経済の現状

日本経済の現状について

経常、投資、資金繰り


実際に経済を動かしているのは、「お金」の流れである。


市場を動かしているのは「お金」の循環である。

「お金」の循環は、水の循環によく似ている。
雨が大地に振って川となり流れ、やがて大海へと流れ込む。大海に流れ込んだ水は、また、雲となって湧きあがり、大地に雨を降らす。この循環が大地を潤し、多くの植物を育む。
ただ、大地は一様ではない。砂漠もあれば密林もある。氷の大地もある。それは、雨が降る量も時期も一様ではないからである。
資金の循環も同様に一様ではない。一様でないから雨の降らない不毛の大地もあれば、水資源に恵まれた豊かな大地もある。
水は時には、洪水や津波となって何もかも押し流していく。
水利は人類長年の知恵の結晶である。「お金」の流れも水の流れのように制御する事が難しい。
「お金」は、放置すれば均等一様に循環する物ではない。

世界の環境が一律一様でないように、世界の市場も一律一様ではない。密林のような市場もあれば、砂漠のような市場もある。それぞれの環境に適した対策を立てないと資金は、循環しなくなるのである。

経済とは生きるための活動である。経済の仕組みの目的は、人々が生きていくために必要な物資を必要とする人に必要な時、必要なだけ供給、即ち分配する事である。その全段階として生産がある。つまり、経済は、生産から消費に至る過程だと言っていい。
そして、現代の貨幣経済を構成する主要要素は、人、物、金である。生きる為に資源を必要としているのは全ての人である。物とは、人が生きる為に必要とする財である。そして、人と財と間を仲介しているのが「お金」である。

経済の仕組みを動かしているのは、「お金」の流れである。「お金」の流れは、資金の過不足によって作られる。

「お金」は、いわばエネルギーである。一般にエネルギーは目に見えない。電気製品でも我々が普段目にしているのは、電気そのものではなく、電気によって動かされている機構、仕組み、装置である。経済の仕組みも経済を動かしている「お金」の動きや働きを直接目にする事はできない。我々が目にする事が出来るのは、経済を動かしている機構、装置であり、「お金」が流れ働いた痕跡である。
我々は、仕組みや痕跡から「お金」の働きを測り、その効果を認識するのである。

経済の仕組みは、「お金」を循環させる事で成り立っている。「お金」の流れは、逆方向の財の流れを促す。つまり、「お金」の循環の背後には、逆方向の財の流れがある。この財の流れによって人々に生きていくために必要な資源が分配されるのである。
お金が回ることで、人々に生きていくために必要な資源は行渡るのである。満遍なく、資源が行渡るためには、予め人々に「お金」が分配されている必要がある。「お金」は、所得として人々に分配される。人々が所得を得るのは、生産手段による。生産手段には、労働と所有によるものがある。所有とは、権利を生み出す。所有には、無形な権利も含まれる。
所得は、支出を準備する。支出は、分配を実現する。即ち、財と「お金」の交換によって分配は、完了されるのである。
財と「お金」を交換する行為を通じて企業も、家計も、財政も、収入を受け、支出をする。この「お金」の出入りが経済の仕組みを動かしているのである。また、「お金」の流れは生産を促進する働きがある。
収益の中から人々の所得が分配される。「お金」は、市場から資源を調達する手段、権利を表しているのである。
お金は絶え間なく循環いする事で、格差の拡大を防いでいる。
「お金」が循環しなくなると、経済の仕組みは維持できなくなる。
経済を実際に動かしている部品は、経済主体である。経済主体には、政府主体、民間主体、海外主体がある。
民間主体には、民間企業と家計とがある。民間企業は、生産を担い、家計は消費を担う。
「お金」の流れが経済主体のどの部分にどの様な作用を与えるかを見極めないと経済の実相を掴む事は出来ない。

経済を動かしているのはお金の流れであるから、資金の流れの全体像を最初に掴んでおく必要がある。
市場における「お金」の流れは、売り買いと貸し借りによって作られる。売り買いは、分配を実現し、貸し借りは、資金の過不足を補う。
貨幣価値は、交換価値を数値として表した表象である。

経済の仕組みを動かしているのは、「お金」である。しかし、「お金」の流れを見ただけでは経済の仕組みはわからない。それは、電気の流れを見ただけでは、どの様な仕組みで電気が活用されているのか、働きや機構、全体の仕組みが見えてこないのと同じである。
「お金」の働きを単位期間の損益に表す事で、明らかにしようとするのが複式簿記であり、会計である。ただ、会計だけでは、資金の流れが見えてこない。そこで考えられたのがキャッシュフローである。キャッシュフローは現金収支の側から経済の仕組みや働きを解明しようとする手段である。

キャッシュフローは、現金収支から「お金」の働きを評価する手段であるが、キャッシュフローによっても見えてこない「お金」の働きがある。そして表に現れてこない資金の流れや働きにこそ経済問題を解く鍵が隠されているのである。

資金が市場に循環する事で市場は動いている。故に、市場に資金を循環させなければならない。
市場資金を循環させている主体は何か。市場に資金を循環させているのは、人である。
最終的に資金を循環させているのは人である。
なぜなら、人は、生産者と消費者を兼ねているからである。つまり、人は、生産と言う入り口と消費と言う出口を担っているからである。
労働と言う生産手段を所得に変換し、消費に支出を変換する事で資金の循環を担っている。
生産は、労働力と資本を投入する事で成立する。人は、労働力と言う生産手段を提供する事で所得をえる。所得によって手に入れた「お金」を支出する事で財を消費する。生産と消費を人と言う同一主体が担う事で、「お金」は、循環する。「お金」が効率よく循環する為には、生産と所得、所得と支出が均衡しているかどうかにかかっている。
ただ、問題なのは、生産者と消費者は同一ではなく、所得と支出も同一ではないという点である。
生産年齢人口と消費者、即ち、全人口は一致していない。つまり、限られた人工で所得を分配し、全人口の支出に応えるという図式になるのである。生産年齢人口が偏っている分、所得にも偏りが生じる。それが支出や消費の変更や格差の原因となる。
また、生産された物がすべて消費されるわけではなく、所得の全てが支出されるわけではない。生産されたもので消費されなかったものは、余りとなる。所得の中で支出されなかった部分は、貯金となる。
また、物を消費した後の余りとお金を支出した後の残高とは、同じ性格のものではないという事である。物を消費した後の余りは、一般に不要なものであるが、お金を使った後の残金は、有用な物である。これが重要なのである。
物は、生産から消費へと直線的に流れるのに対して、「お金」は、所得と支出によって循環している。
つまり、物の流れは直線運動であるのに対して、「お金」の流れは回転運動である。
物の流れと「お金」の流れの違いによって市場の仕組みに一定の負荷がかかる事になる。
貯蓄された資金は、投資され資本や負債となってストックを形成する。


「お金」の流れを作っているのは資金の過不足である


市場経済を動かしているのは、「お金」の流れである。
「お金」の流れを作っているのは、資金の過不足である。

最初は、経済主体は、無所有である事が前提となる。経済主体は、全てを外部から調達する事が前提である。
初期設定はゼロである。そして、初期設定がゼロである事を前提とするから、会計上全ての経済主体の資産と負債の総和はゼロになり、収支もゼロとなるのである。これが第一の前提である。

最初ゼロ設定、即ち、無所有であるから、どこからか資金を調達してこなければならない。この場合、投資によって「お金」を調達してくる場合と、「お金」を借りてくることになる。つまり、経済主体は、最初は資金不足である状態な事が前提なのである。
そこでまずなぜ資金不足になるのかを明らかにする必要がある。

資金不足が生じるのは、手持ちの「お金」に対して支出が上回るからである。逆に、手持ち資金を支出が下回れば資金は余剰になる。
手持ち資金の資金源は、預金と所得による。資金が不足した場合は、誰からか貰うか、借りるしかない。そして、余った資金は、誰かに預けるか、貸すことになる。これが、自由主義経済の原則なのである。

いくら財産を持っていても会計に計上されていない物は経済的価値が認められていない。つまり、無価値である。価値は、会計記録に計上されている事が前提となる。

法人は、無所有が原則なのである。つまり、法人は、一時的所有を前提として恒久的所有を前提としていない。例え、継続的所有であっても最終的には、清算する事が前提つされている。法人そのものは空の状態から始まり、からの状態に返す事が原則となる。法人は仕組み、装置であって法人と言っても人的存在ではない。

キャッシュフローには、短期的な資金の流れと長期的な資金の流れがある。
この様な資金の流れを作り出しているのは、資金の過不足である。

日々の営業上における資金の過不足を記録したものが営業キャッシュフローで短期的な現金の出納を表している。
その他に投資に係る資金の過不足がある。短期的資金と長期的資金の過不足を補う働きをするのが金融の働きである。
そこでキャッシュフローは、営業キャッシュフローと投資キャッシュフローと財務キャシュフローに区分される。

一般に日々の営業に係る資金の出納は、複式簿記に記録される。
なぜ、このような記録が必要なのかというと一般に営業活動は、売上を前提とした活動だが、必ずしも売上による収入の後で当該取引に係る支出が発生するとは限らないからである。収入がある前に支出が発生する場合がある。その場合は、一時的な資金不足になるから、それを補うためには、どこからかお金を借りてこなければならない。そう言った時にお金を借りるための口実が必要となる。短期的な資金調達をするための資料として日々の営業記録をとる必要がある。そして、日々の取引が帳尻があっているかどうかを明らかにする指標が利益なのである。その為に、収益と費用は実現主義、発生主義が採用されている。

投資は、一時的にまとまった資金の流出、支出がある事を前提としている。それは生産手段に対する支出として計上される。

ここで重要となるのは、短期的資金と長期的資金との関りである。営業キャッシュフローでは、支出の伴わない費用として減価償却費が利益に加算される。この点が重要なのである。あたかも収入が降って湧いたように思っている人がいる。専門家の中にも減価償却費は支出を伴わない費用だから、社内金融だと教えている人もいる。しかし、これはとんでもない誤解である。
支出を伴わない費用はないし、費用と結びつかない支出もない。そんなものを許したら、最終的に帳尻が合わなくなる。
ただ、直接的に費用と支出と結びついていないか認識上の問題である。問題は、そのズレと認識に違いがどこから来ていてどの様に処理されているかである。
投資キャッシュフロー上には現れてこないが財務キャッシュフローの長期借入金の減額がある。この減価償却のやり取りと長期借入金の減額に基づく資金不足をどの様に調節したかが経済を見る上では重要となる。そして、損益上にどのような影響を及ぼしているかである。
同じような問題として支払利息がある。
キャシュフローを見る場合どの部分がどの部分に影響を与えるかを明らかにしておく必要がある。
資金計画がどのように反映されているかである。この事は、経済全体の動向や産業の実体を見る時、鍵となる。

キャッシュフローを個々の枠組みにとらわれず働きに応じて追跡する事は、経済の実体を理解するうえで不可欠な事である。


お金の働きをどのように測定するのか


自由主義経済は、貨幣経済でもある。即ち、貨幣の働きを正確に測定する必要がある。
つまり、自由主義経済を制御するためには、貨幣がどの程度の仕事をしているか、それを量的に掌握する必要があるのである。

「お金」の働きは、現金収支、および、複式簿記に基づく会計によって測られる。
経済の仕組みは、資金の流れによって動かされる。資金の流れは、資金の過不足によって作られる。ゆえに、「お金」は、資金の流れと資金の過不足の状態を測定する事によって測られる。

その手段の一つが期間損益である。しかし、期間損益だけでは、限界がある。それは、期間損益は、「お金」、貨幣の働きを表現する事は出来ても、現金の実際の出納を正確に表現しているわけではないからである。
その好例が減価償却費や繰延勘定である。減価償却費は、単位期間における資産の減価を仮想して計算した費用であって、実際の支出と結びついているわけではなく、売掛金や受取手形は、売上を認識している、約束だけで実際に収入があるわけではない。
つまり、期間損益には、現金収支と直接結びついていない取引が含まれている。期間損益は、認識上の出来事を基本としている。
しかし、実際に経済を動かしているのは、「お金」の出入りである。
故に、期間損益上の欠点を補うために、キャッシュフローが計算されるようになったのである。
期間損益とキャッシュフローとは相互補完的関係にある。

経済の基本は、人と物なのである。
人が生きる為に必要な資源、例えば一人の人間が生きる為に必要とする食料の量は、それ程変わらない。食料の価格は、人間が必要とする量、即ち、需要と市場に供給された量との関係から定められる。実際は、市場取引、売買を通じて定められるのである。

市場取引は、一つの経済主体だけで成り立っているのではなく。相対する経済主体が一対になって成り立っている。
現金収支は、収入側と支出側の主体が一対になっとて成立する。そして、収支の総和はゼロになる。
収入は、対極に同量の支出を伴う。
ただ、現金の収支だけでは、取引の内訳が明らかにできない。
取引の内訳に応じて内部取引と外部取引を区分し、内部取引と外部取引が均衡するように仕分けるのが複式簿記の仕組みである。

本源的経済的価値の量は一定である。本源的経済的価値は、人と物の関係によって形成される。貨幣的価値は、本源的経済価値を貨幣化する事によとって成り立っている。

数は、何らかの対象と対になる事で成り立っている。数そのものは、名目的であって実体を持っていない。
名目的価値である貨幣価値が本源的経済価値から乖離し、異常な働きをすると経済は乱れる。

「お金」は、相対的尺度である。物理的尺度と違って絶対的基準ではない。市場取引によって「お金」の尺度は絶え間なく揺れ動いている。
相対的尺度であり、交換価値である貨幣単位は、常に、物と物との対比によって定められている。物と物との対比を仲立ちしているのが、「お金」であって「お金」の実質的価値は、その都度、市場取引によって決められている。

その為に、キャッシュフローは、供給された「お金」の量と市場に流通している量を対比する事で測定される。個々の経済主体の側から見ると経済活動は、調達と運用によって成り立っている。そして、供給は調達に、流通は、運用に対応している。
故に、資金効率は、調達された資金がどのように運用されたかによって評価される。
資金調達の手段は、貸借的手段、資本的手段、収益的手段、法的手段(強制的手段)の四つの手段がある。この内、市場取引に基づくのは、貸借的手段、資本的手段、収益的手段である。資本的手段は広義で捉えると貸借的手段に含まれる。
調達は、貸借によってストックを構成し、収益によって調達された資金はフローの本となる。ストックは、基本的に支払準備を構成する。
資金の流通量の増減は、ストックを基とする。流通している「お金」の働きは、フローによって表現される。
故に、ストックとフローの両面からお金の働きを測定する必要が生じるのである。

ストックは、ある時点における貯蓄、貯蔵品の残高である。フローは、ストックを変化させるある一定期間の経済活動を言う。ストックには、人的要素、物的要素、資金的要素がある。
フローは、財と資金の流れによって構成される。フローの歪はストックに集積される。
そして、フローは、金利や負債の返済、地代、家賃、運転資金、人件費などの維持費用と言った付加価値や費用、時間価値などストックから派生する要素によって制約されている。

故に、ストックで重要となるのは、配分と比率であり、フローで重要になるのは、幅とストックとの関係である。それを現しているのが期間損益である。

注意しなければならないのは、フローとストックにも、人、物、金がある点である。人のストックは、人口や労働力を意味し、物のストックは、生産力や在庫、資源の埋蔵量を意味する。

買い手が財を購入すると手持ち資金は、減少し、売り手の資金は、増加する。経済主体は、常に買い手一方では、資金は枯渇してしまう。故に、経済主体は、売り手と買い手を兼ね、不足した資金を補充し続ける必要がある。この売り買いが資金の基本的な流れを構築する。市場で資金の基本的な流れを作るのは、売買意外に貸し借りがある。資金の調達は、収入を意味し、手段は売り、借りにより。運用は、支出を意味し、買い、貸しによる。
この動きが資金を動かす原動力となるのである。そして、キャッシュフローはこの過程で生じる。

経済的価値は、時間軸が重要な働きをしている。時間軸は、時間価値を生み出す。時間軸は、資金の過不足の変化と資金の流れと結びついて時間価値を形成する。資金の過不足と資金の流れは、ストックとフローを生み出す。
時間価値は、ストックとフローを結び付ける働きをしている。即ち、時間価値は付加価値を生み出し、付加価値は、フローとストックを結び付けていると言う関係が形成される。フローとストックとを切り離して考える人が多くいるが、フローとストックを切り離したら、資金の流れと過不足の関係は見えてこない。付加価値にこそ、「お金」の働きによって形成されるのである。
借入金は、金利に、固定資産は、減価償却費に、土地は、地代家賃に、投資は、利益に、費用は、物価の上昇率に、所得は税に転換され、フローを構成する。ストックの拡大は、時間価値を増大させる。フローの幅は、時間価値を制約する。必然的に比率が重要となる。比率には、ストックとフローとの比率、前年との対比、構成比等がある。そして、前年との増減は、資金の需給を表している。
そして、付加価値を構成する要素は、相互に働きかける。その基礎となるのは、フローの幅である。フローの幅は、ストックとの関係によって相対的に決まる。

「お金」すなわち、貨幣の仕事量は、供給された「お金」、貨幣の量によって測られるのではなく。貨幣が市場に流通した量、回転数によって測られる。
なぜならば、貨幣の効用は、市場取引によって発揮されるからである。市場取引は、財と「お金」、貨幣の交換を通じて実現する。つまり、取引によって「お金」、貨幣の流れが生じる。その流れの量と、速度によって貨幣の仕事量は測られるのである。量と速度は、供給された貨幣の量と回転数によって測定する事が可能である。速度は、時間と距離の関数であるから、一単位当たりの回転数によって貨幣の仕事量は測定される。



キャッシュフローとは何か


キャッシュフローとは、有り体に言えば「お金」の流れである。

現在の市場経済では、「お金」がなければ何も手に入らない。つまりは生きていけないのである。
「お金」は、使えばなくなる。「お金」がなければ生きていけない。だから、現代社会で生きていくためには、常に、「お金」を補充し続けなければならない。どの様にして「お金」を補充するか、つまりは。調達するか。まずは、働いて「お金」を稼ぐか、物を売って「お金」を稼ぐか、誰かから「お金」を借りる事である。貯金があれば、それを取り崩してもとりあえず「お金」を調達する事はできる。このようにして「お金」の流れが生じる。それがキャッシュフローである。「働く」か、「売る」か、「借りる」か、「取り崩す」か、それがキャッシュフローの入り口である。そして、対局に「使う」か、「貸すか」、「貯める」かがある。それが出口である。キャッシュフローの基本的な動きは、これだけである。

今、キャッシュフローが、流行っている。しかし、キャッシュフロー、キャッシュフローと今囃し立てる人の多くには、キャッシュフローに対して誤解がある。キャッシュフローは、「お金」の流れを表しているのに過ぎない。「お金」の働きは、期間損益計算の結果と照合する事によってはじめて理解できる。

ただ、キャッシュフローは、従前の現金主義とは違う。

特に違うのは、キャッシュフローで用いられるのは、整数である。整数であるからキャッシュフローは、負の値をとる事も許されている。
従前の現金主義は自然数による。期間損益主義で用いられるのも自然数である。
つまり、従来の現金主義や期間損益で用いられるのは自然数である。
従来の現金主義や期間損益で用いられているのは、負のない数である。
これまでの現金主義や期間損益主義では、負の値は存在しないのである。
キャッシュフローがなぜ整数価と言うと、キャッシュフローは、方向を示してもいるからである。
現金主義や期間損益主義が量を表しているのに対してキャッシュフローは、方向も含んでいる。つまり、キャッシュフローはベクトルである。
それは、キャッシュフローが資金の過不足に基づいているからでもある。

