
投資対効果を知るためには、投資とキャッシュフローの関係を晃世下にする必要がある。さもないと投資キャッシュフローの意味を理解する事もできない。

キャッシュフロー上、投資と先ず関係するのは、固定資産の増減である。
固定資産増減は、固定資産が増えた場合は、投資キャッシュフローとして処理されるが、減った場合は、営業キャッシュフローとして処理される。ここにも投資キャッシュフローの性格が表れている。
次に、費用と言う面からすると減価償却費である。
設備投資の対象は基本的に固定資産である。固定資産には、償却資産と非償却資産があ。
投資は、償却資産である設備と非償却資産である土地を対象として行われる。

また、資金という観点からすると長短借入金の増減と、資本の増減として現れる。
つまり、資金の調達源として借入と増資が考えられるからである。

ここで重要なのは、減価償却費にたいする一般的な誤解である。減価償却費は、一般には、支出のない費用とされているが、それは、表面的な事で、実際は、長期借入金の元本の返済が対応している。この長期借入金と減価償却費、そして、資本が微妙に絡み、さらに、収入と収益、所得が絡んで税の問題に結びつく。税の問題は利益とも関係してくる。


法人企業統計


高度成長と投資の関係



日本は、戦後何もないところから出発した。焼け野原から再建したのである。この点を抜きに戦後の経済を語る事はできない。

現代経済は、成長を前提とした拡大市場を基礎として考えられている。
しかし、市場は一定ではない。産業や商品には、ライフサイクルがあるのである。市場の状態や環境に合わせて経済の有り様を変えていかないと経済は上手く機能しなくなる。
ところが、経済に携わる人の多くは、拡大成長、増収増益を状態だと言う認識に立っている。だから、市場が成熟し、飽和状態になると途端に活力を失い。横ばい状態から縮小期になると途端に景気後退とか、恐慌と言った深刻な問題を引き起こすのである。
市場が成熟し、或いは衰退期に入ったら、縮小や減退に合わせた施策をとり、又仕組みも市場環境に適合した物に変える必要があるのである。

資金は、連鎖的取引によって市場に流通する。連鎖反応が継続的に続くような取引は、市場を活性化する。
取引の連鎖のは以後には、ある主体の収入は、相手となる主体の支出であり、収入を裏返すと支出であるという関係が隠されている。同様に、買いは売り、売りは買い。貸しは借り、貸しは借りと言う関係が隠されている。
さらに、支出は収入を素となる。収入は支出の原資となると言う関係に裏付けられ。一つに取引が他の取引を誘発する事によって取引の連鎖が生じる。
一つの取引、例えば、売りは買いと裏腹にある。売り買いは一対で成り立つ取引である。つまり、取引の連鎖は、二重の働きによって引き起こされるのである。
取引の連鎖に結びつくような投資は、全体の所得を引き上げるが、単発的、散発的取引は、資金の恒常的流通には必ずしも結びつかない。故に、建設のような単発的、散発的投資は、景気のカンフル剤、起爆剤になり得ても恒常的に景気を下支えする事は難しい。
投資の効果で重要なのは、取引の連鎖の速度と拡散範囲である。

一般に生産財は、創業期、成長拡大期、成熟期、衰退期という段階を市場は経て変容するのである。

そして、市場は、生産財のライフサイクルに従っても拡大と縮小を繰り返す。
生産財の発展段階に応じて市場構造や経済構造を変化させる必要がある。
生産財だけでなく投資も生産財のライフサイクルの従って拡大と収縮を繰り返す。
拡大の時よりも市場が収縮している時の方が、経済の舵取りは難しいのである。難しいからこそ指導者の技量が問われるのである。誰がやっても利益が上がるのならば指導者の技能など問題にならないのである。

