生産のアルゴリズム


生産の目的


生産の目的は、国民が生きていくために必要な財を生産、あるいは調達してくる事である。
世の中に有用な財を生み出す事。それが生産の目的である。

世の中に有害な財でも生産する事はできる。しかし、公式に世の中に有害となる財を取引できる市場は認められない。生産の目的は、世の中に有用な財を産出する事にある。

生産活動は、単純に企業法人だけにあるわけではなく。財政や家計にも生産活動はある。

生産のアルゴリズムは、経済行為に必要な財を生産し、市場に供給する事である。

生産とは、国民経済計算書では、付加価値を意味する。

付加価値は、損益計算では、中間消費、即ち、原価を除いた売上総利益に相当する部分であり、所謂、売上に相当する部分は、国民経済計算書では産出である。売上原価は、中間投入、雇用者報酬、固定資産減耗及び生産・輸入品に課せられる税のうち直接製造部門に係る部分の和である。(「GDP統計を知る」中村洋一著 一般社団法人 日本統計協会)
営業利益に相当する部分は、営業余剰に相当する部分を言う。

生産財は、売上として計上された時、経済取引として成立する。売上は、国民経済計算書では、総産出に相当する。
国民経済計算書をわかりにくくしているのは、一般に粗利益に相当する総生産のみ偏り、総産出が軽視されている事による。
通常、損益上において重視されるのは、売上である。

国民経済計算書において収益に相当するのは、産出で、産出は、付加価値と中間消費(中間投入)の和である。

生産された財は、一部は、販売されて換金され。残りは在庫となる。それが総産出となり、収益を形成する。
また、「お金」は、生産手段(労働、所有権)の対価として所得が家計に分配される。所得の中から「お金」を払って(支出)生活に必要な財を調達する。支出は、費用の本になる。所得を集計した値が総所得である。

生産の前提条件


生産の前提は、生産主体の存在である。
生産主体は、非金融法人企業、金融機関、一般政府、対家計非営利団体、そしても家計の一部である。

生産主体は、市場生産者と非市場生産者の二種類に分類される。
市場生産者による産出は、市場取引によって貨幣価値が確定する。即ち、財の価値は、市場価格に基づく。市場生産者は営利団体であり、営業余剰を生み出す。主として生産主体が付加価値を生み出している。
市場生産者は、非金融法人企業、金融機関を言う。
金融機関の産出は、資金を融通する際に生じる金利差、利鞘を言う。つまり、非金融法人企業の産出と性格を異としている。厳密に実体的な産出を指す場合は、除かれる。
非市場生産者は、市場取引の価格決定に依らない。故に、市場価格は存在しない事になっている。当然、営業余剰も生み出さない。人件費を除く付加価値も生み出さない。

国民経済計算書では、土地や金融資産への報酬は、付加価値、要素所得としてみなさず移転取引としている。土地や金融資産への報酬とは、地代、利子・配当等を言う。

産出された財は、最終的には消費されるか固定資本形成になる。

生産の前提は、生産財が必要とされているかどうかである。即ち、市場の存在である。市場が存在しなければ、生産したとしても収益を得ることができない。
つまり、販売見通し、販売予測が立てられるかどうかである。


生産手段と生産


生産は、投資と経常収支の二つの流れがある。
一般に、生産は、投資から始まる。

費用は、生産のための支出である。費用の役割は、生産だけでなく、分配や消費の働きもある。生産効率を上げるという名目で費用を限りなく削減すると所得も縮小し、消費も減退する。
適正な費用が維持できるような収益を実現できる市場構造を構築する事。その為の指標が利益である。

生産に必要な要素に対する報酬として雇用者報酬、固定資産減耗、営業余剰・混合所得の和を要素費用とする。
要素費用=雇用者報酬+固定資産減耗+営業余剰・混合所得
雇用者報酬は、労働と言う生産要素に対する、固定資産減耗は、生産手段としての固定資産に対して、営業余剰・固定資本減耗は、経営資源に対する対価と見なす。
国内要素所得=雇用者報酬+営業余剰・混合所得
国内要素所得は真の生産成果と言う事で本源的所得、そして、国内純生産とする。

