経済の現状

日本経済の現状について

営業キャッシュフロー(経常的資金の流れ)




営業キャッシュフローとは何か


経済には、営業取引と財務、資本取引がある。経常取引と言うのは、売上や仕入れ、経費等経常的な取引を営業取引と言い。借入や借入の返済、設備投資等非経常的な取引を財務・資本取引と言う。
営業キャシュフローは、経常的な取引、営業取引による資金の流れをいい、借入や借入金の返済等、財務取引に係る資金の流れを財務キャッシュフロー、投資から生じる資金の流れを投資キャッシュフローとする。
つまり、営業キャッシュフローは、経常収支を言う。

日々の経済活動、日常生活は、経常的な資金の流れ(キャッシュフロー)を生じさせる。経常的な資金の流れは、利益、地代家賃、金利、借入金の返済、人件費(所得)、公的支出(税や社会保険料)に配分される。この中の利益、人件費、地代家賃が可処分所得を形成する。可処分所得と支出の均衡が景気の動向を決める。経済の不均衡は、これらの配分に現れる。
営業キャッシュフローは、この中で借入金の返済部分を除き、それに変わって減価償却部分を加え、更に、運転資本を加算したものを言う。

つまり、利益は、損益を基とし、金利と借入金の返済は、負債を基とし、人件費は、所得の本となる。更に、公的支出は、財政の本となる。
これらの均衡が景気の状況を形成している。

結局、経営の柱となる収入は、現金売上にある。現金売上とは、総売上から運転資本を除いた部分である。
総売上から運転資本を引いたものが配分の原資となる。
個々の商品の売り上げを集計した値が総売上であり、個々の商品の価格の平均が物価を形成する。

こうしてみると営業キャッシュフローは、景気の動向を色濃く反映していると同時に、景気の動向を左右してもいる。
現在の経済を動かしているのは、資金の流れである。
経済の源流は物流である。世界経済は、物流を基にして形成されてきたし、現在でもその本質に変わりはない。
物の流れがあって資金の流れは生じる。物流がなければ資金の流れは生じない。
しかし、その物流を促しているのが、資金の流れである。結果的に市場を動かしているのは、資金の流れである。
市場の表面に現れるのは、資金の流れである。ただ忘れてはならないのは、資金の流れの背後に物流がある事である。

今日の日本経済の問題は、物の流れと資金の流れが乖離している事である。
資金の流れ物の流れが乖離している事である。そして、実物市場に資金が流れなくなっている事なのである。

資金の流れには、生産と消費に基づいて物と「お金」を分配する流れと投資によって生産手段を形成する投資の流れと資金の過不足を調節する金融の流れがある。
その中でも、生産と消費にづいて物と「お金」を分配する流れは、直接景気に関わっている要となる流れであり、それが営業キャッシュフローである。

キャッシュフローは、資金の調達と運用からなる。そして、資金の調達は、収入に反映され、運用は支出として現れる。
お金の調達手段は、他人から借りるか、出資してもらうか、稼ぐこと以外にない。
市場経済における資金調達の基本は、「お金」を稼ぐことである。つまり、収益を上げる事にある。稼いだお金が不足した時それを補う手段として借金がある。また、「お金」を稼ぐための準備、生産手段に必要な「お金」は、基本的に出資してもらい、それでも足りなければ借金をするのである。
営業キャシュフローの基盤は、売上、即ち収益である。つまり、「お金」を稼ぐことである。ところがお金を稼ぐことを悪だとする考え方があり、それが経済を衰退させている。

資金調達の要は、売上収入にある事を忘れてはならない。
だから、営業キャッシュフローが重要となるのである。経営主体というのは、売上収入の中から人件費や、金利、利益、租税公課等と言った時間価値、付加価値を生み出し、分配を実現する。

営業キャッシュフローというのは、単位期間内において経常的な活動で決済された取引の残高であり、基本的に現金によって表示される。現金というのは、その時点において対象の貨幣価値を表す指標である。

経常的な活動における主たる現金収入は、営業収入、即ち、売上収入である。支出は、営業支出、費用に係る支出である。
単に、売上と言っても収入を伴わない売り上げがある。収入の伴わない売り上げは、売り先に対する貸付金となる。また、支出の伴わない費用や仕入れがある。支出の伴わない費用の中の減価償却費を除いた部分は、借入金と同じ扱いになる。
売上収入を明らかにするためには、売上から、売上債権を引く必要がある。また、実際の支出を知るためには、費用から減価償却費と仕入債務を引く必要がある。売上収入から実際の支出を引いたものがむき出しの資金の動きを表している。

それに対して投資キャッシュフローは、投資に係る現金収支を言い、財務キャッシュフローは、貸借取引、資本取引に係る現金収支を言う。
即ち、営業キャッシュフローは、短期的経済の実体を表している。故に、営業利益、あるいは、経常利益に相当する部分が営業キャッシュフローだと言える。営業利益を基礎とするか経常利益を基礎とするかは、何を分析しようとしいるのかの目的による。
営業キャッシュフローと言っても自然になる事ではなく。恣意的に計算する事であり、目的があった計算する、合目的的な行為である。
自分達がどのような目的で営業キャッシュフローを計算しようとしているのか、常に、それを明確にする必要がある。

景気の軌跡は、キャッシュフロー上に明確に現れる。
故に、現実に経済を動かしている資金の働きは、営業キャッシュフローを見ればある程度予測する事が出る。
営業キャッシュフローが景気に対してどの様な働きをしているかを明らかにする事は、経済対策を立てる上で必須の事である。資金の流れる方向と速度、量、対象によって景気がどのような影響を明らかにする事である。

資金移動は、増減として現れる科目がある事に気を付ける必要がある。例えば、売掛金や買入金、在庫、借入金、そして、投資の資金移動は増減によって測られる。増減によって測られる科目は、基本的に時間が関係している。例えば売掛金であるが、売掛金は、売上債権であり、前期の部分は、当期は、前期に計上された売掛金によって入金が済んでいるからである。当期の資金過不足は、増減額によって測られる必要がある。この様に現金収支と期間取引には時間的な差が生じるのである。



市場経済は、期間損益主義と現金主義が混在している。



自由主義経済は、期間損益主義と現金主義とが混在している。
この点をよく理解しておかないと現在生起している経済の現象を正しく認識する事は出来ない。

期間損益主義と現金主義、どちらが正しいか、間違っているかという単純な問題ではない。
期間損益主義と現金主義とは相互に補完する関係にあってどちらも必要とされているのである。

現金主義と言うのは、現金収支を基礎として経済の動きを認識しようという考え方である。期間損益主義は、単位期間における「お金」の働きを資産、負債、資本、収益、費用の働きとして捉えそれによって経済の働きを捉えようていう考え方である。
期間損益をさらに詳しく見ると収益は、実現主義、費用は、発生主義、資産は、取得原価主義に基づき、在庫の評価は、任意に設定できる事になっている。

また、会計が資金と働きと乖離する原因としては、非貨幣資産、費用性資産、未実現利益、繰延勘定、評価勘定等の働きがある。

問題は、税務会計であるが、現金主義と期間損益主義とが折衷的に結びつけられている。どっちもつかない形で企業、家計、海外部門に影響を及ぼしている。これらが構造的に家計、企業、財政、海外各部門の働きを左右している。

期間損益に関しては、かつては、損益を重視すべきか貸借を重視すべきかで議論が戦わされたが今でも最終的な決着は見ていない。それは、損益と貸借が何を意味しているのかがいまだに判然していない事による。
こんにちは、更に、キャッシュフローや時価の考え方が期間損益の中に取り込まれている。
ただ、厳密な意味では、現金主義と期間損益主義は同一ではない。

現金収支はゼロ和なのに対して、期間損益は非ゼロ和である。
ゼロ和を基礎としている現金収支を非ゼロ和とする期間損益に変換する事で長期的資金の流れと短期的資金の流れの整合性を保っている。それを可能たらしめているのが複式簿記である。
現金主義では、全てを黒字にする事は出来ない。しかし、赤字な主体を放置することは許されない。非ゼロ和の期間損益に変換する事で、短期的な働きを現金収支とは別に損益として計測することが可能となる。それが先人達の知恵である。

ゼロ和という概念が、現代経済を考える上で重要な鍵を握っている。但し、ゼロ和と言っても何に対してゼロ和となるのかが解らないと、ゼロ和の働きを理解する事はできない。
キャッシュフローを考える上でもゼロ和は鍵を握っている。何と何がゼロ和となるか。そして、なぜゼロ和となるのか。ゼロ和の意味は何かを正しく認識する事が、健在の動きを読み解く際の鍵となる。
ゼロ和が鍵を握っているからと言って何でもかんでもゼロ和で解決しようとするのは危険であるし、無意味な事でもある。

市場を動かしているのは、資金の流れである。資金の流れは、現金収支として現れる。
しかし、現金収支は、貸借の部分、長期的資金の働きも含まれる。そうなると経常的資金の働きが曖昧になる。経常的資金の流れと長期的資金の流れを区分したのが損益である。
そして、経常的な働きと長期的な働きは、フローとストックを形成する。

故に、現金収支と期間損益の二つの働きを総合的に見ないと経済の実態は明らかにできない。

資金の流れは、部門間を循環し部門間に資金の過不足として蓄積される。
家計と財政、海外部門は、現金主義に基づき民間企業は期間損益に基づいていて会計的には不連続である。
つまり、国民経済には、期間損益と現金主義が混在しているのである。
この前提を見落とすと資金の流れを見失う。

その為に、国民経済計算書は、折衷的処理をしている。ただし、国民経済計算書は最終的には現金主義の立場をとっている。




GDPは、営業キャッシュフローである。


GDPは、フローによって構成されている。GDPは、経済全体の付加価値を構成するキャッシュフローを意味する。付加価値を表すキャッシュフローは、営業キャッシュフローであるから、ある意味でGDPは、経済全体の中の営業キャッシュフローと言える。

営業キャッシュフローが増えなければ付加価値も増えないのである。

産出は、収益を意味する。中間消費は、原価を意味する。産出から中間消費を差し引いた残高項目が付加価値である。
固定資産減耗を含めたものが総付加価値、粗付加価値であり、総付加価値、粗付加価値がGDPである。それに対して固定資産減耗を含まない場合は、純付加価値、NDPと言う。
そして、固定資産減耗は、減価償却費に相当し、雇用者報酬は、人件費、所得に相当し、営業余剰・混合所得は、営業利益に相当する。生産・輸入品に課す税は、消費税や関税を指す。
これを見てもいわゆる財務諸表の付加価値、営業キャッシュフローとは別物である。

GDPは、産出から中間消費を指し強いたものであると同時に、雇用者報酬に営業余剰、混合所得、生産・輸入に課される税から補助金を差し引いたものという見方もでき。
また、最終消費支出と総資本形成に輸出を足したものから輸入を差し引いたものと言える。
これは、付加価値が三つの働きを持つ事を意味している。

国民経済計算書は、期間損益主義と現金主義の中間的なところに位置している。損益主義に則っているとは言うが、基本的には、現金主義に還元されている。なぜならば、国民経済計算書は資金の過不足を現すものでなければならないからである。

生産勘定によって表されたGDPは、所得の第一分配、第二分配、現物所得の再配分、所得の使用と言う段階ごとに部門間を流れる事によって生産財を配分していく。
GDPは、資金全体の流れ、現金収支を表すものであることは確かである。
そして、GDPを分析する事で、要素間の資金の流れ、部門間の資金の流れを明らかにする事が出来る。

GDPが表す資金の流れは、産出から中間消費、そして、最終消費と段階を追って部門間を流れる。それ故に、段階ごとに部門間の残高を見る事で資金の流れと働きを分析する事が出来る。

GDPは、付加価値を意味している。逆に考えると三面等価は、付加価値の多面性を表していると言える。
例えば、営業キャッシュフローの直接法と間接法の違いは、GDPの生産面と、所得(分配)を表していると言える。ただ、支出による側面がない。そこが企業分析において問題なのである。支出に係る部分は、投資キャッシュフローと財務キャッシュフローに係る部分なのである。

付加価値は、市場の状況や環境、経済の発展段階などに応じてその働きや性質を変える。
高度成長期の市場は、市場の水平的広がりによって垂直的拡大が促されることによって調和が保たれてきた。しかし、市場が飽和状態になり水平的な広がりが期待できなくなると付加価値は、量的拡大から質的拡大へと変化し、密度の調和が求められるようになる。
市場が飽和状態に至ったら無理の量的拡大は、経済の仕組みそのものを毀損してしまう。日本の高度成長は、技術革新によって第二次産業に余剰人員を吸収する余地が生じる。その事で、第一次産業の余剰人員が第二次産業に吸収され第一次産業の生産効率も上昇する。それが第三次産業の発展を促すという好循環が生まれた。それが高度成長の原動力である。しかし、問題は、格差である。高度成長は、成長の度合いによって格差を生む。それは、階級的格差、地域的格差、国家的格差、産業的格差となる。この格差が、世界に修復困難な亀裂を生じさせるのである。
この格差が拡大し、清算するのが不可能な状態に陥ると市場は、暴力的な手段で解消しようとする。それが恐慌であり、ハイパーインフレーションであり、財政破綻であり、革命であり、戦争である。

付加価値は、時間価値となってフローを形成する。同時に付加価値は、ストックを反映している。付加価値を構成する個々の要素は、何らかのストックに結び付いている。
そのストックとの結びつきが、先ず重要となる。それ故に、付加価値では、水平的比率と相関的比率の均衡が個々の要素の働きと性格をきめる。そして、付加価値の働きによって経済の仕組みは制御されているのである。

利益は、市場を基礎とし、収益を分母とした利益率が重要な指標となる。金利は、負債を分母とし、減価償却費は資産を分母として、所得は、粗利益を分母として労働分配率を表し、税は、課税所得を分母として税率として表現される。気を付けなければならないのは、減価償却の背後には、長期資金の働きがある点である。
そして、それぞれの要素働きの関係は付加価値に占める割合として表現される。
故に、分母となる物との関係と付加価値に占める割合によって経済の動きは見えてくる。

