経済に望む事は


経済の要件定義をするのならば、人々が経済に対して何を望んでいるかを明らかにする必要がある。
経済に対して人は何を望むのか。
考えてみるとそれが判然としない。
共産主義とか、資本主義とか、社会主義と言った主義として語られた事はあったとしても、では、一体人は経済に対して何を望んでいるのかと実際的には明確とされていない気がする。

経済は、現実の出来事に基づいている。経済は現実なのである。
経済は、理想でも観念でもない。生々しい現実なのである。
それ故に、経済学と言うと下世話な哲学とされてきた気がする。
しかし、科学があえて形而上的に事を捨てた事で新たな道を開いたように、経済も現実に立脚できれば学問としての地保をしっかりと固める事が出来るのである。

その為には、先ず、人々が経済に何を望み、何を期待しているかを明らかにする事である。

経済に人がまず求めるのは、自分たちが生きていけるようにしてほしい。生きていけるような環境にしてほしいという事である。
先ず、それは人は生き物だからである。
更に、家族をもって子孫を残せるようにしてほしいという事である。それは人は、動物だからである。
これは、経済が人の生存に関わることを意味している。

次に経済に望むのは、人として人間らしい生き方ができるという事である。
人として最低限の生活が保障されている。明日の事を心配しなくても生きられる。生病老死。その時々において人間らしい生き方が約束されている。贅沢は望まないけれど、人として最低限の生活が保障されている事である。
歳をとったり、病気して働けなくなった時の生活が保障されていることなどである。

そして、最後に自己実現ができるようにしてほしいという事である。
自己実現ができるというのは、自分らしい生き方、自分のやりたい仕事をして、それによって収入を得る事である。

経済に望む事を明らかにするためには、まず生きる為に何が必要かを明らかにする事である。
次に、家族を形成し、子供を産んで育てるためには、何が必要かを明らかにする。
そして、人として最低限必要な事は何かを洗い出す。
最後に、自分らしい生き方をするためには、何が必要なのかを考えていく事である。
そして、これらの視点を裏返すと経済に望む事が見えてくる。

経済の目標は、共存にある。他者を支配したり、犠牲にする事ではない。
経済は根本的に平和な状態を望んでいる。
他者から富や財を収奪する事が目的なのではない。

経済に一体何を望むのか。豊かさなのか。安定なのか。平等なのか。それが問題なのである。
豊かさとは何か。安定とは何か。平等とは何か。それを明確にしないまま漠然とした前提で経済を議論しても問題の解決には至らない。

経済を考える事は、人生を考える事であり、幸せとは何かを考える事。また、生きるとは何かを考える事。
我々は、経済と言うと皮相な事しか思い浮かばないが、実際は、生きることそのものを考える事である。
それは、どんな仕事をして、どんな生活、家庭を築くかの問題でもある。
だからどんな生き方をするかを考える事が経済について考える事なのである。

生活を取り巻く環境は常に変化している。その変化に適合し、生活の安定を計る事も経済の仕組みには望まれる。
何よりも重要なのは、生活の安定である。
生活が安定しているからこそ将来設計や計画が立てられるのである。物価の急激な変化や失業は生活を不安定にする。この様な急激な変化を抑制する事も経済には求められる。

戦争や内乱などの惨禍は、経済の破綻がもたらす場合が多い。
平和を維持するのも経済の重要な役割である。

経済に何が望まれているのか。
まず第一に、生きていく上に必要資源やサービスを生産する事、第二に、国民すべてに生きていく上に必要な財を分配する事。第三に、資源を無駄なく効率的に消費させる事である。
そして、経済を効率的に働かせる手段として「お金」を用いるのである。

経済は生きる事の為の活動である。
「お金」を儲ける事が求められているわけではない。「お金」儲けはあくまでも手段であって目的ではない。

「お金」は、便利な手段である。しかし、手段である事に変わりない。

経済の目的とは、人々すべてが生きられる環境を構築し、維持する事にある。
「お金」儲けも、生産もその手段に過ぎない。
「お金」儲けのために、人々の生活が犠牲にされるようになるのは、本末転倒である。

「お金」は、主ではなくて、従である。
現代社会では、「お金」が全てだという間違った考え方に支配されているように思える。
「お金」は、あくまでも手段であって目的ではない。ただ、「お金」には、力がある。魔力がある。それ故に、「お金」に魅入られて「お金」の虜になる者がいるのは確かである。しかし、それは、「お金」の本義ではない。「お金」は、手段にすぎず、「お金」に囚われても自分の人生を虚しくするだけである。



       

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