なぜ設備投資は、盛り上がらないのか。それは、収益計画が立てられないからである。
為政者の多くは勘違いをしている。競争力をつける事や廉価に販売させることが目的なのではない。適正な収益を上げて、その中から、所得を分配し、他の経済主体の収益を維持させ、金利を支払い、税を納め、投資された資金を回収する。それが役割である。適正な収益が上げられなければ、税を納める事が出来ず、所得を分配する事も金利を支払う事も投資された資金を回収して借金を返済する事も取引相手の収益を維持させることもできなくなる。利益はあくまでも目安であり、本来重要なのは、費用対効果である。
市場の表面には現れないが、市場を動かしために決定的な働きをしているのが資金移動である。資金移動は、資金需給として捉えられる。
ただ、資金移動が収益や費用として会計上に計上されないため、動きがつかみにくいのである。
特に、貸借・資本取引による資金の動きは、損益上は計上されない。しかし、資金の流れにおいてこの資金移動が占める割合は大きいのである。

生産の構成


国民経済計算書の生産勘定は、産出から中間消費と残高項目である付加価値からなる。付加価値は、残高項目である。

生産勘定の産出は、市場産出と自己最終仕様の為の産出、非市場産出の三つからなる。市場産出は、経済的価値を表す市場価格によって販売し、利益を上げる事、即ち、営利を目的とした産出である。それに対して非市場産出は、営利を目的としていない、無料か、経済的な効用を持たない価格で提供される産出である。

生産を構成するのは、生産手段と費用である。

期間損益では、中間消費、雇用者報酬、固定資本減耗の和に相当する部分を言う。
付加価値は、産出から中間消費を差し引いて求められる。故に、雇用者報酬、総固定資本形成、中間消費の差に注意する必要がある。

固定資本減耗を含めると総付加価値、あるいは、粗付加価値といい、固定資本減耗を除くと純付加価値が産出される。総生産(GDP)は、粗付加価値を指す。

生産の構成にも、人、物、「お金」の要素がある。
人を集めて組織化し、物は、生産手段に投資して財を生産し、「お金」を調達して、原材料を仕入れて財を販売して収益を得てその中から費用を引いて利益を得る。一連の過程によって生産は実現する。そして、人、物、「お金」は、其々流れを作り、また、投資と営業は、二つの流れを構成する。

人は、生産手段としての労働力を提供し、報酬を得る。物は、設備投資にをし、原材料を仕入れて財を生産し、生産した財を販売して収益を得る。「お金」は、資金を調達して生産手段に投資し、原材料を仕入れて、収益を得る。生産過程で費用に支出し、収益の中から投資した資金の回収と返済をする。
人的要素と物的要素と貨幣的要素が掛け合わさって生産活動は実現する。

生産を構成する要素は、生産設備、労働力、原材料、その他経費である。

市場を構成する主体は、個人である。生産においても最小単位は個人である。

個人は、集合して経済単位を形成する。経済単位には、消費単位として家計、生産単位として非金融法人、公的単位として一般政府と対家計非営利団体、金融単位として金融機関がある。
金融機関は、自らは、何も生産をせずに「お金」を融通する事で利益を獲得する機関を言う。つまり、非生産的機関である。基本的に、非金融法人と金融機関は、中間消費はしても最終消費はしないとする。


生産のアルゴリズム


生産のアルゴリズムは、生産主体の性格によって変わる。市場生産者である非金融法人企業は、先ず、資金を調達して生産手段、設備に投資し、原材料を仕入れ、人を雇って製品を製造し、生産された製品を販売して、一部を借金の返済に充てて、利益を得る。
非市場生産者である一般政府、対家計非営利団体は、税によって公共投資をして社会資本を構築する。税収が足りなければ、国債を発行して借金をする。
いずれにしても生産活動は、資金調達から始まる。