また、付加価値は、部門間の関係にも影響される。例えば、人件費は、家計と関わり、金利は、金融とかかわり、税は、財政と関わっている。

現在の日本経済の問題は、付加価値が伸びない事にある。その原因の一つは、付加価値の構造を正しく理解していないという事にある。
付加価値は、単に、金銭的な問題だと考えていると、付加価値の真の姿は見えてこない。付加価値の背後には、利益や収益、所得、投資、市場等の質的変化が隠されている。つまり、金銭的な背後にある人や物の変化、生活の変化などを読み取らないとなぜ、付加価値が増えないのかが理解できない。例えば人口の問題である。

少子高齢化等が、付加価値の成長を抑制しているという見方もある。しかし、付加価値が拡大しない理由は、たんに人口減少に求めるだけでは説明がつかない部分がある。むしろ一人当たりの所得の伸びの鈍化に原因を求めるべきだという説もある。
現実に、総所得は、生産人口と一人当たり所得の積として求められるが、全ての要因をどちらか一方に押し付けるのは妥当ではない。また、市場が成熟している事で、市場が飽和状態に陥っているのも原因の一つだと考えられる。
ただ、高付加価値の産業を育てなければいけないのに、付加価値を削ぐような政策、過当競争を煽る政策をとるのは、愚策である。付加価値を伸ばそうとするのならば、高付加価値の産業を増やす事しかないからである。付加価値は、適正な価格によってのみ維持されるのである。適正な価格を維持する目的にそって競争の原理も働かせるべきなのである。

営業キャッシュフローから何がわかるのか。


営業キャッシュフローからわかる事は、日々の経済活動である。
生活にはリズムがある。生活のリズムは消費によって作られる。。
消費が経済活動に一定の周期をもたらすのである。

生活のリズムの周期の単位には、時間、一日、一週間、一か月、旬、半年、一年がある。これは、消費を基礎としている。
即ち、経済の基礎は消費である。なぜならば、消費は人が生きていくために必要な事だからである。

人は、生きていくためには、いろいろな資源を消費しなければならない。消費は根源的必要性から生じたのである。消費する為に、必要な資源を生産する。それが経済の始まりである。生産があって消費があるわけではない。生きるためには消費しなければならないから生産をするのである。

食べていかなければならないから狩猟をしたり、農耕をするのである。狩猟をするために生きているわけではない。
まず、消費の在り方を確立する事が重要なのである。
消費は、経済であるとともに文化でもある。
消費には、一定の形があり、その形が経済の枠組みを構築する。

消費があって生産が生じる。現代経済はこの流れが逆転している。生産があって消費があるような錯覚がある。その為に、消費経済が確立されていない。消費は始まりでもあり、終点でもある。その過程に生産がある。消費を前提として生産があり、分配が成り立つ。そして、分配の手段が収入と支出である。消費という前提が、崩れれば、生産も分配も成り立たなくなる。

消費が生活のリズムを作る。
生活のリズムに沿って支出が生じる。支出の資金源は、収入と蓄え、借金によって賄われる。それが経済の基本である
生活のリズムの基礎は衣食住である。

日々の経済の営みから生じた資金の流れを表しているのが営業キャッシュフローである。

民間企業の営業キャッシュフローから何がわかるのか。日々の営みで生じる資金の過不足とその過不足に対する対策である。
問題となるのは、日々の営みに必要な資金の不足であり、その資金不足になる原因である。
その為には、営業キャッシュフローを構成する要素である。営業キャッシュフローは、日々の営みから生じる資金不足、過去の投資から生じる支出、負債や資本から生じる支出、そして、公的費用(有態にいえば税金等)から構成する。
そして、これらの要素は、各々元とする物を別としている。
それらの働きと関係を理解すれば経済を制御する事が可能となる。
日々の営みから生じる資金の過不足は運転資本によって制御される。運転資本から不足した場合は、短期借入金から調達する。
過去の投資から生じる支出は、償却費と長期負債によって対処する事を基本とする。

企業が日々の営業で資金不足になる原因は、第一に、売上収入の不足である。第二に、原材料や原油価格の高騰など経常支出の高騰である。第三に、市場の拡大や経済主体の成長に資金繰りが追い付かない事である。第四に、仕入支出と売上収入との時間差から生じる。第五に季節変動による。第六に、突発的な自己や災害による一時的支出である。

商業でいえば、商品を仕入れ、それを販売し、決済をするまで一定の時間がかかる。また、製造業では、原材料を仕入れ、それを加工して製品を製造し、それを販売して、代金を回収するまでには、相当の時間がかかる。さらに、開発、設計、生産設備の整えるまでの時間を加味すると結構な時間がかかる。この間収入がないのだから必然的に資金不足が生じる。基本的に経済活動は、収入に対して支出が先行するものなのである。収入に対して先行する支出が投資を形成する。

仕入から製造、在庫、販売、代金の回収という過程によって運転資本は、形成される。先ずどの時点で売り上げや費用を認識するかが問題となる。この認識の差が利益を左右するのである。だから、利益だけ見ていたら資金の真の流れや働きを知ることはできない。

仕入債務、在庫資産、売上債権は、経済の状態をよく表している。在庫は特に経済指標としてよく活用されている。

営業キャッシュフローからわかるのは、景気を動かしている仕組みである。経済の仕組みの個々の動きが営業キャッシュフローを解析するとわかるのである。

営業キャッシュフローに相当するのは、期間損益では、利益である。また、国民経済計算では、営業余剰である。
また、国民経済計算で減価償却に相当するのは、固定資産減耗である。
これらと照合する事によって経済の実体的動きが明らかになってくる。

営業キャッシュフローの基礎は、売上収入と費用支出であろう。そして核となるのは運転資本の動きである。
運転資本は、外部環境の影響を最も受ける部分である。

売上の増減は何の影響を最も受けているのか。価格要因なのか数量要因なのか。費用の変動は何に影響を受けているのか。価格要因なのか、数量要因なのか。売上や費用のどの部分が内生変数でもどの部分が外生変数化が鍵を握る。
ニクソンショックやプラザ合意の際は、円高が日本経済を直撃した。つまり、為替要因が費用に働いたのである。石油危機の時は、石油の高騰が費用を押し上げたのである。バブルの時は、資産価値の乱高下とその後のバブル崩壊を導いた。異次元の金融緩和は、株価を押し上げ、円安に為替を誘導したが、物価の2%上昇は達成できなかった。
大体、日本の高度成長を支えたのは、市場の持続的拡大である。

そして、このような動きは、売上債権、仕入債務、在庫に微妙に働いている。そして、その影響が運転資金を動かし原動力となっている。

市場の拡大、物価、為替、原油価格、金利、地価、株価、所得これらの変数が景気を動かしているのである。ただその時々に主役が変わっている。
その時代時代をリードしている要因を掴むことが景気の変化を読み解くことにつながる。

一般に人々は、衝撃的な事には注意を払うが水面下で働いている大きな力や動きには鈍感である。目に見えないところで蠢く資金の流れにこそ時代を動かす潜在的力が秘められているのである。

営業キャッシュフローの基礎



経済の基本は、収益にある。ただ、収益を改善する為に、財政を活用するのは、財政負担を増すだけで終わる事がある。
民間企業の収益を改善するのは、民間企業の内的要因や市場の構造的問題にメスを入れる必要がある。そして、それに呼応する形で、他の部門、財政部門や家計、海外部門を活用すべきなのである。
公共投資や減税だけで景気を制御しようとしても自ずと限界がある。基本的に間接的な手段なのである。

家計を例にしてみると営業キャッシュフローの基礎が見えてくる。
生計の基本は、所得とそれまでの蓄え、そして、借金である。支出は、消費、借金の返済、そして、蓄えである。
これが家計の現金収支の基本形である。そして、収益から支出を控除した残高は、正の値でなければならない。不足すれば経済的に破綻する。
収入で主となる部分は、所得である。企業でいえば収益である。所得は、基準として支出が所得を上回ると蓄えを取り崩すか借金をする事になる

取得と経常支出の関係が営業キャッシュフローに相当する。収入は、所得を要にして蓄えと借金がある。支出は、消費を要にして借金の返済と蓄えがある。経営主体が実質的に破綻状態陥ったとみなされるのは、所得による収入を借金の返済が上回る状態である。この様な状態になると所得によって借金の返済ができなくなるからである。むろん、その前に固定的消費支出と借金の返済を足した値が所得を上回ると実質的に破産状態に陥る。

なぜ、家計の金融資産は、累増していくのか。それは、基本的に消費支出を所得の範囲内へと収めようという動機が働くからである。
そこが本来民間企業と違っていた。ところがキャッシュフロー経営が流布するようになり、フリーキャッシュフローの範囲内に投資を留めようという動機が働き始めてから、民間企業の金融しさの残高も余るようになってきた。

この様に家計にも財政にも営業キャッシュフローに相当する部分はある。そして、家計、企業、財政、海外部門の営業キャッシュフローは影響を及ぼし合っている。

財政の資金不足を解消する手段でも民間企業の収益をよくする事で間接的に税収を上げる手段と直接的に増税するという手段とでは、前者は減税、後者は増税と真反対の施策になる。よくよく市場や企業の経営実態を見極めないと逆効果になり、財政の資金不足を昂進してしまう。その為にも財政における営業キャッシュフロー、運転資本は何かを明らかにする必要がある。

営業キャッシュフローの基礎は、売上収入である。
市場経済を動かしているのは、資金の流れである。そして、資金の流れの本流は、売上収入によって作られる。

売上と売上収入は、同じではない。収入のない売上もあれば、売上に計上されない収入もある。同じように、支出のない費用もあれば、費用に計上されない支出もある。しかし、経済を形作っているのは、売上収入と費用支出である。

営業キャッシュフローの基礎は、営業収入と費用支出である。故に、営業キャッシュフローの変化は、資金の流れの本流の変化を表していると言える。
売上は、売上収入と売上債権からなる。売上債権は、売上に準じて派生する。売上は、数量と価格の積である。故に、売上に影響を与える要因には、数量要因と売上要因がある。

営業キャッシュフローは、短期資金の過不足を表している。短期資金の過不足は、長期的な資金な働きに反映する。
短期的資金の過不足の原因には、経常的な現金収支に基づくものと長期的資金から派生するもの、そして、公的部門に対する分配がある。
そして、これらの働きが付加価値を構成している。

経済の仕組みを動かしているのは、資金の流れである。経済の仕組みを動かしている資金の流れをキャッシュフローという。
キャッシュフローが引き起こす資金の働きには、短期的働きと、長期的働きがあり、短期的働きは、フローを形成し、長期的働きはストックを形成する。

資金の流れ、即ち、資金移動は、資金の過不足を生み出す。資金の過不足は、新たな資金移動を引き起こす。この資金の働きの連鎖による働きで市場経済は動いている。
短期的働きは、単位期間内における資金の過不足によって成立する。

市場における資金の働きは、売買取引と貸借取引、資本取引によって成り立っている。
短期的資金の働きは、売買取引によって形成される。

売買取引によって形成されるのが、営業キャッシュフローである。
営業キャッシュフローの計算方法には、直接法と間接法がある。これは、営業キャッシュフローの性格をよく表している。
直接法は、通常の営業活動、即ち経常的経済活動による、現金収支を表している。
間接法は、利益から非資金損益項目と投資活動、および、財務活動における損益項目を加減算する事によって求められる。
直接法と間接法の結果は、一致している。この事は、資金の働きの表裏を表している。
また、短期的資金の働きと長期的資金の働きの関係を示している。

また、期間損益と現金主義との違いも暗示している。
この点は注意しなければならない。
また、キャッシュフロー計算書は、期間損益による結果に基づいて作成されるものであり、純粋の現金主義とは違う。この点は注意しなければならない。ただ、直接法と間接法の違いは、期間損益と現金主義の基本的な性格の違いは、理解できる。

営業キャッシュフローの基礎は売上収入と費用支出である。期間損益でいえば収益と費用である。つまり、収益と費用の在り方、関係が経済の基幹なのである。利益は、売上と費用の働きを表す指標である。しかし、最終利益では、日々の働きを推し量ることはできない。

経済の根本は生きるための活動である。生きるために必要な資源を調達し、それを必要なだけ必要な人に配分するのが経済の仕組み本来の目的である。生産の爲や金儲けのために経済の仕組みはあるわけではない。それを前提として考えた時、所得の源となる仕事こそ経済の仕組みの要になるべきなのである。それを忘れて生産効率や無人化を推し進めたら、経済の活力失われてしまう。

その意味では、営業キャッシュフローの働きを正しく知る事が肝心なのである。なぜならば、営業キャッシュフローは、日々の営みを表しているからである。

安売りを行政も政治家も学者もジャーナリストも是とし、盛んに奨励する。低価格を実現するのは、企業努力であり、低価格を実現する事が競争力の源泉だとするからである。しかし、彼等は何か勘違いをしている。彼らの多くは、市場経済が競争だけで成り立っているかのごとく錯覚している。

安売りができるのには、安売りができる理由がある。たとえば、人件費が低い国で生産した商品を不当に安く仕入れているとか、特定の商品を利益を度外視して安くしているとか、会計を操作する事で安くしているとか、必要以上に生産をして原価を下げているとか、大量販売をする事で一つ当たりの減価を下げているとか、損益分岐点を悪用していると言った場合である。これらの理由のいくつかは、違法とは言わないが不当な行為であり、経済や市場を歪めかねない行為である。

大切な事は、適正な収益、適正な費用に基づく、適正な利益である。要するに均衡なのである。

競争は、均衡を保つために有効な手段ではあるが、過度の競争はかえって全体の均衡を壊してしまう。
なぜ、競争するのかというと価格は、相対的な事だからである。価格は絶対額ではなく、複数の経営主体が提示する価格を比較対照する事で適正な費用対効果を測るための手段である。価格や売り上げは目的ではない。手段である。むしろ目的化すべきなのは費用である。なぜならば、費用は、財の分配を促す働きがあるからである。いずれにしても競争を原理のように扱い、低価格がすべてに優先するかのような思想は危険である。価格は一指標に過ぎないのである。低価格を実現する為に市場や会計の原則を歪めるのは、本末転倒である。