ただし注意しなければならないのは、あくまでも、キャッシュフローは、近代会計、近代期間損益主義を下地にして成り立っていることである。近代会計や期間損益の概念を習熟しておかなければ、キャッシュフローの意義を理解することは出来ない。期間損益の考え方を前提としないとキャッシュフローの意義も理解できない。

近代社会は、期間損益が形成される過程で成立した。しかし、期間損益だけでは、資金の働きを捕捉するのは難しい。その為に、お金が原因で制御不能な大きな経済的変動に度々襲われるようになってきた。期間損益だけでは制御できない経済的変動に対処するために改めて資金の流れを捕捉する必要が出てきたのである。

経済の仕組みを動かしているのは、「お金」の流れである。
経済の仕組みによって引き起こされる現象を理解する為には、「お金」の流れの働きを明らかにする必要がある。

期間損益の特徴は、試算表に現れる。
試算表が読めれば期間損益とキャッシュフローの違いも際立ってくる。言い換えると試算表から精算表へと変換する過程に現金主義と期間損益の秘密が隠されているともいえる。
つまり、期間損益、その延長線上にある資本主義の考え方は、決算仕訳の中に隠されている。

経済の仕組みを動かしているのは、資金の過不足であり、それは、ストックとして蓄積されている。そのストックを基礎としてフローは形成される。それがキャッシュフローである。
キャッシュフローは、消費に反映されて日常生活や企業の経常的活動を支えている。

貸借・資本取引は、損益上に表れてこない。投資資金の調達や借入金の返済資金の動きは、貸借対照表上の増減、即ち、差額でしかとらえる事が出来ない。また、基本的に利益や資本は、差額勘定なのである。
また、例え、増減によって総額は、把握できたとしてもむどの様な目的、投資なのか、繋ぎなのか、不良債権の清算なのかと言った調達目的やどの様な手段で、どこから資金が調達されたか詳細まで精査しないと掴めない。
基本的に費用勘定のような、借金の返済や投資を意味する勘定そのものがないのである。

財務は、資金調達が主たる働きであるが、もう一つ重要な働きとして繋ぎ資金の調達と借入金の返済がある。繋ぎ資金が調達できず借入金の返済が滞ったり、不渡り手形を出すと経営主体は、経営を継続できなくなり破産する。
つまり、財務こそ企業の存亡の鍵を握っているのである。

財務の役割、必要性は、会計制度の構造から生じた。
財務の流れは、先ず、初期投資の資金調達から始まる。そして、資金は、調達した瞬間から回収、返済が始まる。返済と返済のための原資を考えずに資金調達や投資は行うべきではない。これは、企業会計のみならず家計も財政も同じである。回収と返済と言う両輪がなければ、設備投資であろうと、住宅投資であろうと、在庫投資であろうと、公共投資であろうと投資は成り立たないのである。
資金の回収計画が営業の流れを生み、資金の返済が財務の流れを生む。それ故に、キャッシュフローは、投資キャッシュフローを要として営業キャッシュフローと財務キャッシュフローが生じるのである。


国民経済計算書とキャッシュフロー


国民経済計算書は、突き詰めると、経済全体の資金の流れと過不足を計測した結果を現した表である。
中でも、GDPは、民間企業における営業キャッシュフローを表した部分と言える。この一事をもって見ても営業キャッシュフローが経済の根幹である事がわかる。

GDPは、経済全体の中の付加価値を表していてる。資金の付加価値は、部門間の取引によって生じる資金の過不足によって形成される残高項目である。この事は、経済の本質の一局面を表している。

GDPが営業キャッシュフローを表しているのに対して、総資本形成は、投資キャッシュフローにあたる。また、金融勘定は、財政キャッシュフローを構成する。

原則的に企業会計におけるキャッシュフローと国民経済計算書におけるキャッシュフローの違いは、企業会計上のキャッシュフローは、一面的、一次元的なものであるのに対して、国民経済計算書のキャシュフローは、立体的で四次元的なものだという点である。

企業会計上のキャッシュフローが単体のキャッシュの受け払いを表しているのに対して、国民経済計算書のキャッシュフローは、部門間のキャッシュの遣り取りを立体的にとらえている事にある。
故に、国民経済計算書は、企業会計より包括的にキャッシュの流れを捉えていると言える。

企業のキャッシュフローは、現金の出納、つまり、入出金を基礎として資金の働きを測るのに対して、国民経済計算書は、部門間の現金の授受、増減等を通して資金の過不足の原因を明らかにしようとしている。

故に、部門間、要素間の資金の割り振り、遣り取りが要点となる。この事は、経済の仕組みが何によって動かされているかを明らかにしている。

国民経済計算は、経済循環を表している。国民経済計算書によると労働と資本を市場に投入し、財やサービスを生産し、それを市場を通じて分配する。経済活動は、資金を循環する事を繰り返す事で成り立っている。
経済循環を部門間、要素間の資金の流れとして、一覧的にとらえるのが国民経済計算書である。

個々の要素は各々部門と結びつく事で働きの性格がわかる。雇用者報酬は、家計部門だけに現れる。営業余剰・混合所得は、非金融法人、金融法人、家計の三つの部門に現れる。生産・輸入品に課せられる税は、一般政府にのみ現れる。
全ての部門に現れる働きと特定の部門に現れる働きは、その性格が違う。

資金の流れから経済の状態を見るためには、単に、一要素、一部門の流れだけを追っても明らかにできない。分数の要素、部門を立体的に分析する必要がある。
また、要素によっては、受け取り側と支払側、双方に現れる要素がある。その場合は、受け取り側と支払い側双方の働きを見る必要がある。

国民経済計算書2008SNAでは、第一次所得の配分勘定、所得の第二次配分勘定、現物所得の再配分勘定、所得の使用勘定の段階を経て配分される。
経済の仕組みの根本は、分配構造にある事がここからもわかる。
そして、経済の仕組みを動かしているのは資金の流れである。

故に、キャッシュフロー、資金の流れを見る事で経済の状態や問題点を明らかにできる。

要点は、どの部門のどの要素から発してどの部門のどの要素に受け入れられたかである。どこに、どれだけ入って、そこから、何が、どれだけ出て、余りがどこに、どれだけ蓄積されたかを見れば経済の実態がわかる。その過程でどのような働きをしたのか。また、どの部門のどの要素の比率が増えて、どの部門のどの要素の比率が減ったか。それが、資金の働きを表している。量と比率が重要となる。
基本的に経済は、分配の仕組みであり。経済は、生産、分配、消費、貯蓄の流れに沿って動いていると考えていい。そして、生産、分配、消費、貯蓄の段階ごとに、どの部門のどの要素に資金がどれくらい、どの比率配分されたかが鍵となるのである。
さらに、どれだけ生産され、生産された物のどれだけが消費され、どれだけが在庫に回されたか。
また、どれだけの所得が生まれてそのうちのどれだけが支出に回され、どれだけが貯蓄されたか。
これらによって資金効率が測られる。
問題は、一定の周期で資金が還流しているか、各部門を循環しているかが重要となるのである。資金が還流しなくなると資金は澱み、滞留し、偏りが生じる。その結果、経済の仕組みが正常に機能しなくなるのである。

それ故に、重要なのは、残高項目で、残高項目には、付加価値、営業余剰・混合所得、第一次所得バランス、企業所得、可処分所得、調整可処分所得、貯蓄、純貸出/純借入、正味資産、正味資産の変動がある。

GDPは、付加価値、営業キャッシュフローを表し、一つの局面(生産面)は、国内産出分、即ち、産出から原材料などの中間投入した部分を差し引いた値を意味し、もう一つの局面(分配面)は、雇用者報酬、営業余剰・混合所得、生産・輸入品に課せられる税から補助金を引いた値、固定資本減耗の和を表し、もう一つの局面(支出面)として最終消費費支出、総資本形成、そして、輸出の和から輸入を引いた値として表される。
この三つの局面は等しく、三面等価と言う。
同時に部門間の差は、資金の流れた結果として表される。

即ち、付加価値には、生産、分配、支出の三つの局面があり、個々の局面には固有の働きがある事がわかる。



  
国民経済計算書

分配は、付加価値を表しているが、付加価値の中で雇用者報酬は、一定な割合を示しているのに対して営業余剰、即ち、営業利益の割合が圧縮されその分、固定資産減耗、即ち、減価償却費の割合が増加しているのが読み取れる。
支出面からすると総固定資本形成が圧縮され、政府最終支出が増加している。


  
国民経済計算書

分配によって資金が配分され、支出によって財やサービスが配分される。余った物が貯蓄へ回される。

分配は、雇用者報酬として家計に、営業余剰・混合所得として家計、非金融法人、金融法人に、生産・輸入品に課せられる税として財政部門に現れる。なお、税には、生産・輸入品に課せられる税のほか、所得・富等に課せられる経常税と資本税が加えられる。
最終消費は、一般政府と家計部門に現れ、非金融法人、金融法人には現れない。非金融法人、金融法人は、中間消費として第一次所得の配分勘定に、営業余剰・混合所得として現れる。

資金の働きは、収支を見て見なければわからない。
例えば、輸入だけ見ていても、輸出だけ見ていても貿易の働きは理解できない。輸入と輸出の平衡を見ないと貿易の働きは明らかにできない。財政も、企業も、家計も、金融も同様である。


国民経済統計

相続税や贈与税は、資産の変動に現れる。


国民経済統計

最終消費支出は、制度部門としては、家計、一般政府に現れるが、企業法人や海外部門には現れない。
それは、企業法人は、消費主体ではないことを意味している。
最終消費とは、制度単位が財貨やサービスを使い尽くす事を意味している。

事業の流れ


一般に経営主体の業績は、期間損益によって測られる。しかし、一定期間に安定した収益があげられるまでには、一定の準備期間がある。
即ち、事業の流れは、資金調達に始まって、投資があり、その上で期間損益が成り立つ。事業が軌道にのり安定した収益を上げる事で投資した資金は回収されるのである。
期間損益には、準備期間がある。その間は、収益が上げられないのである。

まず全段階にあるのが、資金調達と投資機関である。
そして、この資金調達と投資が経営の枠組みを形成するのである。損益の形、固定費変動費の関係はこの時形作られる。

資金調達が財務キャッシュフローの基礎となり、投資が投資キャッシュフローの基礎を形成する。

財務キャッシュフローの基礎となるのは、金融の損益である。

経済を制御するためには、資金の流れる方向と速度、量、そして、対象が経済のどの部分にどの様な影響を与えるかを明らかにする必要がある。

経済を制御するためには、人が、操作できる部分が、どこでその部分を、どの様に操作したら、どのような効果が現れるかを知る必要がある。

市場は、ブラックボックスであり、市場の動きを正確に読むことは難しい。要は、インプットとアウトプットから市場の動きを読み解くのである。その場合、何がインプットであり、何がアウトプットなのかを予め見極めておく必要がある。その上でどのようなインプット、即ち、政策をとるべきか、そして、どの様な仕組みに変えていくかを判断していくのである。

まず、操作できるのは、公共投資のような投資である。次に、税、給付金、所得、そして、金利である。直接操作できない要因は、物価、売上、雇用、在庫、株価などである。
操作できる部分は、先行的に現れる指標として設定する事が可能である。

営業キャッシュフローは、基本的に売買取引における資金の流れを補足している。つまり、実体経済の流れである。財務キャッシュフローは、貸借取引と資本取引を補足している。投資キャッシュフローは、固定資産の増減から設備投資の流れを補足している。

これらの資金の流れを解析すれば経済の動きは、かなり正確に読み解く事が出来るはずである。経済は、極めて数学的で論理的なのである。その点でいえばわかりやすいはずであるが、わかりにくくしているのは、人間の思い込みと施策である。

市場経済を動かしているのは、部門間の資金の過不足による。故に、財政赤字は、部門間の資金の歪を見てみないと何とも言えない。
資金の流れを制御しようとし場合、基本的に家計部門と民間法人部門の短期的では、交互に資金不足部門と余剰部門とを入れ替わるように誘導する。
通常は、財政部門は、中立的、即ち、均衡した上に置かれるようにするが、資金を供給する時に財政部門を資金不足部門とするよう調節する。その場合、財政部門は、期間損益(プライマリーバランス)を基準にしてに資金の動きを制御する。
海外部門は、国際分業の観点に立って経常収支と資本収支が均衡するように調節する。
金融部門は、中立的立場を維持するように制御する。
絶対に赤字は悪いと決めつけるのではなく。資金と損益の関係をよく見て判断するように心がけるべきである。

キャッシュフローの三つの働き



会計上、「お金」の流れ、すなわち、キャッシュフローには、三つの働きがあるとされている。第一の働きは、営業キャッシュフロー。第二の働きは、投資キャッシュフロー。第三の働きは、財務キャッシュフローである。

損益に関わる収支の根拠が営業キャッシュフローだといえる。
貸借に関わる収支の根拠が財務キャッシュフローと投資キャッシュフローといえる。
財務キャッシュフローは、貸し借りに関わる「お金」の流れ、投資キャッシュフローは資産に関わる「お金」の流れとみる事もできる。
また、運転資本にかかわる資金の流れが財務キャッシュフロー。固定資産の形成、生産手段にかかわる収支の流れが投資キャッシュフローと言える。

営業キャッシュフローは、経営主体本来の日常活動による「お金」の働きを指す期間損益上においては、営業利益、あるいは、営業利益を生み出す為の「お金」の働きをである。
営業キャッシュフローは、営業利益を生み出す際、その基礎となる「お金」の働きも含んでいる。営業利益を生み出す為の基礎的な働きには、営業活動によって生み出される「お金」以外に、生産手段である設備にかかる「お金」の働き、取引上の「お金」過不足を補う働きが含まれている。

営業利益は、投資にかかった費用を単位期間に按分したり、また、運転資金から生じる時間差を調整したものを集計した結果である。その意味で営業利益に相当するのは、営業キャッシュフローと投資キャッシュフローを合計した部分だともいえる。

営業キャッシュフローは、日常の現金収支、すなわち、短期的「お金」の働きを表し、売買取引を基本としている。
投資キャッシュフローは、生産手段に対する現金収支を表し、長期的「お金」の働きを示し、基本的には貸し借りに基づいている。
財務キャッシュフローは、お金の過不足を調節する働きを示し、投資キャッシュフローと同様、貸し借りに基づいている。
経済全体から見て営業キャッシュフローそのものは、「お金」の供給量を増やしたり、減らしたりはしない。なぜならば、営業キャッシュフローは、売買取引を基礎としているからである。
「お金」の流通量は、「お金」の供給量と回転数の積である。つまり、「お金」の流通量を増やすためには、供給量を増やすか、回転数を増やすかしかない。供給量を増やす取引が貸し借りであり、回転数を増やす取引が売り買いである。そして、営業キャシュフロート、投資キャッシュフローを結びつけているのが財務キャッシュフローである。

会計上では、営業キャッシュフローと投資キャッシュフローを合計した値、フリーキャッシュフローとして重視している。
投資キャッシュフローは、投資にかかった費用を期間に按分する以前、当期にかかった投資の費用を集計した値である。直接的に投資にかかった費用を算出できない場合は、固定資産の前期と当期の差額から求める事も許されている。この様に前期と当期の差から割り出す計算方法を間接法といい、借入金等も前期当期の増減から割り出す間接法が用いられる事が多い。ただ間接法は、総額ではなく、純額である点は留意する必要がある。
また、投資の中に金融資産に対する投資を含めるか否かは議論が分かれるところである。
フリーキャッシュフローが不足した場合、経済主体は、「お金」が回らなくなる。
財務キャッシュフローは、フリーキャッシュフローによる「お金」の過不足を補う為に派生する。必然的にフリーキャッシュフローの過不足を前提とする。また、資金の調達先、資金源が重要となる。資金の調達先には、内部資金と、外部資金がある。内部資金は、利益、内部留保、減価償却費からなる。外部資金、負債である。負債を保証するのは、資産である。
資産は、資金調達を担保する働きがある。

「お金」は使えばなくなるのにである。故に、絶えず補給し続けなければならない。しかし、だからと言ってやみくもに「お金」を供給すればいいという訳ではない。
問題は、どの時点で、どの様な手段によって「お金」を補給するかなのである。
重要なのは、供給量が少ないのか。回転数が悪いのかを見極める必要がある。


キャッシュフローの働きは部分を見ただけでは解明できない。



全体は部分から成り、全体の働きは、部分の働きに制約される。部分の働きは、全体の働きから制約され、全体の働きに従う。
部分が全体との関係を立てば、部分はそれ自体が全体となって自分だけで自分を律していかなければならなくなる。

現在経済は、群盲象を評す状態である。
断片をつなぎ合わせて全体を捉えようとしている。
しかし、部分を見ただけでは、全体の働きや仕組みは見えてこない。

例えば、一企業の経営状態を分析したからと言って産業の実態がわかるわけではない。ただ産業全体の状態を知るための有効な情報であることは間違いない。しかし、利益の持つ働きをよく知らなければ、利益の果たしている役割は解明できない。

資金の働きには、短期的働きと長期的な働きがある。短期的な働きは、損益を形成し、営業キャッシュフローに対応する。長期的な働きは、投資キャッシュフローに対応している。そして、長期的資金の流れと短期的資金の流れをの不均衡を補っているのが財務キャッシュフローである。

リーマン・ブラザースの破綻は、瞬く間の内に世界市場に伝播し、世界経済を硬直化させ、危うく破綻させてしまうところであった。しかし、リーマンショックを引き起こした人たちは、自分たちの行為がそれほど深刻な事態を引き起こすとは思いもよらなかったようである。

国家財政も多国籍業も、中小企業も、個人商店も、メガバンクも一個人の家計も市場全体を構成する一要素に過ぎない。そして、市場を構成する膨大な数の要素の一つひとつの働きが、経済全体の仕組みを形作り動かしているのである。
そして、その一つひとつの部分を動かし、全体を制御している力が「お金」なのである。

キャッシュフローの働きは、個別の経済主体だけでは理解できない。全体の中でお金の流れる方向を見なければキャッシュフローの働きは解明できない。

キャッシュフローには、売買による流れと、貸借による流れがある。短期的な流れは、売買によって作られるが、貸し借りによって作られる流れは、損益上に現れず、貸借上に間接的に現れる。
現金、および現金同等物を除く資産の増加は、キャッシュの減少を意味し、現金および現金同等物を除く資産の減少は、キャッシュの増加を意味する。この関係は、簿記取引と表裏を為している。


法人企業統計

バブルの形成とバブル崩壊に何が一番働いたか、また、影響を受けたのか財務キャッシュフローを見れば一目瞭然である。バブル形成と、バブル崩壊にもっもとかかわったのは、財務、即ち、金融の動きである。

プラザ合意後財務キャッシュフローは、急速増加している。ここで増加した財務キャッシュフローがバブルの形成と崩壊に深く関わっていたのがよくわかる。

バブル崩壊後も営業キャッシュフローは大きく影響を受けたようには見えない。それに対して、バブルが崩壊すると急速に財務キャッシュフローは低下している。投資キャッシュフローは、バブル崩壊後上昇しているように見えるが、これは、投資が控えられている事を意味している。
1998年から1999年に投資キャッシュフローが大きく下降しているように見えるが、不良債権を処理した結果だと考えられる。