投資は、基本的に支出であるから、投資キャッシュフローは、投融資(当期末資金需給)等と無形固定資産(当期末資金需給)をマイナスした値である。

投資は、市場の状態に左右される



投資も市場や産業の発展段階に従って状況や環境が変化する。又、それに合わせて個別の企業の経営も変化させる必要がある。景気や環境、経済の有り様の変化に応じて市場の仕組みも変えていかなければならない。当然投資の有り様も変化する。

市場は、拡大均衡と縮小均衡とを繰り返す。
市場の拡大期には新規投資、縮小期には、更新投資が中心となる。
市場が飽和状態に陥ると更新的な需要が主となる。つまり、現状維持。需要は、横ばい状態に陥る。

資金は、資金運用によって市場に供給される。
資金運用の資金は、外部資金か、内部資金かによって調達され。

資金調達の手段も拡大期には、外部資金による調達が縮小期には、内部資金による調達が主となる。

成長段階にある市場と成熟段階に達し、飽和状態にある市場とでは自ずと性格に違いがある。
いい例が名目的価値の働きと実質的価値の働きである。
日本の高度成長期が好例だが、成長段階では、名目的価値が、実質的価値に引っ張られるように上昇するのに、成熟段階は、名目的価値が実質的価値に負荷を掛ける。
外見的に見ると名目的成長率を実質的成長率が上回っていても環境によって働きが違うのである。

負債残高は、2000年を境にして150兆円以上減少しているのに対して有形固定資産は、横ばい状態である。

  
法人企業統計


投資の種類



投資には、一般に、在庫投資、設備投資、資本投資、住宅投資、公共投資などがある。この中で、住宅、在庫、設備は、実物に対する投資であるのに対して、資本投資は、お金に依る投資である。また、住宅投資は、通常、家計や財政に属する投資である。つまり、私的、非営利的投資と言える。また、公共投資も、非営利的事業に対する支出を言う。在庫投資は、経常的支出と見なされる。故に、民間企業における投資キャッシュフローは、設備投資と資本投資に要約される。

経済の目的は、分配にある。生産性や効率化を優先して無人化を無原則に促進したら、労働者から働く場を奪う事になる。民間企業に働く場がなくなり、失業対策で公共事業に資金をつぎ込み財政を破綻させたら元も子もない。規制を緩和し、競争を煽る事がどのような結果を招くかよく検討したうえで政策を決定していくべきなのである。基本的に企業収益を重視すべきである。なぜならば、企業収益は、分配の要だからである。適正な企業収益が望めなくなったら分配そのものに支障をきたすのである。そうなると投資した資金を回収する事もおぼつかなくなる。

ただ、市場が成熟したら競争を抑制すべきだとしても、競争がまったくなくなり格差が拡大すると分配に支障が生じる。その場合は、規制を緩和して競争を奨励すべきなのである。競争に対する考え方も成長期における考え方と成熟期における考え方では、微妙な差が生じるのが一般的である。成長期というのは、過剰収益が発生しやすい。なぜならば、市場が拡大しており、収益の向上が先行している場合が多いからである。それに対して成熟期の産業は、市場の拡大や収益の向上は基本的に望めない。過度な競争は、市場を荒廃させてしまう。そのような前提に立って、何を競わせることが質的向上を促すかが重要となる。無原則な競争は、産業そのものを破壊してしまう恐れがある。

投資キャッシュフローは、設備投資に基づくキャッシュフローであるから、基本的には支出項目である。この対極には、資金の調達を意味する財務キャッシュフローがある。財務キャシュフローは、資本を意味する。

投資キャッシュフローは、主として設備投資を通じて長期的資金の流れを作る。長期資金は、負の部分では、負債と純資産の本となり、長期借入金の元本、その返済、そして、資本を形成する。これらは損益には計上されず、会計の裏で働くこととなる。負債と資本のこの裏の働きが経済に対して重大な影響を及ぼしている。