人件費が相対的に低いというのは、低賃金か、劣悪な労働条件かによるものである。低価格を求めて人件費の低い地域に生産拠点を移しても長い目で見れば人件費の高騰を招くか貧困を輸出する様な事につながる。ただ安ければいいというのは、経済原則を無視している。


直接法と間接法


営業キャッシュフローの計算方法には、二つの方法がある。二つの方法とは、直接法と間接法である。そして、二つの方法は、営業キャッシュフローの性格を表している。

営業キャッシュフローは、損益に係る要因と営業活動に係る債権、債務から派生する要因、投資活動および財務活動以外の取引から生じる取引保険金の収入損害賠償金の支払いなどから生じる要因の三つの部分から成る。直接法と間接法の違いは、損益に係る部分と営業活動に係る債権債務から派生する要因によって構成される。

一つの計算方法は、直接法である。直接法は、実際の現金の収支を集計したものである。それに対して、間接法は、実際に入金のない収益を引き、支出のない費用を足す事で導き出す。間接法は、付加価値をも意味している。また、間接法と直接法の違いは、小計より上の部分を指している。
つまり、経常収支と付加価値は、表裏をなしていることを意味する。
この点は、国民経済計算書を見る上でも重要となる。

間接法は、非資金損益項目、営業活動と無関係な損益項目、営業活動に係る資産負債項目の調整からなる。
非資金損益とは、減価償却費や引当金を指し、営業活動と無関係な損益項目とは、主として営業外損益、即ち、経常的な金融費用を指し、営業活動に係る資産負債項目と言うのは、運転資本を言う。
これは、裏返してみれば付加価値の働きを意味している。

国民経済計算では、GDPは、付加価値を意味する。つまり、GDPは、資金の増減と表裏をなしている事を示唆している。また、経常収支がGDPを担っている事でもある。

付加価値の構成と経常収支の増減を見ないと国民経済の実態は明らかにできない。

直接法と言うのは、実際の経常的収入と経常的支出を集計したものである。それに対して、間接法は、実際の現金収支を伴わない勘定を加減したものである。
これは、国民経済計算書にも実際の現金の動きを伴わない勘定があることを示唆している。


営業キャッシュフロー(間接法)の骨格


営業キャッシュフローは、第一に、損益に係る部分。第二に、運転資本に係る部分。第三に、投資活動や財務活動から派生する部分。第四に、税、および公共支出に係る部分、第五に、その他の臨時的な損益勘定部分(保険金収入、損害賠償金の支払い、為替差損益等)から成る。

間接法に依る営業キャッシュフローを構成する要素は、税引き前利益、運転資本、減価償却費、支払利息、租税公課等である。
これらの項目を見てわかるように、営業キャッシュフローが表しているのは、付加価値である。つまり、間接法に依る営業キャッシュフローが表しているのは、付加価値である。

また、別の視点から見ると第一に、非資金損益項目、営業活動に関与しない損益項目、第三に、営業活動に係る資産負債項目からなる。

間接法は、利益に基づいて計算される。基となる利益を何にするかで若干営業キャッシュフローに対する考え方に差が生じる。つまり、何を基の利益と考えるかは、何を基準の利益とするかを意味するからである。それは何を付加価値と考えるかをも意味する。


法人企業統計

キャッシュフローを見る時、残高か増減かが重要な意味を持つ。資金需給と言った場合は、基本的に増減を指す。純粋の資金移動は、増減として現れるからである。
売上債権は、売上が計上されていても実際に入金されていないので、マイナス要因であり、在庫も同様である。それに対して買入債務、仕入債務は、物を仕入ているのに、実際の支出はされていないために、資金的に見るとプラス要因であり、借入をしているのと同じ効果になる。
運転資本は、景気を先取りするような動きをするのが特徴である。

仕入債務は、売上債務と在庫双方に影響されている。その時々で売上に比重がかかっているか、仕入に比重がかかっているかによるのである。
それは市場の環境を反映している。
また、売上債権は、売上に誘導され、仕入債務は、原材料価格に影響されている。原材料の上昇によって運転資本が影響を受けているのか、景気の好転によって運転資本が影響を受けているのかを見極める必要がある。
その為には、売上債権、仕入債務、在庫の動向を関連付けて注視する必要がある。



法人企業統計

運転資本で重要なのは、増減だけでなく、運転資本を構成する要素が作り出す幅である。
ニクソンショックの際は、この幅が極端に小さくなりその後、逆転して大きくなっている。
1985年プラザ合意後、バブル形成時は、売上債権と在庫の急速に拡大しそれに合わせて仕入債務も拡大しているが、それがバブル崩壊後は、反転し急速の収縮している。90年代は、売上債権、仕入債務ともに減少しているのがわかる。
バブル崩壊時、在庫も急速に減らしてはいるが、それ以上に急速に収縮しているのが信用取引である。
リーマンショックの時は、在庫の動きはあまりないのに売上債権は、仕入債務ともに大きく減少し振れ幅も大きくなっている。在庫、遅れて翌期に伸ばしている。この点は、ニクソンショックやバブル崩壊と好対照をなしている。
これは、信用取引の拡大と流動性の低下を意味していると思われる。

注意しなければならないのは、運転資本が資金不足から資金余剰になっいる点である。60年代は資金余剰だった運転資本が60年代後半から資金不足に陥り、バブルの時は、大幅な資金不足に陥ったのがバブル崩壊後は、急速に資金余剰になった。その内訳は、仕入債務が資金不足となり、売上債権が資金余剰になった点である。

運転資本には、明らかに波がある事がわかる。運転資金が収縮したのは、ニクソンショック時、第一次、第二次石油危機の前年、リーマンショックの前年である。また、プラザ合意時にも収縮していてその後バブルで資金不足が大きく拡大している。リーマンショック後は小刻みに収縮と拡大を繰りの返している。

運転資本の上で特異な位置や役割をしているのが在庫である。在庫は何か。在庫をどの様にとらえるかは、経済間動向を予測する上で、重要な意味を持つ。また、在庫の評価方法には、いくつかの考え方や計算方法があり、それは、直接、利益に影響を及ぼす。在庫の捉え方は、在庫とする商品によっても変わってくる。それらを考え併せて在庫の働きは見る必要がある。

在庫に対する考え方には、第一に、原価という考え方がある。第二に、売上のための準備という考え方である。第三に、余剰生産物という考えである。第四に、単に、残高、売れ残りという考えである。第五に、備蓄品という考え方である。第六に、原材料、仕掛品という意味もある。
原価というとらえ方の場合、生産物、製品とのかかわりが重要となる。生産物、製品とのかかわりが重視されるのは、原材料、仕掛品にも言える。売上準備や余剰品というのは、収益に直接かかわるし、売れ残りや備蓄というのは、利益に関係してくる。そして、これらの関係は、経済の動向に微妙に影響してくる。
在庫量の変動は、景気の先行指標としても使えるのである。

減価償却費は、過去の投資を反映している。
減価償却費は、過去の投資を反映している。ただ、現金収支とは、連動していないために、現金収支と利益との乖離を生む最大の原因である。
では、減価償却費ではなく、借入金の返済を基にすべきだと考えるかもしれないが、借入金の返済額は、返済計画や借入金の約定、増資などの関係よって大きく違ってくる上に固定資産設備との関係が掴みにくい。それ故に、設備と減価を直接結びつけて計算するのが減価償却費である。


法人企業統計

支払金利は、借入金を反映する。借入金は、過去の投資によるものと営業における一時的な資金不足からなる。
過去の投資の部分は、減価償却費と比較してみる必要がある。
また、短期借入金は、運転資本との関係が重要となる。

故に、支払利息も何を基として計算された値なのかによって違いが出る。


法人企業統計

法人税は課税所得を反映している。
課税所得は、いわゆる、現金収残高でも、利益でもない、ただ、決算書基礎として算出しているというだけである。場合によっては、企業業績とは直接結びついていないと言える。
税金を支払うために新たな資金を調達しなければならないという事態も起こる。反対に潤沢なキャッシュを持っていても税金を支払わなくてもいいという事もある。
税金対策によって企業業績が歪められることもある。また、税務会計上と企業会計上の矛盾が企業の決算を歪めている場合もある。この様な歪を見出して是正するのもキャッシュフローの役割の一つである。


法人企業統計

一目瞭然、見ればわかるように、利益と税とは連続していない。税と利益との整合性をどう保つかが、これからの課題と言える。
その為には、法人税とは何か、法人税はどのような働きをしているのか、法人税が企業や経済に与える影響は何に対してどの様に働くのかなどを明らかにする必要がある。その上で国は、法人税を介して企業に何を期待するのか、それを為政者は、明確に示す必要がある。

バブル期には、企業だけてなく、金融機関も行政も儲けていたのである。つまり、分配の問題である。なぜ、あれほど目くじらを立ててバブルを崩壊させる必要があったのか。バブル現象にはどのような弊害があったのかを冷静かつ客観的に分析できるようにならないとバブル崩壊からもまた、新たなバブルからも逃れられないのである。

法人税等の累進課税には、ビルト・イン・スタビライザー即ち、自動経済安定化機構が組み込まれているとされる。好景気には、税収が増える事で景気を抑制し、不況になると減税効果があるていう事である。しかし、同時にこれは財政の不安定材料になる事も忘れてはならない。
確かに、バブル期には税収が増え、バブルが崩壊すると税収が減っている。その為に、バブル期においては、財政が一時黒字化する。しかし、2004年から2007年にかけて納税額は、バブル期と同程度まで回復しているのに、財政赤字は解消されなかった。これは、それだ歳出も増加した事を意味している。


企業法人統計

営業キャッシュフローを構成する要素は、基本的には、利益、運転資本、租税公課が表すのが営業に係る部分であり、減価償却費は、投資に係る部分、そして、支払利息は、財務に係る部分であると同時に営業利益を基とした場合は、利益に含まれている。それ故に、営業利益から一旦支払利息を除いて営業純益を算出する。営業利益から支払利息を引く事で金融に係る支出を除いて純粋に営業に係る収支を明らかにするのである。

つまり、営業キャッシュフローを分析する事で、損益に係る部分(利益)と営業に係る部分(運転資本)、投資(減価償却費)、財務活動(利息、配当等)に係る部分、公的な支出に係る部分(租税公課など)の働きが明らかになる。

また、減価償却費、有価証券評価損といった非資金損益は、期間損益と現金収支との基本的な違いを表している。そして、この部分は、資金の過不足の実態と損益上に現れる部分との乖離を意味している。この乖離が拡大すると名目的な変動と実質的変動との整合性が失われてしまう。


営業キャッシュフローは経常的資金の流れ(フロー)を形成する。



収益や所得もないのに、経営や生活が成り立つのはおかしい。収益や所得でなければ、何から収入を得るのか、自給自足の時代ではないのですから、借金をするか、貯蓄を取り崩すしかない。いずれもストックで生計をたてている事になる。ストックは、あくまでも残高である。
借金をしたり、蓄積を取り崩しても何も生産しない。生産性がないのである。だから、社会の効用は増えない。社会の効用どころか、借金が増え、蓄えは減っていくのである。そんなことが続くわけがない。要するに「お金」を遣り繰りしているだけに過ぎないのである。
大体、残高と言うのは、位置のエネルギー、蓄えられたエネルギーである。残高の厚みによってフローの勢いや力、速度が定まるのである。

経常的経済活動を成り立たせているのは、フローである。経営や生計の経常的経済活動を成り立たせているのは、所得や収益である。この点を忘れるとストックとフローの関係がおかしくなる。

経常的な経済活動を支えているのが営業キャッシュフローである。これは、国家レベルでも変わらない。国の経常的活動を支えているのは、国家的付加価値、即ち、GDPである。

貨幣制度とは、通貨の流れによって財の生産や交換を促し分配を実現する仕組みである。
売買によって生じる収入と支出による現金収支を基礎とする。その不足分を負債によって補っている。
会計は、残高主義である。残高主義とは何か、残高が負の値をとるという事はないということを意味する。

キャッシュフローを見る時、残高か増減かが重要な意味を持つ。資金需給と言った場合は、基本的に増減を指す。純粋の資金移動は、増減として現れるからである。
これは、総額か、純額かにも通じる。

営業キャッシュフローは、日常の現金収支、すなわち、短期的「お金」の働きを表し、売買取引を基本としている。
投資キャッシュフローは、生産手段に対する現金収支を表し、長期的「お金」の働きを示し、基本的には貸し借りに基づいている。
財務キャッシュフローは、お金の過不足を調節する働きを示し、投資キャッシュフローと同様、貸し借りに基づいている。
経済全体から見て営業キャッシュフローそのものは、「お金」の供給量を増やしたり、減らしたりはしない。なぜならば、営業キャッシュフローは、売買取引を基礎としているからである。
「お金」の流通量は、「お金」の供給量と回転数の積である。つまり、「お金」の流通量を増やすためには、供給量を増やすか、回転数を増やすかしかない。供給量を増やす取引が貸し借りであり、回転数を増やす取引が売り買いである。そして、営業キャシュフロート、投資キャッシュフローを結びつけているのが財務キャッシュフローである。

お金の動きのどの部分に生産や物量の働きを促す作用があるのか。それが経済活動を分析する鍵である。
例えば、売上にしめる現金の量は、費用に占める現金の量はどれくらいなのか。
又、負債はどれくらいでどの様な性格をしているのかという点である。

粗利益から販売費、及び、一般管理を引いた値が営業利益である。営業利益を売上で割った比率が営業利益率である。
ここまでが営業活動に関わる損益である。
そして、営業損益に関わるキャッシュフローが営業キャッシュフロー、すなわち、営業的現金収支である。
営業キャッシュフローは、営業活動による正味の現金収支残高である。つまり、経済主体の経済活動の実態を表していると言っていい。営業収支の過不足を補うのが運転資金である。
つまり、営業キャッシュフローと運転資金を分析するとその経営主体の実体がわかる。





営業キャッシュフローは、期間損益からすると営業利益、経常利益に相当する部分を指している。直接法は、決算仕訳をする以前で運転資本を除いた、表している。ある意味で剥き出しの経営状態である。その意味では、営業キャッシュフローは、経営のコアとなる部分である。

ただ、営業キャッシュフローを一つの全体として見ていると営業キャッシュフローの働きは見えてこない。営業キャッシュフローが財務キャッシュフローや投資キャッシュフローのどの部分と関係があって、どの様な働きをしているかを見ていく必要がある。