物的アルゴリズムは、財を生産し、生産した財を分配し、消費すると言うのが基本である。
その為に、生産手段を構築、整え、財を生産し、それを市場に供給し、分配する。消費者は、必要な資源を市場から調達して消費する。
生産主体は単に財を生産するだけでなく、仕事を作り出して所得を分配する役割がある事を忘れてはならない。
生産のための仕組みと分配のための仕組みは違う。大体、目的が違うのである。ただ連動しているために、一体性が求められる。
分配の仕組みは、例えば、7000万人の国民がいる国があるとして、その内、20歳未満の人口が2000万人、60歳以上の人口が1000万人とする。男女の比率を半々として、国民が生活するのに必要な資源を生産する為に、必要とする資源は、1000万にで生産できると仮定する。但し、消費に必要とされる労働の成果は除く。市場経済では、生産されたもの総てを換金し、国民は、所得を得て、必要な物は、お金を払って市場から調達する。
要するに7000万人が生きていくために必要な資源を1000万人にで生産した場合、それをどの様に分配するかの問題である。
働ける人口は、未成年と60歳以上を除い4000万人だとする。かつては、一人の男性が働いて後の七人を養っていたというのが構図である。
2000万人の女性が所得を得る手段がなく、更に、1000万人の男性も仕事にあぶれる。そうなると、働いてる男性の相対的な地位が高かった。それで新たに、1000万人分の仕事を作らなければならなくなる。その仕事の多くは、権力によって生まれる。権力の根幹は、治安と国防である。
現代問題となるのは、生産性が高まる事で、生きていくために必要な資源を生産する為の人口が少なくて済むようになってきた事なのである。生産性が高まれば高まるほど失業者が増える。失業者にいかに「お金」を配分するかそれが最大の課題である。
それに対して生産部門は、いかに効率化して費用を削減するかに血道をあげている。
かつては、人口を維持する為に労働力が不足した。それが課題だったのである。現代は、生産性が向上したことで仕事がない事が問題となっている。経済問題の質が変わったのである。

物的アルゴリズムは、資金を調達する事から始まる。
全ての単位は、資金調達から始まる。

物的アルゴリズムは、財を生産し、生産した財を分配し、消費すると言うのが基本である。
その為に、生産手段を構築、整え、財を生産し、それを市場に供給し、分配する。消費者は、必要な資源を市場から調達して消費する。
生産主体は単に財を生産するだけでなく、仕事を作り出して所得を分配する役割がある事を忘れてはならない。

生産の流れの基本線には、資金調達。生産手段に対する投資。原材料の調達。財の製造加工。財の販売。財の配送。代金の決済。再投資と言う順序がある。
この生産の基本線が生産のアルゴリズムの中心線を構成する。

生産のアルゴリズムには、投資の流れと経常的活動の二つがある。投資は、資金の長期的働きを形成し、経常的活動は、資金の短期的働きを形成する。
投資は、経常的活動の基礎となる部分である。

生産された財は、一部は、販売されて換金され。残りは在庫となる。それが総産出となり、収益を形成する。
また、「お金」は、生産手段(労働、所有権)の対価として所得が家計に分配される。所得の中から「お金」を払って(支出)生活に必要な財を調達する。支出は、費用の本になる。所得を集計した値が総所得である。
生産と分配をいかに両立させるか、均衡させるかが経済の一番の問題である。生産と分配を制御し均衡させる場が市場であり、手段が「お金」である。

生産のアルゴリズムは、まず生産手段に投資して、経済行為に必要な財を生産し、市場に供給する事である。

市場経済では、全て主体の行為は、資金調達から始まる。資金調達の手段は、所有物を売る。他者から借りる。貰うかである。
資金調達が出来たら生産手段に投資をして財を生産し、生産した財を売って資金を獲得してそれを再投資し、生産をするという繰り返しをする。

生産は、主として非金融法人が行う。非金融法人の働きは、財を生産し、販売するところまでで発揮される。
非金融法人は、物を買う事から始まる。売りが先行するわけではない。故に、最初に資金が必要となるのである。

資金調達と投資は、先ず、事業の基礎としてのストックを形成する。つまり、ストックからフローが派生するのである。基礎はストックにある。
貸借・資本取引に依って形成された事業基盤、産業基盤から売買取引に依ってフローが生じる。売買によって生じるキャッシュフローが営業キャッシュフローである。