国民経済計算書において投資キャッシュフローに該当する部分は、固定資本形成の部分である。また、減価償却に相当するのが固定資本減耗である。

投資キャッシュフローには減価償却費は含まれないが、実際は、投資には減価償却費は重大な働きをしている。
投資キャッシュフローの土台は、資金計画であり、事業計画だからである。

キャッシュフローの範囲内で投資をするように企業がなると、或いは間接金融から直接金融に企業が傾くと金融は、借金体質になる。なぜならば、預かり金に対して貸出金が減少するからである。

投資キャッシュフローは、設備投資を予測する上でも重要な要素である。



投資の性格は、成長段階によって変化する。


投資は、第一に、経済活動の骨格を作る。第二に、投資は、景気に波を作る。第三に、投資は、産業の構造を変える。第四に、投資は、長期資金の働きを主導し、資金の供給を制御する。第五に、投資は、資産を構成し、生産手段を規定る。第六に、投資は、資本を形成する。

発展段階に応じて投資は、質的な変化をする。投資を一律的にとらえていると経済や経営の流れや変化をとらえきれない。
成長期と同じ思想、発想で成熟期の投資を行うと成長期と同じ効果が期待できるどころか過剰投資や過剰債務、過剰雇用を招きかねない。
成長期と成熟期とでは、前提が違うのである。現在の為政者はそれを理解していない。ただ、規制緩和、競争は万能薬だと信じて一律にすべての産業に当てはめようとしている。産業には、個々の産業固有の発展段階があり、その期間も一様ではない。個々の産業の発展段階に合わせて施策を講じる必要がある。

投資の種類には、初期投資、更新投資、能力増強投資、新規投資、開発投資、在庫投資、人材投資などがある。
初期投資というのは、文字通り、会社や産業の基盤を構築するための投資である。初期投資は、企業や産業の前提となる。更新投資とは、老朽化設備を新しい設備に変えたり、再投資したりする事を意味する。能力増強は技術革新などによって性能が向上した設備に変える事を意味する。最近では、システムや情報通信といったソフトに対する投資が増加している。新規投資というのは、初期投資と同様、新しい事業や多角化などに対する投資を意味する。ただ、初期投資との違いは、既存の設備に対する追加的投資という意味合いが新規投資にはあるからである。開発投資とは、新しい技術や製品を設計開発するための投資であり、戦略的投資でもある。人材に対する投資も投資の一種として考える事が出来る。
この様な投資の種類は、産業の発展段階によって変化する。

例えば、住宅産業は、新築から、集合住宅、そして、増改築、中古市場の整備へと、変質しつつある。また、持ち家から貸家へと変化も促されている。反面、少子高齢化が住宅投資に影を投げかけている。

個々の産業には、一般に創業期、成長期、成熟期、衰退期などの段階があり、それぞれ市場の構造や産業構造が変化し、投資の性格も変わってくる。
創業期の投資は、初期投資であり、設備の様な産業や企業、経済の基礎を構築するものであり、固定資産、固定負債、固定費と言った固定的な部分を構成する。多額の資金を必要とする投資であり、資金調達が鍵を握っている。
成長期の投資の性格は、市場の拡大、拡張に基づく追加的な投資であり、一歩間違うと過剰投資を招く危険性がある。
成熟期の投資の性格は、更新、リサイクル、研究、開発的な投資であり、事業の持続を前提とした投資となる。また、多角化や新規事業などリストラや合理化等の投資が主となる。つまり、市場の深化、質的投資を意味している。ハード面より、ソフト面がより重要となる。
衰退期の投資は、再投資、再建投資、新規事業と言った投資が主となり、場合によっては、初期投資同様の規模になる場合、初期投資以上の投資を必要とする場合がある。つまり、事業の再構築を目的とした投資となる。

成長、発展段階は、産業によって違う。個々の段階の期間や投資の規模、構造に差がある。
例えば、鉄道や電気などの初期投資に巨額な資金を必要とするものと、サービス業やシステム開発などの初期投資に資金がほとんどかからない産業とでは、自ずと投資に対する考え方も構造も違ってくる。