市場は、資金が循環する事で機能する。経済の仕組みは、「お金」を循環させることで成り立っている。「お金」が流れなくなれば、回らなくなれば市場は機能しなくなる。

「お金」の循環は、水の循環によく似ている。
雨が大地に振って川となり流れ、やがて大海へと流れ込む。大海に流れ込んだ水は、また、雲となって湧きあがり、大地に雨を降らす。この循環が大地を潤し、多くの植物を育む。
ただ、大地は一様ではない。砂漠もあれば密林もある。氷の大地もある。それは、雨が降る量も時期も一様ではないからである。
資金の循環も同様に一様ではない。一様でないから雨の降らない不毛の大地もあれば、水資源に恵まれた豊かな大地もある。
水は時には、洪水や津波となって何もかも押し流していく。
水利は人類長年の知恵の結晶である。「お金」の流れも水の流れのように制御する事が難しい。
「お金」は、放置すれば均等一様に循環する物ではない。

世界の環境が一律一様でないように、世界の市場も一律一様ではない。密林のような市場もあれば、砂漠のような市場もある。それぞれの環境に適した対策を立てないと資金は、循環しなくなるのである。


営業キャッシュフローの構成


営業キャッシュフローとは何か。営業キャッシュフローの働きや役割は、営業キャッシュフローの構成を見ると解る。

営業キャッシュフローは、損益に係る部分、運転資本に係る部分、投資活動や財務活動から派生する部分、税、および公共支出に係る部分、その他の臨時的な損益勘定部分(税、保険金収入、損害賠償金の支払い、為替差損益等)の五つの部分から成る。
営業キャッシュフローの計算方法には直接法と間接法がある。

営業キャッシュフローは、直接法にも間接法も一般に小計によって区切られている。そして、小計以下の科目は、直接法も間接法も共通している。営業キャッシュフローにおいて小計から上の部分が核となる部分と見なしていい。小計以下は、付随的な部分である。付随的な部分ではあるが、重要な意味が隠されている。

営業キャッシュフローの小計の上の部分、即ち、核心となる部分は、直接法は、営業収入から原材料や商品の購入にかかった支出と経常的支出(人件費支出、営業支出、事務費など)を差し引いた値である。
それに対して間接法では、利益項目、減価償却費などの非資金損益項目、営業活動に付帯的に派生する資産、負債項目を足した値である。
間接法と直接法を構成する項目の主たる違いは、この小計から上、核心部分にある。それは、期間損益とキャッシュフローの違いを意味している。まず第一に、利益と営業収入は違うという事である。仕入と原材料や商品を購入する為にかかった支出とは違うという事である。故に、利益と営業収入から購買にかかった支出の差額とは一致しないという事である。
どの部分が一致しないかというと売上と営業収入の違いは、売上の中に売上債権が含まれている事である。売上債権とは、売掛金や受取手形を足したもので、売上として計上されてはいるが収入がない部分である。これは資産と見なされる。仕入れと原材料や商品を購入した時の支出との違いは、買入債務と在庫にかかる支出が仕入れに含まれている事である。買入債務とは、買掛金と支払手形からなる部分で、債務としてみなされている部分である。また、在庫は、仕入に対する支出はされているが、まだ売上がされていない部分である。

この部分は短期的な資金の過不足を意味している。故に、短期的資金によって補填する事が原則である。

営業キャッシュフローを構成するのは、利益と減価償却費と運転資金の増減と金利である。

フローは、付加価値を形成し、ストックは、付加価値の基礎を形成する。
利益と金利は、投資対効果を表し、減価償却費は、設備投資を元として計算され、運転資金は、資金繰りを反映している。
即ち、利益は、収益と費用の関係から導かれ、支払利息は、長期借入金、債務の働きを反映し、減価償却費は、投資、即ち、債権を反映し、運転資本は、売上と仕入れの関係を反映している。仕入と在庫は、原価に反映される。

営業キャッシュフローのコアとなるのは、経常的、日常的な活動、営業活動の中での資金の過不足を意味し、小計以下の部分は、債務と債権から生じる資金の過不足と公的部門に対する分配を意味している。

利息は、債務を基数として計算される。減価償却費は、資産を基数として計算される。納税額は、利益を基数として計算される。売上債権は、収益を基数とし、買入債務は、仕入原価を基数としている。そして、利益は、収益を基数としている。これは、それぞれの働きと関係がフローに与える影響を意味している。

分析における営業キャッシュフローの計算方法は、間接法に基づき法人企業統計の基礎とし、営業キャッシュフロー=税引前当期純利益(当期末)+減価償却費計-法人税、住民税及び事業税-{受取手形(当期末)-受取手形(前期末)}-{売掛金(当期末)-売掛金(前期末)}-{棚卸資産(当期末)-棚卸資産(前期末)}+{支払手形(当期末)-支払手形(前期末)}+{買掛金(当期末)-買掛金(前期末)}-配当金-支払利息等
=税引き前純利益+減価償却償却費計-法人税、住民税及び事業税-受取手形資金需給-売掛金資金需給-在庫資金需給+支払手形資金需給+買掛金資金需給-配当金-支払利息等としている。

営業キャッシュフローの働きで注目すべき点は運転資金である。

運転資金には、正味運転資金と運転資金がある。
正味運転資金とは、流動資産から流動負債を引いたものであり、運転資金は、売上債権に棚卸資産を足してそれから仕入れ債務を引いた値である。

資金の使途には、運転資金、設備投資資金がある。

運転資金には、長期資金と短期資金があり、長期資金には、経常的運転資金と増加運転資金に分類がある。長期資金には、経常的資金と増加運転資金があり、短期資金には、臨時資金とつなぎ資金がある。

運転資金が増加する原因は、単純ではない。運転資本の増加は、市場環境や産業の発展段階、また個々の経営主体の内部事情など複数の要素が絡み合って起きる。運転資本の増加にはいろいろな形がある。
運転資金の増加する形には、売掛金や買掛金のサイトの差などから生じる経常的な運転資金の増加、事業や市場の拡大に伴う増加運転資金、逆に事業や市場の縮小に伴って一時的に増加する減産運転資金、季節変動による季節運転資金、決算賞与資金から生じる決算賞与資金、設備購入の未払いから派生する運転資金、また、赤字によって生じる運転資金の増加、財務構成を是正などから生じる長期運転資金などがある。

運転資金は何によって影響を受けるのか。まず正味運転資金を見てみよう。
正味運転資本は、流動資産と流動負債の差を意味する。
流動資産は、売上に連動し、流動負債は、原価、仕入れに連動している。
売上は、市場の状況に依存し、市場の状況を作るのは、需給であり、購買力であり、人口である。また、原価を構成するのは、人件費であり、減価償却費、原材料費、エネルギー価格等である。
運転資金は、借入金、特に、短期借入金に影響を及ぼす。
借入金は、資金の調達力、即ち、担保力が問題となる。

運転資金を構成する要素は、売上債権と購買債務、そして、在庫である。この三つは、相互に牽制しながら、一つの関係を形作っている。売上債権と購買債務、売上債権と在庫、購買債務と在庫、各々は、各々に働きかけながら、売上、仕入、借入金に影響を及ぼしている。
また、各々を構成する要素は、数量的要素と価格的要素からなっている。そして、それぞれが外的環境の影響を受け内部を環境を制御しているのである。

営業利益と営業キャッシュフローの関係



営業利益と営業キャッシュフローは違う。

それは、売上、即ち、収益と収入の違い、費用と支出との違いが根底にある。
売上となぜ、収入は違うのか。費用と支出のどこが違うのか。それは、市場経済の本質にかかわる問題である。

利益は、収益から費用を引いた差額である。営業キャッシュフローは、営業収入から営業支出を引いた残高である。
利益と営業キャッシュフローの違いは、まず差額と残高の違いと言っていい。つまり、名目と実質の違いと言っていい。


法人企業統計

営業キャッシュフローは、第一次石油危機の時、営業利益を下回ったが以後、基本的には、営業利益を上回っている。とくに、バブル期には大きく営業利益を上回っている。これは利益の質がいい事を意味している。

バブル形成期は、売上債権が仕入債務を上回る傾向があり、バブル崩壊後は、売上債権より仕入債務の上昇が大きかった事がわかる。バブル崩壊後は、債務の負担が大きくなっている事が窺える。



法人企業統計

収入のない売上とは何か。売上ではない収入とは何か。支出のない費用とは何か。費用でない支出は何か。
それを明らかにする事である。
収入のない売上には、掛け売りがある。売上でない収入には、借入金や資本がある。支出のない費用には、減価償却費がある。また、費用でない支出には、借りしれ金の元本の返済がある。

営業キャッシュフローは、この収益と収入、費用と支出の差を埋める形で表現されている。

営業キャッシュフローを構成するのは、間接法に依れば税引き前当期純利益に損益計算上の非キャッシュ項目、運転資本と受取利息、支払利息や受取配当金、支払配当金などを加えたものである。
非キャッシュ項目とは、減価償却費、無形固定資産等売却費、貸倒引当金などの引当金等を言う。
運転資本は、売上債権と仕入れ債務の差額と在庫の増減から構成される。

注意しなければならないのは、営業キャッシュフローは、総額ではなく、純額だという点である。
営業キャッシュフローというのは、日々の本業の活動の正味の現金収支の残額だという点である。

営業損益と営業キャッシュフローのどの点に差異があるのか。そして、どうして差異が生じるのかを解明する事は、お金の働きを理解する上で重要な鍵となる。

肝心なのは、現金売上と現金支出が利益に与える影響である。この点を明らかにする事で現金の働きと利益との関係を知る事ができる。

利益は、直接支出に結び付いているわけではない。なぜならば、収益にも、費用にも現金収支を直接反映した数値だとは限らないからである。
現金主義が現金の授受を前提としているのに対して期間損益は、基本的に発生主義であり、実現主義である。

現金売上が売上全体のどの部分に働いているのか、現金支出が費用のどの部分に働いているのかをまず解明しておく必要がある。

売上から受取手形、売掛金、すなわち、売上債権を差し引いた部分が売上による現金収入であり、それ以外の部分、すなわち、売上債権は、貸付金であり、資産として貸借対照表の総資産の部に計上される。
その対極として、仕入から支払手形、買掛金、すなわち、仕入債務を引いた部分が仕入債務となり、負債に計上される。

原価は、仕入から売上債権から仕入債務と当期仕入れ高、製造原価から在庫残高を差し引いた部分によって構成される。

粗利益は、売上から原価を引いた値を言う。粗利益を売上で割った値が粗利益率である。
粗収支残高は、売上から仕入れを単純に差し引いた値であり、
計算式は、売上-売上原価-売上債権-在庫+仕入れ債務である。

まず粗利益を構成する部分におけるキャッシュフローと損益の違いは、原価に対する認識の差である。
支出のうち何をどの程度、製造原価に転化するかによって損益と収支に差が生じる。費用対効果の問題である。
現金支出上では、原価は、その期に仕入れた財で支払いが済んだ部分をさして言います。故に、現金収支上で粗利益に相当する部分は、現金収入から現金仕入を引いた値である。
問題なのは、粗利益というのは、製造原価を売上から差し引く事で導き出される。製造原価とは、売り上げられた財にかかった費用を言う。しかし、売上は、必ずしも現金収入というわけではない。原価も必ずしも、現金支出とは限らない。過不足は、貸し借りによって補われる。
粗利益をなぜ算出する必要があるのか、それは粗利益は分配の為の基礎となるからである。





減価償却の意味


営業キャッシュフローの中で減価償却費が占める役割は大きい。
営業キャッシュフローが付加価値を表しているとしたら、減価償却費は、付加価値に対して重要な役割を果たしている事になる。

減価償却費は、国民経済計算で固定費減耗に相当するが、固定費減耗は、実勢価格、時価を基にしているのに対して、減価償却費は、取得原価を元として理念的効用を基としているため、固定資産減耗と減価償却費を一緒にとらえる事はできない。

減価償却費は、一般に支出のない費用という認識がある。しかし、この考えは片手落ちである。支出のない費用には、費用でない支出を参照する必要がある。
費用でない支出に、借入金の返済がある事を忘れてはならない。大体、支出のない費用はないのである。ただ、支出と費用が直接的に結びついていないだけである。
減価償却は、直接的な資金の裏付けがない。減価償却の問題は、この点にある。減価償却は、実は、間接的に長期借入金の返済に結び付いている。しかし、表面的には、減価償却費と長期借入金の返済は、無関係に見えるし、現実に、会計処理上は、関連付けられていない。また、減価償却費が長期借入金の返済を網羅しているわけではない。

しかし、実際的には、減価償却費と長期資金の流れそして、利益との関係を正しく認識していないと、経済や経営の実態を正しく理解する事はできない。

減価償却費を付加価値に含めるべきかどうかは、いろいろと異論がある。
償却とは、過去の生産手段に対する清算を意味するが、現金支出は伴っていない。
実際の現金支出は、借入金の本金の返済を意味する。しかし、借入金の本金の返済は、会計上どこにも計上されていない。借入金の元金は、差額勘定として長期借入金の増減という形で負債の部に間接的に表現されているだけである。借入金の元本の返済が会計上、どこにも計上されないために、減価償却費は支出を伴わない費用だと錯覚されている。それが重大な錯誤を引き起こす原因なのである。減価償却に相当する支出がされていないわけではない。ただ、長期借入金の返済額と減価償却費が関連付けられていないが故の誤解なのである。
この様な減価償却費は、経済に対してどのような働きをしているのかは検討されなければならない。
減価償却費は、国民経済計算書では、固定資産減耗として表現される。

 

減価償却費は償却期間が重要になる。投資資金を回収するためには、償却期間が終わるまで一定の収益を計上し続ける必要がある。
物価が上昇し、投資資金真負担が軽減されているうちはいいが、デフレーション状態に陥り、投資資金の負担が過重になると減価償却費は経営にとって重い負担となる。


付加価値とは


金持ちというが金持ちの概念には、二つある。一つは、資産家、物持ちという考え方である。収入が多い人という意味である。もう一つは、実入りが多い、稼ぎが多いという意味での金持ちである。
よく長者番付というがこの場合の金持ちというのは後者を指して言う。