地価の変動と財務キャッシュフローの動向を重ねてみると財務キャッシュフローに地価が与えた影響が大きいのが読み取れる。




1974~2013 財務CF 公示47住宅指数
財務CF 1
公示47住宅指数 0.56 1

1974~1990 財務CF 公示47住宅指数
財務CF 1
公示47住宅指数 0.97 1

1991~2013 財務CF 公示47住宅指数
財務CF 1
公示47住宅指数 0.87 1

1974年から2013年までを比べてみるとさほど大きな相関関係がある様にはみられないが、1990年で分けて見てみると強い相関関係が現れてくる。

注目すべきなのは、財務キャッシュフローの大幅な乱高下である。この様な財務キャッシュフローの動きは、結果なのか、原因なのか解釈は分かれると思う。しかし、何らかの相関関係があった事は否定できない。
この事は、資金調達の流れが大きく変わった事を意味する。そして、この変化が、空白の十年、二十年、三十年と言われる長期停滞、デフレーションの主因だと考えられる。
資金の流れが外部資金調達から内部資金調達へと変わったのである。この時、どの様な政策がとられたか。それが長期停滞の謎を解く重大なカギを握っている。

経済には、時間が大きく関わっている。利益にしろ、金利にしろ、付加価値にしろ、資産価値にしろ、純資産にしろ、税にしろ、二時点間の価値の差によって成り立ている。
時間価値というものを考えないと経済の本質は理解できない。

一時点の結果だけとらえていては、利益や金利の働きは解明できない。
ところが今日、単年度、単年度の結果だけみて経済の施策や対策を立てようとしている。それでは、経済の問題を解決する事はできない。
経済は、資金の過不足によって成り立っている。赤字だから悪くて、黒字だからいいといった短絡的な捉え方では、経済の実相を理解する事はできない。

インフレーションにせよ、デフレーションにせよ時間的な問題である事には変わりないのである。大切なのは過程である。

現在の経済体制は、決済制度を共有することで成り立っている。決済制度は一種のネットワークである。
個々の経済主体は、この決済制度の上にあって働きを発揮する事が可能となる。電気製品が電気が流れなければ作動しないように、「お金」が流れなければ、経済主体は動かないのである。
この様な経済主体は、全体の統制のもとで動く部分に過ぎない事を理解しておく必要がある。これが大前提となるのである。




営業キャッシュフロー


キャッシュフローの中核は、営業キャッシュフローである。
営業キャッシュフローが絡まなければ付加価値は、変化しないからである。

「お金」の流れには、経常的な流れ、投資の流れ、資金調達の流れがある。
投資によって生まれる流れは、投資キャッシュフローであり、資金調達の流れは、財務キャッシュフローとなる。
経常的流れは、一般に営業キャッシュフローとよばれている。営業キャッシュフローは、家計ていえば生計である。

経常的と言うのは、言い換えれば日常的と言える。つまり、日常的な「お金」の流れが営業キャッシュフローである。経常的な資金の移動は、収益と所得である。
収益や所得もないのに、経営や生活が成り立つのがおかしいのです。何から収入を得るのか、自給自足の時代ではないのですから、借金をするか、貯蓄を取り崩すしかない。いずれもストックで生計をたてている事になる。

経営や生計の経常的経済活動を成り立たせているのは、所得や収益である。この点を忘れるとストックとフローの関係がおかしくなる。
経常的な資金のフローが抑制されると、ストックが上昇する。ストックが積み上がるとその圧力がフローにかかってくるのである。
その限界を超えると蓄えられたストックのエネルギーは一気に市場に放出される。

今の経済のおかしさがそこにある。本業で収益が上がっていないのに、金融や投機で利益が上がっているようではまともではない。それは、正業で生計をたてずに賭博や博打で生計をたてているのと同じである。まっとうとは言えない。まっとうとは言えないのに、その分別すら現代人はつかなくなってしまった。経済が傾くのは道理である。借金や博打で生計をたてるのはおかしい。
今の経済は、金融や投機でしか経営が成り立たないのである。
そうなったら、先ず、生活を立て直し、まともな商売で生計が立てられるようにすべきなのである。

一般にフローとは、経常的な資金の移動が観測される事象である。投資キャッシュフローや財務キャッシュフローは、長期的な資金の流れを意味する。フローと言ってストックの元となるフローである。一般に市場を恒常的に動かすフローは経常的フローである。経常的フローは、現金主義からみると収入、期間損益からすると収益として認識される。ストックを解消する手段は、フローにしかない。この点を忘れてはならない。

キャッシュフローは、経常的な資金の流れが核となる。経常的キャッシュフローとは、基本的に営業キャッシュフローを言う。故に投資によって作られた資産と負債は、収益の中から清算するのが原則となる。

一部に、財政問題などで負債の対極に資産があるのだから、それを相殺すればいいといった意見もあるが、これは暴論である。
例えば、住宅ローンを組んで家を買たら家という資産があるから、借金はないの等しいと言っているような事である。
財政は、家計や非金融法人と違って通貨の発行券があるのだから、収入がへったら紙幣をどんどんすればいいというのは、一面しか見ていない。そんなことをしたらストックは、フローとかかわりなく際限なく膨張してしまう。それがいくいくは、フローを締め付けてしまうのである。
現実は、家のローンは、所得の中から返済されているのであり、返済が滞れば家を取り上げられてしまうのである。家は担保でしかなく、使用価値は、約定通り、所得から返済されている事が前提なのである。だとしたら、所得をいかに維持すべきかが鍵なのであり、ストックどうしを相殺したところで、フローを悪くするだけである。

フローは、部門間の過不足によって流れる方向が定まる。故に、部門間の歪を是正する事で、フローを調整しないと抜本的な解決には結びつかない。

一般に貨幣価値を位置エネルギーとしてとらえがちだが、貨幣は、運動する事によってその効力を発揮する事を忘れてはならない。つまり、いくら手元に残っているかではなく。いくら使ったかによって経済的効用は測られる。部門間の負債を相殺しても経済的な効用は得られないのである。
資金の流れは、部門間を経由する度に要素を変換する。例えば、家計に所得として流れる事で生産手段としての労働力を引き出す。家計から企業法人に支出として流れる事で、企業法人から資金を財に変換すると言うようにである。

営業キャッシュフローは、短期的資金の働きを表わしている。
短期資金は、流動性が高い事が特徴である。
故に、短期資産や短期負債を流動資産、流動負債という場合もある。
そして、短期的資金の働きは、収益や費用に反映される。故に、営業キャッシュフローは、損益と深いかかわりがある。

営業キャッシュフローは、売り買いによって成立し、短期的資金の流れを作り、所得の本となる。
但し、営業キャシュフローの一部にも貸し借りがあるが、それは短期的な貸し借りを根本としている。
後の投資キャッシュフローと財務キャシュフローは、基本的に貸し借りによって成立し、長期的資金の流れを作り、貸借の本となる。

営業キャッシュフロー短期資金の流れの波を形成する。
投資キャッシュフローは、長期資金の流れの波を形成する。財務キャシュフローは長期短期の資金の過不足を補う働きをする。

営業キャッシュフローは、営業損益要因、債権債務要因、投資活動及び財務活動以外の取引から生じる要因、公的要因等から構成される。
投資活動及び財務活動以外の取引から生じる要因には、保険収入や損害賠償金の支払いなどがある。

営業キャッシュフローは、付加価値を現している。それは、間接法による営業キャッシュフローを見ると顕著である。

付加価値は、市場の状況や環境、経済の発展段階などに応じてその働きや性質を変える。
高度成長期の市場は、市場の水平的広がりによって垂直的拡大が促されることによって調和が保たれてきた。しかし、市場が飽和状態になり水平的な広がりが期待できなくなると付加価値は、量的拡大から質的拡大へと変化し、密度の調和が求められるようになる。
市場が飽和状態に至ったら無理の量的拡大は、経済の仕組みそのものを毀損してしまう。日本の高度成長は、技術革新によって第二次産業に余剰人員を吸収する余地が生じる。その事で、第一次産業の余剰人員が第二次産業に吸収され第一次産業の生産効率も上昇する。それが第三次産業の発展を促すという好循環が生まれた。それが高度成長の原動力である。しかし、問題は、格差である。高度成長は、成長の度合いによって格差を生む。それは、階級的格差、地域的格差、国家的格差、産業的格差となる。この格差が、世界に修復困難な亀裂を生じさせるのである。
この格差が拡大し、清算するのが不可能な状態に陥ると市場は、暴力的な手段で解消しようとする。それが恐慌であり、ハイパーインフレーションであり、財政破綻であり、革命であり、戦争である。

営業キャシュフローを構成する要素は、運転資本、支払利息、減価償却費、租税公課である。

運転資本は、売上債権、買入債権、在庫から構成される。さらに、売上債権と買入債権、在庫に分解できる。
在庫は、売上原価に係り、評価の仕方、回転によって利益率に影響を与える。

売上債権と買入債務を見てみるとバブル崩壊後、資金の流れが変わった事が読み取れる。
市場が拡大している時は、慢性的に資金が不足し、市場が成熟すると資金が余ってくる。



売上債権と買入債務の増減に在庫の増減が加わって運転資本を構成する。
売上債権は、売上を反映し、買入債務と在庫は、売上原価を反映する。また、在庫は、生産量と販売量の関係を表している。

バブル崩壊後の資金の流れの変化は、より顕著に運転資本にも現れている。
在庫が景気を反映して動いているのも見て取れる。在庫投資もバブル崩壊から流れが変わっている。


法人企業統計


運転資本の不足は、短期借入金によって補填するのが原則である。
運転資本の不足と短期借入金を重ね合わせてみるとほぼ一致する。
ただプラザ合意後バブル崩壊に至るまでは、運転資本は、大きく不足し短期借入金がそれを平準化するような動きをしている。


法人企業統計

バブル崩壊時は、売上債権や在庫は、資金需給から見るとマイナスが増加であるから、売上債権、在庫、買入債務が減少している。つまり、資金余剰を表している。これは、信用取引が滞っている事を暗示している。リーマンショック時も同様の動きがみられる。
それに対してバブルの形成時は、大幅な資金不足を表している。

また、支払利息は、金融機関借入金を分母として利益、減価償却費、人件費等とともに付加価値を構成する。

営業キャッシュフローと収益との主たる違いは、減価償却費である。

減価償却費は支出を伴わない費用だといった説明をされ、誤解されているところがある。
支出のない費用はない。費用は、支出を伴い事であり、ただ、費用の発生と支出との間に若干の時間差が生じる場合があるだである。減価償却費は先払い費用であることを忘れてはならない。
市場経済というのは、時間価値によって成り立っている。それ故に、減価償却費は、時間価値を形成する要素ではある。

俗にいう黒字倒産というのは、運転資金がショートする、つまり、調達できない事に起因する。長期借入金は、経常的な資金の不足ではない。長期借入金の返済が滞っても経営に直接的に影響をするわけではない。逆に、運転資金が不足すると仕入ができなくなり、人件費も、税金も払えなくなる。お金が回らなくなるのである。その結果、経営は成り立たなくなり破産する。見かけ上、利益が上がっているのに、運転資金が不足して起こるのが黒字倒産である。

バブル崩壊後、貸し渋りや貸し剥がしが行われたのは、投資資金ではなく運転資金に対してである。運転資金は、表面に現れないから金融機関は、貸し渋りや貸し剥がしはしてないと言っていただけなのである。

金融機関は、担保不足を理由にして赤字主体に資金を融通しなかった。遡れば円高不況の時も健全な赤字主体に資金を供給せずに、担保主義に走った。それがバブルの原因となったのである。そして、資産価値が下落すると資金の貸出先がなくなってしまったのである。
結局、金融機関は自分で自分の首を絞めてしまったのである。

資金の過不足を調整するのが金融機関の役割である。そして、資金の過不足を制御するためには、長期的な構想、展望を基礎としなければならない。
その展望や構想がなく、目先の利益を負えば資金を適切に配分する事が出来なくなり、偏った流れを生み出す事になる。それが社会や市場構造を混乱に陥れ、最悪の場合破綻させてしまうのである。

投資キャッシュフローと固定資産の関係



投資とは、資金(資本)や資産や労働力と言った生産手段を市場に投入する事で、財を生産しそれによって収益を得たり、投資の対象となった資産値上がりによって投入した資金や生産手段以上の価値を得る事である。
投資の成果は、投資した資金や生産手段、即ち、元本の回収と投資した資金や生産手段から獲得される付加価値からなる。投資しても投資したのと同じだけの資金や生産手段を回収できるとは限らない。

不動産投資の評価基準には、原価法、取引事例比較法、収益還元法、開発法などがある。根本的にはインカムゲインを期待するかキャピタルゲインを期待するかの違いである。取引事例比較法は、キャピタルゲインを期待する手法であり、バブル形成時、バブル最盛時にもっとも用いられた手法である。それに対して、バブル崩壊後は、収益還元法が主として用いられるようになった。
バブルが崩壊するまでは、地価は、右肩上がりとする土地神話があり、土地は、持つだけでも価値があるとされた。それがバブルが崩壊すると、その土地からどれくらいの収益が期待されるかによって評価されるように様変わりした。
それは、企業の投資に対する基本姿勢にも現れている。

地価が右肩上がりだと信じられた時代は、金融機関も土地を担保に資金を融通してきた。バブルの時は、地価の値上がり分も見込んで「お金」を融通してくれた。それがバブルが崩壊すると貸し渋り、貸し剥がしへと豹変したのである。その急激な変化が日本の経済の根底を歪めてしまったのである。
また、土地神話が信じられていた頃は、持ち家に人気が集まっていたが、バブル崩壊後は、家を持たず、ライフスタイルに合わせて引っ越しができる借家に人気が集まるように変化した。何を評価するかは、人々の価値観や人生観も変えてしまうのである。

投資の在り方は、一企業にとどまらず、一国の経済の命運まで左右するのである。

投資キャッシュフローは、投資の流れを現している。
投資とは、生産手段の構築を意味する。
生産手段は、産業の基礎的資金の流れを形成し、固定費の元となる。また、投資は、損益構造の基礎となる。特に製造業など巨額な設備投資を必要とする産業では、損益分岐構造の枠組みが投資によって定められる。投資は、産業の性格を確定し、収益構造の骨格を形成する。
投資キャッシュフローは、長期資金の働きを現している。
投資キャッシュフローは、貸借に係る資金の流れを基としているために、損益上には現れてこない。

投資キャッシュフローの働きを正しく認識するためには、長期借入金の増減、減価償却費、支払利息、固定資産の増減、土地と簿価との関係等を合わせて考えていく必要がある。

現在価値や長期借入金と減価償却費との関係を明らかにしなければならない。
長期借入金が減価償却費の何倍あるかを調べる必要がある。
減価償却費は、過去の投資を表している。減価償却費を見るとどの程度の投資がされたかが明らかになる。

設備投資は、設備という固定資産を増加させることを意味する。そして、設備投資をするためには、資金を調達する必要がある。資金調達の手段は、増資か、借入金をするか、内部留保を取り崩す事になる。ただ、現実の話として金融機関の融資を受けるのが一般である。

故に、投資キャッシュフローは、固定資産残高の増減、即ち、前期、当期の差によって推計される。また、財務キャッシュフローは、負債と資本の残高の増減、前期当期の差から推計される。投資キャシュフロー残高は、資金残高に対して負の働きになり、財務キャッシュフローは、正の働きになる。それは投資する事は支出を意味し、借入を起こす事は収入を意味するからである。

  

固定資産の増減と長期負債の増減を比べてみると概ね一致した動きをしている。



固定資産増減=土地+その他有形固定資産+建設仮勘定+無形固定資産
長期資金需給=金融機関長期借入金+社債

法人企業統計

一番肝心なのは、投資に対する効果であり、投資に対して将来どの程度の収入が見込めるかなのである。
初期投資に対する支出、特に、借入金に対する返済資金は、待ったなしに発生する。支出は固定的で確実なのである。それでいながら決算書には、長期借入金の増減といかたちでしか計上されない。つまり、目に見えないのである。
それに対して収入は不確かである。

売上の根拠は市場にある。
投資は、一定の収益、売上が一定期間維持される事が前提となって計画が立てられる。しかし、売上ほど予測するのが難しいものはない。
投資した資金を回収するためには、一定の期間安定した収入が保証されなければならない。売れなくても困るが、売れすぎても困る。
短期間で爆発的に売れたとしても後が続かなければかえって命取りになるのである。その典型が家電業界で、デジタル放送に合わせて液晶テレビに対して巨額の投資をしたメーカーが爆発的な売り上げを上げながら、次の年に経営破綻するまで追い込まれたのである。
投資とは、息の長い事業なのに、今日のように回転が速いとついていけない企業が出てくるのである。



物価は、価格によって作られる。物価は、一律一様に変動するわけではない。
パソコン(ノート)は、消費者物価指数で2015年を100とすると2000年は、7095、実に、701倍したのである。物価も全てが右肩上がりに上昇しているわけではない。そういった状況下で10年先、20年先の需要、価格、販売数量を予測するのは、至難の業である。

それに対して住居費はほとんど変わらない。

また、物価は、世相を色濃く反映する。この様に価格は、一定せず、不安定、不確かなのである。その不確かに収入を基礎にして事業計画は立てられている。この点を理解せずに、目先の利益を負えばいつかは破綻する。市場が無秩序になり、安定した収益が得られなくなれば必然的に投資は抑制される。それでも無原則な競争を続ければ産業そのものが成り立たなくなる。それは経済が破綻する事をも意味しているのである。


総務省統計局

どれくらいの売上があって、しかも、どの時点で発生するかは、全くわからない。売上には、斑(むら)があり、なおかつ、波がある。収益て重要なのは、時間である。流行になって急激に売り上げが上がっても一時的なもので終わったら、かえって長期的には資金繰りがつかなくなったり、書記に思ったように売れなくて予想外の投資が嵩んで、後々の資金負担を重くしたりもする。
その収益の予測が立たない事が一番の障害なのである。
つまり、投資キャッシュフローは、事業計画の下地となり、市場規模や採算性、総生産量、現在価値、操業度、商品のライフサイクル等を検討する必要がある。

事業計画と現実との間にギャップがある。そのギャップを補うのが金融の働きである。

なぜ、投資キャシュフローや財務キャシュフローは前期当期の差から求めなければならないのかというと、投資や財務は、貸借取引であり、決算書上に損益取引として計上されないからである。
貸借取引、資本取引は、損益上に計上されないのである。

売上債権と仕入れ債務も同様である。売買取引ではあるが決算では貸借として当期の残高が計上される。ただ、売上債権も仕入債務も実際の資金の動きはない。

しかし、借入金の返済は、実際に現金収支が生じる。現金の出入りがあるのに、決算書のどこにも計上されないのである。
貸し借りは、損益上に現れない支出の根拠となるため、価格に影響を及ぼす。超長期的な見て市場を歪めてしまう事がある。

投資とは、生産手段や資本への支出を意味する。投資キャシュフローが正の値をとるのは、過去に投資した生産手段や資本を換金している事を意味する。
財務キャシュフローは、営業キャシュフローと投資キャシュフローの資金の過不足を補うために、借入と返済の働きをしている。