また、段階によって投資に対する資金調達も調達先や調達手段、調達規模に違いが生じる。

また、産業毎の成長発展のありかたの差によって長期資金の流れに差が生じる。それが景気や経済の波を生じさせる。
景気の波の周期には、日単位、週単位、月単位、四半期単位、半期単位、年単位、更に長期的な単位の波がある。また、不定期な波が重なる。

また、投資の波は、景気の波の要因だとされ長期的資金の働きによって起こされると考えられる。俗に、短期的波としては、在庫投資による波、中期的な波としては、設備投資による波、長期的な波としては建設による波、超長期的波としては技術革新による波などが言われている。

経済の波は、設備投資だけで起こされるわけではない。住宅投資や公共投資等からも波は起こる。

この様に投資は、企業、産業、市場の基礎を構築する行為である。
投資は、社会基盤を築く行為であり、長期にわたって社会生活や資金の流れを規制する。故に、投資の在り様、方向性を間違うと社会生活全般が歪められ、取り返しのつかない事態を招く。

投資の在り様を間違った典型的な例がバブルとバブル崩壊である。バブル崩壊後、長期間にわたって経済が停滞したのは、バブル期に投資の方向を間違っただけでなく。バブル崩壊後も間違った方向に投資を向けた事による。

特に、資産価値の下落によって資金調達力が低下した民間企業を無原則な規制緩和によってさらに収益力低下させ、民間の投資力を削いでおいて経済活性化のために、財政を出動させたことが財政悪化に拍車をかけたのである。民間の収益力を削ぎ所得を低下させたその補充として失業対策のために公共事業を増やすようでは、やろうとしている事とやっている事とは、正反対である。これでは望む結果が得られるはずがない。

収益構造は、市場環境によって変化する。



市場環境の変化は、収益構造、特に、費用構造の変化として現れる。
例えば、収益力は、市場の成熟に伴って低下する傾向がある。収益は、市場環境に制約されるからである。市場が成熟すると飽和状態になる。
物余りの状態になるのである。そうなると何らかの規制がない場合は、過当競争に陥りやすい。また、価格に占める原価の比重が大きくなり、収益力は低下する。
収益力が低下することで一般に新規投資は、抑制される。また、設備は償却が進む事で償却の計算方法によっては、費用が低減する。
償却の計算方法と資金計画との間にズレがある場合は、負債による負荷が大きくなり、キャッシュフローに影響が出る。又、金利の変化は、支払利息が費用に占める比率補変化させる。この様な変化は、費用構造に影響を与えざるを得ない。
これらの点を鑑みると収益や費用構造の根底には貸借構造の変化がある事が解る。又、収益構造の変化は、キャッシュの流れも変える。

成長発展段階では、外部資金を投入し、大規模な設備投資をしても収益によって賄える。又、収益によって賄う事を前提として経営をしていればよかった。しかし、市場が成熟し、過飽和な状態に陥っていたらそうはいかない。

外部資金は借入や投資によって外部から資金を調達する事である。
内部資金には、減価償却費や資本(内部留保)等がある。つまり、過去の蓄積や投資の回収によって資金を調達する傾向が強くなる。
拡大均衡か、縮小均衡かは、資金の流れに現れる。特に、投資キャッシュフローや運転資本に現れる。
外部資金による投資は、市場を拡大させ、内部資金による投資は、市場を収縮させる効果がある。投資が抑制されるから景気が悪くなるのか。景気が悪いから投資が控えられるのか。これは卵が先か、鶏が先かの議論に似ている。
ただ内部資金に頼らざるを得ないという事は、外部資金をあてに出来ないという状況があるからに他ならない。
過去か、未来か。
過去の蓄えを取り崩すのか、未来の収入を当てにするのか。要はどちらに経営者の期待が傾くかによって決まるのである。