つまり、豊かさを測る尺度は、所得と資産の二つにあるという事である。
豊かさを測る時、この点が不明瞭である場合が多い。

国民経済計算書でいう付加価値というのは、基本的に所得を指して言う。つまり、付加価値というのは、生産活動によって新たに生み出された価値を言う。

土地や株といった有形固定資産や金融資産の値上がり益は、基本的に所得には含まれない。
バブルという現象によっていくら地価が値上がりしてもそれは経済成長には、関わらないという事になる。
この点をよくよく理解しないと国民経済計算における付加価値や経済成長の意味は理解できない。

国民総生産というのは、付加価値を言う。国民経済計算書でいう付加価値は、企業会計上でいう付加価値という概念と若干違う。
国民経済計算書では、一定期間の間に、生産活動によって生み出された価値を言う。
それに対して、企業会計上は、付加された価値という事である。営業活動によって付加された価値である。
どこが違うのかというと、企業会計上では、付加価値は、地代・家賃、金利、人件費、利益、減価償却費を言うのに対して、国民経済計算書においては、金利を含まない。
また、土地の売買益を企業会計上は、営業利益に含まれるが、国民会計計算書においては、含まれない。

これは、何をもって経済的価値とするのかに対する一つの思想である。
国民経済計算書では、金融資産や土地などの生産物でない資産(有形非生産資産)は、何ら付加価値を生み出さないと考えられている。利子は、金融資産を借り入れる事によって享受できる何らか便益の対価ではない。
つまり、利息や土地の売買益(キャピタルゲイン)は経済的な価値をもたらさないと考えられているのである。
ただ、この点は、一般の人達にとって違和感を覚えるかもしれない。
要するに、所得というのは、新たに生み出された価値なのである。資産というのは、基本的には消費を目的とした売買ではなくて移転なのである。

付加価値の構成する要素は、分母となる基数を持っている。金利は負債であり、配当は、利益である。減価償却費は固定資産であり、利益は、売上と費用である。税の基数は財政である。これらの構成要素の相互作用によって経済は動いている。

指標は、分母と分子の関係を表している。営業キャッシュフローは、フローを表しているが、そのフローの根底には、ストックがある。

付加価値を分析する場合、絶対数の変化、構成比率の変化。基数との関係が重要な鍵を握る。
例えば、人件費なら人件費総額の変化。人件費率の変化。基数である人口との関係等である。

付加価値のそのものの基数は、売上高である。国民経済統計を下地とするならば、経済全体の売上は、総生産から割り出す。


粗利益の基盤は付加価値である。



分配の為の原資は、付加価値に求められる。
付加価値は販売費、及び一般管理費を構成する。
販売費、及び一般管理は、費用の基幹部分をとなる。

付加価値を構成するのは、利益、減価償却費、地代家賃、支払金利、配当、人件費である。
利益と配当、金利、地代家賃は、時間価値を構成する。時間価値を構成する要素には、他に、物価の上昇率、人件費の上昇率などがある。
減価償却費は設備に対する投資からくるものであり、人件費は人に対する投資、金利は「お金」に対する投資に対応している。

費用から減価償却費、繰り延べ勘定や引き当て金を引く事で、費用で実際に現金が支出された部分を明らかにする事ができる。
減価償却費や、繰り延べ勘定、引当金の原資は負債に求められる。
減価償却費や繰り延べ勘定、引当金、払込資本、税引き後利益は内部資金を形成する。
長期借入金の返済原資は、内部資金の余剰部分が当てられる。内部資金が不足してくると外部資金、すなわち、負債や資本に対する依存度が増加する。利益の確保、蓄積する目的は、この内部資金を蓄える事である。

経済的価値は、付加価値にある。経済成長を支えるのは付加価値である。
付加価値とは時間価値である。

付加価値とは、経済活動によって生み出された経済的価値である。

付加価値は、国内総生産を形成する。
需要となるのは、付加価値を構成する要素の割合である。なぜならば付加価値は、分配の基礎となるからである。

経済成長は付加価値の拡大を意味している。


国民経済計算書では、付加価値は、雇用者報酬、固定資産減耗、生産・輸入品に課せられる税(控除)補助金、営業余剰・混合所得の四つの要素から構成される。
雇用者報酬は、営業キャッシュフローでは、人件費、即ち、所得に対応し、固定資産減耗は、減価償却費、生産・輸入品に課せられる税(控除)補助金は、税に、営業余剰・混合所得は利益に各々対応している。民間企業の営業キャシュフローはこれらに金利が加味されていてる。




国民経済計算書は付加価値を基礎にして計算される。国民経済計算書でいう、経済成長は、付加価値の増加を指して言う。付加価値を基礎と経済成長を計られる。
故に、国民経済計算書では市場の上面に現れる経済成長をとらえる事はできる。
しかし、市場の表面に現れてこない経済の働きは、表面に現れた経済現象から推測する以外にない。
経済を実際に動かしているのは、資金の動きである。資金を動かしているのは資産と所得の関係であり、また、資金の過不足を調整しているのは、金融である。資金の動き、資産と所得の関係、金融の働きを明らかにしないと経済を操作する事はできない。国民経済計算書の経済指標は、それを前提とした経済指標なのである。
付加価値だけを追っても資産(ストック)の働きは、見えてこない。
肝心な付加価値を生み出している水面下の資金の動き、そして、付加価値を生み出している仕組みが見えないからである。

企業会計において付加価値を構成しているのは、金利、人件費、減価償却費、利益、地代・家賃である。
それに対して国民経済計算書における付加価値は、雇用者報酬、固定資産減耗、経常収支、間接税である。
企業会計上においても国民経済計算書上においても資産の値上がり損益は計算されていないし、国民経済計算書では金利も計算されていない。もう一つ重要なのは、資金の借り入れ貸し出しのような動きも表示されていない。
付加価値は、資金の流れを表していないし、付加価値だけでは資金の流れを直接的に把握する事はできない。

問題なのは、資産の値上げ、値下げ効果が利益や経済にどのような影響を与えているか。長期借入金の返済額と残高の変化が資金の流れにどのように影響をしているのか。金利の経済にどのような働きをしているかを明らかにする必要がある。そのためには、付加価値分析だけでなく、より広範囲の構造分析が必要とされるのである。

経済成長の性格を分析する為には、経済成長を構成する、即ち、付加価値を構成するどの要素がどの様な状態であるかを明らかにする必要がある。
どの様な状態というのは、実数の増減、付加価値に占める要素の比率の変化等を言う。
例えば、利益の実数が上昇しているのか、また、利益が付加価値に占める割合に変化があるかなどである。
付加価値を構成する要素には、利益、所得、減価償却(固定資産減耗)、地代家賃、金利、税などがある。
また、運転資本の動向にも注意を払う必要がある。
これらの要素の実際の伸び、そして、成長構成する要素の強弱が測られる。

経済成長と言っても一律一様ではない。金利、所得、利益、減価償却、地代・家賃、税のどの部分、どの要素が成長を引っ張っているのか。また、一見、拡大しているように見える局面でも、実際は、縮小している場合もある。
その点を見誤らないようにしないと経済施策で決定的な間違いを犯す。
何が、経済成長を引っ張っているかによって採るべき施策は変わってくるからである。


期間損益と現金収支はどこが対応しているのか



利益という指標によって経営状態を制御しようとするならば、損益に対して現金収支のどの部分がどの様に作用しているかを知る必要がある。

投資キャッシュフローと財務キャッシュフローは、主として貸借対照表に振り分けられる。
投資キャッシュフローと財務キャッシュフローとは表裏の関係にある。
投資キャッシュフローが運用先を指し示すのならば、財務キャッシュフローは資金の調達手段を表している。
そして、投資キャッシュフローと財務キャッシュフローは、長期的資金の働きを表す。投資キャッシュフローは、減価償却費の根拠となり、財務キャッシュフローは、長期資金の出納、資金計画の基盤となる。




期間損益に対応しているのは、基本的には、営業キャッシュフローである。
では、期間損益と営業キャッシュフローは、どの部分がどの様に対応しているかを見ていきたい。

営業的現金収支で決定的な働きをするのは売上である。
現金収支で売上に対応しているのは、経常的収入である。
市場経済で一番の働きをしているのは売上である事は間違いない。
売上は、期間損益では収益を指し、現金収支では、収入の本となる概念である。

売上と経常的収入とは同じではない。売上が上がっても現金収入があるとは限らないからである。
一番の好例は、売上債権である。売上債権は掛け売りや手形売りによって生じる。
売上債権には、売掛金と受取手形がある。売掛金や受取手形は、入金のない売上であり、基本的の性格は貸付金である。
逆に、買掛金や支払手形は、支出のない仕入であり、基本的な性格は、借入金である。

売上債権と仕入債務は、在庫と運転資金を構成する。そして、売上債権と在庫にはリスクがある。リスクとは不確実な要素である。

売上がなぜ、市場経済において決定的な働きをしているかというと売上は、所得の源だからである。
貨幣経済では、経済主体における「お金」の出入りが経済活動の根幹をなしているからである。
そして、所得は、経済主体における貸し借りを除いた収入を意味しているからである。



資金の働きは連鎖する。


市場は、取引の連鎖反応によって動いている。個々の取引が泡のように独立しているわけではない。取引は、連鎖的に結ばれている。
取引が連鎖しているという事は、必然的に資金の動きも連鎖している。売りは買いを呼び、買いは、売りを呼ぶ。

一つの取引は、次の取引の引き金を引く。

経済は、過程である。財貨・サービスの生産、生産による所得の発生、所得の分配再分配、所得の消費と貯蓄と取引には、一定の仕事の流れがあり、その都度、資金移動が連鎖的に発生する。その連鎖運動が資金の流れを造り出すのである。
「お金」は、人の手から人の手へと連鎖的にわたる事で効用を発揮する。「お金」が流れなくなったら、忽ち、経済は破綻するのである。

資金は、連鎖的取引によって市場に流通する。
ある主体の収入は、相手となる主体の支出であり、逆も又成り立つ。同様に、買いは売り、売りは買い。貸しは借り、貸しは借りと言う関係もある。
更に、支出は収入を基となる。収入は支出の原資となると言う関係もある。
一つに取引が他の取引を誘発する事によって取引の連鎖が生じる。一つの取引、例えば、売りは買いと裏腹にある。売り買いは一対で成り立つ取引である。つまり、取引の連鎖は、二重の働きによって引き起こされるのである。

貸し借りは、支払い準備を意味する。支払とは決済を意味する。
「お金」は、財の対価として支払われて、即ち、売買取引によって効用を発揮する。貸借取引の段階では、「お金」の効用は未発なのである。
負債が支払い準備ならば、貯蓄も支払い準備である。負債や貯蓄は、ストックであり、「お金」としての効用は発揮されていない。
「お金」は市場に流れる事で効用を発揮するのである。

「お金」は使えばなくなるのにである。故に、絶えず補給し続けなければならない。支出は、所得のための活動を引き起こす。だからこそ継続的な仕事がないと生活は持続できなくなるのである。
「お金」を使ったら、その分どこかで儲けてこなければ生活は成り立たなくなる。しかし、だからと言ってやみくもに「お金」を供給すればいいという訳ではない。それは、個人、家計だけでなく、全ての経済主体に共通している。
安定した定職がなければ、その日暮らしになり、蓄えがなくなったら生きていくのも難しくなる。
問題は、どの時点で、どの様な手段によって「お金」を補給するかなのである。つまり、安定して収入を何によってどの様に得るかである。
「お金」は、所得から支出、支出から所得。生産から消費、消費から生産の回転によって成り立っている。卵が先か、鶏が先かの問題はあるが、いずれにしても回転を前提としている事は確かである。
重要なのは、供給量が少ないのか。回転数が悪いのかを見極める必要がある。

「お金」は、投資に始まり、投資された生産手段に原材料を加えて財を生産、販売し、消費する。また、投資された資金は、収益となり、その収益から原材料や労働力を購入する事で資金は配分される。この様に、資金は、流れる方向に従って経済的な連鎖反応を触発する。
この資金の連鎖反応が市場を動かしているのである。

更に、「お金」の動きは、物や人の動きと連鎖している。この様に市場の活動は、連鎖的に引き起こされている。連鎖的な流れが経済の方向性を形作っているのである。

借金は近代経済の原動力である。



近代は、借金の技術進歩によって形成されたとも言える。借金は、経済を成長させる原動力でもあり、経済を破綻させる時限爆弾にもなる。

一般に借金と言うと負の印象があり、実際に借金を負債と言う。負の印象と言うのは、借金に返済義務があり、返済は、約定に従って待ったなしに行われるからである。
資金、現実の市場は、借金を基礎として成り立っている。
大体において紙幣は、借金を担保として成り立っていて、借用書が変形したものなのである。

近代の貨幣制度は、金融制度を土台にして成り立ちっている。金融制度の根幹業務は、金貸しであり、「お金」を貸し借りによって融通する事である。また、中央銀行の設立の要因の一つが国債である。
つまり、近代の貨幣制度は、借金によって成り立っていると言っていい。

また、資本主義経済を制御する事は、借金を制御することを意味している。借金が制御できなくなると資金を制御できなくなるからである。

借金は、元本と金利部分から成る。元本と金利、それぞれの部分が固有の働きをして短期資金、長期資金の働きを発揮させている。
ただ、一般に金利は、費用として計上されるが、元本の返済は、差額勘定としてしか表現されずに、補足するのが難しい。それがストックとフローの関係を曖昧にしている。

「資産」は、資金の運用状況、即ち、どの様に資金が運用されているかを示し、「負債」は、資金がどの様な手段で調達されたかを表している。(「金融経済」吉野直行・山上秀文著 慶應義塾大学出版会)

収益も収入も一定ではない。基本的に不確かな事であり、変動リスクが存在する。収益や収入は変動するのである。
それに対して、費用や支出は一定であり確かである。この収益と費用の性格が、経済を動かし原動力になり、また、負荷にもなる。

拡大局面では粗利幅が粗利率と伴に上昇するが下降局面では粗利率が一定でも粗利幅を維持する事ができなくなる。
変動費は売り上げに比例して変動するが固定費は、売り上げに連動して変化しているわけではない。
市場が縮小局面では、粗利益幅が圧縮される為、固定費の部分が回収できなくなる。
固定費の部分が回収できなければ、企業業績は赤字となる。