表に現れない資金の流れを分析するのが財務キャッシュフローである。むろん、表に現れない資金の流れは、財務キャッシュフローだけでとらえきれるものではない。

短期資金の流れは、売買取引を基礎として形成され、長期資金の流れは、貸借取引を基礎として形成される。この点は、資金の働きを理解する上で重要な鍵となる。

長期的資金の流れは、貸し借りを元にして形成される。短期的な資金の流れは、売買を元として形成される。つまり、期間損益、期間利益は、売買によって導き出されるのに対して投資や財務と言った長期的資金の流れは貸し借りによって形成される。

キャッシュフロー上は、投資は、負として、財務は正として現れる。投資と財務は、貸し借りを主とする。投資は、固定資産を形成し、財務は、負債を形成する。

金融機関の設備投資を見てみると総貸出では、横這い状態ではあるが、極端に減少しているわけではない。
ただ、製造業、卸売業、小売業、建設業界を見てみると一様に大きく設備投資を減らしているのが読み取れる。


  
日本銀行

物価は、価格が形成する。個々の製品の価格は、一律一様に動くわけではない。
適正な価格が維持できるかどうかが投資の成否を握っているのである。
インフレーションの時は、負債は先送りすれば軽減されるが、それは、費用を下方硬直する原因となるだけなのである。
肝心なのは、適正な収益が維持されるような仕組みを市場に組み込むしかない。それは一企業の手に負えるような仕事ではないのである。

過当競争を煽るような施策は、市場経済を死に至らしめるような行為である。



バブル崩壊後、なぜ、投資が減少したのか


バブルが崩壊し、「失われた10年」とか、さらに、「失われた20年」とか言われるが、なぜ、投資が抑制されるようになったのか。それは投資行動の仕組みに問題があるからである。その点を理解しないと景気が停滞している原因は明らかされない。

投資は、事業計画を基にして実行される。事業計画は、設備投資計画、収益計画、資金計画からなる。これは、各々キャッシュフローを構成する各要素と対応させることができる。すなわち、設備投資計画は、投資キャッシュフローに、収益計画は、営業キャッシュフローに、資金計画は、財務キャッシュフローに相当する。
そして、各々、営業キャッシュフローは、投資キャッシュフローは、固定資産の増加に、減価償却費に、財務キャッシュフローは、長期借入金の需給に反映される。

注意しなければならないのは、長期借入金の返済は、会計上どこにも計上されない負債勘定の減少としてしか認識されなてと言う点である。

減価償却費は、会計上仮想された値であり、現金収支に直接関係があるわけではない。それに対して設備投資にかかる支出や調達資金に係る値は、現金収支と直接かかわっている。


法人企業統計 長期借入金・減価償却費左 設備投資 右

バブル崩壊後、減価償却費は横ばいなのに対して長期借入金の需給は、急速に減少し、1993年には、マイナスにまで落ち込んでいる。

そして、設備投資は、資金をどこから調達してきてどのように運用するかが基本にある。
資金を調達するためには、物理的、あるいは、資金的な裏付けが求められる。

資金調達の手段には、外部調達手段として増資、社債、借入金等がある。内部調達手段としては、資産の取り崩し、減価償却費、税引き後利益等が考えられる。

問題となるのは、2000年を境にして外部資金が活用されなくなってしまった事である。これが投資活動を低調にしている要因である。


法人企業統計

キャッシュフローとは、内部留保と減価償却費の和だとすると2000年頃から設備投資をキャッシュフローが上回っている。
内部留保と減価償却費の和は内部資金を表している。つまり、キャッシュフローは、内部資金を表している。
内部から調達するための費用と外部から調達する費用に差がなければ、本来は資金調達が内部資金によるか外部資金によるかは無関係であるはずである。
バブルが構成されている87年~91年までは、外部資金が上回り、バブル崩壊後は、外部資金減少しはじめ、2000年には、内部資金と外部資金が逆転している。




問題は投資意欲にあるわけではない。資金調達の手段に問題があるのである。
資金を調達するためには、何らかの裏付けが必要となる。

外部から資金を調達するためには、担保するものが要求される。
その担保するものは含み資産である。
含み資産とは、含み益のある資産を言う。含み益とは、将来の利益、未実現利益を指して言う。
資産価値の下落によって、その未実現利益が枯渇し、逆に、含み損が生じた。含み損とは、将来の損失、未実現損失を言う。
つまり、資金調達どころか資金を回収する圧力が各企業にかかったのである。

担保する対象の最たるものは保有の土地である。
バブル崩壊後、急速に地価は下がった。それに比例して企業の担保力も減少している。


ダウ式とよばれる連続性維持の為の調整を行った47都道府県の地価公示の最高価格地(住宅地・商業地)の平均価格の指数である。
昭和49年1月の地価公示47都道府県の最高価格地の算術平均より算出を開始し,昭和49年の平均価格を100として各都市の平均価格について指数化を行った。

1991年のピーク時を100としたら2005年商業地で17%、住宅地で31%まで下落している。しかも2014年現在でも商業地で32%、住宅地で21%までしか回復していない。



財務諸表に掲載されている土地、地価は、簿価である。
帳簿上の地価は、90年を境にして横ばい状態になる。しかし、地価の実勢価格は、下がり続けている。
その差が担保不足として企業の資金調達力に重くのしかかっているのである。

土地の簿価、土地に対する資金需給、長期借入金、そして、地価指数を見るとバブルの形成と崩壊の因果関係がよく読み取れる。

 

企業は、儲けた金をひたすら借入金の返済にあて、新規投資に資金を回さずに来た。というよりも資金を回したくても回せずにき
た。資金が市場に出回らないと責めるが、蛇口を絞めておいて水が出ないと騒ぎ立てるような事である。

問題は、含み損が解消し、資金を調達できるだけの含み益が生じているかである。

そうでなければ担保主義を基礎としている現在の経済状態で投資を促す事はできない。



それでも、投資を促すというのならば、担保に変わる物を作り出すしかない。
いずれにしても、それは将来の収益を担保するものでなければならないから、何らかの規制がなければ保証する事はできない。



財務キャッシュフローの働き


財務の重要な働きは、会計上、損益上表面に現れてこない。その為に、長期資金の働きを補足するのが難しい。
財務キャッシュフローを作成する目的は、長期資金の働きを明らかにする事である。

長期資金の働き、即ち、ストックは、貸借・資本取引に依って形成される。貸借・資本取引は、損益上に表れてこない。その為に、長期資金の働きは、補足するのが難しい。
そこで、財務キャッシュフローによって長期資金の動きを明らかにする必要が生じたのである。投資資金の調達や借入金の返済資金の動きは、貸借対照表上の増減、即ち、差額でしかとらえる事が出来ない。また、基本的に利益や資本は、差額勘定なのである。
また、例え、増減によって総額は、把握できたとしてもむどの様な目的、投資なのか、繋ぎなのか、不良債権の清算なのかと言った調達目的やどの様な手段で、どこから資金が調達されたか詳細まで精査しないと掴めない。
基本的に費用勘定のような、借金の返済や投資を意味する勘定そのものがないのである。

財務の流れは、先ず、初期投資の資金調達から始まる。そして、資金は、調達した瞬間から回収、返済が始まる。返済と返済のための原資を考えずに資金調達や投資は行うべきではない。これは、企業会計のみならず家計も財政も同じである。回収と返済と言う両輪がなければ、設備投資であろうと、住宅投資であろうと、在庫投資であろうと、公共投資であろうと投資は成り立たないのである。
資金の回収計画が営業の流れを生み、資金の返済が財務の流れを生む。それ故に、キャッシュフローは、投資キャッシュフローを要として営業キャッシュフローと財務キャッシュフローが生じるのである。

回収計画と資金計画(返済計画)は、事業の両輪であり、経済を動かす動機でもある。問題は、回収と返済に時間差がある事である。しかも、回収は不確かであるのに対して、返済は、確定しているという性格の違いがある。そして、回収と返済の性格の違いが時間差を生み出す要因でもある。

財務は、資金調達が主たる働きであるが、もう一つ重要な働きとして繋ぎ資金の調達と借入金の返済がある。繋ぎ資金が調達できず借入金の返済が滞ったり、不渡り手形を出すと経営主体は、経営を継続できなくなり破産する。
つまり、財務こそ企業の存亡の鍵を握っているのである。

財務キャッシュフローは、資金の調達、返済、配当金の支払い、自己株式の取得を表している。

故に、金融資産と金融負債、純資産の関係が重要となる。
財務キャッシュフローは、損益上に現れてこない資本取引に依る資金の流れを表している。
また、借入金から派生する資金の流れを表に出す。例えば、財務キャッシュフローでは、運転資本と短期借入金との関係、投資と長期借入金との関係、投資キャッシュフローと営業キャッシュフローの過不足をどの様に処理したか。資金をどこからどのように調達し、運用したかを明らかにする。

これらの資金の流れは、損益上に計上されないため、表に現れにくい資金の流れだという点を十分に留意しておく必要がある。

財務キャッシュフローは、投資キャッシュフローと対にして考える必要がある。投資キャッシュフローと営業キャッシュフローを基礎的な部分で結びつけているのが財務キャッシュフローだからである。投資は、固定資産の増減として表され、減価償却費として損益上に計上されるが、実際の資金の流れを反映しているわけではない。これら損益の表面上に表れない資金の動きが実は経済の仕組みを動かしていると言える。この点を正しく理解しておかないと経済の動きを理解する事はできない。

資金調達には、内部資金調達と、外部資金調達がある。内部資金調達する手段には、減価償却費と内部留保から調達する手段がある。外部資金調達は、借入金、増資、社債等から調達する手段がある。

財務キャッシュフローで一番気を付けなければならないのは、長期借入金の増減である。なぜならば、長期借入金の元本の返済は、どこにも計上されず。長期借入金の増減として表されるからである。
長期借入金の返済は、資金計画の基礎となる。長期借入金の返済が滞れば、負債は、借り換えしなければならない。資金的裏付けのない負債を増加させることになる。資金的な裏付けと言うのは、将来の収入を意味する。つまり、未実現利益である。未実現利益とは、含み資産と売上債権である。
長期借入金の資金的裏付けとなるのは、減価償却費である。そして、清算時における不動産の売却益、そして、内部留保である。一般に含み資産や内部留保は、余剰資産みたいに捉えたり、また、減価償却費は支出のない費用と言った間違った認識があるが、実際の経営では、重要な役割を果てしており、これらの手当てができなくなると資金的に行き詰まって倒産してしまう。企業経営を支えているのは利益ではなく、資金なのである。利益は、資金を調達する際の目安に過ぎない。

キャッシュフローを構成する要素を組み合わせると資金の働きを読み取る事ができる。
キャッシュフローの計算方法には、直接法と間接法がある。それぞれに資金の動きを分解するのに重要な情報を含んでいる。
直接法と間接法の基本的な差は、営業キャシュフローに対する事にある。
直接法は、実際の収支を元とした計算方法であり、間接法は、支出を伴わない費用や逆に収入を伴わない収益を調節する事で計算されている。後者は期間損益の持つ構造を明らかにする。

  


財務省によって集計された法人企業統計のような公表された決算資料から投資キャッシュフローや財務キャシュフローを計算する場合、営業キャシュフローは、当期の残高を基礎として計算されるのに対して、投資キャシュフローと財務キャッシュフローは、期首と期末残高の増減から割り出される。



日本銀行

バブル崩壊後すぐに総貸出が減少したわけではない。バブル崩壊直後はむしろ貸し出しは増えている。
貸出が減少するのは、バブル崩壊してから六年以上たった1997年以降である。
1997年には、いわゆる金融危機が表面化した年である。11月には、三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券と立て続けに破綻した。
よく1998年には、日本長期信用銀行、日本債権銀行が国有化される。
金融機関の信用が揺らいだ年と言えるかもしれない。


日本銀行

業種別に1992年を100として指数化して見てみると製造業、卸売業に対する貸し出しは、バブル崩壊すると早い時期から減少に転じているのに対して、小売業や建設業に対する貸し出しの減少には時間がかかっている。これは、不動産投資が多い業種に起因していると考えられる。
製造業と卸売業、建設業と小売業が同じような軌跡をとっているのは興味深い。





投資から始まり、収益を上げて、資金を回収する


長期資金の流れは、投資に始まり、償却と返済で完了する。
利益は、貸借と損益を結び付け、現金収支の根拠を構成する。貨幣経済の主柱は、収益にある。運用益にあるわけではない。
なぜならば、経済の実体は、所得にあるからであり、所得は、人件費、費用を構成するからである。

需要の根拠は人口であり、単位消費量である。供給の根拠は、生産手段であり、生産量である。物価の根拠は、購買力であり、単位支出である。そして、購買力の基軸は、所得である。物価は、危うい需給バランス、即ち、消費と生産、所得と支出の均衡の上に成り立っている。人、物、金の均衡が保てなくなれば、インフレーションやデフレーションがおきる。
生産と、消費の均衡が崩れても、所得と支出の均衡が崩れても物価は、乱高下する。所得は、労働か所有から生じる。雇用が減少すれば、持てる者と持たざる者の格差は拡大する。

ハイパー・インフレーションのように破壊的な物価の変動は主として貨幣的現象である。なぜならば、物や人は、有限であり、生産革命によって人口の対して物の絶対必要量は、確保されていると考えられる。それに対して、「お金」は、無限であり実体がない、名目的存在である。それ故に、貨幣価値は、暴走したら止められなくなる。

金融は虚業である。実業に金が回らなければ、貨幣価値は虚しい。物の価格も空しくなる。

投資は、産業や事業の骨格を作る。
事業は、投資から始まる。投資は、事業の前提を構成し、事業の構造を設定する。
投資は、事業計画と資金計画を前提とする。すなわち、事業は、物的要素と貨幣的要素の二つの要素によって構成されている。
営業キャッシュフローと投資キャッシュフローの関係は、投資キャシュフローによって生産手段の骨格を作り、投資キャッシュフローによって設定された生産手段によって生産した物を売って収益を上げて投資した資金を回収する。収益にかかわるのが、営業キャッシュフローであり、投資や営業の資金の過不足を補うのが財務キャッシュフローである。

資本や負債というのは、投資かかる資金を皆に出し合うのか、それとも誰かに借りてくるのかを、調達手段を意味しているのであり、それ自体が何らかの実態を持っているわけではない。その点を誤解して、資本金とか、内部留保があるのだから、それを取り崩せばいいではないかという者がいるが、資本金とか、内部留保とか言ってもそれは資金の調達し手段を言うのであり、それは、何らかの資産に運用されているのである。現金もまた資産であって、帳簿上の現金とは、調達した資金のいくらかを手持ち資金として持っていなければ、会社に資金が回らなくなるので、いくばくかの手持ちの資金として所有している現金残高をさしているのである。

財務キャッシュフローと投資キャッシュフローは、表裏の関係にある。財務は、資金調達とその後の資金計画に基づいているのに対して、投資は、収益構造の基礎となるからである。それは、資金の流れの入口と出口とを形成しているからである。つまり、資金の調達と運用を意味している。

資金の調達手段として投資家から「お金」を出してもらうのか、誰からか「お金」を借りてくるのか、何かを売って儲けるのか、その三つの手段しかないことを意味している。
なぜ、「お金」の調達手段を問題とするのかというと、「お金」を借りてきたら、「お金」を返さなければならないし、「お金」を出してもらったら、「お金」が儲かったらその分け前を与えなければならないし、何かを売るというのは、「お金」に対する代償を手渡さなければならないという違いが「お金」の調達手段から生じるからである。

基本的に貨幣に基づいた経済活動は、お金を調達してそれを運用する事に尽きる。
そして、その原点が投資キャッシュフローなのである。

家を買うというのは、単位期間の収入を基礎として計算すると過大な支出になる。それを可能とするのは、一定期間の収入を担保するからである。そして、それが投資の本質である。

物の生産と生産の関係は、常に均衡しているわけではない。人が必要とするものが不足だったり、逆に過剰になったりもする。
生きるために不可欠な食料は、特に収穫が安定していなかった。余剰な収穫があったかと思うと次の年に飢饉が来たりした。
一定の食料を継続的に確保する事、それが経済の第一義だったのである。それは今日でも変わらない。
物は溢れているのに貧乏人ばかりで一向に売れない。空き家だらけなのに買う金を持っている人は限られているこの様な事は、経済の仕組みに問題があるからである。
この様な不均衡を是正するためには負の部分をうまく活用する必要がある。そのために投資という活動がある。
投資によって収入と収支を平均化するのである。そして、投資を支えているのは、資産と負債、収入の関係である。

投資は、経済における負の部分の働きを担っている。今日の経済は、「お金」が負の部分を担う事で物という正の部分を成り立たせているのである。
結局、景気が乱れるのは、負の部分の制御がうまくいかないからである。


経済のライフサイクルとキャッシュフローの推移



キャッシュフローと利益は違う


キャッシュフローと利益は違う。
ただキャッシュフローの計算は、利益を元として始まる。

キャッシュフローは、現金収支を言う。
現金収支は、収入から支出を引いた値であり、負の値をとることは許されない。
利益は、収益から費用を引いた値である。負の値をとる事もある。ただ、負の値をとった場合は、利益とはせずに、損失とする。つまり、損益の概念は、利益と損失の二つの概念からなるが、現金収支は、現金残高という事実しか認められていない。

収入と収益とは違う概念である。
支出と費用とも違う。
収益には、収入を伴わないものもあるし、費用には、支出を伴わないものもある。
収入には、収益とみなされないものがあり、支出には、費用として計上されないものもある。

利益と現金残高は同じではない。
利益は、収益と費用の差額である。
そして、利益は、投資や融資を前提とした指標であり。また、徴税のための基準である。

この点を理解しないと税の働きも理解できない。税は利益処分の一つとして現在は、処理されている。しかし、税を費用の一種ととらえる税負担は決して軽くない。収入と支出、収益と費用の時間的関係を理解しないと税負担は、経営を圧迫し、経済活動を阻害する原因となる。

肝心なことは、経済的価値を生み出すのは時間価値であり、収入と収益、支出と費用の時間構造を理解しないと経済を理解できないという事である。



企業法人統計 財務省

損失が出ても破産するわけではない。しかし、資金繰りがつかなくなれば、黒字でも破産する。利益は目安であり、残高不足は、現実である。
要するに企業は、費用対効果、投資対効果の結果によって破産するわけではなく、資金不足によって破産するのである。「お金」が回っているうちは経済主体は破綻しない。

これは公営事業が営利目的でなくても成り立つ事で実証されている。


なぜ経済主体は倒産するのか。


企業のみならず政府も、家計も、経済主体が倒産するのは、支出が収入を上回った時である。第一に、支出が収入を上回る原因は、費用が収益を上回るた場合。第二に、過大な設備投資で借入金の返済が滞った時。第三に、運転資金が不足した時の三つが主たる原因となる。
いずれの場合も資金の供給が断たれることが直接の原因となって経済主体は、破産する。
政府は、紙幣の発行権をもっているから、資金の供給を断たれるという事は理論的にはないが、経済が立ちいかなくなって実質的に破産状態に陥ることは歴史的に多くあった。

経済的に破たんすることを防ぐためには、この三つの要素が破たんしないようにする。すなわち、第一に、単位期間内の利益を維持する。第二に適切な投資を行う。第三に、運転資金の釣り合いを保つ事なのである。