バブル崩壊後、大幅に内部資金が外部資金を上回っている。



資金の運用は、バブル崩壊後、急速に低下している。


投資資金の出どころ



民間企業が投資の資金を内部調達し、黒字化した事が、財政を悪化させ、市場を縮小させているのである。それをどう考えるかの問題であり。その先は価値観や文化の問題でもある。

資産、負債、費用は、所得を介して財政、企業、家計、海外の各部分が連動している。各部門は、均衡を保ちつつ黒字主体、赤字主体を形成している。黒字化、赤字化ではなく均衡が崩れる事が問題なのである。

投資の為の資金、原資には、内部資金と外部資金がある。内部資金には、減価償却費と過去の収入による蓄えである資産がある。外部資金には借入金と資本がある。この関係を検証するのが投資キャッシュフローの役割の一つである。

投資資金は、原則として内部資金を基礎としてすべきだとする考え方がある。その考え方がフリーキャッシュフローの素となる。
つまり、投資資金の原資は、第一に、減価償却費。第二に、内部留保の取り崩し。その次に、借入や増資を考えるのが本筋である。
安易に借入に依存すると借金体質から抜け出せなくなると考えるのである。この様な考え方がバブル崩壊後主流となった。
以上のような考え方は多分正論である。
しかし、それが20年間にわたり総所得の上昇を阻んできた原因でもあるのである。

資産を買うのは簡単だが、売るのは難しい。売るのが難しいのに気がつくと買うのも難しく思えてくる。

バブル以後、外部資金による投資が事実上できなくなった。それは、投資の為の担保となった土地が地価の下落によって担保不足に陥ったからである。従前は、地価の上昇を前提とした含み益を担保にして、投資資金を捻出していた。それは、物価上昇によって設備投資額の上昇を加味せざるを得ない事を前提としていた事にも起因する。

資金を内部調達すると言う事は、所得の増加には結びつかないという事である。所得は言い換えると収入や収益である。内部調達に頼って利益を上げるというのは、支出を抑制する事を意味する。手っ取り早く支出を抑える手段は、投資や費用を削減するである。
利益が上がって借金が減り、費用が削減されたからといって経営内容が改善されたとか、経済に貢献していると考えるのは早とちりである。
これは財政も同じである。
この様な状況では、いくら金融市場や資本市場に資金を供給しても物価や所得には影響を与えない。実物市場に資金が回っていないのである。




景気停滞の原因



総所得が長い間横ばい状態であり、それが日本経済の低迷の原因でもある。
ゼロ金利、利益率の低迷、雇用者所得の減少、(デフレーション物価の下落)と全ての付加価値が横ばいである。これが、総所得が横ばいの原因である。無論、卵が先か、鶏が先かの議論は成り立つ。しかし、いずれにしても全てが相互に下降圧力として働いている。故に、上昇する目処が立たないのである。
総所得を上昇させる施策は売上を改善するしかない。
売上は、収入と支出と裏腹にある事を忘れてはならない。

貨幣経済は、貨幣が循環する事によって機能する。市場にお金を循環させる為の条件は、一定量のお金が市場に供給されている事である。
貨幣は、投資によって市場に供給され、借入金の返済によって回収される。

三つのキャッシュフローの働きを比べると投資キャッシュフローの性格が見えてくる。
投資キャッシュフローというのは、生産手段に対する支出を基礎とした資金の流れである。

経常現金収支は、一般には、営業キャッシュフローと言われる部分であり、一会計年度内における現金の出入りを言う。
投資現金収支は生産手段における一会計期間を超える現金の出入りを言い。
そして、財務、即ち、資金繰りは、現金の過不足を補う資金の出入りを言う。
故に、経常現金収支は、流動資産を基礎とした現金の出入り、投資現金収支は、固定資産に対する現金の出入り、財務現金収支は、金融資産を基礎とした現金の出入りとして現れる。
経常現金収支は、一会計年度を基本とするが若干の例外も認められている。一般に、営業活動が一回転する期間を基本としている。
一単位期間以上の働きをする資金の流れは基本的に投資キャッシュフローか、財務キャシュフローに振り分けられる。
短期的指揮官の働きと長期的資金の働きの区分は、原則として一単位期間を基準としている。例外は、資金の回転が一単位期間を超える要素に限られている。