収益と費用の源には現金収支がある。



収益と費用の根底には、現金収支がある。
収入と支出、収益と費用の関係が自由主義経済を形成していく。
収益と費用の関係からお金の働きを測定しようとするのが費用対効果であり、その指標が利益である。

収益は、経常的収入を裏付けにし、費用は、経常的支出を裏付けにして営業キャッシュフローを実質的に構成している。

収益と費用は、単位期間内の資金の働きである。
収益と収入、支出と費用とは必ずしも一致しているわけではない。
借入金のように収益に計上されない収入もある。
売り上げ債権のように、収入の裏付けがない収益もある。
借入金のが本の返済のように、費用に計上されない支出もある。
減価償却費のように支出を伴わない費用もある。

利益は、収益と費用の関係から計算される。故に、利益は、必ずしも収入と支出とは結びついていない。
つまり、利益は資金的な裏付けがない。故に、利益が上がっても破産する場合が生じるのである。
なぜ利益なのか。それは、利益は、収益と費用の関係によって資金の働きを表しているからである。
現金収支は、「お金」の出入りは表せても「お金」の働きを表す事ができないからである。



収益と費用は、単位期間内の資金の働きを基礎としている。しかし、実際に経済主体を動かしているのは、現金収支である。
損益上赤字になってもそれだけで企業が破産するわけではない。企業が破産するのは、資金繰りがつかなくなった時である。
この点が一般にはなかなか理解できない。赤字なのに倒産しない会社もあれば黒字倒産してしまう会社もある。
赤字になっただけでは企業は倒産しないが、極端な話、一円でも決済できなくなったら企業行き詰まるのである。
それ故に、キャッシュフローが重視されるのである。

「お金」が回っているうちは、経済は破綻しないのである。
収益と費用、費用対効果の背景には、経常的現金収支がある。

経済主体の核は、収益にある。この点が昨今は、忘れられている。本業で儲からない会社が財テク、投機や金融で利益を上げようとしている。これは、邪道である。収益の投機や金融は、生産性がないからである。
一過性の利益、目先の利益を追っていたら、本業、即ち、本来生産性のある事業が成り立たなくなる。円高によって急速に本業の利益が圧迫された日本企業が陥ったのが本業以外の財テク、投機に嵌った事である。その結果、バブルが発生し、バブルが崩壊した後、立ち直れないほどの状態に落ち込ませてしまったのである。

営業キャッシュフローは決算書上では損益計算書に対応している。


営業キャッシュフローは、経常収支、経常的現金収支である。
経常的現金収支と言うのは、日常的経済活動によって生じる現金収支を言う。
つまり、単位期間内に発生する経常的現金収支を集計したのが営業キャッシュフローである。

期間損益は、単位期間内における費用対効果、収益対費用を予め定められた規則に従って集計した結果である。
故に、期間損益に営業キャッシュフローは対応している。

経常的現金収支というのは、期間損益上の損益の部分に相当する。
つまり、収益と費用の関係の本となっている。
収益と費用の本は、収入と支出である。
貸し借りではない。

貸し借りは資産価値に影響を与えても物価には直接的な影響を与えない。物価に直接的な影響を与えるのは、売り買いである。
物価を形成するのは、価格であり、価格の集合である売上である。

現金収入が増えないと総所得は増えない。貸し借りでは所得は増えないのである。

経常的キャッシュフロー、即ち、営業キャッシュフローは、基本的に資金供給を伴うような長期的貸し借りを前提としていない。
ただ、経常的な活動の中で生じる短期的な貸し借りは含まれる。それに相当するのが、運転資本である。
故に、運転資本は、短期借入金と対応している。短期的貸し借りは、単位期間内で決済をする事が前提となる。

期間損益は、単位期間の経済の働きを表している。営業キャッシュフローは、単位期間の資金の動きを表している。
故に、単位期間の経常的な経済主体の働きは、期間損益と営業キャッシュフローを比較する事によって測る事が出来る。

期間損益と営業キャッシュフローの決定的な違いは、減価償却費にある。


売り買いは損益取引を貸し借りは貸借取引を構成する。



市場取引の基本は、売り買いと貸し借りの二つしかない。
自由主義経済の取引は、後は、徴税と納税しかない。
つまり、現金の動きは、売買、貸借と税で決まる。
税は所得再配分を目的とした強制的手段である。

売り買いは、損益取引を構成し、貸し借りは貸借取引を構成する。

お金の動きのどの部分に生産や物量の働きを促す作用があるのか。それが経済活動を分析する鍵である。
例えば、売上にしめる現金の量は、費用に占める現金の量はどれくらいなのか。又、負債はどれくらいでどの様な性格をしているのかという点である。
現金収入のどの部分に働いているのか、現金支出のどの部分に働いているのかをまず解明しておく必要がある。

売上から受取手形、売掛金、すなわち、売上債権を差し引いた部分が売上による現金収入であり、それ以外の部分、すなわち、売上債権は、貸付金であり、資産として貸借対照表の総資産の部に計上される。
その対極として、仕入から支払手形、買掛金、すなわち、仕入債務を引いた部分が仕入債務となり、負債に計上される。

原価は、仕入から売上債権から仕入債務と当期仕入れ高、製造原価から在庫残高を差し引いた部分によって構成される。

更に費用から減価償却費、繰り延べ勘定や引き当て金を引く事で、費用で実際に現金が支出された部分を明らかにする事ができる。
減価償却費や、繰り延べ勘定、引当金の原資は負債に求められる。

利益という指標によって経営状態を制御しようとするならば、損益に対して現金収支のどの部分がどの様に作用しているかを知る必要がある。

経済の仕組みを動かしているのは、資金の過不足と流れである。資金の過不足を補うのが貸し借りであり、資金の流れを作るのが売り買いである。
そして、貸し借りは、ストックを形成し、売り買いは、フローを作る。
ストックの結果が貸借に集計され、フローの結果が、損益に集計される。
ストックは、付加価値を生み出す源となり、付加価値は、フローとして現れる。


営業キャッシュフローは単位期間の現金の出入りを言う



営業キャッシュフロー、即ち、経常的現金収支というのは、一会計期間内における現金の出入りを言う。
経常的現金収支は、期間損益上のフローの基本となる部分である。
即ち、貸借ではなく損益に係わる部分である。
一定期間、営業によって稼ぎだした現金による収入、或いは支出を言う。

だからこそ、この経常的キャシュフローを導く計算には二種類生じるのである。
一つは、実際の現金の出入りに基づく直接法である。
もう一つは、現金収支を伴わない損益勘定を修正する方法であり、これを間接法という。
間接法は、経常キャッシュフローの性格をよく表している。

即ち、間接法は、運転資本の部分と減価償却の部分からなる。
運転資本は、経常的な経営活動によって生じる資金の過不足を表し、減価償却費は費用を一定期間に按分した値を言う。
そして、経常的キャッシュフローは期間利益の根拠となる。

短期的資金の動きには一定の性格がある。
減価償却費は、過去の投資に基づいて一定の計算式によって導き出される値であり、費用としては、固定費という性格を持つがキャッシュフローとしては、可算要因だと言う点である。この様な性格から減価償却費は内部調達の資金源という性格を持っている。借入金の返済額の原資でもある。

それに対して利益は、収益と費用の関係から導き出される差額勘定であり、一定していない。利益は、収益と費用の状態を表す指標である。

短期的な資金不足を補っているのが、短期借入金と運転資金である。運転資金は黒字倒産の原因にもなる。
つまり、運転資金の動向は、信用取引の幅を表している。信用取引の幅が極端に狭くなると多くの企業がたついかなくなる。
また、運転資本の形は、産業毎に異なり、個々の産業の性格に大きく影響してきた。製造業は、恒常的に運転資本は資金不足であるのに対して、逆にスーパー等のあまり在庫を持たない販売店は、恒常的に資金余剰の状態にある。
運転資本は、売上債権、仕入債務と在庫の組み合わせである。故に、売上条件、仕入れ条件、在庫の評価や状態に影響される。

  

90年代の製造業と小売業の四半期の動きを見ると小売業は、明らかに仕入債務が売上債権と在庫を上回り、特に年末に集中している事がわかる。91年にバブルが崩壊すると売上債権の在庫が上昇し、仕入債務が減少しているのがわかる。それだけ資金繰りが逼迫していたことがわかる。

  
法人企業統計

運転資本の働きと景気への影響


運転資本の元は、売上、仕入、在庫であり、それぞれ景気の影響を最も受けやすい要素である。
売上、在庫は、市場の拡大期、好景気な時は、仕入上回る勢いで上昇し、逆に、市場の縮小期や景気後退期は、仕入を下回りがちである。
売上が伸びている時は、当然、売上債権も在庫も増加する。在庫は景気の先行指標でもある。
問題は、運転資本と景気、そして、資金繰りとの関係、因果関係を明らかにする事である。単純に在庫が上昇しているから景気が後退していると決めつけるのは問題である。
在庫を見る場合は、生産との時差の変化も計算に入れる必要がある。

景気の動向に合わせて在庫が伸縮するのは、市場の規模には、限界がある事を示している。人や物は有限なのである。人や物に限りがある事を忘れて生産をすれば市場は遠からず飽和状態に陥る。それに対して「お金」の価値は、無限であり、上に開いている。この事を忘れれば市場の暴走を防げないが、それは、人災、人が招いた災害である。

気を付けなければならないのは、成長期の市場と成熟期、縮小期の市場とでは、売上債権、仕入債務、在庫の在り様も変化するという事である。前提条件を確認せずに、一意的に売上債権や仕入れ債務、在庫を経済指標として用いるのは危険である。

運転資本を構成するのは、売上債権と仕入債務、在庫である。各々の働きの基礎となる部分とや働きは、別々にある。
売上債権の元は、売上であり、市場の影響を強く受ける。売上債権は資産である。それに対して仕入債務の元は、費用であり、原価の動向に左右される。仕入債務は負債、借入金である。在庫の元は、生産量にあり、需給に左右される。また、在庫の評価の仕方によって価値が変わる。在庫は資産である。

売上債権、仕入債務、在庫を結び付け短期資金の働きを制御しているのが運転資本である。運転資本は、日常的な活動によって生じる資金の過不足を制御している。運転資本が不足すると営業を続ける事が出来なくなり、最悪の場合、倒産する。黒字倒産を引き起こす一番の原因は、運転資本の不足である。

人間にの体に例えると心臓部の働きのようなもので一時的な機能停止でも経営主体の生命にかかわる部分である。

売上は、市場の状態に影響される。
仕入は、原価の変動や仕入価格の動向に影響される。仕入価格に影響を与えるのは、為替の変動や原油価格の変動などである。
在庫は、数量の増減と在庫価格の評価の仕方に影響される。製造設備の状況にも左右される。
市場や為替、原油価格などの原材料の動向は、経済に直接的な影響を与える。

市場の変化を読み取るためには、何が市場をリードしているのかを見極める必要がある。市場の変化を誘発する要因には、市場の拡大、為替の変動、原油価格等の原材料の変化等がある。市場の変化は、一律ではなく、複数の要素が複雑に絡み合って発揮される。

その時々で経済を誘導してきた要素は違っている。
市場の拡大や為替の変動や原油価格の変化等市場を変動させる働きは、時に相乗効果を表したり、効果を相殺したりする。




運転資本と営業キャッシュフローとの相関関係



相関関係というのは、要素間が共通の何らかの働きによって相互に影響を受ける関係を言う。何が何に対してどのような影響を与えているのか。それが相関関係を知るうえで鍵となる。

変化の傾向は変化の方向と幅と期間としてあらわれる。そして、最大値と最小値が幅と期間の範囲を特定する。
変化の傾向を見極めるためには、変化の形をよく観察する必要がある。変化は同じ方向を向いているか、変化の形、曲線を描いているか、直線的か、山は幾つか。山は高いか、谷は深いか、浅いか。短期間に急に生じたのか、長期間にわたって緩やかに変化したのか。同じ直線状を前後しているのかといった事からその背後にある変化の基盤を見出すのである。

価格は需給だけで決まるわけではない。高いか安いかといった表面に現れた価格だけを見ても価格を動かしている仕組みは見えてこない。価格の動きの背景を知る必要がある。

相関関係を分析手段には、回帰分析、重回帰分析、主成分分析、因子分析、判別分析、クラスター分析等がある。
中でも回帰分析は有効な手段である。
回帰分析に表される傾斜角度は、要素間の速度の違いを表し、相関係数は、分布の度合いを意味し、切片は、変化の起点と歪を表している。相関係数の正負は変化の方向を示している。特に、相関係数は、相関の度合いを測る基準とされる。

営業キャッシュフローを構成する要素間にどの様な力が働いているのか。それを検証する必要がある。

先ず、営業キャッシュフローは構成する要素には何があるのかを明らかにしたい。
営業キャッシュフローの計算式は、営業純益+減価償却費+運転資金+支払利息である。
営業純益=営業利益-支払利息である。

運転資金と営業キャッシュフローの相関関係を見てみる事にする。

全業種全規模において営業キャッシュフローを目的変数として減価償却費、運転資金、支払金利との相関関係を1975年~1989年、1990年~1999年、2000年~2013年に区分し、重回帰分析を試みてみた。

1975~1989
概要

回帰統計
重相関 R 0.97
重決定 R2 0.94
補正 R2 0.92
標準誤差 2.02
観測数 15.00

分散分析表
自由度 変動 分散 観測された分散比 有意 F
回帰 3.00 699.31 233.10 57.27 0.00
残差 11.00 44.77 4.07
合計 14.00 744.08

係数 標準誤差 t P-値 下限 95% 上限 95% 下限 95.0% 上限 95.0%
切片 8.76 4.17 2.10 0.06 -0.41 17.93 -0.41 17.93
減価償却費計 1.76 0.42 4.17 0.00 0.83 2.68 0.83 2.68
運転資金 -0.17 0.10 -1.73 0.11 -0.40 0.05 -0.40 0.05
支払利息等 0.07 0.38 0.19 0.86 -0.78 0.92 -0.78 0.92