経済主体が破産する三つの要因は、キャッシュフローの三つの働きに呼応している。
それ故に、経営を継続させるためには、キャッシュフローを監視することが求められているのである。

借入金の増減は、財務キャッシュフローに現れ、減価償却費は、営業キャッシュフローを増やす。減価償却費は、固定資産の増減、投資キャッシュフローから導き出される。

重要な点は、収入と支出の釣り合いである。

収入は、借入金、資本(元金)と現金収入を言う。支出は、貸付金と現金支出である。
間違ってはいけないのは、収入と収益は同じ意味ではないし、支出と費用は同じ働きをしているわけではない。
実際のお金の動きをどこまで追跡でき再現できるかが、経済にキャッシュフローが果たしている役割を解明するためには、カギを握っているのである。

収入と支出の釣り合いが問題としているのは、単位期間内の収支である。しかし、期間損益の中には、過去の取引の結果も含まれている。例えば、負債や資産の多くは、過去の借金が累積した部分があり、当期の現金収支ではない部分がある。

収入に含まれる借入金というのは、当期借入金を指し、支出には、当期投資に支出された部分を指す。
また、売上債権と買付債務は、現実の金銭の受け払いを伴っていない。貸し借りと言っても通常の借入金や貸付金のような現金のやり取りがないのである。

資本金の中にも過去に出資された部分や過去の利益を含んでいる。

収入と支出の関係が経済を動かしている。しかし、収入と支出を抑えただけでは、「お金」の働きを認知することはできない。「お金」の働きのいくつかの部分は、収入と支出の時間差によっ生じる。
よく減価償却費は、支出が伴わない費用だと勘違いしている者がいる。支出の伴わない費用はなく、減価償却費も同様である。特に、減価償却費は、先払い費用であって後払い費用ではないという点を忘れてはならない。
逆にいえば、む収入を伴わない収益もないのである。

企業が倒産する理由は、資金繰りがつかなくなることにある。資金が回っていさえすれば、赤字であっても企業は倒産しない。逆に、黒字であっても資金繰りがつかなくなれば、企業は倒産する。所謂、黒字倒産である。
そして、この事は、企業のみならずあらゆる経済主体に言えるのである。
なぜ、黒字倒産になるのか、その多くの原因は、損益上に現れてこない資金の出入りが関係している。
目に見えないところで深刻な事態は進行するのである。
この点は民間企業だけに限らず家計も財政も同じである。しっかりと資金の流れを掴んでおかないと経済的に破たんしてしまう。

長期資金の中には、損益上に現れてこない動きがある。その動きを見落とすと思わぬ落とし穴にはまり込む。
現在の経済の問題の陰でこの長期資金の働きが決定的な働きをしている事がある。
なぜならば、現在発生している重大事項の多くが長期資金の働きによるものだからである。

  
法人企業統計


事業計画とキャッシュフロー


キャッシュフローを見る場合、営業キャッシュフロー、投資キャッシュフロー、財務キャッシュフロー、相互の関連をよく見なければならない。

事業計画には、損益面からとらえた利益計画。資金面からとらえた資金計画。生産面からとらえた設備投資計画、採用面から人員計画がある。
損益は、販売から事業の適否を評価する。資金計画は、資金の調達と運用面から事業計画を評価する。設備投資計画は、生産面から事業計画を評価し、人員計画は、費用対効果の面から事業計画を評価する。この様に、事業計画は、一面的に判断できる事ではない。

特に、事業計画を立てる時は、収益の長期的な見通しとキャッシュフローから資金の調達と返済と言った資金計画は欠かせない。どちらも不可欠な事である。
そして、事業の成否は、初期設定の段階に織り込まれている場合が多い。巨額な初期投資をした場合は、待ったなしに資金の返済が始まるのである。しかも、それは損益上表面に現れてこない。
減価償却費は支出のない費用だなんてとんでもない考え違いが横行しているのである。減価償却費と借入金の元本の返済が直接的に結びついていないというだけで、減価償却費は自由になる資金だなどと思ったら、大変な間違いを犯してしまう。

事業計画は、損益と貸借、そして、投資キャッシュフロー、営業キャッシュフロー、財務キャッシュフローが相互に作用しながら事業を動かしているのである。

事例を想定して資金の流れをキャッシュフローに表してみると経済の構造が見えてくる。
例えば、初年度、2億円を元手として8億円を借り入れし、土地に4億円、設備に6億円投資したと仮定する。税は税引き前利益に対して50%とする。
投資キャッシュフローを核にして資金の流れを単純化すると以下のようになる。

投資キャッシュフローの推移
 年  初年度 一年度   二年度  三年度 4年度  五年度   六年度  七年度  八年度
 営業CF    税引き前純利益  0  0  0.5  1  2  2  2  2  2
 租税公課  0  0  -0.25  -0.5 -1   -1  -1 -1  -1 
 減価償却費  -1  -1 -1   -1  -1 -1 0
 投資CF  固定資産(土地) -4  0  0  0  0  0
 固定資産(設備) -6  1  0  0
   財務CF  運転資本  0  0.75 1.4  1.9 1.9  1.9 1.9 1.9
 長期借入金  -1  -1 -1   -1  -1  -1  -1 -1 
 資本  0  0  0  0
 資本(内部留保)  0 0 0.1  0.1 0.1   0.1 0.1  0.1 
 過不足  0  -1  -0.75  -1.4 - 1.9  -1.9  -1.9  -1.9  -1.9

減価償却は、固定資産の増減として現れる。減価償却費として計上された部分は、利益を下げる。税は、利益を対象として課す。故に、減価償却費が引かれただけ課税額は低くなる。
設備投資にかかった資金は減価償却費に関係なく長期借入金の支出となる。金利分は、費用の増加になって利益を減らす。
利益は、借入金の返済に直接向けられるものではない。利益は、利益処分の対象であり、利益処分には借入金の元本の返済は計上されていないのである。
利益処分から配当金や役員報酬は支払われるため、税引き前利益が上がったとしても借入金の減少にはつながらない。資金が不足した分は、増資できなければ借入金を増加させる。
借入金を減らすのは、内部留保された部分である。そのために、借入金は、内部留保を積むか、増資をしない限り増え続ける事になる。

設備投資、すなわち、償却資産の働きは、減価償却費として計上されるが、その裏に長期借入金の返済が隠されている。上の表では、減価償却費と長期借入金の年間の返済額は一致したものに仮定しているが、実際は、償却費は任意に設定されるため長期借入金の返済と一致しているわけではない。

事業を見る場合、収益曲線と利益曲線、資金収支曲線を見ないと実際の資金の流れは理解できない。たとえ表面的には、利益が出ていても資金収支が悪化している場合がある。そして、産業全体の資金収支が悪化している場合は、放置していると業界全体の経済状態が破たん状態に陥り、負債が急激に拡大する。さらに、利益は金利に左右される。この点を考慮に入れると、長期借入金の元本の返済がはかどらなくなった場合、多くの企業の経営が立ちいかなくなる危険性がある。金利が今日のように低い時はいいが、これが、1%、2%と上昇局面に入ると急速に経営状態を圧迫する事になる。

確かに、減価償却費はいろいろと問題がある。しかし、減価償却費をなくすと、経済効果が測定できなくなる。要は、減価償却費の働きを正しく理解する事が大切なのである。

 
企業法人統計  財務省

現代日本のキャッシュフロー



日本全体では、キャッシュフローの現状はどうなっているのか、日本の経済のこれからを予測するためには、それを明らかにする必要がある。

一国のキャッシュフローは、部門間の資金の過不足と国家間の資金の過不足として現れる。資金の過不足は、経常収支と資本収支として表される。
部門間の資金の過不足も国家間の資金の過不足も総和はゼロ、即ち、ゼロ和になる。
故に、キャッシュフローは、総額と部門間の過不足として表される。

部門には、家計、企業、財政、海外部門、金融からなる。経常収支は、売買取引の結果を表し、資本収支は貸借・資本取引の結果、残高を意味する。

キャッシュフローの概念に基づいた現金の流れには、経常的な流れ、投資に基づく流れ、資金繰りによる流れの三つに分類される。この三つの流れと会計上の損益の働きとを結びつける事で、今日の経済の働きは見えてくる。

特に、長期的資金の流れを明らかにする事が、経済を立て直す上で鍵となる。

三つのキャシュフローは、状況に応じて正と負の値をとる。正の値をとるか、負の値をとるかで、資金の流れる方向を読み取る事がある。キャッシュフローは、流れる方向と量、組み合わせによって働きが明らかになる。
キャッシュフローの組み合わせとは、営業キャッシュフロー、投資キャッシュフロー、財務キャッシュフロー各々が正の値をとるか負の値をとるかによって決まる。それぞれに正と負の値があり、三つの区分があるから、組み合わせの形は、八つある。
例えば、営業キャシュフローが正の値で、投資キャッシュフローが負の値で、財務キャシュフローが正の値である。因(ちな)みに、この形は、キャッシュフローが正常に機能している事を現している形である。

現在日本の全産業のキャシュフローの形は、第一に、営業キャッシュフローが正の値である。そして、第二に、投資キャッシュフローが負の値である。第三に、財務キャシュフローが負の値である。

キャッシュフローはゼロ和である。



キャッシュフローを見る場合、注意すべき点は、キャッシュフローは基本的にゼロ和だと意事である。
但し、キャッシュフローがゼロ和になるのは、現金残高を前提とするという事である。
それに対して、損益は、貸借がゼロ和だと言う事である。ただ、損益はゼロ和にはならない。これは、複式簿記の構造に基づいて貸方、借方の総和はゼロになる。この二つのゼロ和によって市場経済は均衡している。

また、市場取引は、売り手と買い手、貸し手と借り手がいて成り立ち、売り方と買い方、貸方と借方を足すとゼロになるように設定されているからである。
市場構成する個々の取引の和は、ゼロに均衡する。故に、全てを足してもゼロとなる。

また、貸し借りと売り買いは、表裏をなすから総和はゼロになる。
資金不足部門があれば、資金余剰部門がある。資金不足があれば、同量の資金余剰が発生する。
そして、単位期間の資金の過不足は、貸し借りとして長期資金に蓄積する。
蓄積した過不足は、金利として時間価値に反映される。金利は、所得の幅によって制約を受ける。

これが大前提となる。

この国際間、部門間、売買いと貸し借りがゼロ和である事によって経済の枠組みは作られる。
故に、経済指標の重大な要因は、総量と増減の幅にある。
つまり、債権債務、資産負債として蓄積された総量と可処分所得の幅が問題となるのである。

現在の我が国は、企業、家計が資金余剰主体であり、財政と海外部門が資金不足主体である。
財政部門の累積された債務、国債が巨額で、歳入を返済額が圧迫し、歳出を制約して財政の均衡が保たれない状態にある。
これを解消するためには、総所得を増やすか、総支出を減らすか、財政部門の債務を他の部門に転化する以外にない。

現代経済を考える上でゼロ和という概念が、重要な鍵を握っている。特に、期間損益と現金主義を理解する上にもゼロ和は、鍵となる。ゼロ和と言っても何に対してゼロ和となるのかが解らないと、ゼロ和の働きを理解する事はできない。
現金主義でゼロ和が鍵となるのであるから、キャッシュフローを考える上でもゼロ和が重要になる。何と何がゼロ和となるか。そして、なぜゼロ和となるのか。ゼロ和の意味は何かを正しく認識する事が、健在の動きを読み解く際の鍵となる。

無論、ゼロ和が鍵を握っているからと言って何でもかんでもゼロ和によって解決しようとするのは危険であるし、無意味な事でもある。大体、期間損益は、ゼロ和にはならない。



経済の動きを予測する為には、「お金」の流れを補足する必要がある。


市場経済を実際に動かしているのは、「お金」の流れである。「お金」の流れは、資金の過不足によって生まれる。
故に、経済の状態を制御するためには、「お金」の流れの動向と働きの相関関係を常に、掌握しておく必要がある。
資金の状態とは、資金の過不足の偏りを意味する。資金の過不足の偏りがわかれば資金の流れる方向を予測する事が出来るようになる。資金の過不足の偏りを理解するためには、資金の流れを補足する必要がある。資金の偏りが一方向に向かっている場合は、注意する必要がある。
ただ、資金の流れを作っているのは、資金の偏りである事も忘れてはならない。資金の偏在をなくし、平らにしてしまうと資金は流れなくなる。
つまり、資金の過不足の増減運動を調節するのが経済の仕組みを制御する事なのである。

現金の流れを捕捉することは、経済の動きを予測する為には欠かせない事である。
故に、キャッシュフローは重要なのである。

経済の状態を表す数値の動きは、キャッシュフローに良く現れる。
なぜ、キャッシュフローが重要なのか。それは、貨幣経済の仕組みは、お金の力で動いているからである。

お金の流れに偏りや停滞が生じるとお金は円滑に流れなくなり、経済が正常に機能しなくなる。だから、お金の流れを常に監視して偏りをなくしておく必要がある。

だからこそ、キャッシュフローを抜きに経済政策は語れないのである。

資金の働きは、費用対効果、投資対効果によって測られる。資金の調達と運用の均衡が重要なのである。
費用対効果は、収益構造によって、投資対効果は、資金計画と採算予測によって評価できる。
資金の短期的な働きと長期的働きの整合性をとる事が経済政策の要となる。

資金の調達手段には、収益的手段と負債的手段、資本的手段がある。
資金の運用手段には、消費的手段と貯蓄的手段、投資的手段がある。
資金調達の基本は、収益的手段であり、収益の範囲内で消費が行われるように調整するのが基本である。
収益の範囲を消費が越えると貯蓄を取り崩すか、負債的手段、あるいは資本的手段を講じる事になる。
その場合、資金不足が長期的資金に蓄積される事になる。

資金の流れは、一般に調達側から運用側へ流れる時は、規模が拡大し、逆方向に流れる場合は、規模が縮小する。
資金の流れを補足する事は、市場が拡大しているか縮小に向かっているかを見極める上で重要な指標となる。


外部資金を調達するか、内部資金に依存するか



事業を始めるには、どれくらい手持ち資金があるか、どれくらい「お金」を持っているかが問題となる。元手がどれくらいあるかが、事業の鍵を握っている。そして、その「お金」をどの様に調達したかが資金の性格を決める。お金がいくらあると言っても筋のわからない「お金」は使えないのである。そして、事業を始めるためにどれくらいの資金が必要なのか。
そして、実際は、手持ち資金は、どれくらい必要で、資金をいつどれくらいをどこからどの様に調達したか。それを何処に、どの程度、どの様に使ったか。つまり、運用したかを明らかにしなければならないのである。
資金調達、資金需要、資金運用の関係が財務キャシュフローの根本を構成している。

資金調達には外部調達と内部調達があり。資金需要は、固定質投資と運転資金からなり。資金運用は、現金・預金、有価証券、その他の投資からなる。一般に用いられるキャッシュフロー概念とは違う。
しかし、一般で用いられるキャシュフロー概念と資金需給を引き比べると資金の流れの特徴がよく見えてくる。

資金の調達先は、外部と内部がある。外部は、金融機関や投資家等から資金調達を言うのに対して、内部資金というのは、経営主体の内部から資金を調達する事を言う。

内部資金調達には、内部留保や減価償却費を活用する事によって資金を捻出する事や資産を売却したり、経費を削減することなどによって、また、企業間信用を活用する事で資金を調達する事を言う。

「法人企業統計」に表れる、全産業、産業毎、規模別、金融機関のキャッシュフローを見ると数値がいかに正直かがよくわかる。
日本経済が現在置かれている状況は、ニクソンショックが根本にあると考えられる。ニクソンショックによって世界経済は、新たな段階に入り、そして、リーマンショックは、ニクソンショックによって構築された新たな秩序が根本から覆されたと言える。

「企業法人統計」では、キャッシュフローに相当する部分は、資金需給に表される。
資金需給は、資金調達、資金需要、資金運用として表される。

資金の需給で分岐点となった重大な点がいくつかある。
それが、外部資金調達の分岐点となった1991年と外部調達資金がマイナスになった1997年である。
この二点によって資金の流れは明確に変わったと言える。

後で、フリーキャッシュフローについて述べるが、フリーキャッシュフローは、内部資金と外部資金にもかかわる事なので、少し触れておきたいと思う。
フリーキャッシュフローというのは、いろいろな定義があるが簡易にとらえると減価償却費と税引き後利益の和を指し、一般に支出を伴わない収益を指す。そして、新規投資をこの範囲内で行えば無難であるという認識がある。しかし、これは大変な誤解で、この様な費用の対極にあるのは、収入を伴わない収益であり、これらの関係によって生じる資金の過不足は、貸し借りによって賄われる。そして、減価償却費の対極にあるのは、長期借入金の返済と配当である。この関係を理解しないと投資に意義が理解されなくなる。
フリーキャッシュフロー内に投資を限定したら投資は、更新投資のみに限定され、純粋の新規投資は抑制される。それは、投資が内部資金の範囲に抑え込まれることを意味し、総所得を抑制してしまう。

  

社内金融として表される内部資金は、内部留保と減価償却費である。

2000年を境にして資金調達は、内部資金調達に依存するようになる。
資金の流れる方向が変わったのである。

お金の出入りが、経済の仕組みを動かしている。



慢性的にキャッシュフローが不足し続けると社会全体が借金体質に陥る。
おかしな話であるが、世の中の企業全てがキャッシュフローを改善しようとすると金融が借金依存体質になる。つまり、貸出先が喪失するのである。
キャッシュフローを改善する為には、原因を知る必要がある。
経常的キャッシュフローの不足は何が原因の第一は、収入、収益、突き詰めると、可処分所得の不足である。第二に、過剰生産である。第三に、過剰投資である。第四に、過剰雇用である。第五に過剰負債である。
例えば景気がいい、売上があるからキャッシュが回っていると考えるのは早計である。売上が上昇している時は、特にキャッシュフローが悪くなる場合がある。同様に景気が過熱しても実際は現金が不足している場合もあるのである。

お金は経済の仕組みを動かす道具である。

貨幣経済の仕組みを動かしているのは、お金の入りと出である。即ち、収入と支出である。故に、経済の均衡は、収支によって保たれている。収入だけを計ったり、支出を抑えるだけでは経済は良くならない。要は、収入と支出の均衡なのである。
個々の主体から見れば、収入と支出は別のことであるが、全体から見ると収入と支出は表裏一体のことである。出す者がいれば受け取る者がいる。借りる者がいれば貸す者もいる。
収支、売買、貸し借りは、均衡している。この様な取引を外部取引という。外部取引は、対称的で、尚且つ、均衡している。それに対して損益取引や資本取引を内部取引という。内部取引は、非対称である。
その点を忘れたら、経済の仕組みは理解できない。支出が収入を上回っているのか、収入が支出を上回っているのかその状態が意味することが重要なのである。支出が収入を上回っている主体に収入が支出を上回っている主体にお金を貸すである。逆に視点から見ればお金が不足している主体は、お金が余っている主体からお金を借りるのである。この関係が成り立たなくなると経済の仕組みは破綻する。これが大前提である。