投資キャッシュフローは投資に関わる資金の流れを指す。投資は、生産部分であれば、生産手段、設備に対する投資を意味する。又、家計では住宅投資を意味する。


投資とは将来の収入に対する支出である。



投資とは何か。投資とは、将来の収入に対する支出と言える。
支出である投資は、キャッシュフローとしては本来、負の数として現れる。
投資キャッシュフローが正の数の場合、手持ち資産を売却して、運転資金(営業キャッシュフロー)に当てている場合がある。
日本経済の現況をみると投資キャッシュフローは正であり、資金不足が慢性化している事が考えられる。
キャッシュフローと利益の整合性を保つ為には、設備投資資金を借入で賄う場合、耐用年数と一致させるように設定する必要がある。

投資と言っても広くとれば単に設備投資のような投資だけを指すのではなく、在庫投資や人的投資があるが、投資キャッシュフローは、在庫投資や人的投資などを除いた生産設備に対する投資、固定資産に関する支出だと考えると解りやすいと思う。
そして、長期的資金の流れを方向付ける事象を指して言うのである。

この様な投資キャッシュフローは事業計画や資金計画を下地にしている。又、減価償却の根拠となり、また、減価償却費との整合性が要求される。減価償却計画と資金計画とのズレが財務キャッシュフローによって是正されるのである。
投資キャッシュフローから収益、利益、償却、長期借入金との整合性をとることが要求される。
それに対して、財務キャッシュフローは資金の過不足を調節する働きがある。
又、経常的キャッシュフローは、収益に基づく短期の資金需給を形成する。経常的キャッシュフローは、流動資産、流動費の基礎となる。
基本的に収益は不確かなに対して投資に基づく現金の出納は確定的な要素が高い。故に、投資キャッシュフローは、固定資産、固定費を形成している。
そして、財務キャッシュフローは金融資産を本としている。
故に、経済全般からは資金の流動性の動向は、経常的キャッシュフローから固定性の動向は投資キャッシュアローから読み取れる。

この事から投資キャッシュフローは、経済全般からみた場合、資金需給の周期、資金の量、回転、方向を規定している事が解る。
設備投資は、本来は、企業の方針や経営戦略に基づく事であるが、実際は、経済の状況や産業構造に左右される事であり、又景気を作る要素でもある。それ故に、景気の動向を指し示す指標としても有効な事である。

投資とバブル経済



高度成長が終わり投資が一服し、市場が飽和状態になった時、損益上の減価償却が終わった設備の中には、借金の返済が終わっていない資産が多く含まれている場合がある。その結果、費用として計上されない支出が派生する。それは損益上は利益が上がっているように見えてキャッシュフロー上では表に現れない支出が生じていることを意味する。それが、一斉に生じると経済主体の資金繰りを悪くするのである。
このような状況は、家計や財政では固定的支出が増加して可処分所得の割合が低下している状態としても現れるのである。
売買取引より貸借取引の割合が大きくなることでもある。つまり、見かけ上は、お金が余っているように見えても、実際に市場に流れているお金が不足している状態に陥っているのである。その為に全体としての実質的総所得が伸び悩む。