生産規模の拡大に従って分業が始まり、分業によって人は組織化される。投資と並行して組織が形成されていく。投資が完了すると組織が前面に現れてくる。

最終的に、企業活動は、収益と費用の関係によって測られる。その指標が利益である。
ただ、実体的に経済主体の仕組みを動かしているのは、主体に対する「お金」の出入り、入金、出金である。
だから、経済の動きは、残高、収支、残高として現れる。

費用は、生産のための支出である。費用の役割は、生産だけでなく、分配や消費の働きもある。生産効率を上げるという名目で費用を限りなく削減すると所得も縮小し、消費も減退する。
適正な費用が維持できるような収益を実現できる市場構造を構築する事。その為の指標が利益である。

家計は、所有物を売るか、「お金」を借りるか、「お金」を贈与、あるいは、相続するかで資金を調達する。
経常的には、家計は、労働力か、所有権の一部を貸し付ける事で所得を得る。
非金融法人は、生産手段に投資し、それから財を生産し、生産した財を販売し、それから収益を獲得し、獲得した収益の一部を再投資する。その繰り返しによって資金を循環させる。

財政(一般政府)の生産の働きは、税や国債によって資金を調達し、公共投資を通じて社会資本を生産する事である。

海外部門の役割は、国内で不足する資源を供給する事であるが、その為の資金(外貨)を国内の余剰な財を輸出する事によって獲得する事である。

資金を調達した後、資金を生産手段に投資する。生産手段には、生産設備、原材料、労働力がある。設備投資、在庫投資、人的投資の三つの投資がある。
投資が経済行為として市場表面に現れるのは、資金調達からである。

初期投資は、主として生産設備と労働力に対するものである。また、投資には、市場に参加する為の登録料が必要となる。つまり、企業に伴う手続き、登録料の費用が必要となる。これを見てもわかるように市場は人為的な場なのである。

投資によって初期条件は設定される。初期条件を投資キャッシュフローと財務キャシュフローは、始源とする。
生産活動が始まると生産と販売の過程で費用が発生する。費用は、分配の要の働きをしている。

生産財は、売上として計上された時、経済取引として成立する。売上は、国民経済計算書では、総産出に相当する。
国民経済計算書をわかりにくくしているのは、一般に粗利益に相当する総生産のみ偏り、総産出が軽視されている事による。
通常、損益上において重視されるのは、売上である。

生産は、物的経済行為である。生産は、人、物、「お金」では、物に位置する。

生産主体は、分配主体を兼ねる。しかし、生産の仕組みと分配の仕組みは違う。分配の仕組みは、生産に対する貢献度に基づいて分配されることが原則であるが、多分に恣意的である。
故に、生産の過程と分配の過程は分けて考える必要がある。
ただ、生産の為の機構を分配の仕組みが共有する事で、生産と分配が直接的に結びつけられる半面、生産効率の向上が分配効率を低下させる結果を招くことがある。故に、経済は、生産と分配の整合性が保たれるように規制される必要がある。成りゆくに任せていると生産と分配は、両立しなくなる。

故に、労働条件や最低賃金は規制される。しかし、それが国内の問題にとどまっていると国家間の公正な競争力を確立する障害となる。
故に、市場の歪は、規制によって補正する必要がある。
関税によって市場に障壁を作ると自由な交易を阻害するだけでなく、資金の流れを歪める結果を招く。

市場の不公正は、競争条件の歪みが原因なのである。公正なスポーツを確立する為には、共通のルールに基づく必要があるのと同じように公正な交易を確立する為には、共通のルールを作る必要があるのである。

部門ごとの生産活動


生産行為は、法人企業部門に限った事ではない。生産には、財政も、家計も深く関わっている。

生産主体は、所得の分担も兼ねている。つまり、組織を共有しているのである。それによって生産と分配を直接的に結びつけている。

生産、分配、消費、貯蓄を結び付ける媒体は、個人である。

消費主体は、市場から財を購入する事で分配は、完結する。市場と消費主体を結び付けているのは、個人である。

経済の仕組みは、市場を挟んで生産と消費が折り重なった構造になっている。市場は、分配の場であるから前期の生産、当期の分散、後期の消費が並列的に働く事で生産、分配、消費の均衡が保たれ、生産、分配、消費の局面の資金の過不足を金融が融通している。



       

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