80年代から90年代にかけては、強い相関関係が保たれていたのがわかる。
その相関関係を保っていた要因は何か。そして、なぜ、その要因が働かなくなったのか、それを明らかにしない限り経済の動きを予測することはできない。

1990~1999
概要

回帰統計
重相関 R 0.96
重決定 R2 0.92
補正 R2 0.88
標準誤差 2.67
観測数 10.00

分散分析表

自由度 変動 分散 観測された分散比 有意 F
回帰 3.00 483.85 161.28 22.58 0.00
残差 6.00 42.86 7.14
合計 9.00 526.70

係数 標準誤差 t P-値 下限 95% 上限 95% 下限 95.0% 上限 95.0%
切片 -27.79 24.60 -1.13 0.30 -87.98 32.40 -87.98 32.40
減価償却費計 2.35 0.59 4.00 0.01 0.91 3.78 0.91 3.78
運転資金 -0.06 0.07 -0.78 0.46 -0.23 0.12 -0.23 0.12
支払利息等 -0.24 0.20 -1.18 0.28 -0.74 0.26 -0.74 0.26

80年代から90年代にかけて強い相関関係があった指標が21世紀にはいると急速に相関関係を失っているのが見て取れる。
また、t値から見て貢献度は、減価償却費が80年~90年代にかけて一番あったのが21世紀になると貢献度がほとんどなくなる。減価償却費に代わって貢献度は、支払利息が強くなる。ただ、重相関の値が、0.96から0.57に低下しており、支払利息そのものが大きく減少している事から単純に支払利息の貢献度が高まったとは言えない。支払利息と運転資金の変動は、神経質な動きを見せている。

2000~2013
概要
回帰統計
重相関 R 0.57
重決定 R2 0.33
補正 R2 0.12
標準誤差 4.95
観測数 14.00

分散分析表
自由度 変動 分散 観測された分散比 有意 F
回帰 3.00 118.03 39.34 1.61 0.25
残差 10.00 244.97 24.50
合計 13.00 362.99

係数 標準誤差 t P-値 下限 95% 上限 95% 下限 95.0% 上限 95.0%
切片 47.23 26.25 1.80 0.10 -11.26 105.71 -11.26 105.71
減価償却費計 0.30 0.49 0.62 0.55 -0.78 1.39 -0.78 1.39
運転資金 0.13 0.14 0.93 0.37 -0.18 0.43 -0.18 0.43
支払利息等 -2.16 1.06 -2.03 0.07 -4.53 0.21 -4.53 0.21


一般に運転資金の不足は短期資金で補てんする


一般的には、運転資金は、短期借入金で対応している。
バブルが形成されている時代は、運転資金を短期資金だけでは対応しきれなかったことがわかる。
逆に第二次石油ショックからプラザ合意までの間は、運転資金を上回る短期借入がされていたことがわかる。かなり、資金が忙しかったことが推測される。



営業純益と短期借入金、運転資本との相関関係を見てみるとバブル形成期は、運転資本は、営業純益の範囲内で賄われているのに対して、バブル崩壊後は、短期借入金によって賄われている。基本的にバブル崩壊後は、運転資本じたい減少気味である。

下のグラフでは、資金需給で不足した部分は、資金需要と見なし、プラスに変換している。


法人企業統計  単位一兆円

利益は、内部留保を形成する



期間利益は、内部調達資金、即ち、内部留保の基となる。
内部留保のフロー部分は、利益剰余金を形成する。

経常的キャッシュフローを見ると経営主体本来の活動によって生み出される資金の流れを見る事ができる。
故に、営業キャシュフローとも言う。

経常的な現金収入は収益の根拠となり。現金支出は費用の根拠となる。
そして、現金収支は利益の根拠となる。

経常的現金収支とは、短期的な資金の流れによる現金収支である。
短期的資金の流れとは、経常的な取引が創り出す資金の働きを意味する。
経常的現金収支の流れは、会計上のキャシュフローでは、営業キャッシュフローに分類される。
即ち、経常的、日常的な資金の流れによる働きを言う。短期の資金の流れである。

経常的なキャッシュフローは、日常的市場取引によって形成される資金の流れをいう。
根本的には売買取引から派生する。ただ、売買取引の過程で派生する貸借取引も含まれる。ただ、この場合でも短期的で簡易な貸借取引である事が前提となる。

基本的に現金の働きは、現金の出入り、即ち、出納によって効力を発揮する。
経常現金収支は、一会計年度内における現金の出入りを言い。投資現金収支は生産手段における一会計期間を超える現金の出入りを言う。そして、財務、即ち、資金繰りは、現金の過不足を補う資金の出入りを言う。
故に、経常現金収支は、流動資産を基礎とした現金の出入り、投資現金収支は、固定資産に対する現金の出入り、財務現金収支は、金融資産を基礎とした現金の出入りとして現れる。
経常現金収支は、一会計年度を基本とするが若干の例外も認められている。一般に、営業活動が一回転する期間を基本としている。


経常的な資金の流れが物価を構成する。



経済では、資金の流れが重要となる。
企業では、収益と資金の流れは直接的に結びついているわけではない。期間損益を計算する過程で損益と現金収支の間に時間差が生じるのである。
その為に、現金収支と期間利益との間に整合性がとれなくなる場合がある。
特に注意しなければならないのは、借入金の返済が損益上何処にも現れてこない事である。

営業収入は、収益、即ち、売上を改善する必要がある。売上は、数量と単価と回転数によって決まる。生産量というのは、拡大している市場以外では、一定している。生産量が一定している生産物の多くは、必需品である。市場が飽和状態で生産物が一定していて商品は一般化する。一般化すると差別化が難しくなる。この様に差別化が難しい生産物をコモディティという。
成熟した市場では、多くの商品がコモディティ化する。コモディティ商品は、数量が不足すると価格が上昇するし、又、過剰になると価格が下落する。コモディティ化した商品は価格が不安定となる。その為に、収益の確保が難しくなるのである。コモディティ化した商品の収益維持は制度的に為されなければ物価は安定しない。

経常的なキャッシュフロー、主として営業キャッシュフローは物価を形成する。

物価は、日常的に継続される取引の中で決まっていく。

経常的な資金移動が収益や所得を形成する。費用や日常的な支出は、基本的に収益や所得の範囲内で行われる。
この前提が崩れると正常な資金の流れを保てなくなる。

住宅のローンは、可処分所得の範囲内で返済されるべきものである。借金の返済が可処分所得を越えてしまったら、借金は累積する。いくら家に価値があると言っても失業してローンが支払えなくなれば、お終いである。可処分所得で返せる以上の金を高利で借りるからサラ金地獄に陥るのである。
反対に、バブルの頃は、収入もないのに、金持ちになれる者が多くいた。それがバブルが崩壊したら反動で多くの不良債権を生んだのである。
それでも、借金ができるのは、経済の実態が金ではなくて人と物にあるからである。高利貸は、貸した金が返せなくなれば、身ぐるみ杯で、更に働かせて借金を取り立てればいい。それは、資産や労働力が生産手段だからである。つまりは、金を生み出すのである。

物価を形成するのは、日常的な売買取引である。日常的な売買取引が成り立つような社会の仕組みを保つ事が大切なのである。
日常的な売買取引以上に貸借取引が盛んになると資金は回らなくなる。貸借取引は、あくまでも資金の過不足を補うための取引なのである。経済実体は、「お金」ではなく。人と物が作り出すの生活にあるのである。


総所得は、人口と平均所得の積である。



又、総所得は、生産年齢人口と平均所得の積として表す事ができる。
総生産は、生産量と価格の積として現される。
総生産と総所得は等しい。

鍵を握るのは、人口の分散と所得の平均。生産量と価格の推移、つまり、物価である。

総消費は、消費者、即ち、消費人口と単位消費量の積となる。
ここで注意しなければならないのは、生産年齢人口と消費人口(総人口)は、同じではないという事である。

現在の人口問題は、少子高齢化問題で、少子化と高齢化の二つの問題が合わさっているという点である。
少子化は、人口減少を意味し、高齢化は、生産年齢人口の総人口に対する比率の低下を意味する。

人口の減少問題を考えると単純に人口が減少している事が経済を衰退させていると考えるのは、短絡的である。
人口が減少しても一人当たりの所得、生産性が上がっている場合は、問題ない。ただでさえ、人口は多いのである。
かつては、人口爆発が懸念され、それ故に、中国では一人っ子政策が採られた。その過去の経緯を忘れて今度は、経済成長の鈍化は、人口減少だと騒ぐ。

重要なのは、経済規模とそれに見合った人口、そして、人口構成、一人当たりの所得、並びに生産性である。多いか少ないかは、全体となる条件によって違ってくるのであり、一概に決めつける事はできない。
ただ、現在、日本は、少子高齢化に向かっている。この現実を受け止めてどの様な国にするのかの構想をもって長期的政策を立てるべきなのである。

その際、鍵となるのが海外と日本との関係である。国際分業が進み一国では経済が成り立たない事を前提とするのならば、真の豊かさを定義してその定義に合致した国づくりをすべきなのである。我が国を国際社会にどう位置づけるか国家戦略が問われるのである。

経済の本来の役割は、人口に対して必要な生産量を維持することである。その為に、偏りのない所得の配分を実現する事なのである。
経済学者の多くはこの目的を忘れている。

人口が増えている局面と人口が減っている局面では、経済の根本が変わってくる。
単純に人口が増加している局面では、経済が成長し、人口が減っている局面では、経済は停滞すると決めつけるのは間違いである。問題は、どの様な施策をとるかである。
量と質両面から市場をとらえる必要がある。市場は、成長だけに支えられているわけではない。

所得の水準と消費の質、生産の量、それらの均衡をいかにとるかが、重要なのである。

所得は、生産と支出とを仲介している



経済の根本は、所得と生産と支出を均衡させることである。

物の消費で重要なのは、質であり、支出で重要なのは量である。ここに量と質との転換がある。この転換が適正になされないと、生産に投入された労力と労力の対価としての所得との関係が不均衡になる。
消費と支出との関係は、消費の質と支出の量の問題でもある。生産と所得、消費と支出、在庫と貯蓄この関係が市場の根底にはある。

「お金」は、消費されない物である。「お金」は、「お金」以外に使い道のないものだという事である。
基本的に物の経済は、生産と消費と在庫と言う関係で成り立っている。それに対して、「お金」の経済は、所得と支出と貯蓄で成り立っている。
どこが違うかと言うと第一に、在庫と貯蓄である。在庫には物理的性格があり、時間とともに劣化するという点である。
生鮮食品は、腐敗するし、流行りのある服は、陳腐化して価値が劣化する。それに対して、「お金」の名目的価値は劣化しない。時間の変化に対しては、時間価値として金利を生み出す。だから、貯蓄は、資本となりうるのである。
また、「お金」は、「お金」以外に使い道がないという事である。「お金」として使われた後、余った「お金」は、「お金」として累積される。それが借金、負債の原資になる。つまり、余った部分が負債と資本を形成するのである。
最後に、「お金」は、一方的に流れのでは効用を発揮しない。「お金」は、循環する事で効用を発揮する。物は、消費される事で使い尽くされる。それに対して「お金」は、支出される事で消滅する事なく、価値をそのまま保持して他の経済主体に流れていく。つまり、「お金」は、「お金」として使われるだけで、消費されない。「お金」の価値は失われないのである。だから、消費ではなく支出である

劣化しないのは、「お金」だけではない。石油だって土地だって劣化しない。「お金」は、劣化しないだけでなく、「お金」以外に使い道がないのだ。金本位時代は別である。金には、「お金」以外の使い道があった。つまり、「お金」に物としての使い道があったのである。いまは、「お金」は、「お金」、物としての属性をかなぐり捨てた。物としての属性をかなぐり捨てる事で「お金」の本質が顕になった。「お金」には、「お金」としての使い道しかないのである。「お金」は物ではないのである。

経常的現金収支は、日常的な活動を支える資金である。景気が悪化すると一番最初に直撃する部分でもある。また、石油価格の高騰、為替の変動などにも影響を受けやすい部分である。
経常資金を長期的資金から流用したりすると資金繰りが苦しくなる。建設国債で賄うべきところを赤字国債で賄うようになるような事である。

又、日常的な活動の為の基礎的資金であるから高い流動性が求められる。故に、流動資産を基本とした資金でなければならない。

経常的な資金の流れは、石油価格の高騰、物価の変動、為替の変動と言った市場の動向の影響を受けやすい。
日用品の変化は、所得と支出との関係を狂わせるからである。企業でいえば、費用対効果が根本から覆されてしまう事がある。
ある意味で生計は、石油価格の高騰、物価の変動、為替の変動といった経済の状況変化を映す鏡である。
同時に、何がどの様、何処に作用しているかも明らかにしている。

何らかの要因によって引き起こされた変化がどこに現れるかが問題なのである。石油価格の高騰や為替の変動が何処に影響を表すかを検証する事が重要なのである。闇雲に原因を断定し、最初に結果ありきの姿勢をとる事は重大な判断ミスを犯す原因となる。

歴史的に見て戦後の日本経済に重大な影響を与えたのは、石油価格の高騰と為替の急激な変動である。
石油価格の高騰と価格の急激な変動が資金の動きにどの様な変化をもたらしたのかを明らかにしないと現実に生起した現象の真の原因を明らかにする事は不可能である。



お金を回すことが肝心。



企業は、「お金」が回っていれば持続する事が出来る。言い換えると企業経営は、「お金」が回らなくなったら成り立たなくなる。

第一に忘れてはならないのは、貨幣経済の仕組みは、お金を回すことにあるという点である。
お金を回すことを前提としてお金の働きを如何に測定するかという過程で、利益という概念が確立された。
金儲けを主としているわけではない。金儲けばかりを追求したら、お金は回らなくなってしまうのである。

放っておけば「お金」は、回るというものではない。「お金」は、循環させる仕組みがなければ回らなくなる。貨幣の仕組みは、自然になったものではなく、人工的に作られた仕組みである。この点を忘れてはならない。市場は、人が作った仕組みであり、人が責任を持つものであって神に責任を押し付けられることではない。