要するに、お金の出入りを把握する事が肝心なのであり。その為には、どれくらいのお金が残っているかではなく。どこからお金を手に入れて何に支払ったのかが重要なのである。つまり、お金の働きを明らかにする為には、お金の流れを掴む必要があるのである。
資金の働きで決定的な役割を果たすのは、資金の過不足によって生じる資金の流れであって資金の有り高ではない。
お金は循環する事で働きを発揮するからである。

収支は資金の需給関係。



収入と支出は、資金の需給関係と言える。
企業統計法人における資金需給は、前期と当期の差を言う。
資金の需給関係は、資金調達と資金の運用状況によって関係によって決まる。
資金調達は、外部調達と内部調達からなる。外部調達は、増資、社債、借入金からなる。借入金は、短期借入金と長期借入金によって構成される。
内部調達は内部留保と減価償却費からなる。
内部留保は、利益留保、引当金、特別法上の準備金、その他の負債(未払金等)の期中の増減額の集計したものを言う。利益留保は、その他の資本剰余金、利益剰余金、その他(土地の再評価差額金、金融商品に係わる時価評価差額金等)、自己株式の年度の増減額を言う。
資金需要は、固定資産投資と運転資金からなる。
固定資産投資は、設備と土地、無形固定資産に対する投資からなる。
運転資金は、在庫投資と企業間信用差額、その他からなる。
企業間信用差額は、与信超、即ち、企業間の貸借関係をいい、売掛金と受取手形の和と買掛金と支払手形の和の差を言う。売掛金と受取手形は、売上債権であり、買掛金と支払手形は、仕入れ債務である。企業間信用差額とは、売上債権と仕入れ債務の差である。売上債権から仕入れ債務を引いた差が正の場合は、運転資金とされ、負の場合は、受信超と見なされ内部留保に含まれる。
運転資本のその他は、短期貸付金等のその他流動資産と繰延資産の和である。
資金調達に対して資金需要の過不足は、資金運用によって補われる。資金運用は、現金・預金、有価証券、その他の投資からなり、有価証券には、流動性の高い一時保有有価証券と固定性の高い、投資有価証券がある。又、その他投資は、長期貸付金と投資不動産などを指す。(「法人企業統計年報特集(平成23年度調査)」 財務省 高浪政夫)

運転資本の増減と短期借入金の増減

法人企業統計

運転資本の減少は、運転資金の不足を意味しているからその分短期借入金によって補っている。この点は、営業キャッシュフローで述べている。
問題は、運転資本の過不足の原因であるが、主として売上と在庫が関係している。

景気の拡大期は、売上の上昇に伴って債権の回収が進み、また、在庫の回転も速くなる。売上の上昇に伴って債務も増加する傾向が出る。

大きく運転資本が減少したのは、第一次石油ショック時と第二次石油ショック、およびバブルが発生した時、そして、リーマンショック直前である。
オイルショック、バブルが形成されている時は、在庫の現象と債権の縮小が顕著である。在庫は、単価と数量の積であり、数量の伸びはさほどではないから単価の要因が大きい事がわかる。それに対してバブル崩壊時、リーマンショックにおいては、在庫の需給が急速に縮んでいる。さら、リーマンショック時は、債権が急速に膨れあがり、債務が急速に縮小している。

営業利益と営業キャッシュフローの関係


経営の要は、収益にある。この点を誤ると経済の本質を理解する事はできない。
先ず、経営主体は、収益を上げる事が前提である。そして、収益の質を測る指標が利益である。
利益は、収益から費用を引いた値である。利益を裏付ける資金の流れが営業キャッシュフローである。
利益は、費用対効果を表している。
営業キャッシュフローは、資金の過不足を表す。利益がなくても経営主体は潰れないが、現金が底をつけば経営は行き詰まる。

営業利益は、単位期間内における取引の結果を現し、営業キャッシュフローは、短期資金の働きを現している。
営業利益と営業キャッシュフローは、運転資本と減価償却費の分だけ捻じれる。

全産業

法人企業統計

企業間信用差額は、経常的取引の過程で生じる企業間の貸し借りを言う。売上債権を売れ上げを計上していながら、代金を受け取っていない取引をいい、仕入れ債務は、物を受け取っていながら支払いが済んでいない取引を言う。キャッシュフロー上、売上債権は、代金を受け取るまでは、売上から差し引く必要があるし、仕入れ債務は支払が終わっていないのだから加算する必要がある。

国民経済計算書とキャシュフローでは、国民経済計算書の消費と営業キャッシュフロー、投資と投資キャシュフロー、貯蓄と財務キャッシュフローと対応している。




企業間信用差額(与信超)=(受取手形の増減額+売掛金の増減額+受取手形割引残高の増減額)-(支払手形の増減額+買掛金の増減額)ただし、値が負の場合(受信超)は内部留保に含む。

受信超=企業間信用差額(与信超)=(受取手形の増減額+売掛金の増減額+受取手形割引残高の増減額)-(支払手形の増減額+買掛金の増減額)の値が負の場合。

与信超の場合は、市場が拡大していることを表し、受信超は、市場が収縮していることを表している。



単位 1兆円


信用供与率は、受取手形、売掛金、受取手形割引残高の和を支払手形と買掛金の和で割った値である。
基本的に信用供与率は、100%以上である。




消費の質が肝心である。



現代社会は、何でもかんでも安ければいいと思い込んでいる節がある。安ければいいという発想そのものが貧しい。価格は、収入と支出の均衡の上に成り立っている。買い手に有利なだけでは売り手は破産する。買い手と売り手との力が均衡する所で価格は安定すべきなのである。消費者が善で生産者は悪だという図式は偏見である。問題は、消費の質である。

消費の質を考えずに、廉価だけを追求すれば、支出が抑制される。支出は裏返せば収益である。収益構造は、費用構造である。費用構造は、支出構造である。支出構造は所得構造でもある。つまり、闇雲に費用を削減すれば収入が抑制される結果を招くのである。廉価ではなく適正な価格である。それを維持するために、期間損益は成立したのである。

消費の質とは何か。それは、消費行為の実態を見ないと解らない。

消費の質を考える前に、「お金」と消費の関係を明らかにしておく必要がある。
まず第一に、「お金」は、消費されない物。「お金」は、「お金」以外に使い道のないものだという事である。
基本的に物の経済は、生産と消費と在庫と言う関係で成り立っている。それに対して、「お金」の経済は、所得と支出と貯蓄で成り立っている。どこが違うかと言うと第一に、在庫と貯蓄である。在庫には物理的性格があり、時間とともに劣化するという点である。生鮮食品は、腐敗するし、流行りのある服は、陳腐化して価値が劣化する。それに対して、「お金」の名目的価値は劣化しない。時間の変化に対しては、時間価値として金利を生み出す。だから、貯蓄は、資本となりうるのである。
第二に、「お金」は、「お金」以外に使い道がないという事である。「お金」として使われた後、余った「お金」は、「お金」として累積される。それが借金、負債の原資になる。つまり、余った部分が負債と資本を形成するのである。
第三に、「お金」は、一方的に流れのでは効用を発揮しない。「お金」は、循環する事で効用を発揮する。物は、消費される事で使い尽くされる。それに対して「お金」は、支出される事で消滅する事なく、価値をそのまま保持して他の経済主体に流れていく。つまり、「お金」は、「お金」として使われるだけで、消費されない。「お金」の価値は失われないのである。だから、消費ではなく支出である。

故に、物の消費で重要なのは、質であり、支出で重要なのは量である。ここに量と質との転換がある。この転換が適正になされないと、生産に投入された労力と労力の対価としての所得との関係が不均衡になる。
消費と支出との関係は、消費の質と支出の量の問題でもある。生産と所得、消費と支出、在庫と貯蓄この関係が市場の根底にはある。

消費と支出との関係が所得の外枠を形成する。所得の外枠として大事なのは、所得のサイズ・規模である。
消費は、生産手段による。消費の本となる生産財が、大量生産によるものなのか、手作りによるものなのかと言った質によって決まるからである。生産財の単価の高低が所得や収益に反映される。

同時に生産された物が消費されないと在庫になるが、基本的に在庫は、保存できない。保存できても保存料がかかる。つまり、余りは無駄となる。しかし、「お金」は、残る。余った部分が資本を形成するようになる。つまり、余剰の本質的な意味が違うのである。過剰に生産され余った物は、捨てられる。廃棄される。しかし、「お金」は、再利用される。再利用されて蓄積していくのである。
この「お金」の性格が資本主義の根底にある。

物は、使い道がなかったり、残ればゴミである。「お金」は、残れば宝になる。この違いが資本主義や貨幣経済の根本にある。残った「お金」が、資本や、資産、負債に転じるからである。残ったお金も劣化させればいいという思想がある。しかし、それでは、「お金」は、市場を循環しなくなる。「お金」は、資金の過不足を補うように市場を駆け巡るからである。貸し借りが成立しないと資金を市場に循環させる事が出来なくなる。
ただ、余った「お金」が一方的に積み上がると資金の流れを悪くする。動脈硬化を起こして資金の流れを悪くするのである。

今日、問題なのは、消費の質と支出の量が不均衡になっている事である。消費の質は、生活の質である。普及品が求められているのか、高級品が求められているのか、生活の質を高めようとしているのか、量を優先しているのか、それによって支出の量は変わってくる。ところが、今日の経済では、生産者も消費者も高くても品質のいいものを求めているのか、品質が悪くても安いものを求めているのか、それが曖昧にされていて、量と質、両方を求めている。その為に生産と所得が不均衡になっているのである。

劣化しないのは、「お金」だけではない。石油だって土地だって劣化しない。「お金」は、劣化しないだけでなく、「お金」以外に使い道がないのだ。金本位時代は別である。金には、「お金」以外の使い道があった。つまり、「お金」に物としての使い道があったのである。いまは、「お金」は、「お金」、物としての属性をかなぐり捨てた。物としての属性をかなぐり捨てる事で「お金」の本質が顕になった。「お金」には、「お金」としての使い道しかないのである。「お金」は物ではないのである。




キャッシュフローには過程がある。



キャシュフローには、一定の過程がある。キャッシュフローの働きを理解する為には、その過程を予め頭に入れておく必要がある。

事業は、先ず初期投資がある。
その初期投資の為に資金調達がある。
最後、投資した資金を収益によって回収する。これらの三つの行為が資金の流れを創り出す。
即ち、初期投資が投資を形成し、資金調達が財務の流れを形成し、収益による資金の回収が経常収支を構成する。
この三つの資金の流れを土台にして期間損益を理解する必要がある。

事業を立ち上げた初期は、潤沢な資金が用意されている場合が多い。と言うよりも、初期投資には資金が必要とされる為に、纏まった資金が準備されているのが一般である。さもないと最初から資金不足に陥り事業継続する事が不可能になる。

借金は、手持ちの資金量を過大に見せる働きがある。いわゆる、梃子の効果である。元金を何倍にも膨らませる事で巨額な初期投資を可能とするのである。しかし、資金の多くは純資産も含め自己資金ではなく、外部からの借り物である。その点をしっかり理解しておかないと自分の力を過大に見積もる事となる。
例えば、住宅ローンや自動車ローン、いろいろな割賦販売は、一見、自分が金持ちになったような錯覚を起こさせる。事実、家や自動車、家財と言った物を豊富に手に入れる事はできる。しかし、支出は支出であり、借金は支出の繰り延べに過ぎないのである。そして、ローンや割賦は借金の一種なのである。
しかし、その後月々の返済に追われ自由にできるお金が減る。終いには、自由にできる金がなくなってしまうのである。この様に可処分所得が少なくなっても一定の所得が確保されている場合は、生活が破綻する事はない。しかし、当てにしていた所得が得られなくなったり、失業などによってまったく所得がなくなると途端に借金の返済によって首が回らなくなる。極端な話、借金がなければ倒産はしないのである。
これは、企業のみならず家計も財政も同じである。それが借金の怖さである。
ただ、考えてみれば、お金がないという理由だけで命まで奪われる事はない。命まで失うのは、食料や水といった生きていく為に必要な資源が手に入らなくなった場合だけである。ところが、多くの人がお金が返せないと思い詰めて自分の命を絶ってしまうのである。それは何か、現代社会はお金が全てであるように錯覚し、或いは錯覚させられているからである。それでは人はお金の為に生きている事になる。そして、現代社会は、人がお金を支配するのではなく、お金が人を支配すると言った転倒が起きているのである。

貨幣経済の仕組みは、お金が流れることによって動いている。お金の働き、お金の入りと出、即ち、入金、出金によって発揮される。入金、出金は、常に二つの主体の間において成立する。二つの主体の間をお金が出入りすることによって貨幣経済の仕組みは動いている。
つまり、貨幣経済の仕組みにおいては、お金の流れる方向、お金の流れる量、そして回転が鍵を握っている。

支出と収入は、表裏の関係にある。故に、全体ではゼロ和となる。視点を変えると入金は、出金であり、出金は入金となるのである。入出金は認識の違いから生じる。元は同じ事なのである。
収入と支出、収益と費用、貸し、借りも同じである。

取引の基本は、売り買いと貸し借りである。
貸し借りで「お金」を供給し、売り買いで「お金」を活用する。

投資された資金は、長期的資金の流れの裏付け、根拠となる実質的流れと資産を形成する。
実際の資金調達の流れは、貸し借り、貸借によって名目的な流れ、財務キャッシュフローを形成していく。

営業キャッシュフローは、与えられた生産手段に基づいて形成される経常的な資金の流れを指して言う。
つまり、売り買いを基礎として実体的な物と金の分配を担っている。営業キャッシュフローからも貸し借りは生じるが、それは、経常的な活動の過程で生じるものであり、故に、売上債権、仕入れ債務、棚卸を構成する。
又、費用性資産である償却費も含まれる。

投資キャッシュフローは、生産手段(ストック)に対する収支を言う。

財務キャッシュフローは原則として資金の過不足を補う目的で派生する。財務キャッシュフローはあくまでも補助的、補完的、手段であって主たるもの、目的にはならない。

故に、市場全体の取引を集計したキャッシュフローと個々の産業、企業のキャシュフローをつなぎ合わせてみると資金の流れの全体像が浮かび上がってくる。


フリーキャッシュフロー



三つの流れ以外にキャッシュフローを分析する上では、フリーキャッシュフローも重要な指標の一つである。

フリーキャッシュフローを営業キャッシュフローと投資キャッシュフローの和としてグラフにすると下のグラフになる。


法人企業統計

フリーキャッシュフローとは、純現金収支である。
純現金収支とは、事業経営の柱となる現金の動きである。
フリーキャッシュフローとは、本業から稼ぎ出されるキャッシュフローのことを言う。

ただ、フリーキャッシュフロー公式に定義された概念ではない。
それ故に、フリーキャッシュフローにはいろいろな概念見方がある。

一つの考え方は、フリーキャッシュフローは、自分たちが自由に使えるお金という考え方である。
もう一つの考え方は、当該企業が本来の活動によって生み出したキャッシュフローという考え方である。

この考え方の違いは、計算の仕方に現れる。
簡易な計算方法としては、「営業キャッシュフロー」から設備投資や企業買収などに供された「投資キャッシュフロー」を引いた値として考えられる。
しかし本来の考え方は、考え方は、営業純益に償却費を足して、設備投資と増加運転資本を引いた値という事になる。

ここでは、フリーキャシュフロー=営業利益+減価償却費-租税公課-ソフトウェアを除く設備投資-企業間信用差額-在庫投資(棚卸の調査対象年度中の増減額)をいう。

 

1990年バブルの絶頂期に、フリーキャッシュフローは、不足するのである。企業は、稼いだ金以上に投資していたことがわかる。
それがバブル崩壊後、急伸している。この事は、逆に資金効率が低下した事を意味する。

フリーキャッシュフローのフリーという意味は、フリーキャシュフロー債権者に金利を支払ったり、債務の償還を行ったり、株主に配当支払う事が経営者の裁量で自由になるキャッシュという意味である。
経営者が自分の裁量で投資を決められる範囲、原資を計算するという意味もある。

フリーキャッシュフローとは、自分の自由に出来る所得だと考えると、可処分所得だとも言える。
フリーキャッシュフローを超える部分は、借入に頼らなければならない。

フリーキャッシュフローは、フリーキャッシュフローとは、経済活動によって産み出される返済などの制約を受けない資金である。つまり、経済運営、経営資源として核となるべき現金収入である。

フリーキャッシュフローの計算式は、税引き後営業利益に償却費を足してその値から設備投資と正味運転資本増減額を引く。

フリーキャッシュフローの用途は、借金の返済や投資の原資、元手、自己資金、手持ち資金である。
多少の乱高下はあったとしても全業種のフリーキャッシュフローの残高は、余剰である。
余剰なのに、それが設備投資が伸びないのは、手持ち資金以上の投資が抑制されている証拠である。
何が原因で投資は抑制されているのか。それは資産価値、特に地価の下落である。
資産価値の上下は、資金の流れる方向を特定するのである。

キャッシュフローを家計に当てはめると、例えば、日常的な支出は、可処分所得の範囲に出で行われる。そして、住宅とか、自動車などの高額な支出は、金融機関からの借入に頼る事となる。この様な流れは、基本的に企業も財政も同じある。

営業キャッシュフローは、収益と費用の基礎となる現金収支であり、家計で言えば、日常的な収支の部分を指して言う。

投資と借入金は対極的関係にある。
長期的資金の流れは、時間の関数によって費用を変化させ価格を操作する事が可能である。つまり、償却費のような事を用いて利益を操作する事が可能なのである。
時間をどう認識し扱うかが価格や利益を決めると言ってもいい。
その点を正しく理解しないと公正な競争も偏りのない分配も実現的ない。

大量生産、大量消費は劇的に固定費を下げる。劇的に固定費を下げるから価格や利益に重要な影響を与えるのである。単純に利益だけ見ていたら、資金の流れと利益との整合性は理解できない。長期資金の働きとその時点その時点の利益とを結びつけ働きを理解しないと利益本来の機能を理解する事はできない。

フリーキャッシュフローは、損益上に現れた科目から導き出されるものである。
それ故に、財務キャッシュフローが除かれているのである。
フリーキャッシュフローの範囲内で投資をしていたら、経済成長は出来ない。