一時的な収益の悪化を理由にして、担保不足だからと言って長期的資金の回収を強引に計れば、経営は土台から崩れてしまう。長期的資金は、土台を構成する資金なのである。

長期借入金と減価償却費の関係を見るとむバブルの時に設備投資がピークを迎え、以後、新規の投資が激減して償却に四苦八苦しているのが見て取れる。

投資キャッシュフローは、長期資金によって賄われる。故に、財務キャッシュフローに対応する。故に、投資キャッシュフローと財務キャッシュフローは、対称的な動きをする。

投資キャッシュフローの推移を見て取れるのは、如何にバブルの影響が大きく、深刻かという事である。また、リーマンショックの影響も無視できない事が解る。

投資キャッシュフローは、プラザ合意後一年間停滞した後急速に支出が増えている。バブル最盛期は、突出して支出が多く、ピーク時には、投資キャッシュフローは、42兆円のマイナスを記録している。

従来は、投資キャッシュフローをはじめ経済指標は、経済の状態を観察する目的で計算されてきた。

投資キャッシュフローで重要なのは、設備投資と言った実物投資か、それとも、株や有価証券と言った金融資産に対する資本投資である。市場全体の比率として資本投資の方が、設備投資と言った生産手段に対する投資を上回ると負の勘定が増大する。お金の供給が余剰となり、金余り現象になるのである。

しかし、経済指標をより積極的に考えるならば、一種のメーター、モニターと捉え、経済のあるべき姿の基準を設定し、基準に合わせて経済施策を講じる事を目的とすべきなのである。その為には、指標と経済の仕組みが連動している必要がある。肝心な事は、経済を動かす仕組みを明らかにする事なのである。

投機的な不動産バブルではなく、土地の有効活用などによる実需に基づいた資産価値の上昇を促す事である。そこで重要となるのは都市計画である。


法人企業統計    財務省

バブル崩壊後、長期借入金が減少へと向かっているのが顕著に読み取れる。長期借入金が増加傾向を示したのは、リーマンショック前であり、地価が若干上昇した事でミニバブルと言われ、総所得も一時的に伸びた時である。


過剰投資


今の経済は、三つの過剰が問題だと言われている。
即ち、過剰設備、過剰負債、過剰雇用だと言われている。
これらの事は、全て、投資に係る事である。つまり、過剰と言うのは過剰投資を指して言っている。

しかし、過剰と言うが、一方で投資が不足しているとも言っている。ならば、どの投資が過剰で、どの投資が不足しているのか、それを明確にしないで、やたらに削減・削減と騒いだら、必要な投資を削減して、不必要な投資を放置するという事にもなりかねない。
過剰、過剰と言うが何がどう過剰で、そのためにどの様な弊害が生じているのか明らかにしていない。
確かに、競争力がなくなっているとは言うが、競争とは何かを明確にしないで、ただ規制を緩和すればいいと感情的になっているようにさえ見える。

まず、何が過剰で、何が拙いのかを明らかにするためには、なぜ過剰とは何を意味するのかを定義する必要がある。
過剰と言うからは、その設備を削減したその影響が収益にどの様な影響を与えるのか、生産、供給力にどのような影響が出るのか、市場に対してどのような影響が出るのかを検証する必要がある。
それが即ち、過剰投資の定義につながる。

まず収益、即ち、会計上に現れるのは、有形資産の増減、、長期借入金の増減、減価償却費の増減、人件費の増減、改修費の増減、特別損益、投資キャッシュフローとして現れる。
生産、即ち、物理的影響としては、生産力の増減、稼働率・操業度の増減、人員数の増減、設備、施設の増減などに現れる。
市場、需要と言う面では、人口の増減、消費の増減、価格(消費者物価等)への影響等を検討する必要がある。

何が余剰で何が不足しているかは、国策の根源にある。その点を明らかにしないで過剰だ、不足だというのは国を誤る原因となる。
何に投資するかは、企業や国家の将来を定める大事なのである。



       

このホームページはリンク・フリーです
ページの著作権は全て制作者の小谷野敬一郎に属しますので、一切の無断転載を禁じます。
The Copyright of these webpages including all the tables, figures and pictures belongs the author, Keiichirou Koyano.Don't reproduce any copyright withiout permission of the author.Thanks.

Copyright(C) 2015.4.20 Keiichirou Koyano