お金は、市場取引によって流れる。市場にお金を流しているのは、売買取引である。「お金」は、流れれば過不足が生じる。余剰資金があるところから「お金」を預かって資金が不足する処にお金を貸して資金過不足融通するのが金融の役割である。ただ、一方的に「お金」が流れれば、社会の債務は過剰になる。そこで所得の再配分をして資金の過不足を是正するのが財政の働きである。しかし、「お金」の流れは、常に、偏りやすい。

個別の経済主体にしてみれば利益を上げる事が目的のように見えるかもしれないが、全体から見たら、利益を上げれば良いと言う事にはならない。この観点から離れたら期間損益の役割は見失われてしまう。ただ儲ければいい、損を出したら駄目だというのは短絡的なのである。その主体が置かれている状況や位置によって利益や損失の意味が変わってくるからである。
財政の慢性的な赤字、構造的な赤字は、経済の体制を歪めてしまう。しかし、これは構造的な問題なのである。構造を本来の目的によって根本的に変えないかぎり解決すめ事は出来ない。小手先の施策では、抜本的な解決には結びつかないのである。
本質は、資金の移転なのである。如何に、働きに応じて資金を移転するか、その仕組みにある。
個々の局面を見ると売上を上げ極限まで費用を削減して儲ければ良い事になる。しかし、全体から見るとある主体の売上は、他の主体の費用なのである。この関係を前提として成り立っているのが資本主義経済の本質である。この点を錯覚すると限りなく利益を上げる事は、全体の所得の喪失に結びついていくのである。

一つの主体が全てを独占することは神が許さない。だから、現金収支は、ゼロ和なのである。

資金は、循環しなければならない。
最終的に資金を循環させているのは人である。なぜなら、人は、生産者と消費者を兼ねているからである。つまり、人は、生産と言う入り口と消費と言う出口を担っているからである。そして、労働と言う生産手段を所得に変換し、消費に支出を変換する事で資金の循環を担っている。また、人は、売り手でもあり、買手でもある。人は、労働力や所有物を売って生産財を買う。つまり、売り手でもあり、買手でもある。この関係が「お金」を循環させる。
生産は、労働力と資本を投入する事で成立する。人は、労働力と言う生産手段を提供する事で所得をえる。所得によって手に入れた「お金」を支出する事で財を消費する。生産と消費を人と言う同一主体が担う事で、「お金」は、循環する。「お金」が効率よく循環する為には、生産と所得、所得と支出が均衡しているかどうかにかかっている。
ただ、問題なのは、生産者と消費者は同一ではなく、所得と支出も同一ではないという点である。
生産年齢人口と消費者、即ち、全人口は一致していない。つまり、限られた人口に所得を分配し、全人口の支出に応えるという図式になるのである。生産年齢人口が偏っている分、所得にも偏りが生じる。それが支出や消費の変更や格差の原因となる。
また、生産された物がすべて消費されるわけではなく、所得の全てが支出されるわけではない。生産されたもので消費されなかったものは、余りとなる。所得の中で支出されなかった部分は、貯金となる。
また、物を消費した後の余りとお金を支出した後の残高とは、同じ性格のものではないという事である。物を消費した後の余りは、一般に不要なものであるが、お金を使った後の残金は、有用な物である。これが重要なのである。
物は、生産から消費へと直線的に流れるのに対して、「お金」は、所得と支出によって循環している。
つまり、物の流れは直線運動であるのに対して、「お金」の流れは回転運動である。
物の流れと「お金」の流れの違いによって市場の仕組みに一定の負荷がかかる事になる。
貯蓄された資金は、投資され資本や負債となってストックを形成する。

物は、使い道がなかったり、残ればゴミである。「お金」は、残れば宝になる。この違いが資本主義や貨幣経済の根本にある。残った「お金」が、資本や、資産、負債に転じるからである。残ったお金も劣化させればいいという思想がある。しかし、それでは、「お金」は、市場を循環しなくなる。「お金」は、資金の過不足を補うように市場を駆け巡るからである。貸し借りが成立しないと資金を市場に循環させる事が出来なくなる。


期間損益は利益によって成立した。



期間損益主義は利益という概念、指標が確立されることによって成立した。利益という言葉は、今日、日常的に使われるようになった。我々極当たり前のように利益という言葉を口にする。しかし、利益という概念は、比較的新しい概念であり、我が国に導入されたのは、明治維新後である。
そして、利益という概念の土台となっているのが収益である。収益は、売上とほぼ同じ意味で使われている。つまり、利益の根底には、売上がある。売上とは、売るという取引を前提としている。つまり、何かを売る事で利益は、計上されるのである。
利益という概念が確立される以前は、現金出納が経済行為の根本概念を形成していた。
現金出納の基礎は今日で言う単式簿記、言い換えると大福帳である。自分達の子供の頃には、八百屋とか、魚屋に篭が吊られていてそこに売上金を入れ、時々、親父が吊られた篭から売上金の一部をくすねていたものである。
現金出納というのは、その日の売上から仕入れの代金と生活費を引いた残金を儲けとしていた。少し高度になるとそれに掛け売りが加わるのである。この様な経済の仕組みでは、手持ちの現金残高の範囲内の事業しか出来ない。故に、この時代の資本とは、手持ちの現金を指していた。そして、現金主義を基本とした時代で、お金が貯まると倉を作ってお金をそこに仕舞い込んでいたのである。時代劇に現れる盗賊は、その金を狙って商家に押し入ったのである。
利益は、費用対効果を測定する指標である。つまり、利益は、収益構造とその核となる費用との関係によって成り立っている。費用は、所得や支出を確定する為の指標である。つまり、収益を構成する為に不可欠な要件を定義するのが費用である。費用として認められた事が支出として認められる。費用として認められない事は会計上、計上する事が赦されないのである。その為の指針が期間利益である。故に、費用は、価格の基となる。
注意しなければならないのは、費用は、所得や支出の根源となる概念だと言う事である。

利益には、資金的裏付けがあるとは限らない。借金の返済が終わらないのに、償却が終われば利益は上がる。利益が上がれば税金がかかるのである。利益と借金、費用との関係を正しく知らないと利益が上がっているのに、負債が増えていると言った事態にもなるのである。

期間利益は、単位期間に費用を配分する事によって成り立っている。その為に、減価償却という概念が導入されたのである。この事によって長期的資金の働きと短期的資金の働きの整合性がとる事が可能となり、巨額な資金を必要とする大事業を実現する事が可能となったのである。それが資本であり、負債の概念の基礎となっている。

即ち、資本は、利益の概念に結びつく事によって成立した。



長期的資金の流れは損益上表に現れない。



長期負債は表に現れない資金の流れである。長期負債の働きは表に現れない。借入金を返済しても費用に計上されるわけではないし、又、返済された側も収益や利益が上がるわけではない。
しかし、長期資金の占める割合か高くなると潜在的な負荷があがる。その為に、資金の流れが悪くなるのである。
長期借入金の多寡は、金利負担の多寡になる。
長期負債は、位置エネルギーの問題なのである。長期負債は、フローには直接表れないが、金利や資金の返済という形で、場合によっては、経済主体の存続を及ぼすほどの水面下で大きな働きをしている。長期借入金は、経済主体の生命線を握っているとすら言える。資金が枯渇したら、経済主体は存続する事が出来ないのである。だから黒字倒産のようなことが起こる。

なぜ、長期資金がフローに関わらないのかというと、長期資金は、金利の部分を除くと付加価値に影響を及ぼさないからである。
損益は、付加価値の創造にある。逆に言うと付加価値が創造できなくなった時、貨幣経済、市場経済は破綻するのである。
しかし、この様な長期資金と短期資金の働きは、現金の流れだけでは掌握できない。だから期間損益が必要とされたのである。

期間損益が確立された事で短期的資金の働きと長期的資金の働きの整合性がとる事が可能となったのである。
長期的資金と短期的資金の働きの整合性がとられるようになって、ダムとか、鉄道と言った多額の資金を必要とする大事業の実現が可能となったのである。それは、期間損益によって長期的な資金計画が立てられるようになったからである。つまり、期間損益が確立された事によって現金の活用の幅が広がったのである。

ただ、期間損益主義の働きや意義、現金主義の働きや意義が正しく理解されておらず。また、位置づけらもされていない為に、期間損益主義と現金主義との整合性がとられていないのが実情である。

その為に、市場経済は、会計的視点によって現在の経済を歪められている。
会計は、経済の働きを知る上では欠かすことの出来ない処方であるが、それが経済の実体を表していると考えると大きな間違いを犯す。会計的手段によって把握できるのは、経済の一側面である。経済の全てを網羅しているわけではない。
期間損益上の弱点を補う為に、今日、現金主義が見直されている。
資金の流れを見ると経済の実体が違う視点から明らかになってくる。
無論、現金収支だけでは、資金の働きの全貌を理解することは出来ない。

長期的な資金の流れは、生産手段に対する投資と資本に関係づけられた。それが資産と負債、資本を構成するのである。資産は、生産手段の実体として位置づけられ、資本と負債は、資金源として位置づけられる。資本と負債は、外部資本との貸借関係によって成り立っている。

この様に資金の働きを短期的な部分と長期的な部分に区分する事で費用対効果を計る事が可能となった。しかし、その事によって実際の資金の流れと働きが見えなくなった。それを補う目的、近年、キャッシュフローの概念が確立されたのである。

全産業 運転資本(運転資金)の増減と短期借入金の増減

法人企業統計


運転資金は、プラザ合意後バブル崩壊まで与信超の状態であり。それが、バブル崩壊直前の90年から急速に萎んで97年以降は、受信超が派生している。2000年には、一旦均衡状態になるが、2005年まで、受信超な状態が続くいて、それが2005年以降再び与信超な状態になったがリーマンショック時には、大きく受信超状態になる。この様に見ると運転資金は、市場の状態を反映していることがわかる。

与信超な状態というのは、資金重要が旺盛な状態、即ち、資金が不足している状態で、受信超とは資金の余剰がある場合をいう。



受信超=企業間信用差額(与信超)=(受取手形の増減額+売掛金の増減額+受取手形割引残高の増減額)-(支払手形の増減額+買掛金の増減額)の値が負の場合。


財政と家計は現金主義、企業会計は損益主義




注意しなければならないのは、財政と会計は基本的に現金主義に則り、民間企業は期間損益を基としているという違いである。
国民経済計算書は、期間損益主義を下地にしている。

企業会計では、第一に、営業に関わる収入、および支出の収支。第二に、営業に関わる部分から生じる債権および債務。第三に、投資や財務活動以外の取引に関わる現金収支、例えば、不渡り等からなる。

営業キャッシュフローを経済全体に置き換えると所得と支出を意味する。つまり、生活に必要な経常収支を構成しているのが営業キャッシュフローである。その不足を蓄えから補える内は、経済は破綻しないが、借金で賄うようになると生活が成り立たなくなる事になる。

一国の経済も然りで、営業キャシュフローが不足し出すと投資に回す資金が回らなくなり、また、資本を食いつぶしていく事になる。

経常収支の計算方法には、直接的な計算方法と間接的な計算方法がある。直接的な計算方法は、支出を積み上げ、収入から差し引く事で計算する。間接的計算方法は、期間損益と現金収支との違いを調節する事によって補正計算する。間接的な手法は、利益と現金収支との関係を表している。

直接的な経常的現金収支を構成する要素は、営業収入から原材料の支出、人件費、その他支出を差し引いた値である。つまり、付加価値を意味する。

間接的な経常的現金収支を構成するのは、第一に利益である。第二に、償却費である。第三に、運転資本である。第四に、負の要素として納税額である。第五に、金利収支。第六に、繰り延べ勘定である。
利益は、税引き前利益を原則としている。ただ、特別損益の中に固定資産の売買損益が入り、固定資産の売買には、投資キャッシュフローに属する者が含まれるため、経常利益を使う場合がある。

経常的現金収支は、運転資本の部分と償却の部分からなる。
運転資本というのは短期の資金の過不足の調節項目である。償却の部分は、費用を平準化する為の按分を言う。

設備投資に相当する部分が建設国債ならば、運転資本に相当する部分が特例国債である。

運転資本を損益に振り戻すと営業活動による現金収支が割り出される。
運転資本を構成するのは、売上債権と仕入れ債務の差、そして、棚卸資産の増減である。運転資本は基本的短期借入金によってい対応されている。
運転資本を損益に加える事は、収益を収入に、仕入れを仕入れ支出に還元することになる。売上を営業収入に仕入れを仕入れ支出に戻す操作である。

運転資本を理解する為には、経常的現金収支とは何かを明らかにする必要がある。
現金収支は、営業収入から仕入れ支出を差し引く事で求められる。まず営業収入を計算する為には、売上の中から現金収入の裏付けのない部分を差し引く必要がある。つまり売上があるのに、現金を受け取っていない部分である。それは売上債権の部分である。在庫は、仕入れた商品の中で売上が立っていない部分である。故に、売上原価から差し引く。次に、現金支出のない仕入れ支出であるが、それは買入債務の部分である。さらに、支出のない費用が減価償却費である。

運転資本の増減が意味するのは、第一に、経済状態である。第二に、在庫の状態である。
経済の伸び、或いは収縮によって資金需要に差が生じる。その差が原因で運転資本の増減が生じるのである。
つまり、運転資本の状態を見ると市場の状況が予測できるのである。

経常的収支の根本は、運転資本である。
運転資本の質は、健全な売買取引と生産によって裏付けられているからである。
適正な在庫と健全な取引関係が運転資本の質を保証している。
運転資本の質が劣化すれば、途端に資金繰りが難しくなり、債務体質が悪化するからである。

例えば、総合原価方式では、在庫量を調節する事で合法的に利益を操作することが可能である。
それが又大量生産を促し、過当競争を誘うのである。総合原価方式が悪いというのではない。総合原価方式の本質をよく理解した上で適正な運用をすべきなのである。



運転資金は、運転資金の増減をみた時にも明らかになったが、改めて残高の推移をみると85年~90年にかけて急速に増加し、それが、90年に株価が、91年に地価が天井に着いてそれから94年にかけて少し揉みあってから2004年にかけて減少し、2004年に底をつくと2006年にかけて上昇しそしてリーマンショックを挟んだ2006年から2009年にかけて下落した後反騰している。












       

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