景気の方向性や状態の基調、基底を構成するのは長期資金の流れである。

先ず、純利益の変化を確認する。その後現預金残高の動向を見る。

そして、収益と付加価値を検討する。付加価値の外枠は粗利益である。収益と粗利益の関係を理解しておく必要がある。


所得の変化が経済にどのような影響を与えるか



総収入の変化が経済全般に及ぼす影響を知る事である。総収入の変化には、総収入が拡大から停滞に変化した場合、拡大から縮小に変化した場合、逆に停滞から拡大に転化した場合、縮小から拡大へと転化した場合等である。
市場の拡大が止まり、停滞、あるいは縮小に向かった場合をどの様な経済状態に陥るかである。
例えば、貸しビル業を例に考えた場合、開店当初部屋がすべて埋まったとしても家賃の上昇が止まっている場合、それ以上の収益を望むことはできない。逆に市場が縮小していて家賃が下落した場合、収入は、開店時点を境に減少することになる。それに対して借入金の返済は、固定的に発生する。費用は、減価償却費をはじめ固定費が一定額継続的にかかる事となる。また、利益に対する納税支出もかかる。
収入の上限が固定されているのに、固定費の拡大は止まらない。そのために、実質的な投資を抑制して名目的費用によって収入の減少を補おうとする。さらに費用や支出を抑制する事を優先するために、市場全体の効用は低下し、費用や支出が減少されることによって実質的所得が抑制され、可処分所得が圧縮される。
現金収支と損益は、別の原理が働いている事を見落としてはならない。
現金主義の時代の感覚と期間損益主義とでは、投資と現金収支において決定的な差がある事を忘れてはならない。
つまり、現金主義に基づく場合、例えば、かかった費用の内、自前の費用、自分の土地を使ったとか、建物は古くからあるものを改造したという場合は、投資として資金の流出がなくても期間損益の場合は、資本として計上しなければならなくなる。また減価償却費として一定期間にわたって費用計上することが要求される。
投資をしなければ新たな費用は派生しないし、見かけ上の費用を削減することもできる。その事によって見かけ上の利益が上がり、価格の押し下げ要因として働く。
この様な前提に基づくと現実の現金収支ではなくて期間損益、即ち、費用対効果によって経済効果がられることになるのである。つまり、期間損益主義では、現金の支出がなくても費用は計上される場合があり、逆の場合もあるのである。
それは、現実の現金の流れより資産や負債、資本と収益、費用の関係によって経済が動かされている事を意味する。この点が重要なのである。
営業キャッシュフロー、投資キャッシュフロー、財務キャッシュフロー、そして、費用と収益の関係は、この点を考慮しないと理解できない。
経済全般で見ても現在の日本の様に名目的な収益の拡大が止まると、資産や負債から生じる費用や支出の圧迫が高くなる。そして、それが実質的可処分所得を減少させるのである。この様な効果が市場の収縮に加速度をつけてくる。
現代の日本経済が底なし沼の様に陥っているのは、収入の停滞によって資産や負債、費用の負の働き強まっている事に起因している。この点を改善しない限り、日本経済は、内圧によって押しつぶされてしまう。
見かけ上の利益は、増加していても実際的な現金収支は、常に、負である状態に陥る。企業はさらなる利益を求めて過当競争に陥り、現金収支を悪化させる。そして、資金繰りが悪化して突然死を迎えるのである。これは、市場全体の未来を暗示している。



資金の流れは、経済の在り様を決める。



ニクソンショック、オイルショック、プラザ合意、バブル、リーマンショックと日本経済には、経済の在り様の節目となる様ないくつかの出来事がある。
我々は、外に現れた現象に目を奪われがちだが、実際はその背後で大きな変動が隠されている事がある。

オイルショックによって高度成長は終止符を打たれたと言われる。
オイルショックは、高度成長の終焉と言われたが、ニクソンショックやオイルショックによって高度成長は、終止符を打ったのか。それともそれ以前に高度成長は終わっていたのか。

高度成長は、一般に1952年から1972年までの間を指し、この間、実質的GDP年平均成長率は、9.2%を記録した。




しかし、粗鋼の生産量は60年代後半には、横ばい状態に入り、市場が飽和状態に達していたのが読み取れる。



高度成長の牽引役だった家電製品も70年代前半にはほぼ飽和状態に達してしまう。
これらの事を鑑みてみると市場が飽和状態になるにつれて成長率は鈍化していると思われる。
市場が飽和状態なって成長率が低下しているところをニクソンショックやオイルショックが直撃したとみられる。



ニクソンショックやオイルショックの背後で何が起こったのか、キャッシュフローから検証をしてみる。
その上で、何が終わり、何が始まったのかを改めて明らかにしていきたい。

市場が大きく変化する時には何らかの前段的な動きがあるものであり、その動きをキャッチする事は、市場を制御するうえで重要な鍵を握っていると思われる。

オイルショック


オイルショック、終わりなのか、始まりなのかという疑問がある。

オイルショックは、高度成長に終止符を打った事件と言われるが、それ以前に高度成長そのものは、オイルショックに関わらず終焉していたと思われる。オイルショックは、高度成長を終わらせたのではなく、高度成長にとどめを刺しただけではないのかと私は考える。

オイルショックを考える場合、忘れてはならないのが起こる2年前に、ニクソンショックがおこり、急激な円高になった事である。
確かに、オイルショックは、高度成長のとどめを刺したような出来事ではあるが、それと同じくらい、否、オイルショック以上に高度成長にとどめを刺した出来事としてニクソンショックは考えられるのである。
一概にオイルショックだけが高度成長を終わら差た出来事ではない。そして、石油価格と為替は、以後、経済の節目節目に大きくな影響を与え続けているのである。

ニクソンショックとオイルショックが同じ時期に勃発した事こそ、象徴的なのである。

一口に、オイルショックと言われるがオイルショックは、1973年の第一次オイルショックと1979年の第二次オイルショックの二回にわたって起きている。

一般に、高度成長の息の根を止めたと言われるのは第一次オイルショックである。

オイルショックになる以前に、1971年にニクソンショックがあり、1973年の列島改造ブームによって地価の上昇は、始まっていた。そのような前提に従って、オイルショックによって物価上昇に火が付き、狂乱物価という現象になった。
これらの事を考えるとオイルショックが高度成長の息の根を止めたというよりも、むしろ、高度成長の終焉を告げる象徴的な出来事と捉えた方が妥当なのかもしれない。

もう一つ特筆すべきなのは、1965年に戦後初の赤字国債が発行された後、十年間発行されてなかった1975年に発行され今日に至っている事である。ある意味で財政問題はここから始まったともいえる。赤字国債、財政問題もオイルショックの副産物と言える。

我々は、オイルショック、石油の高騰ばかりに目を奪われがちであるが、オイルショックを引き起こした背景には、日本経済の質的、構造的な変化が隠されている。
石油危機に以前に、日本列島改造などによって物価の高騰は始まっていたのである。そこに追い打ちをかけるように石油危機が起こったのである。


バブル



バブルと言う現象を分析する時、大前提となる事がいくつかある。

バブルを引き起こす要因は、資産価値の変動、収益力、負債、そして、金利等である。また、資産価値を大幅に動かす要因として為替の変動がある。これらの点を念頭に置いておく必要がある。

バブルの形成と崩壊において何が悪いのか。それは、収益、費用、資産、負債、資本の均衡が悪い事である。本来、負債は、利益の中から清算すべきなのに、収益が上がらない事で、負債を生産するだけの利益が得られない事がバブルを解消できない一番の原因なのである。

まず第一に、収入の調達手段には、損益的手段と資本・負債的手段があるという点である。第二に、資本・負債的手段による資金の調達と運用は、損益上に計上されないという点である。
第三に、損益上に計上されるのは、資産が費用化された場合と負債から派生する金利といった付加価値である。つまり、ストックがフロー化された時である。

バブルの形成と崩壊の前後にどの様な前提条件が変わったのか、明確にする必要がある。
前段階としてあるのは、高度成長の終焉、ニクソンショックによる為替が固定相場から変動相場に変化、そして、為替が円高傾向になる。更に、オイルショックの発生、狂乱物価、プラザ合意によって円高の流れが加速され、金融が緩和され、資産価値の高騰とバブルの発生、消費税の導入によって税制の枠組みが変わった等である。
90年代に入ると総量規制、金融引き締め、バブル崩壊、資産価値の下落、会計基準の変更、金融ビックバン、金融危機、金融再編、雇用制度の変更、少子高齢化の顕現等である。
2000年代になるとゼロ金利、金融緩和、大規模為替の介入、不良債権の清算、財の悪化、リーマンショック、異次元の金融緩和へと続く。
何が市場に働く力の本質や産業構造を変えたかである。それを見極める必要がある。バブルの形成と発生の背後でどのような変化があったのか、それが肝心なのである。

プラザ合意後の急激な円高がバブルの伏線になる。
急激な円高は、輸入物価のみならず、国内生産物の価格も抑制する。その為に、市場価格に下方圧力がかかり物価全体が抑圧され、収益力の低下につながる。また、輸入品は、価格に転嫁するまで時間がかかるのに対し、輸出品は、直ぐに価格に反映される。これも、収益に対する下方圧力となる。

円高によって、不況になり収益力が衰える一方で資産価値が上昇した場合、経費などの削減によって利益の向上をはかる。しかし、費用を削減しても効果が上がるのには時間がかかる上に、費用の削減は、収益力の低下に結びつく危険性がある。また、全体的に見ると所得の低下を意味する。
その時、資産価値が上昇している場合は、手っ取り早く資金を調達しようと思えば資産・負債的手段を講じる事である。ただ、資本・負債的手段によって得た収入は、収益として計上する事が出来ない。その為に名目勘定を使って収益の嵩上げをしないと損益上赤字となる。
借入金によって得た収入は、損益上には、計上されない。資産価値が上昇した事によって生じた資金の調達力によって損益上に表れない資金が市場に供給されるのである。名目的収益で表面を取り繕えば、実体の伴わない利益が計上される事になる。

忘れてはならないのは、負債・資本的手段で得た資金には、金融費用が掛かる。つまり、損益上に表れない多額の資金から派生する金融費用や償却費によって所得が圧迫を受け、それが限界を超えると経済が成り立たなくなる。
円高によって資産価値が上昇し、円高不況で収益が悪化したのを補う形で負債が累積し、それが、支払金利を増加させ、所得を圧迫するようになる。更に、元本の返済が上乗せされる事で、金融費用の負担に耐えられなくなる。その時バブルが弾け、資産価値が下落すると資金繰りがつかなくなり、なおかつ、不良債権が発生する。


国民経済計算書 ストック

要するに長期的な資金の動きは、損益の表面には現れないという事である。資本・負債取引、資産取引に伴う現金収支は、表からは見えない。
経常的な収支は、所得や収益の範囲内で賄われるのが原則である。借金で得た金を生活費に回したり、投機、博打で儲けた金で借金の返済をしようなんてまともではない。そのまともでない事がバブルの時代に起こったのである。

バブル期は、収益がそれほどいいという実感がないのに、奇妙な熱狂があったのは、損益上に表れないところで資金の供給があったのに、バブル崩壊後、企業業績が好転しているはずなのに、景気がいいという実感がないのは、資金が回収方向に流れて市場に出回っていないからである。

負債・資本的手段で資金を供給しても家計消費は伸びない。なぜならば、負債・資本的手段は、所得や収益に直接影響しないからである。表に現れない「お金」の動きであるから「お金」だから裏金になりやすい。

バブルと言うのは、実体のない活況、生産性のない浪費と言った現象が現れる。それは、損益上に計上されない資金供給がされるからである。生産性を伴わない浪費は、社会を頽廃化する。

高度成長は、市場の成熟とともに徐々に成長力が低下していった。そして、経済が成熟するのにともなって経済の性質も変わってきたのである。変わらなかったのは、生産者であり、行政である。
市場の根本的状態が変わったのである。何でも右肩上がり、成長、拡大を前提とした従来の手段、やり方では通用しない。
従来のやり方を強引に推し進めれば、経済は破綻してしまう。量から質への転換が計られる必要があった。大量生産から多品種少量へ。普及品から、高級品へ。工業製品から手作りへと経済の性格を変える事が求められていた。その兆候として人々は争ってブランド品を求めたのである。
高くてもいいものを大切に長く使う。それが本来の在り方である。いいものを大切に使う事は、資源を守り、環境を維持する事にも役立つ。
大量生産、大量消費は、資源の浪費や無駄遣いを奨励する事を意味している。
まるで吐いてまで、料理を食べさせようとしてるかが如くである。その結果、飽食の時代を生み出してしまった。欲望のままに生きる餓鬼道そのものである。

高品質化、多品種少量、多様化を促すべきところを、無理やり消費者に、生産者も、行政も、メディアや、流通業者まで大量生産、大量販売、大量消費、廉価を押し通そうとした。その結果、安売り合戦、過当競争が始まり地方の商店街は衰退し、大型スーパー、郊外型ショッピングモールと移行した後、いずれもが衰退していくことになる。
そして、シャッター街、ショッピング難民などを現出させてしまったのである。商店街が枯れ、市場が砂漠化しているのである。
また、大資本による大規模な投資は、結局、資本の回収を難しくさせ、結果的に産業の衰退も招いた。

収益力が低下している時に規制を緩和すれば寡占、独占が促進される。

成熟し、量的な拡大が望めなくなったら質的な拡大に期待すべきなのである。それをやたら技術革新だと変化ばかりを追い求め高度成長期同様の投資をし続けていたら破綻するのは目に見えている。量産品や安物ではなく、多少高価でも、生産するのに手間暇や時間をかけ付加価値の高い物の市場開拓に力を入れるべきだったのである。
ところが、バブル期に、潤沢に得た資金を従来型の大量生産型投資に振り向けた。その結果、招いたのが、過剰設備、過剰負債、過剰雇用である。

また、高度成長の終焉は、金融制度の根底をも揺さぶった。
高度成長時代は、金融を要とした間接金融が主体だったのが徐々に企業が直接市場から調達する直線金融へと移行していった。

金融サイドから見るとバブル形成期は、オーバーローン、そして、収入の裏付けのない収益を当てにした融資の拡大。そして、バブル崩壊後は、経費削減によるリストラの強要、そして、貸し渋り、貸し剥がしといった強引な資金の回収。債務処理を後回しにした不良債権の清算。費用を伴わない利益の拡大は経済成長をさせない。強引な資金の回収や不良債権によって市場に資金が流れなくなり、市場を収縮させた。それが金融機関にとって自分たちの首を絞めてしまったのである。健全な市場や産業を育成するゆとりがなかったと言える。

それは、象徴的な事ではあったが本質的な事ではなかった。本質なのは、市場が飽和状態に陥り、拡大から縮小に転じた事である。だから、物の経済から「お金」の経済へと変質したのである。
そして、高度成長の終焉はバブルを準備したのである。

高度成長から低成長時代へ、量から質への転換点においてバブルは膨らみやがて破裂した。

バブルの前には、プラザ合意に基づく、急激な円高があった。同時期に逆オイルショックと言われるような現象も起きている。
価格は、数量と単価の積である。価格は、和ではなくて積だという事が重要となるのである。
円高による収益力の低下と資産価値の高騰が背景にある。この二つの要素がなければバブルは形成されなかった。
もう一つ忘れてはならないのは、借入金による収入も支出も会計上差額勘定でしか計上されない。つまり、表面に現れない上、損益には直接的な影響を及ぼさないのである。この事によって表面に現れないところに隠された大きな資金の流れが発生するのである。これが、表面に現れる収益以上の好景気や不景気を引き起こしているのである。


非金融資産・金融資産・負債残高

国民経済計算書

バブル崩壊は、日本経済の枠組みを変えてしまった。
我々は、地価や株価の暴騰とその後の急落と言った現象に目を奪われがちだが、もっと根源的な変化は、市場の構造の枠組みが変わってしまったと言う点にある。現象の背後でどの様な構造変化が起こっているかを明らかにしなければならない。その為には、負債と非金融資産との関係を見ていく必要がある。

基本的に金融資産と負債は、同じ動きをしている。
金融資産と生産資産の並びを変えてみると違った様相が見えてくる。




バブル崩壊後、急速に生産資産が減少したのに対して負債は、むしろ増加している。負債が減少に転じるのは、リーマンショック前、2005年から2007年にかけてである。この時、市場は、ミニバブルの様相にあり、総所得も上昇しているのである。
また、よく見ると生産資産と言っても急速に減少したのは、有形非生産資産であって生産資産も、むしろ、増加傾向にある。
バブル崩壊で急速に価値を下げたのは、有形非生産資産である事がわかる。
有形非生産資産と言うのは、大部分が土地である。土地は生産されない。故に非生産資産なのである。つまり、非生産資産の増減は、量の問題ではなく、価値の問題だという事である。
ここにバブルの本質がある。

貸借・資本取引は損益上に計上されないから、借入金も借入金の元本の返済も損益には計上されない。
借入金によって資金は調達できても収益の改善に結び付かないので、企業は、名目的収益と名目的費用で対応した。名目的収益、名目的費用は、実質的な現金収支を伴わない勘定である。

即ち、名目的収益とは、非貨幣資産の益出し、費用性資産(減価償却費等)の過小評価、未実現利益の計上、繰延勘定の調節、評価勘定(棚卸資産の評価基準の変更等)等を指し。そして、名目的費用とは、即ち、減価償却費や資産、資本の評価損、評価益。未実現損失の計上等を指す。これらは、非資金的勘定である。

資金的裏付けのない取引、期間損益に係らない取引、経常的収支に係らない取引、即ち、名目的取引は、総所得を増やさない。これらはキャッシュフローの表裏となっている。

損益の表面上は、資金裏付けのない勘定によって取り繕い、裏で、損益に表れない収入や支出で補ってきたのである。結局バブルが崩壊すると実質的な部分は生産されたのに、名目的な部分は取り残されてしまった。それが不良債権の正体であり、不良債権というものの実体は、不良債務だったのである。不良債務の処理も名目的費用や勘定を活用するしかなかったのである。

バブルの本質と言うのは、生産的な事象に基づいているのではなく、非生産的な事象によって引き起こされている。損益に計上されない資金の動きと資金の動きの裏付けのない損益によって、実体のない債権と債務が膨れ上がり、債権価値の下落とともに債権と債務の関係が不均衡になった事が原因なのである。

資金の実体がない取引で調節するしかなかったから、総所得は伸びなかったのである。

生産資産残高

国民経済計算書

この様なバブルの性格は、資産の構成にも現れる。
資産は、バブル崩壊後、生産資産から金融資産へと比重を移しているのが見て取れる。
負債は、基本的に金融資産を構成しているのである。


国民経済計算書

1990年は、1991年、地価が崩壊する前夜である。そして、株価は、前年の1989年大引けで日経平均38,915円を記録した後、1月4日の大発会で東京証券取引所の大安値を記録し、これが株価の崩壊の始まりとなる。
1990年の国民資産の動きを見ると非金融資産と金融資産が対照的な動きをしている。金融資産は、マイナスに転じているのに、生産資産は、まだ、プラスを維持している。
金融資産と負債とは、ほぼ同じ動きをする。


国民経済計算書

また、非金融資産の動きからも地価の動向が決定的な働きをバブル形成・バブル崩壊に及ぼしている事がわかる。負債と金融資産は表裏の関係にある。

非金融資産の動きに対して、プラザ合意とバブル崩壊が決定的な働きをしている事がわかる。


国民経済計算書

注目してほしいのは、対GDP比、地価の下落に対して負債残高が減るどころか増えているという事である。

これは、債務と債権の不均衡、ひらきを象徴している。つまり、不良債権は処理されたが不良債務がそのまま温存されている事をも意味している。これが今日の日本の市場の根っこにある。債権と債務の実質的な開きが埋まらない限り、本格的な経済の再生は、覚束ないのである。


国民経済計算書

景気を立て直すためには、実質的取引、即ち、市場が収益を確保できる状態にするのが先決なのである。不当な過当競争や価格に特化した乱売合戦を防ぎ、荒廃した市場を健全にする事である。その為に、かつては、不況カルテルを許していた。無原則に規制を緩和するのは、意味のない消耗戦を企業にしいる事になる。
次に資産価値を上昇させ、債権と債務の均衡をはかる事である。不良債権だけを処理すると不良債務が取り残されてしまう事を忘れてはならない。不良債権を処理する場合は、同時に、対局にある不良債務も処理する必要がある。

その上で、先端技術や発展途上産業に対して戦略的、選択的に規制を緩和し、成長を促すべきなのである。何でもかんでも規制観穂をすればいいというのではなく。規制を緩和すべきところは規制を緩和し、あるいは、規制を強化すべきところは強化すべくなのである。より柔軟な頭の使い方が求められる。規制緩和は駄目というのが石頭なら、何でもかんでも規制を緩和してしまえというのも石頭なのである。


内閣府 国民経済計算書

バブルは、物の経済から「お金」の経済への転換点だと言える。

本業が儲からない、収益が上がらないからと言って借金して金利を払う状態は正常とは言えない。蛸が自分の足を食べているようなもので、実質的な経済には何ら影響を与えない。ただ、長期にわたって放置すると付加価値の構成を歪め、経済の仕組みの基礎を破壊してしまうだけである。



国民経済計算書

資本取引の全体の基本となる部分を構成しているのは、金融資産で金融資産に負債は対応している。
また、非金融資産の動きで有形非金融資産、即ち、地価は、ほとんど影響していないのがわかる。
この事から逆に、実質的な経常取引の実態が見えてくる。ストックがフローに与える影響も推測できる。


国民経済計算書

1998年を境に資本取引の在り方が大きく変化したのがわかる。そして、それを決定的にしたのが2000年である。
2000年以降資本取引では、現金預金も借入金もマイナスに転じている。


国民経済計算書


資本取引の中でも、株式は独特の動きをしている。
株が最も動いた年は、1996年である。1996年は、橋本内閣が発足した年である。
前年の1995年には、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件と世紀末を象徴するような事件があり、そして東京協和・安全信組事件があり。翌年の1997年には、三洋証券破綻、北海道拓殖銀行の北洋銀行に営業権譲渡、そして、山一証券の自主廃業へと続いた年である。
また、1996年は、金融ビックバンの元年と言うべきとしでもある。
それに伴って会計基準も大きく見直される事となる。税効果、キャッシュフロー、連結、退職給付、金融商品等と会計の枠組みを変えてしまう様な改革の始まりの年でもある。

この様な年に大きく株式が変動していたという事実が何を意味するのか、それを解明する事は、バブルの正体、そして、バブル崩壊後の対策の何が問題だったのかを解く糸口となる。


国民経済計算書

国民経済計算書における資本取引において総負債・正味資産に占める正味資産の比率を見ると2001年は、明らかに異常値である。
2001年に何があったかと言うと、海外では、アメリカ同時多発テロと言う歴史を塗り替えるような大事件があった年である。国内では、小泉内閣発足し、骨太の改革が始まり、金融の世界では、量的緩和が実施された年である。
また、2001年は、大蔵省が財務省と金融庁に分割された年でもある。


国民経済計算書

2001年の異常値を除いてバブル後の変化を拡大してみると1999年を境に劇的な変化をしているのが見て取れる。
1999年は、ゼロ金利政策が採られた年である。ただ、それは、一旦すぐに解除された。
なぜ、正味資産が総負債・正味資産占める割合が異常な値を示したのかと言うと資本取引上の総負債・正味資産がマイナスにまで急落した事にある。前年の2000年は、総資産・正味資産が減少した中で正味資産が上昇したため、300%を超える異常値を示している。


国民経済計算書

2000年を境に市場に働く力の方向が変わったと言える。

日本経済は、バブル崩壊後、翻弄され続けている。これほど激しく揺り動かされたら、市場の基盤部分が破損してもおかしくない。要するに市場が壊れてしまっているのである。
経済では継続性が重視される。政治や官僚の都合で基礎的部分の継続性が損なわれると経済そのものの基礎が失われことにもなりかねない。制度改正をする場合は、継続性を十分に留意する必要がある。ただ、この継続性が損なわれてもその弊害は、短期間で表に現れてこないことが多く。潜在的な病巣が形成されてしまう事がある。それが癌細胞の様に経済の仕組みを破綻させていく事がある。がん細胞の種を蒔いた者は、自覚していない場合が多く。厄介なのである。

バブルよりもバブル崩壊後の政策が今日の経済状態を造り出したことが見て取れる。

バブルと運転資本



経済現象は、体制が出来上がった時の初期設定に制約される。日本の場合、それが1940年体制である。(「戦後経済史」野口悠紀雄著 東洋経済)

1940年体制とは、第一に、機能別、目的別、階層的に組み立てられた金融機関を基礎とした間接金融。護送船団方式、横並び主義。第二に、重厚長大型産業窓の基幹産業に傾斜した産業政策。第三に、産業別ではなく、企業別組合である。第四に、経済成長、市場拡大を前提とした産業育成。第五に、農地改革などによる自営農の育成。第六に、株の持ち合い。第七に、政財官の協調体制等である。

アップルのCCCが「マイナス20日」となっているという記事が2012年1月17日の日本経済新聞に掲載された。CCCとは、「運転資金調達期間」をいう。

CCCは、産業の資金構造をよく表している。小売り業界が製造業や全業種から見てCCCが小さいのは、小売業界が流動性が高い産業である事を意味している。


法人企業統計

なぜ、運転資金調達期間が問題となるのか。
それは、運転資金を担保する資産が不足しているからである。運転資金を担保する資産が不足する事で、運転資金の調達が困難になり、健全だと思われていた企業が突然死する例が多くみられるようになったことが背景にある。
長期資金から生じる資金不足は、主として借入金の返済に係る事である。だからこそ、利息よりも借入金の返済がより深刻なのである。なぜならば、利息は費用として処理する事が出来るからである。それに対して借入金の返済は、費用として処理する事が出来ない。即ち、収益の中から賄う事が出来ないのである。では、どの様にして処理するのか、償却資産は減価償却費として費用処理する事が可能である。しかし、非償却資産である不動産は、処分するまでは清算できない。故に、その部分は、借り換えする以外に手段はない。借り換えする際の資金を担保するのが不動産の資産価値、含み益と内部留保である。この点を理解しておかないと含み益と内部留保の働きが理解できない。
含み益と内部留保は運転資本をも担保している。

バブル崩壊が直撃したのは、この含み益と内部留保である。それ故に深刻なのである。

  
法人企業統計 右 金融機関借入金(当期固定借入金)


法人企業統計

バブル崩壊後、民間企業は、財務体質の強化に努め、内部留保を貯めて新規の設備投資を控えたと言われるが、それは結果的に事であって、いくら設備投資をしたくても資金的な裏付けがなくて外部から資金を調達できなくなっていたために、新規の設備投資を控えたというのが実態である。その結果、財務体質は見かけ上は良くなったが、実体は決して内容が伴っているわけではない。それが日本の産業の競争力を弱めてしまっているのである。

収益力が低下している時に規制を緩和すれば寡占、独占が促進される。
バブル崩壊後、収益力が弱った企業の競争力をつけるとして規制緩和を行った、その結果、寡占独占が進む事になる。


リーマンショック



リーマンショックの問題とは、流動性の枯渇、つまり、「お金」が市場に回らなくなったことである。市場は、「お金」が循環する事で機能する仕組みである。「お金」が循環しなくなったら市場は機能しなくなる。それがリーマンショックである。

リーマンショックは流動性の危機である。

リーマンショックの背景には、グローバル化の影響が隠されている。
振り返ってみるとリーマンショックの予兆がないわけではない。一つに、世界的な金余り現象である。
世界的な金余り現象は、浮動資金を生み出し、それが、世界市場を揺り動かしている。

日本でも、2004年、それまでにない大規模な為替介入があっり、為替は大きく円安に傾き、それが企業業績を押し上げた。
その結果、2004年から2007年にかけてミニバブルのような現象が起こっている。
金余りの原因はいろいろと考えられる。ただ、基本的には、低金利と金融緩和による過剰債務、過剰負債の蓄積がある。
フローとストックの不均衡である。行き場を失った資金がストックインフレーションを引き起こしているのである。

住宅価格の高騰は、日本だけでなく、アメリカでも静かに進行して、いわゆる住宅バブルの準備をしていた。そして、それがサブプライム問題を引き起こし、リーマンショックの引き金を引くことになるのである。

リーマンショックが起こると全業種は大きく売り上げを減らす事になる。何がこれほど急速に売り上げを減らしたのか。なぜ、アメリカで起こったリーマンブラザースの破綻によって遠く離れた日本の産業がこれほどのダメージを受ける事になったのか。それが問題なのである。

全業種・全規模2007年~2011年旬

法人企業統計

リーマンショックの何が一番問題だったのか。なぜ、あれほど深刻な事態に陥ったのか。それは、流動性が一気に枯渇した事にあると言われている。問題は、何が流動性を枯渇させたかである。
金融業界は、中央銀行を中心としたネットワークである。
ネットワークだという事が他の業界と決定的に違う事である。確かに、製造業や大企業も何らかの系列やネットワークを持っている。しかし、業界全体が一つのネットワークの下に制御されているという業界は、産業は、金融業界をおいて他にない。しかも、このネットワークは、国内にとどまらずに国際的なネットワークの中に組み込まれているのである。

金融業界がネットワークの上に成り立つというのは、金融と言う仕事の性格、決済を基本業務としているという性格からきている。
金融業界がネットワークだという事は、金融業界が一つの全体と部分から成っている事を意味する。即ち、金融機関は、一つの全体を共有する事で成り立っているのである。つまり、ネットワークが機能しなくなったら金融そのものが成り立たなくなるのである。
ネットワークが機能不全に陥りかけたのが、リーマンショックである。そこにリーマンショックの深刻さがある。
金融ネットワークは、グローバルなネットワークである。アメリカ国内で起こった事件も瞬く間の内に世界中に広がる。リーマンショックの時それが典型的に現れた。

リーマンショックがもたらしたのは、金融の劇的な変化である。
ゼロ金利政策、果ては、マイナス金利政策がとられるようになる。

2007年~2011年旬

法人企業統計

企業間信用と短期借入金とは、時間の時間的ズレによって共振しているように見える。

全業種・全規模2003年~2009年旬

法人企業統計

リーマンショックが起こる直前から企業間の信用力は大きく低下しているのがわかる。それに伴って短期借入金が上昇している。

全業種・全規模2003年~2009年旬

法人企業統計

経済は、一律一様に変化しているわけではない。経済の基盤となる構造が変化しているからである。市場取り囲む環境や状況の変化は、経済の在り様そのものも変えてしまう。また、経済の働きの性格や関係までも変化させてしまう。そのような変化に合わせて制度や政策を変えていく必要があるのである。
飛行機は、同じ高度を同じ速度でいつまでも飛んでいるわけではない。離陸時と巡航時、着陸時で飛行機の操縦は自ずと違うのである。また、飛行条件や状況環境も違う。嵐の時と平静の時とは自ずと飛び方も違ってくる。
経済も同様である。離陸から着陸まで同じような体制で、同じように操縦しようとしたら失速してしまうのは当然である。経済成長のみを前提とした経済運営は、最初から墜落する事を前提として飛行するような事なのである。

ニクソンショック、オイルショック、プラザ合意、バブルの発生と崩壊、リーマンショックと我々は、表に現れた現象に囚われがちである。しかし、真の原因は、表面の下に隠された水面下にあるものである。表面に現れた現象ばかりを追い求めると真の原因を見失ってしまう。

市場が成熟し、高度成長が終わった時、量の経済から質の経済へと転換すべきだったのである。それに失敗した事がすべての発端である。
量から質への転換は、決して楽をすることではない。逆に困難を伴うものである。なぜならば、質への転換は、より高い技能、技術、知識、経験を求められるからである。しかし、それはより人間らしいさその人らしさを求める事でもある。
力による成長からより円熟した技術や技能による成熟した社会への変貌である。そして、成長の限界が見えた時、単なる競争からチームワークや技能を必要としたスポーツへと経済は進化させなければならないのである。
成長だけを追い求めていたらいつか限界に至る。真の進化は、成長が終わった時から始まるのである。若い経済から後なの経済へ。成長から成熟へと変化が遂げられるかがその国の運命を決めるのである。



キャッシュフローから見た経済の現状


全業種、全規模のキャッシュフローから現在の経済状況を鳥瞰してみる。
まず営業キャッシュフローが正で投資キャッシュフローが負という形は、成熟した経済状態を表していると一般では考えられる。
問題は、財務キャッシュフローの変化である。

営業キャッシュフローが、正で拡大しており、財務キャッシュフローも正、投資キャッシュフローが負という形は、成長期後期から成熟期の初期に現れる相である。営業キャッシュフローが拡大している中で積極的に投資もしている事を表している。
それに対して営業キャッシュフローが正で財務キャッシュフローが負、投資キャッシュフローが負という形は、成熟期後期に見られる相であり、営業キャッシュフローが減少に転じると経済は衰退へと向かう相である。
営業キャッシュフローで稼ぎ出した資金を借金の返済へと向けている。

つまり、日本経済は新しい段階に突入したとも言える。

一番顕著な動きをしているのは、財務キャッシュフローである。財務キャッシュフローは、プラザ合意後急速に上昇した後、バブルが崩壊すると急落している。
財務キャッシュフローは、バブル崩壊後急落して1994年にはマイナスにまで落ち込むも、97年頃一番底をつけた後、98年から再度急落している。

投資キャッシュフローは、負であるが、内部資金調達によるもので、外部からの資金調達は、2000年を境に負となっている。
これがバブル崩壊後の経済の実態である。

民間企業は外部から資金調達を実質的にできなくなり、資金の調達先を内部に求める事になる。資金の内部から調達する手段は、内部留保、減価償却費、経費削減、資産の売却などである。なぜ、内部から資金を調達しなければならなくなったのか。それは、資産価値の下落によって担保価値が低下し資金調達力が失われた事による。

要するに、実物市場への資金の供給口が締められ、金融市場に資金が滞留している状態である。そこへ、どんどん資金を供給し続けたら、いずれは、破裂してしまう。
かといって一時に蛇口が明けられ、市場に資金が溢れ出したら、物価の上昇を制御できるかどうか、不明である。余程、慎重にかからなければならないが、やらないという訳にはいかない。
長期金利の動向がカギを握っていることは間違いない。

営業キャッシュフローは、この間も拡大をし続けており、一見、景気は回復しているように見えるが、総所得は横ばい状態の中で営業キャッシュフローが拡大している。問題は、その要因である。

営業キャッシュフローを構成するのは、利益、運転資本、減価償却費、支払利息、租税公課である。

バブル崩壊後、減少しているのは、利益と支払利息、租税公課である。横ばいなのが減価償却費である。
注目すべきなのは、営業純益である。営業純益は、バブル崩壊直後は減少するが、93年に底を打つとその後上昇に転じている。

収益が横ばい状態なのに営業キャッシュフローが上昇するのは、経常的費用が圧縮されている事を意味する。つまり、経済が縮小均衡に陥っているのである。この点は、資金の調達先が内部資金に依存する事になった事からも推測できる。

今日、バブルの負の面ばかりが強調されるが、財政がバブルの時に健全化した事を見落としてはならない。
国鉄民営化もバブルがあって軌道に乗ったという側面もある。
バブルで問題なのは、投資先を間違った事である。その為に、我が国は千載一遇のチャンスを逃し、チャンスを逃しただけでなく、その後の後遺症に苦しんでいるのである。

今、経済のかじ取りを間違うとわが国だけでなく、世界経済の基盤まで壊しかねない。健全な投資こそが、今、我が国が陥っている状態を脱出させる唯一の手段なのである。

今現存する歴史伝統のある都市は、都市固有に文化や秩序がある。
家内が外国の街には、建物一つひとつに個性があるのに、街全体は整然としている。それに対し日本の街には色がないと言った。建物と言っても、ただ単なる箱ものに過ぎない。家も、ビルの中の一室に過ぎなくなってしまった。居酒屋も個性がないビル群の中の部屋に過ぎない。風情など微塵もない。東京も地方都市もまるで変わらない。東京で飲むコーヒーの味と博多で飲むコーヒーの味とニューヨークで飲むコーヒーの味に変わりがない。それが経済だというのだろうか。それでは経済は生活とは無縁なものになってしまう。経済は、生きるための活動だというのにである。経済から人間の匂いが失われてしまう。
現代日本大都市には、東京にせよ、大阪にせよ、個性がない。色がない。焼け野原に、無秩序に乱雑に建てられた箱の集まりに過ぎない様に思える。計画性もなにもない。それは戦後の日本を象徴しているようにさえ見える。敗戦である。半世紀以上たった今も日本は敗戦を引きずっている。今の日本には、思想も節操もないのである。
京都には色がある。その色が人々を引き付けるのである。街は、文化である。人々の生活の場でもある。街が無味乾燥になれば、そこに住む人々の心も荒廃してしまう。
だからこそ、経済の根本には都市計画がある。都市計画が拡大して国家構想となる。経済は、無政府主義的な事ではない。経済の根本には投資がある。
未来に向かって、子孫に対して何を投資するか。それこそが我々に求められている事である。投資にこそその国の品位が現れる。



全業種 全規模 単位兆円
6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16
PL 売上 1566 1580 1508 1368 1386 1381 1375 1409 1448 1432 1456
売上原価 1220 1240 1184 1044 1056 1051 1052 1077 1103 1075 1087
売上総利益 347 340 324 324 329 330 323 332 345 357 369
減価償却費 44 44 44 41 39 38 35 35 38 40 38
営業利益 49 49 29 28 39 39 40 49 53 56 59
支払利息 10 9 10 11 9 9 8 9 7 7 6
経常利益 54 53 35 32 44 45 48 60 65 68 75
税引き前利益 49 47 22 23 34 36 40 57 60 61 68
法人税 19 20 14 14 15 15 15 18 18 18 18
税引き後利益 28 25 7 9 19 19 24 38 41 42 50
CF 現金売上 1553 1578 1539 1376 1388 1368 1375 1400 1442 1436 1448
現金仕入れ 1210 1241 1214 1051 1058 1040 1054 1069 1101 1079 1080
営業キャッシュフロー 68 68 52 59 58 55 61 78 78 85 89
与信超、受信超 3.3 2.1 -0.6 -0.8 -1.3 1.9 1.9 1.3 3.5 0.3 0.4
運転資本 -9 -8 5 12 0 -6 -2 -6 -6 0 -3
投資キャッシュフロー -44 -44 -28 -33 -33 -33 -34 -37 -39 -42 -43
財務キャッシュフロー -2 4 13 -4 -10 -1 3 1 2 1 5
BS 現金預金増減 1 -5 0 2 6 0 6 5 13 13 12
金融資産増減 6 0 -2 15 5 11 13 20 17 5 -16
売上債権増減 13 2 -31 -8 -2 13 -1 9 5 -5 7
在庫増減 6 6 -5 -11 1 4 0 5 3 0 3
固定資産 44 44 28 33 33 33 34 37 39 42 43
総資産 1390 1354 1403 1437 1446 1471 1437 1527 1569 1592 1648
長期借入金増減 1 1 7 5 -6 1 3 4 6 0 8
短期借入金増減 -2 3 6 -10 -4 -3 1 -3 -4 1 -3
買入債務増減 10 0 -31 -7 -1 12 -3 7 2 -5 7
純資産増減 60 50 30 54 46 45 53 66 67 58 20
法人企業統計




       

このホームページはリンク・フリーです
ページの著作権は全て制作者の小谷野敬一郎に属しますので、一切の無断転載を禁じます。
The Copyright of these webpages including all the tables, figures and pictures belongs the author, Keiichirou Koyano.Don't reproduce any copyright withiout permission of the author.Thanks.

Copyright(C) 2015.4.15 Keiichirou Koyano